1-5 地球防衛軍 (HAGE)のエース? 訓練の日々(3)
「それで、僕が果たすべき使命と、得るべき能力とは何なんです?」
おしりに手を当てつつ、しかめっ面の典史はソファーに座りながらシャチョーに訊ねた。
大きく目を見開き、シャチョーはぽんと手を叩く。
「おおー―そうだった、そうだった。キミの奇妙な雄叫びのせいで、すっかりそのことを忘れてたよ」
「……忘れないでくださいよ」
「しかし、テンシの休み時間はあと10分だな。全部話しきれるか、心配だ」
「……要約して話してください」
「わかったよ……。ならば、“HAGE“という組織についてまずは話さねばなるまいな」
シャチョーは息を一度吐き出すと、腕を組み、目をつむって語りだした。
「地球外生命体――宇宙人たちがこの地球に頻繁に姿を見せるようになったのはここ6、70年のことだ。まあ、本当はずっと前から来ていたのかもしれないが、我ら地球人が認識し始めたのはそのころからだよ。
当初は、それぞれの国で対応していた。だが、あるとき――30年前のことだが――HAGEの創始者である、Kein Hayer氏が、人類全体で地球外からの侵入者に対応しようと組織創立を働きかけた。UKのロンドンに本部を構えるとともに、ここ日本にも支部を作った。USAは最初、加盟を渋ったが、10年前ほどに加盟し、今では心強い仲間だ。ちなみに、ロスアンゼルスとワシントン、2か所に支部がある」
「しっかし、わかんないなあ……。HAGEの日本支部がこのビルにあるとして、普通、地球防衛軍って、戦闘機とかミサイルとかの武器が地下とかに隠されているもんじゃないですか。僕の知る限り、そんなものはここに見当たらない」
「テンシ……。それはテレビとかの“ヒーローもの“の見過ぎだ。現実の宇宙人との戦いとは、そんなものではない。第一、ライフルやミサイルなどのいわゆる通常兵器は地球外からの敵に、全く効き目がない。使ったとしても、地球に被害が出るだけだ」
「え……!? じゃ、じゃあ、僕はどうやって戦えばいいというのですか?」
典史のそのセリフに、深くため息を吐いた後、首を大袈裟に横に振って肩をすくめたシャチョー。
「なんだ……君は、全然わかっていなかったのだな……がっかりだよ。この数日間、キミは何をしていたんだ」
「いや、何の説明もなく、コンビニ店員の仕事をやらされていただけですが」
「あ、そうか。そうだったな! けれど、どうして“キミのような容姿を持つ者“がこの組織に呼ばれたのかってことを考えれば、自ずとわかるかと」
「いえ、全然わかりません」
「仕方ない……説明するか。まあ、簡単に言ってしまうと、キミの武器は、その『頭』だ」
「頭? 頭ってこの頭ですか? 僕はそんな頭良くないですよ」
「そんなこと、知ってるよ。そうじゃない、私が言いたいのは、頭ではなく――『頭の毛』、だ」
「毛? 毛って、この毛髪ですか!? どう見たって他の人より少なめな僕の髪の毛が、いったい何の役に立つというのです? まして、武器になるとはどういうことなんだ!?」
急に頭髪に話を向けられ、いきり立つ典史。
「キミはHAGE日本支部の男性メンバーが、私をはじめ、いずれも毛髪量が乏しいことに気がつかなかったか? しかも、20代の若いメンバーばかりの、いわゆる『若ハゲ』の集合体だ。まさに、そこがポイントなのだよ」
「確かにみんな、頭髪は寂し気な若者が多いですけど……そこがポイント?」
「そう……若いからこそ、その抜け毛の1本1本が尊く、貴重なんだ。そんな切ない思い――怨念と言ってもいい――が、詰まりに詰まった抜け毛には、とてつもなく強大な『力』が秘められているということを、我が組織HAGEの創始者である、若き日のK・Hayerが発見したのだよ」
「発見!?」
「そうだ。残念ながら――いや、奇しくも彼自身も薄毛に悩んでいた若者のひとりだったのだが――ある日、朝の洗面所で自分の頭部から抜けた数本の毛髪に禍々しいほどの『気』というか、現在の科学では説明しきれない『負のPower』が秘められていることに気付いたのだ。その不思議な力から暗黒成分を吸い上げて固定し、武器化することに成功したK・Hayerは、その力を地球を守る力に利用すべきとHAGEを創設した。ただ、この組織は同盟体的なゆるいつながりで、その活動資金と活動方法は各国に委ねられている」
意味が分かるようなわからないような――そんな顔をしながら典史が腕を組むと、シャチョーが言葉を続けた。
