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第十七章 万感交到る(5)

 

 

「若様は義姉姫様が気に掛かるというだけで、和左衛門殿や、側仕えの者たちを困らせるのですか」

 澪は五郎の袖を強く握ったまま、心を鬼にして苦言を呈する。

「大体、姫様の指南役がそこまで気になると仰るなら、登城させればよろしいではありませんか」

「それでは意味がないのだ。世子の私が呼べば、畏まって取り繕った姿しか見られぬ」

「………」

 先までの勢いは少々殺がれたものの、五郎は依然として引き下がろうとはしない。

「どうしてそこまで、姫様に拘られるのです」

 ずっと心に懸かっていたことを訊ねれば、五郎は途端に伏し目がちになり眉根を寄せた。

「……丹羽家へ入る前から、義姉上とはきっと仲良くなれると思っていたんだよ。義姉上のように自由闊達な方が側にいて下さるなら、慣れぬ家でもきっとうまくやっていけると、勝手にそう思い込んでいた」

 混迷を極める世情の中、養子入りしてすぐに、京へ上らんとする者たちの神輿になりかけた。かと思えば、国入り以後は病臥中の藩主に代わって総督府の使者との会談にも臨まねばならず、そんな中、拠り所にと恃んだ義姉からは、関心すら向けられなかった。

「家中の子弟から嫁に来いなどと迫られるほど親しくするくせに、義姉上は私には見向きもしない。家老たちが何か思惑あって義姉上と私を引き離していたとしても、それでも、ほんの少し話をするくらい──」

 些かその眼が潤んだのを、澪は見逃さなかった。

「そう、ですか」

 吐露された心情には、確かに同情するところがあった。如何に優秀でも、まだまだ少年なのだ。

 養嗣子としてやって来てからというもの、毎日気を張り詰めてきたのだろう。

 傅役の和左衛門は祖父と孫ほど開きがあり、同い年の相手役の少年も、あくまで御役目として節度を保った接し方なのかもしれない。

 世子として人に囲まれながら、人知れず孤独を抱えていたとしても不思議はない。心細げに打ち沈んだ顔は、ひどく暗かった。

 次代藩主という定めにある五郎が背負うものは大きく、その心の内をすべて量ることは敵うべくもない。だが、そうした孤独もいずれは乗り越えなければならず、その上で家臣との信頼を築き上げていくことも彼の責務のうちなのである。

 澪は唇を噛んだ。

 本音を明かした五郎に対し、これ以上厳しい言葉を投げつける気にはなれなかった。

「わかりました。道場まで参りましょう」

「! 良いのか!?」

「ただし、今日限りですよ。よろしいですね」

「ありがとう、澪」

 ぱっと顔を上げた五郎は、驚いたように目を丸くしたが、すぐにはにかんだような笑顔を見せたのであった。

 

 

【第十八章へ続く】

 

 

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