第九章 好敵手(3)
高い杉や欅の森に囲まれた墓碑に手を合わせ、静謐な墓所に響く鳥の声を聴く。
木々を揺さぶって枝から枝へ移ろう羽音がやけに響いた。
暫時瞑目してから、やがて顔を上げ、後ろに控えた助之丞のところへ歩み戻る。
「付き合わせてすまぬ」
「いいや。寧ろ光栄ですよ、瑠璃姫様」
「……気色悪いのう。今更助之丞にそんな呼ばれ方をするとは思わなんだぞ」
急にどうしたのか、と問うてやろうかと考えたが、やめた。
助之丞も恐らく同じように感じているのに違いないと思ったからだ。
当てもなく出歩く先が先祖の墓参りだったことなど、過去に一度もなかった。
だのに急に、墓前に手を合わせたくなったのである。
敷石を踏んで山門へ向けて歩く瑠璃の傍らを歩き、助之丞はごく当然のように手を引く。
少々照れ臭いようにも感じたが、その気遣いを無碍にも出来ず、瑠璃は振り払わずにその手を頼った。
本堂の前まで来て、境内に根を張る桜の木が目に映る。
蕾がふっくりと膨らみ、仄かに色付いていた。
「じきに桜が開くなぁ」
思わずその足を止めた瑠璃に気付き、助之丞も緩慢な動作で立ち止まる。
桜の花の季節はもう目前だった。
暖かな風がゆったりと流れ、城内での張り詰めた気配が嘘のように穏やかな時を実感する。
「なあ、どうして急に墓参りなんかしようと思ったんだ?」
「んー……、何となく、じゃな」
執政会議の取決めにより、仙台藩への使者として家老の日野源太左衛門や用人の服部久左衛門らを向かわせることとなった。
間もなく出立する彼らの道中の無事を祈ると共に、この地が安寧であるように。そんな願いを込めての墓参であった。
先の見えない不安は、如何に気を紛らそうとしても常に心の底に張り付いて離れない。
誰かと共にいても、剣術や砲術の鍛錬に精を出しても、根底に燻る不安の種は日を追うごとに育っているように思えた。
「のう、助之丞」
「ん?」
「桜が咲いたら、皆で花見をしよう」
城の桜でも、馬場の桜でも、寺の境内の桜でも、堀端に咲く桜でも。
「どこの桜でも良いのじゃ。皆で賑やかに過ごせたら、きっと楽しかろう」
瑠璃の手を取ったままの助之丞の手に、ぎゅっと力が籠められた。
「……ああ、そうしよう」
まだ幼い時分に出会ってからというもの、時にお忍びを楽しんだり、剣の相手を頼んだり、共に過ごしてきた時間はそれなりのもの。
気心の知れた兄妹のようなものだ。
側に仕える鳴海よりもずっと歳は近く、何かあれば慰め励ましてくれる助之丞は頼もしい存在だった。
「大丈夫だ。一人じゃないだろ」
そう言って優しく微笑みかける助之丞の眼差しが、暖かくも擽ったいように感じて、瑠璃は思わず顔を伏せた。
不安なとき、そして落ち込んだときによく城を抜け出しては助之丞の姿を探し回ったものだ。
今も瑠璃の心中などは御見通しのようで、繋いだ手を離さず強く握ったままなのも、助之丞の優しさなのだと分かる。
「……お前なー、もういい加減、俺には隠せてないからな?」
「な、何がじゃ」
「不安でしょうがない、って顔に書いてある」
流石にこんな時勢ではそれも仕方がないが、と助之丞が言い添えた瞬間。
不意に繋いだ手を引かれ、瑠璃は反動で助之丞のほうへ向き直った。
「っ何じゃ、急に」
俯いていた顔を上げると、僅かも逸らさずにじっとこちらを見つめる助之丞と視線がかち合う。
いつもの人好きのする笑顔は無く、何かを言いかけて開いた唇が複雑に動いてまた引き結ばれた。
悲喜交交、綯い交ぜになったような、見たこともない表情だった。
「……助之丞? どうした、腹でも痛いのか」
様子の転じた助之丞を案じて問うと、助之丞ははっとしたように慌ててそっぽを向く。
「……いや、別に。こうして手ぇ繋いでると、昔を思い出すなー、って」
「ん? うん、そうじゃな……?」
助之丞はどこか気恥かしそうに頬を掻き、それきり目を合わせようとはしなかった。
***
「なあ、篤次郎」
翌日の射撃場において、いつも通りに指導を受けていた門下生の中でこそこそと声を潜めた会話が為された。
篤次郎に声をかけたのは、才次郎だった。
「今日の若先生、なんか機嫌悪くないか?」
「え、そうかな……?」
特に思い当たる節もなかったのか、篤次郎は銃太郎の姿を目で追う。




