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4-04 現実的仮想における非実在性実在ウエディングケーキ

◆4-04 現実的仮想における非実在性実在ウエディングケーキ


 我が家、つまりはドルクネスの街中央に鎮座する領主の屋敷。それは領内で一番大きく立派な建築物だ。

 住居だけでなく、役所的な機能も備えているので、ある程度の大きさは必要だと思う。


 加えて、領主の屋敷が一番大きくないと貴族のメンツが立たないとかで、領民は一定以上の建物を建ててはいけないという暗黙の了解があるらしい。

 そういう風習は全く気にしないけれど、周りが気にするからしょうがない。どんどん建てて欲しいけれどね、高くて大きい建物。

 ある朝、起きたらお隣さんが東京タワーになっていたら嬉しいじゃん。……あ、東京タワーは駄目だ。リュー君と大怪獣ごっこを始めて、壊してしまう未来が見える。


 そういった事情で、突然隣にデカイ建物が現れることはないはずなのだ。

 ないはずなのに、ちょっと前から工事が進んでいるお隣さんは我が家より大きくなりそうな気がする。基礎工事の段階で怪しいなとは思っていたけれど、柱と支柱ができ始めて確信した。


 私は今、執務室で書類を眺めている。代官のデイモンが確認したものをダブルチェックして判子を押すだけだ。

 領主一年目キャンペーンで今年の税はゼロなのだが、収穫量は調査するらしい。領内各地から届けられた、秋の収穫量の書類を見ながら、私はデイモンに尋ねた。


「うちの隣でやってる工事、あれって誰が引っ越してくるか分かる? すごいお金持ちだよね?」

「隣と言いますと……隣ですか?」

「そっちの隣」

「えぇ……前に説明いたしましたよね?」


 私が工事中のお隣さんを指で差すと、彼はどうして知らないのかと驚き目を見開く。

 デイモンが言ったと言うのなら、確かに言ったのだろう。そして私は、確かに聞いたのだが、聞き流したか忘れたのだろう。

 私とデイモンはそういう、大体は私側に原因があるという、信頼関係がある。


 引っ越してくる人……本当に聞いた覚えが無い。脳みそに刺激を与えれば思い出すだろうか、頭に指でも突っ込んでみようかと思案しているとデイモンが教えてくれた。


「ユミエラ様の許可も確かに頂いたはずなのですが……あれは国王陛下のための迎賓館です。残すところ半年を切りましたユミエラ様とパトリック様の結婚式にて、国王陛下、並びに王妃陛下をおもてなしできる場所がありませんでしたので急造の必要がありました」

「あっ、聞いていたけれど……あんなに大きかったの!?」

「陛下となりますと、お付きの者だけで相当な人数になりますので……。魔法を扱える職人も手配していますので、ギリギリ間に合う予定です」

「あんなに大きかったら時間もかかるか」


 私は忘れていたわけじゃない。ただ、迎賓館とやらが、あんなに大きいとは思ってもみなかったのだ。

 そう言えば、予算が異常に多かった気がする。あれはパトリックもチェックしていたので、家って思ったより高いなぁくらいにしか考えずに許可を出してしまったのだ。そりゃあ高いよね。


「もったいない、結婚式が終わった後は無駄に……あっ、館の機能を順次移転する予定って読んだかも」

「はい。ユミエラ様やパトリック様の住居、お客人のためのスペースを移して、旧館は執務のみで使う予定です」


 あー、そういうことか。役所に住んでいる状態が、普通の家から役所に通勤するシステムになる……みたいな感じだと思いこんでいた。私室が小さくなるかもだけど、まあいっかと考えていたが、むしろ大きくなりそうだ。


 それにしても、貴族の結婚式ってお金がかかる。



 翌日の夕食後、パトリックと紅茶を飲んでいるとき。メイドのリタが、対面に座る彼に手紙を差し出す。


「ご歓談中、失礼します。緊急のようです」

「ああ、ありがとう」


 手紙の封を、風の刃で開けて、パトリックは手紙を読み始める。

 若干光度が足りなく感じる照明の魔道具が照らす中、私は封筒を確認する。あの蝋印はパトリックの実家であるアッシュバトン辺境伯家のものだ。

 配達人が緊急だと伝えてくるということは、そこそこ緊急の用件らしい。すごい緊急なら、辺境伯家の人間が直接使者としてやって来るはず。


 手紙を読み進めていた彼は、険しい顔で呟く。


「行方不明……?」

「誰が?」


 行方不明とは穏やかではない。あまり家庭の事情に踏み入るのは憚られるが、思わず質問してしまった。

 パトリックは最後まで読み終えたようで、手紙を閉じつつ答えてくれた。


「兄上が行方不明らしい」

「え!? それって大事件じゃないの?」

「うーん……あの兄上だからなあ……」


 兄がいなくなったというのに、どうにも彼は切羽詰まった様子が見られない。

 パトリックは二人兄弟の次男。つまり一人だけのお兄さんは辺境伯家の跡継ぎ。それ以外のことはほぼ知らない。彼から兄弟の思い出話を聞く限りでは、弟思いの良いお兄さんなんだけれど、私がアッシュバトン領に行ったときは会えなかったのだ。

