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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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7/6 ☆は♪な♪う♪た♪

 ♪~


 うちは、やけに鼻歌が飛び交う家だ。


 常にごきげんというか、黙っているのがきらいというか。

 常にカラオケの練習をしているというか、新しい曲を確認しているというか。

 常に頭のなかが駄々漏れというか、隠すことを知らないというか。


 ♪~


 ソファで猫を伸ばす娘が、機嫌良く口ずさんでいる。


 ……めちゃめちゃ機嫌良いのに、鼻歌はうっせぇ♪うっせぇ♪なのか。

 もしや、なんぞ不満でも抱えているんじゃあるまいな……。


 ♪~


 ご飯を作る横で、息子がなにやらメロディを口にしている。


 ……裏表のやつだな、さすがに一言一句歌えんわな。

 鼻歌は、何となくで歌えるから良いんだよね。

 ビートを刻みながらネギを刻んでいるあたり、ずいぶんかわいらしいじゃありませんか。


 ♪~


 唐揚げを揚げながら私も鼻歌など。


 今度アニメ化するって聞いたからさあ、ウフフ。

 ついつい嬉しくて口ずさんじゃうんだよん。


 ♪♪~


 息子の鼻歌が、私の鼻歌と重なる。


 ネギを刻み終わったので、ビートを刻むのをやめてこちらの鼻唄に乗っかってきたらしい。

 たまに二重奏になるのも、楽しいのだなあ。


 ♪♪~


 息子はずいぶん若いながらも、古いアニメ主題歌の知識が豊富なのだ。


 私の鼻歌チョイスに、しっかり応える事が可能な程度にはね。

 何度も何度もカラオケで私の歌声を聞いた結果、鼻歌が出せるくらいに身近なメロディとして習得してしまったのですよ。


 ♪ ♪~


 微妙にハモる、少々の音程の違いがわりと心地よい。


 完璧なハモりでは得られない、絶妙な……個人競技のぶつかり合い的な、それでいて様子を伺う、だがしかし決して相手に合わせて己の音程を変えはしない、歌詞の忘却を強引にごまかしつつ並走する感じが、ずいぶん愉快なのだなあ。


「エロいぬエッサいぬ♪」

「君、我が求めて訴える文言、間違えてますよ!」


 多少の間違いはなかなかに痛快で、セッションにつかの間の語らいをもたらすのだなあ。


 ♪゛♪゛♪゛♪゛♪゛

 ズドン♭ズシン#どっか、どっか……!


 唐揚げをテーブルに並べていると、破壊音と重低音が聞こえてきたぞ!

 キッチンに穏やかに流れていた、鼻歌のメロディが蹴散らされていく!


「ただいま~♪あ、今日唐揚げ?いただきいー!うわっち、あち、あち!はぐはぐ、むしゃむしゃ…!」

「ちょ!手を洗え!つまむな!汚い作業着を脱げ!」

「行儀が悪い」

「ごはんできたー?わーい、食べよう!」


 食器の並ぶ音、箸が皿を叩く音、器がテーブルとぶつかる音に、腹の鳴る音、腹肉が揺れる音、唐揚げが飲み込まれる音にお茶が胃袋になだれ込む音、ジャーを開ける音にごはんを盛る音キャベツを食む音、音、音、音、音、音、音音音音……!


 心地よく流れていた鼻歌は消え去り、無遠慮で傍若無人な騒音が流れに流れまくる。


 時折飛び交うがさつな物言いも相まって、実に落ち着きのない、落ち着けない空間と化す食卓よ……。


 騒がしいなぁ、もぅ……。


 幾分、いや、ずいぶんげっそりしつつも、腹は満たされ。

 後は、後片付けをば。


「手伝う」


 ♪~


 息子と共に、シンクにならび、皿を洗いながら鼻歌を。


 ♪♪~


 穏やかにハモり始めた、その時。


 ♪゛♪゛♪゛♪゛♪゛

 ザバン#ビシャン♭ジャー、ジャー!


 キッチンの窓から、破壊音が!


 うちのお風呂はさ、道路に面しててさ。

 お風呂とキッチンは、並んでてさ。


 ♪゛♪゛♪゛♪゛♪゛

 ザバン#ビシャン♭ジャー、ジャー!


 窓の外から聞こえると言うことは、窓の外に音が溢れだしているということなんだよ。


 超ウルトラハイパーごきげんで爆音を放つ旦那、旦那アアアアア!

