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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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2/7 水色の人

 …真冬の早朝六時、辺りは闇に包まれている。


 風のない朝だというのに、冷たい空気がぴしゃりぴしゃりと頬を叩き…寒さが身に染みる。

 吐き出す息は白く、踏みしめる道の表面もうっすらと白い。


 本格的に凍える季節、ど真ん中…。

 考えることは、あたたかい食べ物のことだ。


 日課である、早朝のウォーキング。

 少々離れた場所にある大きな公園まで行って、広場で流れるラジオ体操の放送に合わせて身体を動かし、帰りにコンビニで朝ごはんを調達し、ホクホクしながら家に向かう。


 …もう何年も続けてきたのでね!

 寒すぎる環境は体を動かしてりゃ平気になるし、顔なじみの店員さんと軽く挨拶したら心も温かくなるし、家に帰って家族に肉まん食われたら怒り心頭で脳みそも沸騰するしでね?!


 …とにもかくにも、毎朝のルーティンは寒かろうが雪が降ろうが凍えようが花粉がすごかろうが足元がぬかろもうが暑かろうが…雨が降ってさえいなければ必ず遂行されるのである!


 とはいえ、さすが真冬というべきか…ずいぶん人の数が減った事は否めない。


 真夏などは、公園に向かう道ですら何人もすれ違うというのに、今日は人っ子一人出くわさない。

 広場でいつも見かけている人もだんだんと数を減らしていて、季節がらもあってかどこそこ寂しさを感じる。


 広場のど真ん中に集まって体を動かす、カラフルな集団を望むのが…楽しみのひとつであったのに。

 最近、人の数が減って…正直つまらないと言いますか。


 私は基本的に人に馴染んでワイワイすることが苦手なタイプなのでね。人の集まる広場から離れた場所で、集まってワイワイやってる皆さんを見ながら孤独に丘の上で体を動かしていたりするわけなんですけれどもね。

 夏とかはさあ、赤青黄色オレンジにピンク、色とりどりの衣装に身を包んで思い思いに体を動かす皆さんのご様子がとても微笑ましくて、そのご様子を拝見するために丘の上に向かうような部分もあったんだよね。お気に入りはオレンジの人でさあ、ラジオ体操第二の体をほぐしてジャンプするときに両手をバタバタさせてるのがホントカワイイというか、面白いというかクセになるというか。


 正直、見ごたえが無くなってしまって、さみしい。

 ついつい、唇の先がとがってしまうのも仕方なかろう……。



「今日はお父さんも一緒に行こうかな!」

「あたしも行く!帰りに肉まん全部買ってね!!」

「エルチキのレッド買っていい?」


 日曜、久しぶりに家族総出でウォーキングに行くことになった。


 昨日の朝、人が買い込んできた肉まんを無断で喰らいつくし、散々怒鳴り散らされたので本日は自ら出向いて好き放題にコンビニのホットスナックを堪能するつもりらしい。

 健康的なんだか不健康なんだかわかんないなあ、もう…。


「あ!!清水さんだ!!おはようございますー!」

「おう!寒いねえ!おはよ!!なんだ、こないだの理事会さあ…」


 顔の広すぎる旦那は、公園に向かう道すがら早速声をかけられている。

 奴は顔の広さもさることながら、そのデカさが悪目立ちしているので非常にこう、見つかりやすいというか、なんというか。


「あれー、春ちゃん!このクソ寒いのにそんな薄着で…肉が分厚いといいねえ!」

「も~!!加藤さんヒドーイ!!そんな事言うと、次のそばの日…おかわりしまくるよ?!そういえばさあ、順一先生が…」


「ヤダ~!会長何その格好!!風邪ひいちゃいそう!見ているだけで寒い!!」

「ぼく身も心もポッカポカ!!も~さ~、家からここまで歩いて来るのに汗が!!帰りにコンビニでコーラ買って飲みながら帰る!ところでこの前の敬老会の余ったまんじゅうなんだけどね…」


 公園に入るなり、あちらこちらから声がかかって…、ううむ、なんか流れで、広場の方に行くことに…。

 ……って!


