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第九章 好敵手(4)

 


「俺、昨日残って指導して貰ったんだけど……、昨日もちょっとぼんやりしてたっていうか……」

 勿論、指導のほうはしっかり見てくれてたけど、と才次郎は加えたが、それにしてもどことなく気が散じているように見えて仕方がなかった。

「若先生に限ってそんなことあるはずないよ! 今日だってほら、目許も口許もキリッとしてて格好良いし!」

「え……まあ、うん」

 他の門下生を指導する銃太郎の姿を、きらきらした眼で見つめる篤次郎。

「ごめんな、篤次郎。俺、話振る相手間違ったわ……」

 そんなやり取りを目の当たりにし、瑠璃は二人に躙り寄った。

「才次郎、無駄じゃ。篤次郎は銃太郎殿に対してそれはそれは強い敬慕の念を抱いておる」

 故に篤次郎が銃太郎を見つめる時、往々にしてその目は輝きながらも曇っておるのよ、とまで言うと、篤次郎が般若の形相で振り返った。

「若先生を悪く言う奴は許さないからな! いくら瑠璃姫でも噛みつくからな!?」

 元の可愛らしい顔立ちは何処へやら、今にも食いかかってきそうなものに豹変した。

「なな何も言うておらん! 大丈夫じゃ、銃太郎殿は今日も凛々しく頼れる仏頂面の美丈夫じゃ!」

 一度本当に噛み付かれた経験があるがために、瑠璃は咄嗟に言い繕う。

 が、篤次郎の顔が和らぐことはなかった。

「途中一個要らないのあるだろ?! いやそれより瑠璃姫が言うとなんか邪道な感じがするから瑠璃姫はあんまり若先生褒めんな!」

「おお!? だいぶ理不尽じゃな!?」

「おい姫様、また怒られるぞ」

 銃太郎の目に触れる前にと、端で監督する直人が口を挟む。

 だがそれは少しばかり遅かったらしい。

「こらそこ!! 何してるんだ!」

 直人の忠告も虚しく、更なる雷を落としたのは他でもない銃太郎である。

 じろりと三人を睨み付けたが、銃太郎が瑠璃に目を向けたのはほんの一瞬だけだった。

「私語は慎むように言ったはずだが?」

「最初に話しかけたのは俺です。申し訳ありませんでした!」

「ごめんなさい、若先生……」

 二人はそれぞれに素直に詫びる。

 銃太郎は次いでゆっくりと瑠璃を見るが、その視線が何となく居た堪れなかった。

 何しろ私語を咎められるのはこれで二度目である。

「……じゅ、銃太郎殿におかれては本日もご機嫌麗しく……その、先日に引き続き重ね重ねの無作法、なにとぞ御寛恕頂きたくじゃな……」

 全力で(へりくだ)るものの、こうも失態を重ねるとやや怖気付いてしまい、その目を真っ向から見返すことは躊躇われた。

「……ご理解頂ければ、構いません」

 意外にもその一言だけで、銃太郎がそれ以上咎めることはなかった。

 くどくどと言われる覚悟を一瞬で決めていただけに、拍子抜けである。

 指導後に三人纏めて説教されるかとも考えたが、結局それもなかった。

 些か冷たく、ともすると避けられているような気さえする。

 北条谷を出る際も、帰城の挨拶をした瑠璃に短く形式的な挨拶を述べただけですんなりと帰路を促したのである。

 いつにも増して無口な銃太郎と、気まずそうにする直人もまた口数は少ない。

 その間で、瑠璃もそこはかとない肩身の狭さを感じながら歩く。

 単純に先の所業に対して憤慨している様子でもなく、どちらかといえば何かを深く考え込んでいるような気配だった。

「………」

「………」

「………」

 沈黙が続き、ざりざりと道を往く下駄の歯が砂を噛む音だけが耳につく。

 既に藩庁門は目の前だ。

 このまま二人と別れるのも気掛かりで、何か場を和ませる話でもと思案し、瑠璃ははっと閃いた。

「そうじゃ! 花見じゃ!!」

 突如声を張り上げて立ち止まった瑠璃に、二人も驚いたように足を止めた。

「は、花見……?」

「姫様大丈夫か、まだ花咲いてないぞ?」

 ぽかんとする二人の視線が注がれる。

 桜はまだ蕾で、花開くまでにはまだあと幾日か要するだろう。

「花が咲いたら皆で花見をしよう。銃太郎殿も直人殿も、門弟の皆も一緒に!」

 そうは言っても、大っぴらに宴席を設けるわけではない。銃太郎の門弟たちに声を掛けて、調練の後にでも桜を見に出掛ける程度のことだ。

「憂うばかりでも仕方ないと思うてな。時に気分を換えることも良いじゃろう」

 そう力説してみせると、両者顔を見合わせる。

「それもそうかもな。なあ、銃太郎」

「……あ、ああ」

 賛同してくれる直人とは対象的に、銃太郎はあくまでも不承不承という体で頷く。


 

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