表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/98

第十九章 経巡り肯う(4)

 

 

 そもそも黄山に引合されると知っていれば、もう少し警戒しただろうが、まさか栄治に連れられた先で、こんな諫言を受けるとは思ってもみなかった。

 直前まで一緒にいた助之丞に、要らぬ嫌疑が掛けられても厄介だ。

「ああ、ちょっと待て」

「? まだ何かあるのか」

 栄治を伴って城下へ引き返そうとした間際、黄山は尚も呼び止める。

「肝心なことを言い忘れるところだった」

「なんじゃ? 十分肝心なことを聞いた気がするがの?」

「それとはまた別だ。おまえさん、このまま青山に嫁ぐつもりか」

「ぉお……?」

 耳が早い。と思ったが、黄山なら知っていても不思議はないかと思い直す。

 元々、家中との付き合いも幅広い。

 城内の勢力関係にも通じているからこそ、こうして政道へも逐一諫めるような言動を取るのである。

 町人でありながら学者としても名を上げているのは、伊達ではない。

「姫さんに城を去られちゃ困る者がいることも、承知しておいて貰えるとありがてぇな」

 

   ***

 

「えっ、銃太郎さん!?」

「青山!?」

 鍛冶町を抜けた先、奥州街道と郭内へ入る新丁の坂が交わる辻で、遭遇したのが、件の青山助之丞であった。

 勢い付けた馬の手綱を咄嗟に引き、馬は嘶いて危うく仰け反るところであった。

 馬の動揺をいなすのに、どうと宥めてぐるりとその場に旋回させ、事なきを得る。

 助之丞のほうも同じく馬上にあって、やはり馬首を撫でていた。

「銃太郎さん、その馬……」

 訝るのも無理はなく、基本的に馬を所有するのは二百五十石以上の家だけである。

 そうした上層の家格の者を馬持ちと呼び、それに満たぬ家の者が馬に跨る姿などはまず目にすることがない。

「鳴海様の馬、ですよね?」

「今し方、借り受けたところだ」

「え? あの人が銃太郎さんに? そんな馬鹿な」

 疑いの眼差しを寄越す助之丞だが、確かに言質をとって借り受けた馬であるし、今は馬がどうのと悠長な話をしている時ではない。

「瑠璃は今日、おまえと一緒だったんだろう。何故ひとりで帰した」

 眦をきつくして問うと、助之丞の視線が一瞬逸らされた。

「おまえのところから城は確かに目と鼻の先だ。だがな、いくら瑠璃が外出に慣れているにしても、気を抜きすぎだ!」

「………」

 恐らくは助之丞自身も既に己の対応を省みたのだろう。言い返す言葉に詰まったのか、口を引き結び険しい面持ちになる。

 悔悟(かいご)の念に苛まれている、といったところだろう。

 常に明朗な助之丞にしては珍しく、その目に昏く焦燥を滲ませるのが見て取れた。

 言ってやりたい事は山とあるが、今は瑠璃の無事を確かめるほうが急がれる。

「瑠璃の許へは私が行く。おまえには任せられん」

 言うが早いか銃太郎は馬腹を蹴り、助之丞の前を横切るように駆けたのだった。

 

   ***

 

「騙して連れ出すようなことをして、悪かった」

 言葉とは裏腹に、栄治の横顔に悪びれた様子は一切なかった。

 それが栄治らしいと言えば栄治らしいと思ったが、いつか訊ねた問いの答えを、言外に聞いたように思えた。

 抗戦すべきか、否か。

 黄山や和左衛門の説に同ずるところが皆無なら、栄治がこうした行動に出ることは無いのではないか。

 相変わらず、栄治は自身の考えというものを語らない。

「構わぬ、元より私も少し遠出したい気分だったからの」

「……さっきの、青山に嫁ぐという話か」

 会話に踏み込まないまでも、しっかりその内容は聞いていたようである。

「助之丞が射撃勝負に勝ち抜けば、そうなるかもしれぬ、というだけじゃ」

「乗り気でないのか」

「まあ、羽木殿と丹波殿が唐突に言い出したことだからな……。何を馬鹿なことを、とは思うておる」

 凡そのあらましを話して聞かせると、栄治も流石にその表情を変える。

 呆れたと言わんばかりの、蔑むような色が覗いた気がした。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