「これで分かってくれただろう? 増毛エステに足しげく通ったキミのその髪毛に対する執着心の大きさ――まさに、そのことこそが我が組織が望むものであり、地球を救う力となるのだ。つまりは、キミ――まだ20代のテンシ君は、HAGE日本支部の未来のエースとなるべき潜在能力を持った存在といえるわけだ」
「いえ、ぜんっぜん分かりません。どういうことですか?」
「ふん……勘の鈍いヤツだな。まあ、ゆくゆくはわかるだろうさ。今後は、訊きたいことがあれば、都度、訊いてくれたまえ」
話を打ち切るようにしてソファーからすっくと立ち上がったシャチョーが、部屋の奥へと進み、自分の事務机の左袖の大きな抽斗を開けた。ごそごそやると、まるでクリスマスプレゼントのような、赤いリボンで口が閉じられた緑色の布袋を取り出した。
「何ですか、それ?」
その質問にはすぐには答えず、シャチョーは元のソファーに座り直すと、テーブルの上に布袋を置いて典史の前に差し出す。
「……これが、そのアイテムだよ。毛髪への思いというか怨念みたいなものを吸い取ってエネルギー化し、相手を攻撃するという代物だ。HAGEでは、|Power fixer――日本語名で頭中念力固定装置と呼んでいる」
袋から取り出されたのは、まるで西遊記の主人公、孫悟空が頭に着けたような金色の輪っかであった。ただ、孫悟空のそれと違うのは、輪っかにぶら下がるような形で虫眼鏡のレンズみたいなものが一枚、付いているところだ。
それを見た典史が、悲鳴にも似た叫び声を思わずあげた。
「うわ、だっさ!」
「ダサいとは何ごとだッ! これでも昔に比べればデザイン的にはだいぶ進化したんだぞ! なにせ俺が現役の時には――天頂部分に金属の針のようなアンテナが付いた、所謂『波平ズラ型』だったんだからな」
「そ、想像しただけでおぞましい……」
「というか、これから君に対して行われる訓練は、そのプロトタイプでやってもらうから。いきなり、出力能力も上がった最新型を使うのはリスクが高すぎるからな。ある程度、戦闘員としての”実力“が身に着いたら、今のパワーフィクサーを使ってもらう」
「ええーっ、被りたくない……」
「そういう、抗議は受け付けない。ちなみに、新型のパワーフィクサーについている、レンズのようなものはいわゆる「スカウター」で、宇宙人の場合には、その人物が赤く輝くとともに、相手の戦闘能力の数値が表示される」
「急に近代的じゃないですか……。地球にも、そういった兵器があるというのは、少しほっとしました」
パワーフィクサーの入った袋をシャチョーより受け取る、典史。
「しかし、どうしてこんなアイテムで侵略者たちと戦えるのですか」
「うーん、システムの詳細は、今度じっくり時間があるときの教えてあげるよ。まずキミは、今日から『戦闘員』となるための訓練を受けるのだ。これが、地球人が宇宙人に対抗できる、唯一の手段なのだ」
「けど……僕が戦闘員になるなんて信じられないよ。今までの人生で、一度だってケンカに勝ったことなどないのに……妹との兄妹ケンカにすら勝ったことないのに……。そんな力が、本当に僕にはあるのだろうか」
「ある。確実に、ある。お前のその、寂しい髪の毛に秘められた、『力』だ。若ハゲには、この地球を救う力があるのだ。無念というか無常というか儚さというか――その大切な一本一本の髪の毛が持つ力は、果てしないのだよ!」
握りこぶしを使って力説するシャチョーの話に途中で興味がなくなった典史が、顎に左手を当てて首を傾げた。
「あれ? でも、ちょっと待てよ!? もしも、地球外生命体と戦う力がそれしかないのだとしたら、マバラ隊長が着ているあの戦闘服、何の意味もないのでは?」
「そのとおり。だから、あの服は私服だ。彼なりの、雰囲気作りじゃないのかな」
「し、私服!? あれって組織から支給されてるんじゃないの!?」
「……まあ、そういうことだから、あとはマバラ君から学ぶように」
シャチョーがソファーから立ち上がる。
と、不意に気配を感じて横に目をやると、そこにはいつの間にやらマバラ隊長がすっくと立っていた。もちろん、よくある“地球防衛軍“の隊員が着ている、体にぴったりとフィットする服を身にまとっている。
「では早速、訓練開始だ。付いてこい」
有無を言わせないその態度に、典史は無言でソファーから立ち上がったのだった。
☆
それから始まった、訓練の日々。