 たまに食後にお風呂にはいると、いつもこうなんだよ!


 ……っく、キャハハ、すごい声!

 ……ここの人、いつもさあ!

 ……野太い声で、魔法少女……

 ……へたくそー!


 うちの前の道路はさ、学生さん達の通学路なんだよね。

 うちの前の道路って、駅に続いてるんだよね。

 うちの前の道路、わりと夜九時くらいまで、人がよく通るんだよね。


 ♪゛♪゛♪゛♪゛♪゛

 ザバン#ビシャン♭ジャー、ジャー!


 お風呂の中ってさあ、音が響くじゃない?

 外の歓声なんて、微塵も気がつかないみたいなんだよね。


 ……すげえ、録音したろ!

 ……セリフまでかよ!

 ……アンコール!プッ、くくくく!

 ……騒がしい家ねぇ…


 鼻歌ってさあ、こんなにも、あたり一面に響くもんだったかな……。


 もうこれ、鼻歌じゃないよね……。

 もうこれ、リサイタルじゃん……。

 こんどチケットでも配ってやろうか……。


「洗い終わった」

「ありがとう、じゃあ向こうに避難しようか」


 ♪~

 ♪~


 私と息子が鼻歌をふんふんやりながら、リビングに行くと娘の鼻歌がきこえてきた。


 ♪~


「あ、猫砂掃除しといたよ♪」

「ありがと~♪」

「ノイやりたい」


 鼻歌をしばしやめ、談笑しつつカードゲームに熱中しておりますと……。


 ♪゛♪゛♪゛♪゛♪゛

 のっし#のっし♭のっし♪


 近付いてくる、豪快な独壇場リサイタルの音が!


「あっ!お父さんもやるー!」


 二、三戦楽しんだあたりで、私はお風呂へ。


 湯に浸かりながら、耳を澄ませば……。


 …♪

 ~♪


 聞こえてくるのは、見知らぬ誰かの鼻歌。


 ぶぅんっ……

 かしゃんっ……


 車と自転車の追奏も、たまに加わる。


 のんびり外の音に耳を傾ける、なんとも贅沢なひとときよ……。


 お風呂をあがって、玄関の鍵をかけに行こうと棒アイスを咥えながら一歩踏み出した私の耳に聞こえてきたのは。


 んぐぉ~、むぐぁ~、がが~!


「あ、お風呂空いた?お父さんねちゃってさあ!」

「かなりうるさい」


 ソファで爆音を放つ…旦那!


 こんな騒音の中でよく寝られるな……。

 自分が発生源だと平気なもんかね……。


 うぅ~ん♪

 むにゃむにゃ#がぉっ……!


 時折音程っぽいものが聞こえるのは、夢の中で鼻歌を口ずさんでいるからであろうか。

 少々猫が乗っていて暑苦しそうだが、まぁまぁ幸せそうに爆睡していらっしゃる。


「じゃあ君たち早くお風呂入って寝なさいね、あたしはもうねる、オヤスミ」


「へいへい」

「おやすみなさい」


 たん、たん、たん、たん……。


 階段を上る音は、睡眠導入のオルゴールみたいなもの。

 自室のドアをあけ、ベッドに入ってしまえば、あとは夢の中……。


 ♪~


 ♪~


 ♪~




「お母さん昨日寝言ひどかったよ!」

「ひどかった」


 ……朝から娘と息子が絡んでくるんですけど。


「ドアを突き抜けて聞こえてきた!」

「何歌ってたの」


 夢の中で、鼻歌を楽しんでいたらしい。

 ……まるで記憶に無いわけですけれども。


「お父さんもスゴいけどお母さんも大概だよね!ウケる!」

「なかなかだった」

「一階まで聞こえてきた!おかげでよく眠れなくてさあ…」


 旦那まで参戦してきたぞ!

 自分の事を棚にあげ、なんという厚顔無恥!


「ああもう、うるさいな!黙れ、ダマレ!」


 顔をバシャバシャ、歯磨きをザブザブ!

 ボスボス歩いてキッチンに向かい!


 前奏は、ばっちりだ!


 ♪~


 鼻歌の出だしは…ばっちりだ!


 ♪~


 コツ♪

 カツ#

 カシャッ…


 私は、ごきげんで…卵を割り始めたのだった。




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