第九章 好敵手(1)
身の丈五尺七、八寸。
その長身かつ筋骨逞しい体躯に大髻を下げた姿は、ただでも目立った。
それが藩庁門で仁王立ちしていると、登城の藩士たちが一瞬ぎょっとしてから軽く挨拶を交して通り過ぎて行く。
しかし、その銃太郎を見て驚くでもなくごく自然に声をかけた者があった。
「あれ、銃太郎さん。何してんですか」
青山助之丞である。
雀の声が方々から聴こえる中、やや小走りに近付いてくるのを捉え、銃太郎は幾分落胆を覚えた。
「何って、姫君の出迎えだ」
性懲りもなく一人でやって来るのに堪り兼ねていたところ、昨日はとうとうその姿すら現さなかったのである。
よもや瑠璃の身に何かあったかと、思わず城へ問合せた結果、執政の讃談に引っ張り出されただけだと判明し、安堵した。
これが今後も続くようでは、この身がいくらあっても足りない。
故にこうして迎えに出たのである。
しかし助之丞にはそれが不審に思えたのだろう。怪訝な顔で銃太郎を見たかと思うや、すっと冷ややかな眼差しに変わる。
「それ、俺が受けた役目のはずですけど」
「しかし、お前もうちの門下ではないし、そう毎回瑠璃に付き合ってもいられないだろう」
自ずと瑠璃の名が口をついて出た。
銃太郎自身も驚いたが、助之丞も耳聡く聞き取ったらしい。その刹那、微かに癇走ったような顔をしたのを、銃太郎は見逃さなかった。
「……いつから瑠璃姫を呼び捨てるようになったんですか」
「それは、──瑠璃がそうするように、と」
「ふぅん。けど、それは銃太郎さんが指南役だからでしょ? 普段から呼び捨てたら、それは流石に無礼だと思うけど」
声音に剣呑さが表れているのは、気のせいではないだろう。仄かな敵意が含まれている。
以前もこうした違和感を覚えた気がして、銃太郎は口を引き結んだ。
敵視される謂れはないと思っていたが、銃太郎が預かり知らぬところで、どうも気に障ることがあるらしい。
心当たりが全く無いわけでもなかったが、思い当たるのはもう何年も前のこと。銃太郎が江戸へ上がる前のことだ。
まだ十五やそこらの年の頃だったか、藩主上覧の射撃大会が開かれた。
そこで助之丞とは決勝を争い、僅差で銃太郎が勝利した、ということがあったのだ。
それ以前も以後も、砲術にせよ剣術にせよ好敵手と認識している。
だがあくまでも好敵手、互いに技量を高め合う良好な関係を築いて来たつもりだった。
(──何年も前のことを持ち出して臍を曲げるような奴ではないと思ったが)
とすると、やはり銃太郎が別に砲術師範に取り立てられ、その門下に姫君が入ったことくらいしか思い至らない。
悶々と他に敵意の原因を探るが、これといって特筆すべきこともなかった。
「銃太郎さん、あいつが──瑠璃姫がいくら気易くても、姫君だから。降嫁する話が本当でも、相手は大身の惣領だって相場は決まってる。変に近付き過ぎないほうがいい」
「! ……は?!」
弾かれるように助之丞を覗き込んだが、その顔は真顔そのもので、茶化すような色は全く窺えない。
至って大真面目に釘を差しているふうだ。
「気になってんでしょ、分かるよ。……俺もそうだったから」
「………」
言葉尻は殆ど独り言のように小さく呟く程度の声だったが、銃太郎の耳にはしっかり届いていた。
どうも忠告のようだったが、言われるまでもなく線引きくらいは出来ているつもりである。
「お前こそ随分と親し気だろう。そのお前に言われても説得力に欠ける。直人もいつの間にか懐柔されているしな」
それに、と銃太郎は城の石垣へ視線を移ろわせた。
今にあの城屋敷から飛び出してくるだろう瑠璃の姿が浮かび、不意に口許が緩む。
「向こうから問答無用でやって来るものを、私が拒めるわけはない」
「銃太郎さん、顔」
巨大な溜め息と共に、やや投げやりな助之丞の声が言う。
「は? 顔?」
「顔、にやけてるけど?」
胡乱げな眼差しを無遠慮に向けられ、銃太郎は咄嗟に唇を引き結んだ。
「にやけてなどいない。妙な勘繰りをしているせいでそう見えただけだろう」
「ハァ、どうだか」
呆れたように吐き捨て、助之丞は大きく息を吸い込むと、聞えよがしに一気に吐き出す。
瑠璃がいつものように鳴海を伴って藩庁門まで出てきたのは、その直後のことであった。
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