4/4 ☆スニーカー
ざ、ざ、ざ・・・ござっ!!!
「……ん?」
日課のウォーキングに出かけていた私は、足元の異変に気が付いた。
いつもだったら幹線道路沿いの舗装された道を行くんだけど、今日は裏道の土手にさ、つくしでも伸びてないかなって思ってさ、砂利道の方に来たという経緯がですね。
…でっかい石でも踏んだのかと思って、足元を確認してみると。
「げ!!何これ!!靴の底が…抜けとるがな!!!」
でかい石を踏んだ衝撃?小さい砂利の地道な攻撃が効いた?もしくは家を出た時から実は底が抜けていた?何が正解かはわからないが、ただいま絶賛装着中の靴が…破損しているではありませんか。
そういえば何となく足が軽かったような、ははーん、靴底が持ち上がってなかった分軽かったに違いない。…私わりとガサツというか無神経というか気が付かないというか、動じないというか、鈍すぎるというか、うん、知ってた。
このまま二時間のウォーキングに出かけることはできまい。いったん家に帰るか、そう思った私の目に、若者向けのアパレルブランドの建物が見えた。
「・・・新しい靴買っていくか。」
急遽の買い物が、決定した。
明るい店内には、ずいぶんお値打ちの商品がずらりと並んでいる。
春物セールか……、やけに明るい色合いのものが多くて、目に鮮やかで、ずいぶん心地いい。
この時期の色物ってすっごく好きなんだよね、ピンクとかグリーンとか、冬物のもっさりした色合いからこう、脱皮した感じっていうのかな…。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「ああ、靴がね、壊れちゃったから、買おうかなって思って寄ったんだけど…。」
「ご案内しますね!」
店員さんに連れられて、シューズコーナーに向かう。
けっこういろんな種類があるなあ、パンプスにスリッポン、布シューズにスニーカー…。
ずいぶん安いぞ、何か心配になってくるな。
今はいてるウォーキングシューズは、確かスポーツ店の閉店セールで半額で買った、7000円の代物なんだよね。
高いだけあってめちゃくちゃ履き心地が良くてさ、もうずいぶん長い間愛用していて…ちょっと待て、買ったのっていつだ?
‥‥‥もう三年も前だ!!!
なんという時の流れの素早さェ……!!!
「春の新作、入荷したばかりなんですよ!」
新作コーナーには、薄桃色や若草色のスニーカーが並んでいる。
春らしくていいなあ、よしこれにするか。
私は悩まないでサクッと買うタイプなのだ!
「25ってどれですかね?」
「LLサイズになるので…こちらですね。」
「じゃあ、それ下さい。」
「ありがとうございます!」
実にテンポよく、お会計へと進む。
「履いていかれますか?」
「うん、そうだね、お願いします。」
支払いを済ませた後、タグを切ってもらってさっそく履いてみる。…うん、ぴったりだ。
「そちらの靴、廃棄しておきましょうか?」
「いいんですか、ありがとう!」
店員さんに、脱いだ靴を手渡した。
靴よ、さらば。長年世話になったな!あばよ!!!
新しい薄桃色のスニーカーが、実に薄汚い舗装された道路に映える。…ちょっと若すぎたかな、いやいや、春だし多少足元が派手になっても大丈夫だろ、そんなことを考えながら土手に向かう…。
……。
‥‥‥、なんだ、微妙に…足が痛いような、きついような。
かかとのあたりは緩みがあるのに、横幅サイズが微妙に…きつくて、足の甲の端に当たるのが気になる。地味に靴底の薄さも気になるな、いつもサクサク歩いている歩道が、やけにこう、ごつごつと感じるというか…。細かい砂利が足の裏にはっきりと存在感をですね。
足を気にしつつ、土手に到着したんだけども。
うそーん、メッチャ人がいる!!!
土手のあちこちに、しゃがみこんでレジ袋を広がる人が!!!
しまった、完全に!!!
出 遅 れ た !!!
今更突撃したところで、かさのひらききったつくししか残っていまい…。
私は通りかかった散歩民のふりをして、土手を通り過ぎ。
すっかり意気消沈してしまった私は、そのまま家に帰る事にした。
……地味に足も痛い。おそらく靴擦れを起こしているのだろう。
……初めてだな、かかと以外の部分が靴擦れするなんてさ。
家に到着早々、靴を脱ぎ脱ぎ、ばんそうこうを貼り貼り。
ソファに沈み込んで猫を丸めつつ、靴について考察など。
……やはり、高い靴は、素晴らしかった。
1500円のものは…それなりなのだ。
最近の若い子はほっそりした足の形をしているに違いない。
若向けの店舗は、そりゃもちろん若向けのものを製作しているわけで……。
私にはずんぐりむっくりした靴が似合うのだ。
明日にでも新しい靴を買いに行こう。
合わなかった靴はどうしたらよろしかろうか。
娘が履きそうだな…。
でも奴はわりとこういうタイプの靴をはかないタイプで……。
「ただいま。」
「あれ、お帰り。早いね、なんだどうした。」
昼から友達の家に遊びに行っていた息子が帰ってきた。
まだ時間は四時を回ったところ、いつもなら五時まで目いっぱい遊んでくるはずなのにな。
「ごめんなさい。」
「ちょ、何があった…。」
無口すぎる息子はですね、言葉が少なすぎてなかなかにこう、いろいろと肝心な事しか伝えようとしないというか、言い訳をしないというか、潔すぎるというか。
気さくに謝るのはいいが、何について謝っているのか、そちらの方が気になるわけで―!!!
