表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/206

7/10 ☆聞き耳

 只今の時刻、午後三時四十五分……夕食には少し早い時間帯。


 朝から仕事に追われて昼ご飯を食べ損ねた私と旦那の腹は、けたたましく飢餓の調べを奏でていらっしゃる。


「も~帰るまでに飢え死ぬ!!あそこでなんか食って帰ろ!!」

「うーん、今の時間帯ならそう混んでないか……。」


 作業料金が取っ払いだったことも相まって、帰宅途中で目に入った回転寿司屋に入る事を決めた。

 駐車場に車を停め、店内に入ると…うん?学生さんの団体がいらっしゃる。

 タッチパネルを操作して、人数二人で自動受付案内機に入力し、待合室へ……けっこう混んでるのかしら。


「ちょっと待たないとダメかも?ラーメンにする?」

「まあいいじゃん、何食うか考えながら待ってよう。」


 いちばん奥の席に並んで待つ事にした。


 ……。


 待合室奥から店内入口まで…何人も待っている人がいるけど、みんなスマホ見てるなあ。

 こういう時、人は会話をせずに、手のひらサイズの情報端末機で時間を潰すことを選ぶ時代になったというのか。

 …いやいや、今は黙食の時代、待つ間も口を開かず済ます事ができるのであれば、それがいいのだ。


 ……が。


「そういやあさあ、こないだのあのお金儲けの話なんだけどさあ!」


 私はスマホを取り出す事すらせず、メニュー表に夢中になっている隣の巨体に声をかけた。

 スマホ画面を見るとさあ、目が疲れちゃうんだわ!!!


 ……?


 うん?

 なんか、あれ??


 なんだろう、待合室の、空気が変わったような気が……。気のせいか。


「うん?何の話!!ごみ屋敷を見世物にする話は現実的じゃないって言ったじゃん。」

「違う違う、ええとーなんだっけ、ほら、数学のさあ…ああ、コラッツ想像!!!」


 ……???


 ガサツに談話する私の目の端に、なんとなく、違和感のようなものが??


 なんか、こう、学生の皆さんの雰囲気が、変わった気がする。

 ……気のせいか。


「ああー、コラッツ予想ね。あれ、難しいでしょう、お兄もさあ、全然歯が立たないって唸ってたし。」


 先週、旦那から一億二千万の懸賞金付き証明問題の存在を聞いた私は、ない知識と有り余る妄想力を駆使して、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返し、ようやく一つの答えを出すに至ったのである。

 その報告を兼ねて話題を振ってみた訳なのだけれども。


 ……うーん、……気のせい??

 下を向いてスマホを見つめている学生の皆さんの手元が…やけに画面をつるつるとやっているような気がする。


「あれね!!わかったんだって!!奇数と偶数だったら、圧倒的に奇数になる確率が少ないじゃん、という事は結局最後は数値が減って行って最終的には1に収束するんだよ!!」

「だからそれを証明しないとダメなんじゃん。お兄はさあ、オイラー使うって言ってたけど、俺は二進数使えんかなって思ってんだよね。そもそもえぬしんすう……。」


 ちんぷんかんぷんの理論を旦那が披露し始めたので、ついていけなくなった私は目の前の肉の塊から目を逸らし、辺りをそれとなーく、伺う……。


 誰一人としてこちらを見る者はいないけれども、明らかに注目されている空気を感じるぞ。

 なんていうんだろ、耳がさあ、こっちを向いている感じが、ひしひしと伝わってくるんですけれども。


 ピンポーン


「あ、566番出たよ!26番席だってー!いこいこ!!よーし、食うぞ!!ヒャッホウ!!」


 勢い良く立ち上がった旦那は、どすどすと待合室を出ていく。

 私もそれに引き続いて、ぽてぽてと待合室を後にした。


 席に着くなりタッチパネルを独占し、次々に注文をする大ぐらい!!

 くそう、自分の食べたいものを注文する隙が無い。


 ……仕方がないなあ、じゃあ旦那の入力が終わるまで、私は疲れて凝り固まった全身に血流を流すべくアルコールなど取り入れることにいたしましょうか♪


 この回転寿司は、アルコールは自分で取りに行くシステムになっている。

 待合室の横に小さめのガラス扉の冷蔵庫と生ビールサーバーが置いてあり、希望に応じて適宜取り出したり注いだりして、自分のテーブルに持って行くのである。


 うーん、今日は汗をかいたから、とりあえずビールだな!

 私はキンキンに冷えたジョッキを冷蔵庫から取り出して、勝手知ったるでビールサーバーを操作し……。


「つかマジウケるし!」

「俺もさあ、ヤベーって思ったわ!!」

「いいじゃん、ゼミで言っちゃお、決まり!!」


 ……うん??


 なにやら、やけに盛り上がる声が聞こえてくるぞ……。


「3n+1問題が一般人に解けるはずない…」

「ど素人は黙っとけ…」

「知らないから口に出せる事ってある…」


 はは、ハハハハハ……!!!


 時折大爆笑している声が、背中の方から聞こえてくるんですけど―――!!!


 やっぱり、さっきの会話、みんな盗み聞きしてたんじゃん!!!


 ばっちり聞かれて、私の話はもちろん旦那の難しいハッタリにもめっちゃ突っ込んでる!!!

 くそう、さてはこいつら……プロの数学関係者だな!!!


 心の乱れが幸いし、やけに泡の多いビールを注いでしまった私は、怒りと恥を抱えたまま自分の席に戻り―――!!!


「ちょ!!聞いてよ、さっきの待合室のとこにいた子たちさあ、数学者ものだったよ、なんかうちらの話であほみたいに盛り上がってて!!!」

「もぐもぐ、ふーん?いいんじゃない!こういう問題はね、ガツガツ…盛り上がって突っ込んでなんぼなんだって!!バリボリ!!」


 マグロだのガリだのポテトサラダだのケーキだの白子ポン酢だの鉄火巻だのブリだのサバだのトロサーモンだのジュースだのテーブルの上いっぱいに皿を並べてガツガツ食い散らかす旦那がやけに冷静なのが腹立たしい。


「そう言うもん?!くそう、なんだかプンプンだよ、うぐぐ……。」

「まあまあ、もぐもぐ、そうカリカリしなさんな、パクパク…注文、どうぞ!!ぐび、ぐび!!」


 オレンジジュースを飲みながら、旦那が注文用タブレットを手渡してきたぞ。


 ……そうだな、腹が減っているから、腹が立つのかもしれない。


 いくらも食いたい、今は鮟肝ないから他のもの…から揚げもいいな、海鮮ユッケも食うべきだ、だが老いた身ではせいぜいが5皿が限度、…迷うな。

 ここはひとつ、大好物のかにみそを注文して一杯ひっかけてから慎重に選ぶか…ぐふふ!!


 タブレットでかにみそを選んで注文ボタンを押す。


 ―――ただいま混み合っております。ご注文はワンテーブル10種類までとなっておりますので、もうしばらくしてからご入力をお願いします―――


「ちょ!!あんたどんだけ注文してんだ!!注文できないじゃん!!」

「流れてるやつ食べて待っとけば?ごっくん!ほら、お母さんの好きな玉子流れてるよ!!もぎゅ、もぎゅ……!!!」


「玉子でビールが飲めるかああああああ!!!」


 怒り心頭で飲み干したビールは、つまみなしでも、ごく普通に美味しかったというお話です……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