 あの兄上、と言うくらいだから誘拐とかはあり得ないのだろうか。


「パトリックのお兄さんって強いんだっけ?」

「強さはそこそこだが、危険な目に遭う様子が想像できない。そういう立ち回りの上手さがある。それに、自分から出ていく理由もあるからな」

「辺境伯家の跡継ぎが家出しちゃ駄目じゃない。出ていく理由って?」


 彼は言い淀んだ後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。


「リューとアッシュバトンに行ったとき、兄上がお前に会いたがらなかった理由は覚えているか?」

「女性恐怖症なんだっけ?」


 パトリック兄と会えなかったのは、彼自身がずっと私を避けていたせいだ。

 顔すら分からないこともあって、義理の兄になる人物の印象は極めて薄い。名前すらあやふやだ。


「ん? お兄さんのお名前、忘れちゃった」

「ギルバートだ」

「ああ、ギルバートさんね。顔とセットじゃないと覚えづらくて」


 ギルバートギルバートギルバート……。よし、覚えた。この国でギルバートという名の人に会ったならば、たとえ女性でもパトリック兄と思うことにしよう。そして奇行は控えめにしよう。第一印象は大事だからね。

 話がそれてしまった。パトリックに続きを促す。


「ギルバートさんは女性恐怖症で、その後は?」

「兄上は女性恐怖症ではなく、気の強い……? 気性の荒い……? 違うな、予想できない言動をする……くらいが適当か。そんな女性が苦手なんだ。多分だが母の影響だな」


 パトリックのお母さんは、平常時はとても穏やかで優しい。ただし、大嫌いな隣国レムレストが絡むと急に言動が過激になる。


「私って、あの方ほど強烈じゃないよね? 会ってもないのに決めてかかって拒絶するっておかしくない?」

「そこそこ長い付き合いになるが、俺はユミエラを母上よりも強烈だと思っている」

「……まあ、その話は後回しにして。それだけ聞いてもギルバートさんの雰囲気が分からないのよね」

「雰囲気か……今まで会った中で一番兄上に近い人物は……」


 考えるということは、パトリックとも彼の両親とも違う雰囲気の人間なのだろう。

 果たして、誰の名前が出てくるのか。共通の知人はあまりいないので、個人を挙げるのは難しいかもしれない。

 パトリックの兄なのだから、きっと顔はいいはず。パトリックっぽくてパトリックと違うイケメンって最高じゃない? どんな人でも私は嬉しい。


「……ヒルローズ公爵だな」

「え?」

「ヒルローズ公爵だ。エレノーラ嬢の父だ」


 最悪の人が出てきた。あの性格が最悪なことで有名なヒルローズ公爵だと? 今はドルクネス領に新しく出来た村で、身分を隠して村長をしているエレノーラの父だと?

 見た目も中身も極悪な父、見た目も中身も胡散臭い長男ロナルド、見た目も中身も天使な長女エレノーラ。どうしてエレノーラちゃんみたいな天使が現れたのか不思議な家系の御仁だ。


「策士タイプと言うべきだろうか。敵の性格も考慮に入れて、論理的に考え、相手の一番嫌がることを実行する人だ。だからこそ、母上やユミエラのような、きっかけ一つで行動方針がガラリと変わる人間を苦手にしている」

「要するに性格が悪いってことでいいのよね?」

「兄上の性格は……良くはないのだろうな。身内には優しい」


 身内に甘いところまで公爵にそっくりだ。もう最悪。


「お義兄さんと上手くやっていける気がしないわ」

「向こうも同じ考えのようだ。最近、俺たちの結婚式に参加するかで父上と揉めたらしい」

「お義父さんが参加しろって言って、お義兄さんが嫌だって言ってるの?」

「そうらしい」


 それが原因で家出中ってことか。結婚式に出たがらないって、私はどんだけ嫌われてるんだよ。まだ会ってないんだぞ。

 でも、会わずしてそこまで嫌われる事実を受け入れねばなるまい。私の様々な評判を聞いた末での、ギルバート氏の判断だ。実際に相性はあまり良くなさそうだし。


「じゃあ結婚式は不参加かな……。私の両親も来ないし……」

「すまん、時期を見て俺だけでアッシュバトンまで帰ってみる。兄上も根気強く話せば分かってくれるさ」


 家出しちゃうレベルで強硬だと説得も難しそうだ。

 王都の屋敷にいる私の両親は、話は通したものの即答で断られてしまった。

 うーん。祝われない結婚式なんて必要ないような……待てよ? そもそも、祝われる結婚式も必要か?