朝の出勤の後、コンビニ店員の合間に訓練、訓練の合間にコンビニ業務を行う。それが、典史にとってのすべてという毎日である。
訓練とは、簡単に言うと――感情のコントロールだった。
HAGE日本支部の部屋にある人一人が入れる程度の、まるでガードマンボックスみたいな空間に、ひとり、延々と画面に映される映像を見るのである。映像はかなり過激なもので、人間がバラバラになる戦争での戦闘シーンや、殺人鬼や凶悪レイプ犯が自分の“軌跡”を残そうと残した生々しい犯罪映像など、普通なら吐き気を催すのは間違いない代物だ。
侵略者と対峙したときに、『若ハゲのパワー』を思うがままに出すためには、瞬時に平常心から怒りの感情へと、一気に感情を変化・高揚させねばならないのだ。
「なんか……もう嫌になった。えぐ過ぎて」
ぽつり、そう呟いた典史は、ため息とともに映像を垂れ流すモニターの電源を切った。
「ほう、それは弱音かね。それとも、もう訓練は充分というアピールなのか?」
その野太い声は、隊長のマダラのものだった。
典史は、自分の頭から“波平型”のプロトタイプ・パワーフィクサーを外すと、振り返って隊長の目をギラリと睨みつけた。
「まだ、全然習得できてませんよ、マダラ隊長。でも……こんなやり方で、本当に侵略者と戦うための訓練になっているんですかね?」
「もちろんだよ、テンシ。そこに疑問を持ったらあかん。地球人が地球外生命体と戦う方法は、これしかないのだから」
「……けど、こんな映像ばかり見ていたら、僕は地球人が嫌いになってしまいそうですよ。っていうか――僕にはわかりませんね。僕はいったい、何から何を守ればよいのですか?」
「はあ? それは当然、地球外の悪いヤツから、地球人と地球を守るのさ」
「温暖化も激しくて、地球人同士の戦いで壊れてしまいそうなこの地球を征服しようなんて考える宇宙人がいることが分かりません。とてつもないエネルギーと時間を使ってまでわざわざやって来るほど、この惑星に魅力ってありますかね?」
「ごちゃごちゃうるさいな……。そんなこと、俺が知るもんか。悪い宇宙人にでも聞いてくれよ。あ、ところで」
「な、なんですか」
マダラは、典史の頭頂部を眺めながらにやりと笑いながら言った。
「ところで……大事なこと、言ってなかったな。お前、もう増毛はできないぞ。業務に支障が出る」
「ええー、そんなぁ! サロンを経営する会社に勤めてるなら、やり放題かと思ったのに!」
「その考えは甘い、甘すぎる。英語で言えば、『too sweet』だ。それに、ウチは増毛サロンではない。育毛専門だ」
「そうか、そうだった! でも、その英語は、多分、間違ってますね」
典史の指摘に、一瞬、マダラが怯む。
けれど、すぐに気を取り直した彼は話題を変える。
「ところで、キミに言うべき大事なことが、もう一つある。HAGE日本支部は、バディー制なのだ。常に二人一組で、戦いに臨む」
「へえ、そうなんですか。探偵ものみたいですね」
「そして――テンシ、お前の相棒は、この俺だ」
「ええッ?」
顔を歪めた典史に、マバラは目を細めて睨みつけた。
「何か不服か?」
「いえ、そうではないんですけど……隊長とは気が合わない気がして」
「な、何でだよ!」
言い辛そうに口をもぐもぐさせてから、典史は小声で呟いた。
「だって、隊長は……事務所トイレの“おしりシャワー”をあんなに強力に改造した張本人でしょぉ!? どう考えても、僕とは気が合わないです。何回かシャワー強度を下げ忘れて洗ってしまって、おかげで僕の右ケツがひりひりなんですよ」
「フン、なんだそんなことか。その程度の痛み、これからの戦いの苦しみに比べれば、たいしたことはない。それに、この日本は八百万の神の国なんだ。その程度の痛みなら、右のケツの神様にお祈りをしておけば、じきに治るさ」
「ケツの神様っているんだ……っていうか、右と左で神様は別なんですね」
「そりゃあ、そうだろ」
と、表情の暗くなった典史が首を傾げた。
「でも……神様がいるのなら、どうして神様は地球を守ってくれないのでしょう」
「さあな……そこまではわからん。とにかくテンシ、キミの果たすべき役割がこの世にあることは確かだよ。さあ――訓練、訓練! 早くそれを被って訓練を再開したまえ」
「はぁ……」
典史は肩をすくめると、波平型のカツラ――ではなく、旧型パワーフィクサーを頭部に装着し、モニターの電源を入れて感情コントロールの訓練を再開したのであった。




