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第十一章 減らぬものなら金百両(3)

 


「羽木殿、受け取って貰えるかの」

「これは……? な、何でございましょう」

 流れのままに受け取った羽木はちらと視線を落としてから、再び瑠璃を見る。

 四十を一つ二つ超えた羽木は一学や新十郎と齢も近く、また常に丹波の傍らにあり、陰日向なくその辣腕を振るっていた。

「このような大金、如何された」

 羽木は些か問い質すような硬い口調になり、それを訝った丹波もまた顰蹙して瑠璃の様子を窺う。

 が、瑠璃はその場に棒立ちのまま、二人を見下ろすような格好で羽木と丹波を交互に見た。

「民にばかり、臣にばかり負担を強いておるようで心苦しい。それも僅かだが、軍事費用の足しにせよ」

「しかし瑠璃様、これはどういう金子なのですか」

「どういうって、私の装身具や打掛や、それと帯じゃな。ああ、茶道具も少しばかり売ったか」

「売った……」

 瑠璃の言葉を反芻するように羽木は呟く。

 そしてそれを引き継ぐように、丹波が思わず立ち上がりかけたのか片膝を立てた。

「売った!?」

「そうじゃ。今身に着けておるこの一揃いは残してあるから心配は要らぬ」

 広口の豇豆(ささげ)を手慰みにしながら、瑠璃はふんと鼻を鳴らす。

 一学や新十郎が言い置いた出兵の手筈を整えるため、更なる才覚金を課したことに、少なからず思うところもある。

 士分の者よりも商人のほうが金回りが良いというのも確かなようだが、それでも不足を補い切れないために士分の知行を借り上げているのだ。

「民とは何も、農家や商人ばかりではない。私にとってはそなたら家中もまた、己が暮らしを守りながら主家を支える柱じゃ。家中なくして主家は立たぬ。雀の涙ほどではあるが、私にも力添えさせてくれ」

「しかし姫様御自らこのようなことをなされば、家臣は更に身を切らねばならぬ。故に我らは常々御身分をお考え下さるよう、お諌め申し上げておるのですぞ!」

「そのようなこと、承知しておるわ! だから他の家中の目に触れぬよう、奥御殿で内々に事を運んだのじゃ。そなたらが口外せねば済むことじゃ」

 羽木が声音に凄味を含めて進言するのを、瑠璃はぴしゃりと撥ね付ける。

 主家の者が財を擲つような真似をすれば、それに属する大身が倣わぬわけにはゆかず、ただでも苦しいところに更なる負担を強いられることになる。

 羽木はそれを指摘したに過ぎず、渋い顔をしている丹波を見れば、その考えは二人共に共通しているものと思われた。

「知行を借り上げた上に、更なる苦心を課すわけにはゆかぬ。大きな家には大きな風が吹き付けるもの──、大身の家にはそれなりの数の使用人がおる。その者たちの暮らしをも思えば、家中にこれ以上の無心は出来ぬ」

「いやしかしですな……」

 丹波が尚も苦言を呈さんと口を開くと、瑠璃は掌を見せてそれを制する。

「私の用ならこの一揃いあれば足りる。減らぬものなら金百両、死なぬものなら子は一人じゃ。幸い衣裳は当座は減らぬ」

 何しろ普段の装いは木綿の小袖に平袴だ。

 高価な衣裳よりもむしろ稽古着のほうが必須なくらいである。

「……まったく、瑠璃様のなさることは想像の斜め上ですな」

「ふふふん、ご期待に添えたようで何よりじゃ」

「そういう問題ではございますまい……」

 丹波と羽木は互いに顔を見合わせると、どっと大きな吐息と共に項垂れたのであった。

 

   ***

 

 家老座上丹羽丹波のもとを瑠璃が去ってから、ほんの僅かも経たぬうちにまた別な者が足音荒く訪った。

「こちらに瑠璃様はおられるか!?」

 襖を蹴破らんばかりに乱暴に駆け込んだのは、番頭・大谷鳴海である。

 重い襖を柱に勢いよく叩き付け、その音は然ることながら畳を通じてびりびりと振動すら伝えた。

「喧しいぞ大谷。瑠璃様なら入れ違いで奥御殿にお戻りになられた」

「んなァ!? 何ですとぉお!?」

「何なのだ、そちは! いっちいち驚き方まで煩い奴だな、入れ違いだと申しておろうが」

 何ということか、と鳴海は苦悶の顔で天を仰いだかと思うとその場に膝を着く。

「くっ……! なんとしたことか! 瑠璃様が打掛姿で御過ごしだと聞いて一目拝謁せんと参じたというのに!!」

「左様か、残念であったな」

「何故瑠璃様を奥へお帰しになったのか! 丹波殿は私に何の恨みあってこのような仕打ちをなさる……!」

「言い掛かりも甚だしいぞ……」

 鳴海は顔だけを上げ、ぎろりと恨めし気に丹波を睨む。

 別に丹波が招いたわけでなし、瑠璃は勝手にやって来て金子を叩き付けて奥へ戻って行っただけだ。

 無論、瑠璃から口外無用の旨を含まれてもおり、それに触れることはしない。

 しかしながら、丹波には此度の瑠璃の行いに潜む理由に思い当たる節があった。


 

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