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第九章 好敵手(5)

 


「まあ姫様はいつも楽しんでそうだけどな」

「直人殿、それは心外じゃ。私もたまには一応落ち込むこともあるぞ? 故に花見も私の気晴らしに過ぎぬが、付き合うてくれぬか」

 直人は意外そうに目を丸くしたが、にこりと笑って快諾する。

「銃太郎殿も、付き合うてくれたら嬉しいのだけど……」

 ちらと覗うと、銃太郎は目を合わさぬまま頷いた。

「──承る」

 実に堅苦しい返事だが、それでも了承してくれた様子だ。

 先程までの重い雰囲気が幾分和んだことに胸を撫で下ろす。

「そうか、ありがとう」

 目線は絡まずとも、瑠璃はにこりと笑って礼を言う。

 視界の端にでも入れてくれていればそれで良いと思った。

「気が塞ぐ時に独りでいるのは、やはり良くないと思い直したのじゃ」

 不穏な情勢の中だからこそ、親しい者の存在を近くに感じていたいとも思う。

 それで何が変わるわけでもないだろう。

 しかし一つだけ確実に言えるとすれば、大切な者を身近に感じるだけで前を向く気になれる。

 それだけで瑠璃にとっては最上の励ましであった。

「実は花見については、昨日助之丞と話し合うていてなぁ。賛同して貰えて良かった」

 ふう、と安堵の息を漏らしたが、その背で銃太郎の面持ちがまた色を変えたことには気が付かなかった。

 

   ***

 

 つい先刻瑠璃を送る道中よりも機嫌が悪くなっていることは、銃太郎自身も自覚していた。

 藩庁門で折り返して以降、全く口を開かない銃太郎をちらちら横目で見る直人の吐息が聞こえる。

「そんなに花見嫌なのか?」

「………」

「姫様直々のお誘いなんて、なかなかないぞ?」

「………」

 直人はそう言うが、瑠璃に限ってはしょっちゅう色んな人間に直々に声を掛けていることだろう。そこに希少性は皆無だ。

「なあ、話してみろよ。何か引っ掛かることがあるんだろ? お前、昔っから何か気に入らないことがあると途端に口利かなくなるよな」

「………」

「いつだったか、射撃で勝ち抜いてお上から褒美まで受けたくせに、成績に納得いかないとかで絶食までしてたもんな、ハハハ」

 あれには驚いた、と直人は笑う。

 嫌味な言い方ではない。

 銃太郎が本音を吐露する人間はそう多くなく、直人はその一人である。

 率直ではあるが、よく気の付く男だ。

「そういえばあの時の決勝相手は確か、青山助之丞だったか。ほら、姫様と仲の良さそうなやつ。あれ接戦だったんだよな──」

 記憶を辿るように話す直人の出した名に、銃太郎は思わず立ち止まった。

 それに気付かないまま、直人が数歩先を越してから漸く後ろを振り返る。

「何だ、どうした?」

 昔話に気を悪くしたか、と尋ねられたが、銃太郎は首を横に振った。

「じゃあ何でそんな怖い顔してんだよ」

「……直人」

「おっ? おう、なんだ?」

 やっとのことで声を聞かせたことに驚いたのか、直人は首を傾げて水を向ける。

「直人は、その──、……が、気になるということは、あるか」

「え? なに、なんて?」

 思わず小声になってしまい、聞き取れなかったらしい直人は大袈裟なほど顔を歪めて聞き返す。

「だ、だから! おっぉおなごが気になって、気が散じることはあるかと、訊いている」

「えっ、ああ──、え? あ、そういう……?」

 呆気に取られたように口を開いた直人は、やがて流れるようにしたり顔になると、にんまり含み笑った。

「いや! 違うぞ、そういうことじゃない! ただ、直人はどうなのかと思ってだな……!」

「はぁん? そう照れることはないさ。全て把握したぞ、皆まで言うな」

「違っ……だから私はただ──」

「差し詰め、青山助之丞は予てからの好敵手であると同時に、恋敵でもある──というわけだな?」

 合点がいったとばかり、直人は執拗に頷く。

 そうして頷きながら踵を返し、肝心の問いには答えぬまま再び先に歩き出した。

「ああ、そう。あの銃太郎がねぇ……へぇ、今夜は赤まんまだってミテさんに伝えておこう」

「だから! そういうんじゃない! 変なことを言うなよ!?」

 慌てて否定するも、直人の声音はまたすぐに神妙なものになった。

「でもな、銃太郎。……あんなでも姫君だ、こればかりはどうにもならん」

 揶揄うような口振りは一瞬にして鳴りを潜め、ぐうの音も出ない正論を吐く。

「そんなことは重々承知だ。ただ──」

 あまりに近く、不意にその身分を忘れそうになる。

 その都度自戒するものの、改めて青山助之丞に釘を刺されたことで言い知れぬ苛立ちを覚えていた。

「あらー、認めた? あららら、やっぱりそういうことなんじゃないか」

「あっ!? いや違う! 違うぞ!!」

「ん、もう遅い。それで意図的に距離を置こうとしていたわけか? 言っておくが、今日のような態度では心証を悪くするだけだぞ」

 男女の縁はあるはずもないが、奇しくも師弟の縁はあったのだから、せめてその縁は大切にしろ。

 そう言った直人の眼差しは俄に同情めいた色を浮かべていた。

 

 

 【第十章へ続く】

 

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