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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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9/30 ☆雨にまつわるセーフとアウト的な話

『…今日は雨が降るかもしれません。』


 朝の忙しい時間帯、お弁当を詰めている私の耳にアナウンサーの声が届いた。


 窓の外を見ると…見事ないわし雲が流れている。

 …ええ、きょう雨降るの?

 そういやあ台風が来るとか言ってたのを聞いたような気もする。


「傘持って行ったほうがいい?」

「置き傘あるならいいんじゃない、四時には帰ってくるんでしょ。」


「分かった、持って行かない。」


 息子は置き傘に頼るらしい。


「うーん、たぶん降らないわ!!あたし晴れ女だし!!」


 娘は自分に絶対の自信があるらしい。


「濡れてもいいように着替えもっていこ!!傘とカッパも持って行こう、タープもいるかな、あとタオルも…。」


 旦那は準備万端で挑むらしい。


「私はどうしようかな…。」


 私はこのところ職業訓練学校に通っているのだけれど、交通手段が4つもある。

 徒歩でいけば40分、自転車でいけば20分、電車でいけば30分、車でいけば40分。

 天気予報的に言えば車がいいのかもしれないけれど、駐車場代が500円かかっちゃうんだよね。

 さて、どうしたもんか。


「行ってきまーす!!」

「行ってきます。」

「やべー!!遅刻遅刻!!ひい―打ち合わせがー!!」


 家族が続々と家を出ていく。

 うう、決意の時が刻々と迫る!!


「…よし、自転車で行こう!」


 娘の晴れ女っぷりに期待して、その恩恵に与ろう。

 きっと彼女の晴れ女レベルの高さは、遠く離れた私の下でも発揮されるはず。たぶん。


 私は荷物を自転車の前かごに入れて、通いなれた学校へと向かった。



 私の通学経路は、学生さんと…それはもうたくさん、すれ違う。

 通学路途中に高校が3つ、大学が2つ、バスターミナル併設の電車の駅があるのだ。


「ねーねーきょうあめやばみ。」

「祈るしかないし!」


 すれ違う学生さんたちも空模様を心配しているようだ…。


 いつもと変わらない自転車の数、傘を持たない若者の数…おそらく雨は降らないであろうことを予想したであろう仲間の多さに、雨に降られずに帰れることを期待せずにはおれまいて。


 こんなにも多くの人たちが雨が降らないと信じているのだ、空は空気を読んで雨を降らさぬに違いない。…お願い、降らすのやめてー!


 なーんてことを考えながら、晴れ渡る空の下、私は軽やかに自転車をこいだ。



 夕方、授業が終わり自転車置き場に向かうと、空はやけに重たそうな雲に覆われていた。


「もう直に降ってくるよ、急いで帰ろ!!」

「自転車できたの?!やばいんじゃない?」


「…私晴れ女だし大丈夫!!たぶん。」


 クラスメイトの言葉に娘の言葉を借りて強気のセリフを返し、自転車の前かごに荷物を投げ入れ…幾分スピードを上げて自転車をこぎ始める。


 帰り道は少し下り坂が続くので、少々スピードを上げることが可能だ。

 信号はすべて青、よし、雨が降る前に家につくはず、つけるに違いない、ついてやろうじゃないか!!!


 肌寒くなったこの時期に、うっすら汗をかきながら家に向かう私の額に、ポツンと雨が当たった。

 …これは雨じゃない、気のせいだ。


「わ!!雨降って来てない?!」

「当たった、当たった!」


 すれ違う、学生さんたちが声をあげる。


 ポツン、ポツン。

 …これは雨じゃない、ただの気のせいだ。


「おいおい、降ってきたぞ!」

「ヤベ、急ぐぞ!!」


 私を追い抜いていく学生さんたちが声をあげる。


 ポツン、ポツン、ポツン。

 …これは雨じゃない、ただの、ただの…。


「きゃー!」

「まずいって、マジで!!傘出さないと!折りたたみ…ない!!」


 信号待ちの学生さんたちが声をあげる。


 ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ…。

 …これは雨なんかじゃないんだってば!



「た、ただいまっ!!」


「あ、お帰り!!!」

「おかえり。」


 自転車をとめて自宅玄関を開けると、娘と息子が靴を脱いでいた。

 ちょうど帰ってきたばかりらしい。


「ギリギリ晴れ女が間に合ったよ!!さすがあたしでしょ!!」

「置き傘、使わなかった。」


 二人ともぬれた形跡はない。

 一方私はモスグリーンの無地の綿シャツがね、ぶつぶつ模様になっててね?


