第十九章 経巡り肯う(5)
「しかし、青山なら姫も仲が良いだろう。奴は有望だぞ」
「それは認める」
「じゃあ何だ、他に慕う男でも出来たか」
調子も変えずにあっさりと言ってのける栄治に、瑠璃は密かにぎくりとした。
そういうわけではない、と、すぐに言い返せない自分に気付いたのである。
何故か脳裏に浮かんだ顔があったが、それは咄嗟に打ち消した。
「そういえば、栄治は出ないのか?」
「は?」
「栄治の射撃の腕なら、銃太郎殿や助之丞とも充分勝ちを争えると思うがの」
「俺が出たとして、勝ったら姫が嫁いでくるんだろう? それは御免蒙るな」
「おお? なんじゃ不満か」
「俺に話が振られるわけがない。分かっていて訊ねるのは根性が悪いぞ」
「仮に話があったら出る気はあるかの?」
短く息をつく栄治に、瑠璃はにやりと口角を上げる。
丹波や羽木に対し、真っ向から取下げを迫ることも考えたが、既に藩公の許しを得て通達されたことを覆すのは困難だろう。
黄山ではないが、正面からの解決が難しいなら、別な手を考えればよい。
そこで、一つ思いついたことがあった。
「私の推挙枠を一席設けて貰おうかと思うたのじゃ」
そして、そこに名を挙げるとすれば、あえて中士に満たぬ本士の者が良い。
その者に勝ち抜いて貰えば、流石の丹波も降嫁そのものを考え直すであろうし、勝者の加増のみで手を打つだろう。
「そういうことなら、俺よりも銃太郎のほうが適任だろう。間違いなく勝つぞ」
「……いや、銃太郎殿では認められぬ恐れがある」
「なぜだ?」
「銃太郎殿は若くとも師範。仮にあの二人に何らの思惑があるのなら、他の者に勝機が薄くなる者は避けたいはずじゃ」
その点、栄治ならば一門人かつ歳も二十六と若手、砲術を習って長くもあり、実力充分である。
「………」
「………」
どうだ、と窺い見ると、栄治は苦い顔で閉口したようだった。
「そうだな……、勝っても姫を娶らずに済むのなら、吝かでない」
「……怒るぞ?」
そこまで強調することもないだろうと小突いたが、栄治は曖昧に笑って流した。
「出てくれるなら早速──」
城に戻って談判する、と言おうとした矢先、田畑の畔の向こうに忙しなく辺りを覗う騎馬の姿が見えた。
まだ遠く、曇天と雑木の陰が馬上の姿を隠していたが、その馬具と馬影には既視感がある。
「栄治すまぬ。鳴海が嗅ぎ付けたようじゃ。少々喧しきことになるの」
「いや、よく見ろ。鳴海様じゃないぞ」
言われて再び騎馬のほうへ目を向ければ、向こうも気付いたのだろう。馬首を返してこちらへ駆け出した姿に、瑠璃は目を凝らしたのだった。
【第二十章へ続く】




