06 やみの神の信仰
前回更新は11/02(土)です
朝食を食べ終えた私たちは、街を飛び出し街道を歩いていた。
目的地へはリューと向かう予定だったが、あいにくエレノーラと一緒に遠出の最中だ。それほどの距離ではないので、たまには歩くのも悪くない。
最近になって分かってきた。デートとは男女が並んで歩く行為のことを指すのだ。だから二人で歩いている今の状況は間違いなくデート。
しかし残念。そんなラブラブイベントを邪魔する声が足元から聞こえる。
「方向はバッチリ! 迷わずに辿り着けそうだね」
「それは何よりです」
歩くことすら嫌がったレムンは、またしても私の影の中に潜んでいる。
闇の神の信仰が復活したという場所。レムンが示した方向と距離は、ドルクネスの街にほど近い農村をピタリと当てていた。
本当に徒歩圏内。まさかこんな身近に謎の新興宗教が出来ているなんて……。
そんなことを考えているうちにもう到着だ。
広がる麦畑の中に、ぽつねんと集落が。
そうか、この村だったか。前に視察したときのことを思い出す。あのときは、私が山の神様だと騒がれて大変だった。
集落の入り口で立ち止まると、ようやくレムンが影から顔を覗かせる。
「さっさと出てきてください。ここで合っていますよね?」
「とりあえずはこの村で合ってるよ」
「とりあえずは?」
「ほら、ボクへの信仰ってこの一帯で盛んになっているみたいだから」
「この村以外にも闇の神信仰が広まっていると?」
えらいこっちゃ。謎の新勢力は秘密裏に勢力図を拡大させていたのか。
まずは住民の事情聴取と考え集落に入ろうとするも、レムンは見当違いの方向に一人で歩いていく。
「どこに行く気ですか?」
「こっちに簡易的な祭祀場があるんだよね」
そんな物まであるんだ。驚いてパトリックと顔を見合わせ、すぐに彼の後を追う。
集落の外縁沿いを歩いて丁度半周ほど、街道とは反対側、山の方まで移動した。
ドルクネス領の中に鎮座するこの山は、滅多に人の踏み入らない所だ。深くまで立ち入れば、そこは魔物の領域。たまにはぐれた奴が人里まで出てくることもある危険な山だ。
子供の頃、私が通い詰めた場所でもある。
「あれだよ」
レムンの指の先には確かに石造の祠らしき物が存在した。
パトリックの背よりも高い細長い岩。それを彫って形を整え、木製の社で覆っている。建造には多大な労力を要したことだろう。
祠の周りでは村の子供たちが遊んでいた。彼らは私を見ると口々に騒ぎ立てる。
「わっ! 山の神様だ!」
「違うよ、領主様だよ!」
「うわあ、本当に髪が真っ黒」
うわあ。まだ山の神様って呼ばれるのか。
幼少期に山でレベル上げをしていた私は、たまに村人たちに目撃されていたようで、魔物を退治する守り神として認識されてしまったのだ。
領主になった後、村々を回り誤解を解いたはずだったのに……。
しかし丁度よい。子供たちなら隠し事も出来ないだろう。気軽さを心がけて、祠について尋ねる。
「ねえ、みんな。この石の祠って闇の神様の祠で合ってる?」
「やみ?」
「闇じゃなくて山じゃないっけ?」
「あれ、でも山の神様って闇を使って魔物を倒すって……」
どうも彼らは要領を得ない。奇しくも日本語と同じく、この世界の言語でも山と闇の発音は似通っている。それが原因で混乱しているのかな。
すると、一人で祠に近づいていたパトリックが言う。
「これには山の神、と彫ってあるな」
あれ? じゃあこれはレムンの祠じゃないの?
どういうことだとレムンを見るも、彼はわざとらしく首を捻っているだけで言葉を発さなかった。この神様、微妙に胡散臭いんだよなあ。
そこで私は、村の子供たちからもう少し話を聞くことにした。
「それじゃあ、ここ以外で神様を祭っている場所ってある?」
「まつって……?」
「あー……この祠みたいな、神様にお願いしたりする場所」
「村長の家にサノン様の祭壇がありますよ」
一番年長に見える子が丁寧に答えてくれた。
サノン教か。光の神サノン、この国で広く信仰されているメジャーな宗教だ。王都の教会にあった光の結界とバトルを繰り広げたことは記憶に新しい。
「それ以外で無い?」
「無い……と思います」
「そう。ごめんね、時間を取らせて」
子供たちは不思議そうな顔をして、互いに顔を見合わせる。そして私たちに一礼し、集落の方へと帰っていった。
どうやら、本当に闇の神信仰は無いようだ。じゃあ信仰が復活したというレムンの言葉は何だったのだ?
「どういうことか説明して頂けますか?」
「……多分なんだけどね」
私が睨みを効かせてレムンを問い詰めると、彼はモジモジと恥ずかしそうにしながら喋りだす。
「多分だけど……お姉さんに対する信仰が、ボクの方に流れてきちゃったみたいなんだよね」
「……と言いますと?」
「ほら、山と闇って語感が似てるでしょ? それにお姉さんは闇魔法を操る。この村の人たちは山の神であるお姉さんを信仰すると同時に、闇の神であるボクも信仰していた……みたいな。お姉さんを通してボクに力が来るのも納得だよね。だからボクもお姉さんが巫女さんだと勘違いしちゃったというか」
なにそれ。語感が似てて、闇を操るという共通点があるから信仰がレムンに流れた?
