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第十章 心恋(2)

 


 何だかんだと、今も昔も頼れる師匠である。

「端から見たら、お姫様の道楽と取られても仕方ないかもしれぬな」

「左様。それを己が都合の良いように利用する者も、無いとは限りません」

「そういうものか……。そなたに言われなければ気付けなんだ、ありがとう」

 すると鳴海は満足げに口の端を上げ、二、三度頷く。

「私の言を素直にお聞き入れ下さる……、瑠璃様のその真直ぐな御心根は、私の誇りです」

 剣のみにあらず、折に触れて忠告してくれる鳴海は得難い臣であった。

 幼き頃、城の仕来りや慣例に押し込められ、息苦しい日々を送っていた。

 捻くれていた心が真っ直ぐになったとすれば、それは紛れもなく鳴海と出会ったからに他ならない。

 瑠璃は鳴海の双眸を見上げて苦笑した。

「それは逆じゃの。そなたが私の誇りなのじゃ。鳴海がおらねば今の私は無かった」

「過分なお言葉、生涯忘れませぬ。なんといつの間にやら、大きゅうなられましたな……」

 鳴海は不意にほろりときたのを堪えるように、徐に目頭を押さえる。

 それとほぼ同じくして、横合いからぬっと顔を出した傳太が鳴海の前に空の重箱を差し出した。

「お取込み中恐縮ですが、鳴海様。団子おかわり頂いていいですか」

「あぁ?! いいわけあるか! この麗しい主従愛が見えんのか貴様?! 少しは気を遣わんか!!」

「えぇ? あー、はい。うちは三百五十石ですので、おかわりは一度までで結構でございます」

 いけしゃあしゃあと、傳太はすっかり平らげた重箱を見せびらかす。

「貴様、さっきの話だいぶ中途半端に聞いとったな!? 三百石以上のくせにおかわりとはけしからん!」

「いやそなたら、おかわりに変な定義付けをするでないわ……」

「おや、御存じありませんか? 武家諸法度に定められていたはずですが?」

「何だと!? 知らんぞ、それはまことか!? いっ、一千石だとおかわりは何度までだ!?」

「落ち着け鳴海。そんな定めは無いし、仮にあってもそなたには関係なかろうが。傳太もあまり鳴海をいじらんでくれ……」

 

   ***

 

 銃太郎は直人の手を借りつつ門弟たちを纏めて引率してきたが、殆どが皆きょろきょろと落ち着かない様子であった。

 いつでも必ず銃太郎の傍らに張り付いている篤次郎は別として、他の子供たちは大燥ぎである。

 大身屋敷のそれも別邸などは見慣れぬだろうから、解せぬわけではなかった。

 茶園の主たる鳴海と主催した瑠璃に挨拶したあとで、一角を案内され銃太郎と直人も相伴に預かる。

 門弟たちにも揃って茶と菓子が振舞われたが、そこはまだ子供なのだろう、じっとしていたのも初めのうちだけだった。

「お前たち、大谷殿に失礼のないようにくれぐれも気を付けろよ」

 庭園の樹木や庭石を傷付けでもしたら大変だと、慌てて注意を促すと、皆で声を揃えて返事をする。

 子供たちは皆仲が良いが、とりわけ近所住まいであったり、他の道場で同門だったりする者同士で集まり、自然といくつかの輪が出来る。

「銃太郎、見てみろよ。ほんっと仲の良い主従だよな」

 少し離れた緋毛氈の床几に掛けて談笑する四人の姿を眺める。

 無論、直人の言う主従とは瑠璃と鳴海を指していた。

「俺が思うに、恋敵を牽制するよりも鳴海様に認められることのほうが困難を極めると思うぞ」

「べ、別に私は大谷殿に認められずとも──」

「あっ、姫様が茶を点てるみたいだぞ」

 銃太郎の弁明をあっさり遮り、直人は肘で小突いてくる。

 床几台から野点傘の下に設えた席へ移る瑠璃の姿が見えて、思わず目で追う。

 野点とは言え簡素に過ぎる小袖袴のまま、瑠璃は手際良く茶を点て始めた。

 その凛とした姿と洗練された所作は、衣装など伴わずとも充分に大名家の姫君の風格を感じさせる。

 篤次郎と取っ組み合いの喧嘩をしていたのと同じ人とは俄に思い難い。

 当然と言えば当然の事なのだろうが、弥が上にも身分の差を見せ付けられているような気がした。

 らしくもない感情の波に、居心地の悪さを煽り立てられるような心地だ。

「鳴海様に点ててんのかな? 質素なもの着てても、ああいうとこ見るとやっぱり姫様だな」

 意外と気品があったんだな、などと御丁寧にも失礼な感想を述べ、直人もじっとその姿に見入っているようだった。

 驚いたのは、鳴海に茶を点てていたと思った瑠璃が手ずから茶碗を捧げ持ち、こちらへ向かって来た時である。


 

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