第九章 好敵手(2)
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銃太郎の直弟子は十三、四歳のまだ幼く愛らしさの残る少年たちばかりである。
指導が終われば、途端に仲間同士集まって賑やかに笑い合う。
そこに何故か城の姫君が一人混入しているが、徐々にその光景にも馴染みを覚えてきているのだから、慣れとは怖いものだ。
射撃場を取り巻く木々の中に、桜がその蕾を大きく膨らませ、鶯が谷を渡る。
朝晩の冷え込みはあるものの、風はからりと乾きすっかり春めいていた。
いつもながら門下の少年たちと和気藹々ふざけ合う瑠璃を眺め、銃太郎は目を細めた。
(近付き過ぎるな、か……)
助之丞の忠告が念頭を過ぎるが、屈託なく笑うその姿はやはり目を引いた。
門下の子供たちは家柄も様々だが、仲間内では皆対等に接し、呼び捨て合う。
家格に拘らず互いに友として接するだけに、瑠璃に対しても同様の感覚を持っているのかもしれない。
無論、それは大人になり番入りしてからも同様であった。
同い年で、とりわけ同門であったり、特に昵懇の付き合いのある者同士では気の置けない関係が続く。
瑠璃より年下の者ばかりだが、特に篤次郎は同日入門だけあって喧嘩をする程に打ち解けているようだった。
皆の愉し気な声が響き渡る中、銃太郎に声を掛けた少年がいた。
「若先生」
心なしか控えめな声に振り向くと、門下の中でも小柄で華奢な少年が一人、深刻そうな面持ちで銃太郎を見上げる。
「才次郎か、どうしたんだ?」
成田才次郎。
篤次郎よりも一つ上の、十四歳である。
門弟の中でも体躯の小さなほうで、銃身を持て余している様子がよく見られる。
しかし生来努力家な性質なのだろう。何事も熱心に取り組む、直向きさのある子だ。
その才次郎が懊悩顔で銃太郎を見上げ、躊躇いがちに口を開く。
「俺、他のみんなより遅れている気がするんです。今日だって結局、一発も命中しなかった」
言われて、銃太郎もふむ、と才次郎の姿を眺める。
確かに他の子供たちよりも一回りは小さなその身体では、安定した構えを取るのは難儀なことだろう。
「瑠璃姫だって、今日は二発は当ててたのに。男の俺が一発も当てられないのは悔しいです」
眉間に皺を寄せる才次郎は、口惜し気に瞳を潤ませた。
確かに、銃太郎が以前構えを直すよう指導してから、瑠璃はめきめきと上達してきていた。
だが、才次郎は身丈も瑠璃には些か及ばず、瑠璃に対する指導と同じようにはいかないかもしれない。
「分かった、それならもう少し一緒に試し撃ちをしてみようか。才次郎に合った撃ち方を考えるとしよう」
「! ありがとうございます!」
才次郎の顔はぱっと華やぎ、心底嬉しそうに頬を紅潮させる。
その心掛けは勿論のこと、自分を慕って苦悩を打ち明けてくれるその信頼が銃太郎には大いに嬉しかった。
銃太郎は他の門弟たちを解散させ、自らは才次郎に請われるまま射撃場に留まることとした。
「姫君! 才次郎の指導のあとで私が送る。もう少し、付き合って貰えるだろうか」
わらわらと退散していく門弟に混じって帰ろうとする瑠璃を、銃太郎は慌てて呼び止めた。
生憎と助之丞も場を外し、迎えの者はまだ姿を見せず、加えて今日は直人もいない。
このまま城へ帰らせるわけにもいかずに声を掛けたのだが、瑠璃はきょとんと銃太郎を見返して訝しげに首を傾げる。
「いや、一人で構わんぞー?」
「駄目だ! 一人で帰らせようものなら絶対に大谷殿が討ち入ってくるだろう!?」
「だーいじょうぶじゃ! 城へ戻る前に助之丞と落ち合う約束をしておるのでな!」
けろりと笑い飛ばし、瑠璃が大きく手を振る。
また明日、と充足しきったような笑顔で挨拶を叫ぶと、瑠璃はそのまま踵を返して駆け出して行ってしまった。
(また、青山か)
先に帰り始めた子弟たちのあとを追うように遠ざかっていく背中を眺め、不意に気落ちしている自分に気が付く。
「若先生? 大丈夫ですか?」
知らずと顔に出ていたのだろう、銃太郎の様子を案ずるように才次郎が下から見上げていた。
「ああ、すまん。大丈夫だ、何でもない」
その場を取り繕ったものの、その後も胸中にずっしりと重しを掛けられたような心地が消え去ることはなかった。
***
瑠璃は歴代の藩主が眠る菩提寺にいた。
北条谷から幾らも離れず、小走りにやって来た助之丞と落ち合い、そのままのんびりと連れ立って城下の外れにまでやって来たのである。




