9/14 ☆猫、持ち込まれる
ピンポン!!
ピンポン!!
ピンポン!!!
早朝5時。
けたたましいピンポン連打の音で…、私は…たたき起こされた。
…インターフォンの音は、確かに鼓膜に音波を叩きつけてですね。
昨日は…金曜でね。今日は職業訓練学校が休みだからって…、完徹覚悟でしこたま勉強しててだね…。
うう、まだ二時間しか寝てないのになんなんだ、いやしかし何があったかわからない…、早く、玄関に出なければ。
玄関まで行かなければと布団をめくりあげたところで、玄関ドアを開ける音が聞こえた。続いて…何やら話す声が、耳に。
どうやら、一階で食後に寝落ちした旦那が出てくれたみたいだ。
…よし、私はもう一度寝てしまおう。奴はもう十分睡眠をとったはず。
今日はね、私は休みなの。昼まで寝てたって大丈夫なの。はい、お休み。
私はめくりあげた布団をかぶり直し、秒で夢の世界へとダイブした。
「わあ!!なに、それ!!!」
「ねこ。」
九時半、スッキリ目覚めた私がリビングに降りていくと、見慣れないものが目の前に現れた。
やけに小さな白い物体がですね、ちょこちょこと歩き回ってるじゃありませんか。
なんとなく足元がおぼつかないのは…弱ってるから?
やけに細くておとなしい猫だ。うちの猫のエサが横にあるのに、見向きもしないぞ…。
「なんかあさイチでさあ、晴秀君が泣きながら猫もらってって言ってきたからさあ。」
「はあ?!うちに今猫何匹いると思ってんの!!」
晴秀君は、近所に住んでいる息子の友達だ。春に、飼っている猫が子供を産んだというので…、一匹もらったばかり。その子猫がまだ大きくなっていないというのに…新たに猫を、うちで飼えと?!
「だってすごく泣いてたんだもん、断れないじゃん!!」
「こっちだって泣きたいよ!!ちょっと、しかもこの子…めっちゃ鼻水出てるじゃん!!!ほかの猫の事も考えてあげてよ!!!」
今うちにいる猫は六匹。外に出した事など一度もしたことがない、完全室内飼いの猫たちばかりだ。
病気とは無縁の猫たちのもとに、この鼻水だらけ、くしゃみ連発、目やにでぐちゅぐちゅの子猫が入ってくるなんて…バイオテロとしか言いようがない。
「うん、ほかの猫はすぐに部屋から追い出しといた。なんかねえ、拾ってきたけど、捨てて来いって言われて、捨てれなくてうちにもってきたんだって~。」
うちが猫をたくさん飼っていることを知っているから、何とかしてくれると思ったんだろう。
…たくさん飼っているからこそ、飼えない状況があるなんて、思いもしなくて、ただどうにかしてほしいと思って、怒られた悲しみを隠すことなく前面に押し出して…、それを見た旦那が猫を受け取ってしまったと。
…うちに来てしまったら、もう、うちで何とかするしかない。
いろいろと思うところは、ある。
なんで早朝に来たのかとか、うちに誰もいなかったらどうなってたんだとか、病院の事だとか、隔離状態をどうやって確保するのかとか、今後もまたこういう事があるんじゃないのかとか。
……考えても仕方がない。
とりあえず、一刻も早く猫を病院に連れていかねばならない。
「今日仕事だからあと頼むね!」
旦那は子猫を置いて仕事に行ってしまった。
…朝、眠さに負けて玄関まで行かなかったことを、心底後悔している私がここに。
あの時すぐに玄関まで行けば、こんなことにはならなかったのだ。
二時間でも眠れてたんだから、起きとけばよかったんだ…ってね。
………。
私は過去を悔やんだら負けだと思っているのでね!!!こ
うなったのもなんかの縁、しっかりお世話させていただきますよ、やったるわ!!!!