 前世で一度だけ、私は結婚式に参列したことがある。

 親戚のお姉さんの結婚式だったが、あれは辛かった。まず会場までバスで行くのが大変だった。そして開演まですごい待って、暇で仕方なかった。

 やたらと泣く新婦父のスピーチは何を言っているのか分からなかったし、新郎上司のスピーチは長いのに内容が一つも頭に入ってこなかった。高校生の私は、そのとき初めて校長先生が話し上手なことに気がついたのだ。

 そして、新郎新婦の大学時代の友人が余興をする。アイドルソングを歌って踊るいい年した男女。酔ってフラフラな人もいた。

 最後に、お土産で持たされる引き出物。新郎新婦の顔写真がプリントされたお皿だ。マジでいらない。


 そう、結婚が人生の墓場なら、結婚式は人生の葬式なのである。

 どうして今まで忘れていたのだろう。私たちは、あの地獄を再現しようとしていたのだ。


「結婚式、やめよっか」

「そこまで言わないでくれ。兄は絶対に連れてくる」

「そうじゃなくて、お義兄さんが来てもやらない方がいいかなって」


 そうだ。結婚式はお金がかかる。ご祝儀を貰っても結構な赤字になると聞いたこともある。

 パトリックとなら結婚式も素敵かな、と考えていた。しかしそれは、愛する人と一緒なら貧乏な暮らしも幸せ……ってのと同種のものだ。貧乏より裕福な方がいいし、結婚式があるよりない方が良い。


「どうして急に?」

「結婚に必ずしも結婚式が必要じゃないでしょ。結婚はしたいけれど、結婚式はやりたくない。大勢の前で話さなくちゃいけないし、陛下もいるから気を使うし、ウエディングドレスだとカレーうどんが食べられないし」

「いや、貴族の、しかも伯爵家当主の婚姻で式をしないなんて……」

「世間体と私、どっちが大事なの!? 私が大事なら結婚式は中止して! 世間体が大事なら、私が悪かったからお願い捨てないでええぇ……って泣きながら足に縋り付くよ!」

「うわぁ、どっちも嫌だ。……説得するのはこっちが先か」


 パトリックはゲンナリとしてため息をつく。

 説得だと? 私を納得させるのは不可能だぞ。

 彼はしばし黙考し、何かを思いついたようだ。


「そうだ。ユミエラはウエディングケーキを楽しみにしていなかったか?」

「おっきいけーき?」

「そうだ大きいケーキだ」


 おっきいけーきはうれしいな。食べても食べても減らない夢のような……まずい、騙されるところだった。

 私はウエディングケーキに関して、不都合な真実を解き明かしている。パトリックに指をビシッと突きつけて宣言した。


「ウエディングケーキは、存在しない!」

「……存在、するぞ?」


 彼はキョトンとした様子で言う。

 仕方ない。私が世界の真理というやつを、教えてあげよう。


「ウエディングケーキはね、存在しないの。結局は切り分けられて配られるわけでしょ? もしかして貴族様の結婚式だと飾るだけで食べなかったりするのかしら?」

「……飾るだけで、参列者は食べないのが普通だ。式後に切り分けて領民に配られたりする」

「ほら、やっぱり! 私の口に入らないなら存在しないのと一緒じゃない」

「暴論だ。分かった、ユミエラの分も取っておくようにしよう」

「それだと、普通サイズの切られたケーキじゃない! 大きなケーキは存在しないのよ!」

「じゃあ丸ごとユミエラが食べていい」

「風習通りだと思って、ケーキを楽しみにしているこの街の人達が可哀相だとは思わないの!」


 本来は民に分配されるものを貴族が独り占めするなんて酷いこと、私にはとてもできない。パトリック氏、特権階級の悪いとこが出てますよ。

 彼は心底面倒くさそうにして言う。


「……二つだ。配る用とユミエラ用、ウエディングケーキを二つ手配する」


 むむっ。それなら確かにウエディングケーキは確かに存在することになる。そうか、ウエディングケーキは実在したのか。

 私の身長より高いケーキ。一杯の生クリーム。何段目から食べるかフォークをさまよわせ……。


「いやいや。そんな量、一人で食べきれないから」

「……はあ?」


 パトリックが若干イラっとしているのが分かった。ごめん。あの量を一人は無理です。初めの方は一気に食べ進めるけれど、五口目くらいで絶望するやつ。

 少し申し訳なくなってシュンとしていると、ここぞとばかりに彼は言う。


「結婚式はやるからな。もう招待状も出しているんだ。準備も着々と進んでいる」

「……実家に帰らせていただきます」

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― 新着の感想 ―
[一言] パトリックがイラっとする部分でたまらず吹いてしまった
[一言] 難しかない
[一言] >今はドルクネス領に新しく出来た村で、身分を隠して村長をしている 身分:罪人 ですね? >現実的仮想における非実在性実在 「正しい意味でのバーチャル(実在し得るものを仮設的に再現したものが…
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