第十九章 経巡り肯う(1)
「瑠璃がいなくなった!? の、ですか!?」
五郎と澪を宥めて城へ報せを走らせると、間もなく側用人の丹羽和左衛門が人数を従えて慌しく迎えに参じた。
その和左衛門の言葉に、銃太郎は思わず声を張ったのである。
「なに、姫様の場合はいつものこと。どこぞをぶらついて遠出されておるのだろう。それよりも、若君が御無事で安堵致しました。まさか若君までもが姫様のように城を飛び出して行かれるとは思わず、寿命がぐっと縮まった心地でしたぞ!」
「し、しかし私は義姉上のことを、その、案じてだな……!」
「それだけのことで、斯様なところまでお出ましになられましたのかっ!?」
怒気の交じる嗄れた声を張った和左衛門は、薄汚れた格好で、着いたときには息も上がっていた。形振り構わず方々を捜し回ったと見える。
本人の痩身も相俟って、悲愴さすら漂う様相である。
瑠璃の突拍子もない振舞いに慣らされてきたとはいえ、若君にまでその影響が出始めた現状には、銃太郎でも胃の腑がきりきりと締め付けられるような心持がした。
無事に若君を引き渡し、安堵したのも束の間。次いで齎されたのは、聞き捨てならない報せだったのである。
青山家を訪ったはずの瑠璃の姿が、忽然と消えたというのだ。
「瑠璃は青山と……青山助之丞と一緒にいたのではないのですか!?」
「儂もそう聞いておる。しかし郭内は愚か、城下に姫様が立ち寄りそうな場所にも御姿が見えぬそうだ。青山の倅は勿論、助左衛門殿も泡を食って捜しに出られたというが、未だ見つかってはおらぬようだ」
青山父子も役宅に招いた手前、責任を感じているのだろう。などと、やけにのんびり話す声を上の空で聞き流し、銃太郎は内心で抑えようのない苛立ちを感じていた。
無論、助之丞に対して、である。
大方、すぐ傍だからと瑠璃が一人で帰ると言い出したのだろう。それは容易に想像がつく。の、だが。
「青山は何故瑠璃を一人で帰したんだ!? 一体どういうつもりだ!」
「義姉上……まさか、攫われたのでは」
思わず声を高くした銃太郎とは対照的に、五郎は愕然とした面持ちで声音も弱く呟く。
つい昨日の別れ際に「また明日」と笑った瑠璃の顔が眼裏に浮かび、銃太郎は急ぎ二本を引っ掴むと、ばたばたと下駄を引っ掛けた。
「瑠璃は必ず私が探し出して参ります」
「待て、私も一緒に──!」
「若様は駄目です! ここは銃太郎様にお任せしましょう!」
「左様ですぞ、若君の御姿の見えぬのを殿も大層ご心痛のご様子。なに、姫様ならばご心配には及びますまい」
銃太郎のあとを追うように身を傾けた五郎を、澪や迎えの家中が取り囲んで阻む。
その様を振り返ることもなく、銃太郎は北条谷を後にしたのであった。
***
「直人!! おまえ、瑠璃の行方を知っているんじゃないのか!?」
出会い頭に、銃太郎は辺り憚らず声を高くした。
今に掴み掛ろうかという気迫に圧された直人が仰け反ったが、銃太郎は引き下がらずに更に問い質す。
「昨日、瑠璃と二人で何を話していた」
「な、何って、別に大したことは……」
真っ先に念頭に浮かんだのが直人だったのには、理由があった。
「瑠璃が姿を消した。おまえが何かしたんじゃないのか。それとも、私に話せないような事なのか!?」
「おいおい待て待て! 俺は何もしてないぞ! ただ──」
「ただ、何だ。話せ。瑠璃の身に何かあれば、たとえおまえでもただでは済まさんぞ」
「いや、俺はある人からの文を渡しただけだ。深い事情は知らんし、関係もないぞ!?」
「ある人、だと?」
それは誰かと問い詰めれば、直人は暫く有耶無耶に答えを濁したが、銃太郎に引き下がる気がないのを悟ると観念したふうに肩を落とした。
「山岡さんだ。元を辿れば、中島殿に繋がるようだが。どうしても姫様に農村の様子を見せたいらしくてな。恭順を説くつもりなんだろ」
まただ。
以前も瑠璃に詰め寄っていたのを制止したことがあるが、段々と強硬手段を取るようになってきたらしい。
「度々直訴して、三浦殿のようにならねばいいが」
文の取次も気は進まなかったと加えて、直人は銃太郎の足許に目を向ける。
「おまえ……、姫様のことになるとそのざまか」
馬場家まで駆け通してきたために、袴の裾は跳ねた泥でじっとりと汚れていた。
それが余程慌てているように見えたのだろう。直人は顰蹙顔で一瞥すると、大仰な溜息を聞かせる。
「姫様とおまえとでは、互いに辛い思いをするだけだ。あまり首を突っ込み過ぎるな」
「さっき、農村の様子だと言ったな。それはどこだ」
「……俺の話、聞いてるかおまえ」
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