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第十一章 減らぬものなら金百両(4)

 


「大谷。いつでも兵を出せるようにと沙汰したが、出陣に応じられるよう支度は済んでおるのだろうな」

 瑠璃を追おうというのか、退室しようと素早く踵を返した鳴海を呼び止める。

 すると今し方の調子とは打って変わって、生真面目な視線を寄越す。

「丹波殿、それは愚問というものですぞ。我が五番組は常に臨戦態勢。下知があれば今日この時だとてどこへなりとも出陣致す」

「いや、それなら構いもせぬのだが。そちは確か水戸の役の折に、質入れしとった大小を慌てて借り出しておったろう」

「ぅぐぐ。……誰からお聞きになった、丹波殿」

「瑠璃様に決まっておろう。あの時のそちと瑠璃様との遣り取りは、忘れようもないぞ」

 恐らくは、あの時の顛末が此度の瑠璃の行いの礎になっている。

 丹波はそう確信していた。

 元治元年の水戸の役に出陣する鳴海が一時その側を辞する口上を述べたとき、瑠璃はまだ齢十三であった。

 鳴海が瑠璃の師となってから二、三年ほどの頃のことだろうか。

「……戦場での討死は武士の誉れ。もし私の討死の報が届きますれば、瑠璃様にもそのように思し召し頂きたい」

 当時を思い出したのだろう、鳴海もまたぽつりと往時の口上を呟く。

 それ自体は特に何の捻りもない、至極有り触れた文句だ。

 しかし、瑠璃は号泣しながら激怒した。

 側を辞するはやむを得ずとも討死だけは許さんと怒鳴りつける有様で、周囲も随分と困惑し、気を遣ったものである。

「あれは忘れ難きこと……。そなたが死んだら私はこんな城など捨ててやる! などと、訳のわからんことを申されておいでで。大層困ったものだが、日頃の気丈さが嘘のようにびぃびぃ泣き縋る幼き瑠璃様のお姿は、それは胸に刺さるものがございましたからな」

「鳴海が戻らず陣太刀だけ帰って来るようなことがあれば、質屋に返さず圧し折ってくれるわ! とも、申されておったな」

「……そこを蒸し返すあたり、性格の悪さが滲み出ておりますぞ、丹波殿」

「話の要点はむしろそっちなのでな」

「……。くそ丹波が」

「聞こえとるぞ、くそ鳴海!」

「ぅおおっと何も申しておりませぬぞ! まままァ無論? 戦支度の心配はごむっ御無用なれど? 少々急ぎの用を思い出しましたゆえ、これにて失礼仕る!」

 鳴海はやや目を泳がせてから、平袴を翻した。

 そそくさと部屋の外へ出るや否や、またも大きな音を立てて襖を閉める。

(……質屋に遣いを出しに行ったな、あやつ)

 去り際の挙動で何となく察せられてしまうあたり、嘘のつけない男である。

 前述の水戸の役でも武功を上げており、武勇の誉れ高い男だ。やや直情的ではあるが、情に厚く一本筋の通ったその性質は人望を集めもする。

 瑠璃の思考、行動に多大な影響を与えているものがあるとすれば、それはこの大谷鳴海をおいて他にないだろう。

 少なくとも、今この時においては。

「大掛かりな戦にならねば良いが」

 縁側に出て、丹波は一人呟く。

 仙台も会津に対し同情的である故に、総督府も強硬に討会を命じてくるはずである。その機嫌を取りながらの折衝は酷く骨の折れることだろう。

 出来うる限り穏便に事が進めば御の字である。

 しかし生憎と丹羽家の所領は会津の真東に隣接しており、会津征討にはうってつけの土地であった。

 いずれ仙台同様に討会命令が下ることは想像に難くなく、丹波は俯き、暫しその額を押えたのであった。

 

 

【第十二章へ続く】


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