「靴、失くした…。」
「おう、マジか…。」
玄関に行くと、靴が片方しかない。
ご丁寧に脱いだ靴下が靴の横に二足並べられている。片方は足の裏部分が真っ黒だ。
「靴飛ばしで、失くした。」
聞けば、学校の校庭で靴飛ばしをしていたところ、ものすご―――く飛んだそう。
友達はもちろん、校庭にいた他学年の子どもたちや休日出勤の先生まで巻き込んで、いろいろと探し回ったらしい。
校庭横にある森に落ちたとは思うけど、もしかしたら先生の駐車場の方にまで飛んでって、工事業者のトラックに乗ってどこかに行ってしまった可能性もある模様。
森の中かな?木に引っかかってるのかも?だけどトラックの荷台に入り込んだってのもあり得るといえばあり得るんだよ、森の木陰に車を停める人多いんだわ…。
黒い靴だからなあ、なかなか見つけるのは難しそうだぞ…。
「まあ、そのうち出てくるかもだけど、とりあえず新しい靴買いに行こうかね。」
夕食の準備まで、まだ少しあるから、近所の靴屋に行って…。
「この靴、欲しい。」
何と息子が、薄桃色の靴を指差しているではありませんか。
「あんたこれピンクだけどいいの…。」
「これなら靴が見つけやすい。」
息子は息子なりに、靴をなくしたことを反省しているようだ。
しかしピンク?男子が??…いやいや、今はなんていうか、ジェンダーレス?そういうのがずいぶん進んでるし、女子っぽいとかそういう意見は時代にそぐわない。そうだなあ、旦那もピンクのパーカーいつも着てるし、花柄のエコバッグ愛用してるし、車のカバーはリラックスベア一色だし…。
「ちょうどいい!!!」
このところ足が急成長している息子、私と同じサイズの靴がぴったりという、この事実よ…。
子供の成長というのは、本当に早いものだ。もう今年中に身長も追い越されてしまうのではあるまいか。
いよいよ自分がこの家で一番小さい人になってしまう日が…来る!!!
旦那もでかいが、娘もでかい、息子もでかくなるに違いない!!!
「じゃあ、君に差し上げるよ、大切にお履きなさい。」
「はい。」
息子はピンク色の足で、そのまま遊びに出かけて行ってしまった。
靴飛ばしの続きをするのか、それとも靴を再び探すのか。
片方の靴は、しばらくこのまま待機だな、うん。
自分の靴がなくなってしまったので、明日から履く靴を用意せねばなるまい。
私は靴箱の中をのぞき込み、ランニングシューズを取り出した。
ランナーやってた時に毎日履いてたやつだ。あの頃は毎日5キロ走ってて…。
懐かしいな、そう思って靴紐を引っ張ると。
び、ぶちっ!!!!
「ひ、ひも!!!というか、何か…へたれてる?!」
勢いよく紐を緩めようとしたらちぎれてしまった。
しかも、中のインソールがぼろぼろって崩れてくる!!!
何これ、こんなに靴ってすぐに悪くなるの…って。
ちょっと待て。
私…走ってたのって、いつだっけ…?
確か息子の保育園の入園式の前日に大会に出て、疲労困憊でヒール履いてすっころんでおしりにでっかい青担ができて…げえ!!!もう十年近く前じゃん!!!!
「ちょ、この体育館シューズも色がヤバイ!何この革靴、剥げてる!!パンプスのリボン取れてるじゃん、あああ、かかと、取れたー!はい、はい?はいイイイイ?!」
思いがけず、靴箱の掃除をすることになってしまったわけですけれども。
ゴミ袋いっぱいの、履けない、履かない靴とかさあ…。
片方しかない靴が二つもある、いったいなんでだ…。
いらないものを処分したら、ぎゅうぎゅうにつまっていた靴箱に隙間ができたぞ。
…これなら、新しい靴買ってきても、入れることができるな。
わりと玄関にさ、出しっぱなしになってた靴があってですね。
そういうのを全部しまい込んだらまあ玄関の美しいこと!!!
しまい込んでもなお隙間があるとは…。
整理整頓ってのはホント毎日やっておくべきだね、うん。
・・・すぐ調子に乗るのがね、潔すぎるのがね、おおざっぱすぎるのがね、何も先の事を考えてないってのがね、私の短所ってね、うん、知ってたわけなんだけども。
躊躇することなく靴を捨てまくった私はですね。
翌日、靴を買いに行くために履く靴がなくてですね。
この、暖かくなった季節に、ですよ。
ムートンのブーツを履いて靴屋さんに行く羽目にですね。
なってしまったという、お話なんですけれどもね…。