とんだ信仰心泥棒だ。私の信徒の信仰心を……いや、そんなものはいらない。もう全部レムンにあげてもいいくらい。
「ええ……何ですか、そのオチ」
「あはは」
もう帰ろう。パトリックに目配せをした後、私はさっさと歩き始める。
「帰りますよ。帰りは自分で歩いてくださいね」
「ちょっと、待ってよ!」
街道沿いを歩き、村からある程度離れた。
時間は正午前。太陽は南の空の高い位置。影が一番小さくなる時間帯だ。
レムンは文句を言いつつも私たちの後ろを付いて歩いていた。影に入ろうと近づいてくれば、歩くペースを速めて引き離す。
「この辺でいいかな?」
「ああ」
パトリックの了承を得てから、二人で同時に北へ方向転換する。
この辺りは荒れ地。石が転がり、雑草がまばらに生えているだけだ。ここなら「影」が少ない。
「えっ、道から外れてどこ行くつもり?」
レムンが疑問を口にしたところでパトリックと二人振り返る。
彼は間違いなく嘘をついている。それに私もパトリックも気がついたから、この場所までやって来たのだ。
「本当のことを教えていただこうと思いまして」
「何のこと? お姉さんにはホントのことしか喋ってないよ」
「闇の神信仰が復活したのはつい最近、と言いましたよね?」
「……そうだよ」
「しかし、その信仰は山の神……つまりは私が原因だった。私が魔物を倒し、山の神と呼ばれるようになったのは十年以上前です。それと同時に闇の神信仰が蘇らないとおかしいですよね?」
「……はあ、そんなに警戒させちゃったんだ。それでその位置取り?」
その通り。私たちは北側、レムンは南側。影は北向きに伸びているので、レムンに利用される危険性が少ない。
今のところ分かっている彼の能力は影への出入りのみ。それ以外にも何か隠し持っている可能性があるので油断はできない。
レムンは余裕そうに笑いながら言う。
「そんなに怖い顔で見ないでよ。影の出入りもそんなに便利じゃないよ。入った影からしか出られないし、制約が結構多いんだ」
「それも嘘だな」
パトリックは嘘だと断言して続ける。
「エレノーラ嬢が来たとき、レムンは俺の影に飛び込んだはずだ。しかし次に出てきたのはユミエラの影だった」
「気をつけてたつもりなんだけどなあ。じゃあボクは初めから疑われていたんだ。お姉さんがレベル上げの話に食いついて来たのも、話を聞き出すための演技だったの?」
「……その通りです」
しれっと私が頷くと、パトリックに嘘をつくなと横目で睨まれる。
「ボクを闇魔法で攻撃したのも、何が有効かを探っていたんだね」
「……そうです」
「会ってすぐに蹴られたのも、物理攻撃が効くか確認するため?」
「……よく分かりましたね」
パトリックに「こいつマジか」という目で見られるが気にしてはいけない。
こういうときは精神的に優位に立つことが重要なのだ。実際、レムンを蹴ったのは条件反射だし、レベル上げの話に食いついたのは本能だし、闇魔法で攻撃したときは我を失っていた。
「あのメイドさんにボクの言うことを聞くなって命じたのも、そういうことなんだね」
「あ、それは本当にそうです」
あのときは半信半疑だったが、リタにそう伝えて正解だった。この自称神様な少年は怪しすぎる。
物理攻撃は有効、闇魔法無効、闇以外の属性魔法は不明。まだ何かしらの能力を隠し持っている可能性あり。
臨戦態勢に入った私たちを前にしてもなお、レムンは余裕の笑みを浮かべている。いや、その笑みは少し引きつっていた。あんな態度を取っているが、彼も一杯一杯かもしれない。
だからと言って、油断は禁物。
無言の間が数秒。
レムンはゆっくりとした動きで両手を上げる。
「もう降参。お姉さんとお兄さんに勝てるわけないじゃん。本当のこと話すからさ」
「その話が真実であるという確証は?」
「それは……あ、彼女に聞いたら? 丁度来たみたいだ」
レムンはそう言って、私たちから見て左側の何もない場所を指差す。
気を逸らすつもりか、と言おうとしたところで変化が起こった。
その場所に、どこからともなくまばゆい光が溢れ出す。
熱を持った白い光を見て、私はなぜか太陽を連想した。
「何がっ!?」
あまりの眩しさに、思わず目を覆う。恐らくパトリックも同じ状況だろう。
光は数秒で消えた。
まず確認したのはレムン。彼は逃げずに、元いた場所に留まっていた。
そして、光が発生した場所。そこにいたのは一人の少女。私と同い年くらいに見える。
白い髪、金色の瞳。簡素な白いワンピースを着た彼女は、神々しい雰囲気を放っていた。
腰まで伸びる白い髪が日の光を反射して輝いていた。前髪は真ん中で分けられ、広いおでこは露わになっている。
ゆっくりと私とパトリック、レムンを見回して口を開く。
「ワタシは光の神サノン。ユミエラ・ドルクネス、貴女を排除します」
その綺麗な瞳は真っ直ぐに私を見据えていた。
コミカライズ決定しました!
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