子猫はにゃあとも鳴かず、時折くしゃみをしている。
私は娘と息子を起こして、猫を病院に連れていくことにした。
息子に留守番を頼み、娘は病院に同行させ。
「猫風邪ですね、食欲がないのは鼻が利かないからかな。熱はないから、薬で様子を見て…元気になったらワクチンですね。また来週見せにに来てください。多頭飼いですよね、ほかの子たちとは一緒にしないであげてくださいね、エサも水も別であげてください。」
薬が効いてくるまで、ケージに入れておいた方がいいだろうとのことだった。
ウィルスや細菌が部屋中に蔓延する可能性が高いので、ほかの猫のみならず、人間にも移る可能性があるらしい。
…長年猫を飼っているものの、猫風邪にかかっている猫は初めてうちに来たので…知らないことが多い。思えばうちの猫たちはみな健康で、本当に何の苦もなく大きくなったのだなあ。なんという恵まれていた事か。
病院で支払いを済ませ、その足でケージを買いに行く。トイレも、食器も必要だ。少し栄養失調気味とのことで、子猫用のエサも買い込む…。
週末日帰り温泉旅行に行こうと画策しておろしておいたお金が、すっからかんになってしまった。
…致し方あるまい。温泉はやめにして、高速道路ドライブでもしよう。うまいもんが食べられたら、うちの家族はみんな機嫌がいいのだ。
家に帰り、蒸しタオルで子猫を拭いて、薬を飲ませ、目薬と点鼻薬を差し、ケージを組み立て、猫のいたあたりを消毒し、ラグを敷き変え、トイレを用意し、エサを用意し…ようやく一息ついたところで旦那が帰ってきた。
「どーだった?」
「猫風邪だから、治るまで隔離、ケージ生活の方向で。」
ケージの中にはいるけれど、ほかの猫との接触はなるべく避けねばならない。ほかの猫たちはリビングへの侵入が禁止されることとなった。
結果、キッチンと廊下、二階の部屋に続く階段…総面積六畳ほどの空間に猫が六匹暮らさなければならなくなってしまった。我が家の寝室は猫進入禁止になっているので、ずいぶん行動範囲が狭まることになった。猫たちのストレスが心配だけれども…何とか乗り切っていただきたい、というか、乗り切っていただかなくてはならない。
子猫の一刻も早い回復が求められる。
…私は子猫に向かって人差し指を向け、スマートに言い渡した。
「早く隔離生活が終わるよう、君、早く良くなりなさいね。」
「にゃぅ…」
ケージの中で小さく丸まっていた具合の悪い子猫は、ちらりとこちらを見上げて…病院ですら一度も鳴かなかったというのに、ここに来て初めて…やけに貧弱な声を上げた。ほう、ちゃんと返事ができるとな。
うちの猫は皆…騒がしい猫ばかりで、肉球の黒い猫ばかりで、ぱっと見黒っぽいか黒い猫ばかりで…いい猫ばかりなのだ。
できた猫たちは、予定外に突如現れた…問題を抱える子猫をおそらく受け入れてくれるに違いない。ずいぶん噛み猫だったキジトラ猫も、今ではおだやかな撫でられ猫になっている前歴がある。
鼻も肉球もピンク色の、白さの目立つ猫は…ほとんど鳴かない猫は…初のお迎えとなる。
やけに目立つ白くておとなしい子猫は、娘も息子もやけにかまいがちだ。目に馴染みのない、耳にうるさくない存在というのは、こんなにも目に映るものなのか。
やれえさが少なすぎやしないか、やれ水が少ないんじゃないか、目やにはこまめに拭かないとね、鼻水拭いてあげると痛そう…。
特別扱いせざるを得ない、少々問題を抱えた、子猫。
早朝から感情の起伏は激しく上下し…ずいぶん荒ぶり、慌しかったものの、今はおだやかに凪となっている。
…色々と、思うところはあったけれど、もう、落ち着いているのだ。
猫持ち込まれ騒動は、無事、収束したのだ。
「しばらくこの猫中心の生活になるので、皆さんその旨理解するようにね。」
「はい。」
「わかった。」
「うん。」
なかなかによい返事だ。
「しばらく調子の悪い猫中心の生活になるので、皆さんその旨理解するようにお願いします。」
「にゃっ」
「・・・。」
「・・・。」
「にゃぁあ」
「・・・。」
「・・・。」
リビングから出て、階段付近に集まっていた…できた猫たちにもお願いをしておく。
返事をしたのは二匹、最年長の体は小さいが面倒見のいい姉さんと、四月に来たまだ子猫が抜け切らない黒猫。12のカラフルな目が、私を見つめている。
ーーーまた増えるんですね、はいはい。
物言わぬ猫たちの気持ちがひしひしと伝わってくる。
…なんとかなる、なる。
ちょっとくらい、猫の皆さんに賄賂をお渡ししましょうかね。
…渡さねばなるまいて。
私はとっておきの、ずいぶん良いお値段のお食事を猫の皆様に献上した。
皆、仲良く並んで食している。
…いや、黒い子猫が素早く食べ尽くして、隣の太いキジトラのお皿に首を突っ込んで~!
この、やけに黒い団体の中に白い猫が入るのは、きっと、そんなに先の話ではないはず。
私はからになったお皿を六つ重ねて…きちんと洗って、いつも猫食器の置いてある棚にならべたのだった。




