第十五章 姉と弟(5)
その上町人との密談の場に連れ出すなどは、骨の折れる仕事だ。
「いや、姫にそれを渡してくれるだけでいい」
「え? しかし、その後のことは──」
「但し、俺の名は出さずにおいてくれ」
***
「いち殿は良い姉君じゃな」
「いえ、あの子は早くに生みの母を亡くしましたので、以後は私が母代わりのようなものでしたから」
宵の口に、瑠璃はいちと共に北条谷を後にした。少し離れて前を銃太郎と才次郎が先導していたが、こちらの話までは聞き取れないのだろう。先を行く師弟も男同士話をしている様子である。
「そうか、母君を──」
前を行く才次郎の、まだ細い背を見遣る。
「あの子は普段は大人しいのですが、此度のように歩の無いことにも我を貫こうとすることがございます。未だ幼く、このようなことを目の当たりにすると、姉としてはあの子の先々が気掛かりなものです」
才次郎の内心に、城内の騒動を憂う瑠璃の姿が真実か弱く思えたのかもしれない。
あれから才次郎と二人きりで話をしたが、異性に抱く恋心とはやはり様子は異なり、どちらかといえば仲間を庇う思い遣りの類に近かった。
無論、瑠璃も予想だにしていなかったことで驚かされたが、才次郎なりに考えた末のことなのだろう。
「才次郎には、よくよく礼を申し置いた。心配を掛けたことも、よう詫びた。いずれ妻に迎えるおなごが現れるそのときまで、今のその心を忘れず持ち続けて欲しいとも」
こうして案じてくれる姉の存在があるのとないのとでは大違いだろう。
気に掛けてくれる者があるからこそ、才次郎も己を偽らずにいられる。姉と弟との間に絆あってこそと思えた。
「才次郎はきっと良い青年になろう。……宥めずに受けておけば良かったかの」
「畏れ多いことでございますよ」
「冗談じゃ」
するといちもぎょっとした眼を細めて小さく噴き出したのであった。
同時に思う。自身にも、弟と呼べる存在があり、いちと才次郎とは似ても似つかぬ間柄であることを。
遠ざけるばかりでろくに義弟と話もせず、姉弟の絆などとは無縁である。
義弟が歩み寄る気配を悉く撥ね退けてきた自らの所業を省みて、瑠璃は些か自責の念に似たものが過るのを感じた。
成田才次郎、いちの姉弟が互いに言いたい事を言い合うのを見たせいだろう。
いつも城の外にばかり心が向いてしまうが、義姉としてもう少し向き合ってみても良いのではないかと、そんなことを考えたのだった。
【第十六章へ続く】