「…君の晴れ女っぷりは、微妙に足りなかったよ…まだまだだな、うん。」

「なにそれ!!」


 玄関で三人そろってわちゃわちゃしていると、雨音が激しく聞こえてきた。

 なるほど、台風接近前の雨は、これから激しさを増してゆくわけですね。


 …全身ずぶ濡れは回避できたんだ、よしよし、上出来、上出来。


 私はぶつぶつ模様の服を着たまま、キッチンに向かい夕食の準備を始めた。




「ちょっとも―!ヒドイ目にあったよ!!!」


 夕食をテーブルに並べていると、旦那が帰ってきた。


「おかえりーって、うわ!!何それ!!」


 全身ずぶ濡れ、キッチンに来るまでの廊下が水浸しだよ!!!

 …着替えを持って行ったはずなのに、準備万端で出かけたはずなのに、なぜこうなる!!


「あっ!から揚げいただきー!」


 ずぶ濡れのまま、キッチンに積み上げられた唐揚げをつまむ不届きものが!!

 …あんたはつまみ食いする前にすべきことがあるだろう!!!


「先に風呂に入ってこい!!!」

「あち、あち!!ハフハフっ…はーい、むぐ、むぐ…。」


 旦那はもぐもぐしながら風呂場へと消えた。


 備えあれば憂いなしが身上の旦那は、やけに厳重に準備しがちで、やけに雨に降られがちで、やけにずぶ濡れになって帰ってきがちだ。

 なぜかいつも準備したものを使わずに…そのまま持ち帰るのだなあ。

 朝あれだけゴテゴテと色々準備して車に積み込んでいったというのに、なんなのホント…。


「準備万端でも、その準備を利用しなければ…準備しなかったのと変わらないんだけどねえ。」


「準備したことに満足しちゃうんじゃないの!」

「明日の準備と宿題終わったから、ごはん食べたい。」


 できあがった晩御飯のにおいにつられたのか、娘と息子がやってきた。

 旦那はまだお風呂だけど、先にご飯食べ始めちゃおうかな。


「じゃあ、この唐揚げとサラダと卵焼きとオクラのお浸しと梨のコンポートテーブルにもってって。」


「はーい!」

「はい。」


「ちょっとー!!お母さーん!!」


 なんだ、旦那が風呂場から叫んでるぞ。食卓作りを子供たちに任せて風呂場に向かう。


「なんかタオルがないよ!持ってきてー!!」


 風呂場横のタオル入れには、毎日バスタオルとフェイスタオルが置いてあるはずなんだけど?

 今朝だってきっちり畳んで入れておいたはず…って!!


「ちょっと!!あんたが朝持ってったんでしょ!!なんで全部根こそぎ持って行くのさ!!」

「えーだって備えあればなんちゃらっていうでしょ!!新しいのもってきてー!」


 旦那の厳重すぎる準備は、大概どこかに多大なる損害を与えるのだ!!

 自分で準備完了しているお風呂から装備品をかっぱらっていったくせになんちゅー自分勝手な!!


「今洗ってるから予備の分ないよ!!あんたが持ってった分返してくれないと!!」

「ええー!じゃあ、車の中からとって来てー!よろしく!」


 浴室ドアの向こうで、旦那が音程の定まらない鼻歌を歌っている。

 …くそう、なんて奴だ!!!いい気なもんだ!!


 私は苛立ちながらも、車からからバスタオルとフェイスタオルを持ってきて差し上げようと…げえ!!


「ちょ…めっちゃ雨降ってるじゃん!!」


 うちはカーポートのない駐車場、傘を差して車まで行かねばならないのですよ!!!

 …仕方がない、行くか。


 土砂降りの中、意を決して車に向かい、だんなの盗んでいったバスタオルとフェイスタオルを風呂場へと持ち帰る。時間にして二分、私は立派にヌレネズミと化した。


「あ!!ありがとー!!」


 風呂上りの旦那はタオルを受け取ると、手早く体を拭いて食卓へと向かっていった。


「は、っくしゅ!」


 全身ぬれてしまった私は、体温が下がり始めてしまったのでこのままお風呂に入ることにする。

 ただでさえ気温の移り変わりの激しい時期、風邪をひいたらまずいのでね、一刻も早く温まらねばならないのですよ!!


 よーし、今日はとっておきの入浴剤入れちゃおっかな~♪



 激しくなる雨音を聞きながら、ゆっくりお湯に浸かった私は。


 …自分の晩御飯がオクラのおひたし三本しか残っていないという悲劇に見舞われるなんて、まったく想像も付かなかったので、あった…。

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