 ちょっと待て、わりとこう…人が多いぞ?

 想像していたよりも、ざわざわとしている気がする。


 …そうか、黒い上着を、黒い帽子を着ている人が多くて、広場まわりの風景に溶け込んでたんだな!!


 離れた場所から望む広場には人がいないと思い込んでいたけれども、実際はこんなにいたのか。

 とはいえ、真夏の頃に比べれば五割減といったところかね。お年寄りの元気な事よ…。


「なんかここら辺ど真ん中で超目立つじゃん!!注目浴びそうでヤダ!!」

「いつものところいかないの?」


「ああ、そうだね、移動しようか」


 旦那が捕まっているので、広場に置いて丘に向かう事にした。

 一緒にいてもいいけど、まあどこからおかしな流れに巻き込まれるかわかんないし…避難しておく方が良さそうだとですね。

 やっぱり体を動かすのは、慣れた場所がよろしかろうとですね。




「ひどいじゃん!!人が話してるのに置いてってさあ!!おかげで三月の区民カフェ、司会やる事に!!しかもアフタヌーンティー食べる暇なくて!!も~!!責任取ってお母さんも協力してよ!てゆっか、参加決定したから!」


 無事にラジオ体操を終え、まだ広場のど真ん中でぶよぶよとしている人のところに戻ると!

 クソ寒い真冬であろうと相変わらずゴーイングマイウェイを突っ走る旦那が!!!


「はあ?!また何勝手なことを…」


「やあやあ、おはようございます!!奥さん、毎日来てるんだって?!知らなかったわー、あの動き‥水色の人だよね!」


 気さくな感じで声をかけてくる、黒いベンチコートのおじさん…。

 どうやら、私の事を知っているらしいぞ!!


「水色…ああ、水色の上着は秋ごろまで…って、その色!!もしかして、オレンジ色の人?!」


 ベンチコートの首元からのぞいているのは、見覚えのある…蛍光色!!

 おかしな動きの人の正体が、思わぬところで判め…


「なんだ、あの派手な水色の人はハルちゃんの奥さんだったのか!いやあ、こんなとこで縁があるとはねえ!!」

「いつも丘のとこで体操してるでしょう、みんなでお手本にしながら体操してるのよ!」

「あのダイナミックな動きでさあ、今度のカフェ開催の時にお手本やってもらおうって話に!」

「ハルちゃんから許可もらったんでよろしくね!!」


身も心も縮こまる、真冬の早朝に押し寄せる…怒涛の展開が―――!!!


「って、ハイ?ええと、何それ?!」


「もう決まった話だって事だよ!じゃーね、加藤さん柴田さん!あれ清水さんは?も~!今度の受付頼もうと思ったのに!!あ、光岡さーん!今度の送迎よろちく!!違う違う、あれは佐々木さんがねえ…」


「ちょっとお母さん!!待ってたら肉まん売り切れるじゃん!お父さん置いてこ!!あたし全種類買いたい!!」

「もうないかもしれない」


 騒がしい旦那をほったらかし、娘と息子とともにコンビニに向かいましてですね?!



「今日はご家族も一緒なんですね!」

「あはは、たまにはねえ。なんかスミマセン、色々買い占めちゃって…」


 ~♪


 ドス、ドスドスドス…


 馴染みの店員さんにお金を払っていると…、重苦しい肉の塊が揺れる音が聞こえてきたぞ!!


「も~!!何で先に行っちゃうの?!ああっ!!もう肉まん三つしか残ってないじゃん!!別のコンビニ行こ!!てゆっか、焼き立てパンの食べほ行こ!!」

「肉まんは全種類買ったんだよ!!でもあたしが食べる分だから!!別のとこ行くならピザまんも買いたいなあ、でもさあ、今日はパンよりも牛丼食べたい気分なんだけど!!」

「納豆食べたい」


 家族そろっての朝のウォーキングはですね。


 非常に騒がしく、心温まる…いや、怒り心頭ではらわたが煮えたぎるようなものであるとですね。

 財布の中がすっからかんになって、とんでもなく気温が下がりまくるようなものであるとですね。


 しみじみと思ったという、お話ですよ……。


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