番外編05 このお話はイヤホンかヘッドホンを付けて、リラックスした状態でお読みください
パトリックは何と酷い仕打ちをするのだろうか、私は厨房の出入り禁止を言い渡されてしまった。これから私はどこで料理をすれば良いのか、とても困ったことに……困らないな。
料理をしたのはここ最近の二回だけだ。今後の予定もないし、やる気も無い。
しかし、愛する婚約者様に料理を振る舞えなくなるのは嫌だな。彼には色々とお世話になっているので、何かしらの恩返しはしたい。厨房出禁を言い出したのと同一人物だけど。
料理以外で私に出来ることは何だろうか。
屋敷の庭、大きなブラシでリューの歯を磨きながら考える。
「はい、次は奥歯ね」
ガバっと大きく開いたリューの口に上半身を突っ込んで歯を磨く。大きな牙がズラリと並んでいるので歯磨きだけで一苦労だ。
「歯磨きをしてあげる……とか?」
いやいや、歯磨きは無いな。いい歳した男女の歯磨きは必要以上に官能的になることを私は知っている。もっとこう、ピュアな感じを目指したい。
そんなことを考えている間にリューの歯はピカピカになった。
「歯磨き終わりね。次は耳……あっ! 待って!」
次は耳掃除と言おうとしたところ、リューはすかさず飛び立ってしまう。歯磨きの間はいい子で大人しくしていたのに。
私の制止の声も聞かず、今はもう空の彼方だ。
リューは耳の中を触られるのが苦手なようなのだ。前回は嫌そうにしながらもやらせてくれていたので油断した。
「はあ、どうして耳かきだけ駄目なんだろ……耳かき?」
そうだ、耳掃除だ。パトリックに耳かきをしてあげよう。膝枕で耳かき。すごい恋人っぽくて良いですね。
◆ ◆ ◆
「今度は何を始める気だ?」
「いいからいいから」
早速パトリックを私室に連れ込んだ私はベッドの上に座り、膝をポンポンと叩いて言う。
「ほら、膝枕」
「あ、ああ」
平静を装っているパトリックだが、動きがどこかぎこちない。ははあ、さては緊張しているな。初いやつめ。
彼は言われるがままにベッドに横になり、私の膝に頭を置いた。
顔を上向きにしたパトリックと一瞬だけ目が合うも、彼はすぐに目を逸らし、頭を横向きにしてしまった。ここまで恥ずかしがっている彼は珍しい。でも横向きになるのは好都合だ。
「それじゃあ耳掃除を始めるね」
その瞬間、少し緊張していたパトリックの体が完全に硬直した。
「耳……そうじ?」
「うん耳かき。私、得意だから任せてよ」
「いや、それはいい。膝枕だけで俺は幸せだから……」
そんな、私に膝枕されるだけで幸せなんて……。こっちまで恥ずかしくなっちゃうだろ。
私は耳かきを手にとって、彼の耳に近づけていく。
「それじゃ、始めていくね」
「いや、耳かきは――」
「動かないで! 危ないでしょ!」
起き上がろうとしたパトリックの頭を押さえつける。耳かき中、急に動くなんて危ないなあ。
彼は一切動かなくなった。体中の筋肉がガチガチに硬直しているのが分かる。
まあ、時間が経てば自然とリラックスするだろう。
じゃ、改めて始めますか。耳の中を覗き込む……がしかし、彼の耳はとても綺麗で耳垢が見当たらなかった。やりがいがない。
「あれ? パトリックの耳、キレイだね」
「良かった……じゃあ耳掃除は必要ない。その危険な物をすぐに離してくれ、ゆっくりだぞ」
「……あ! 奥に大きいのがある!」
やった! 大物を見つけた。これを取ってしんぜよう。
「奥の耳垢は無理に取る必要が無いと聞いたことがある。鼓膜の近くは危ない」
起き上がろうとするパトリックの頭を押さえつけながら、逆の手で耳かきを持ち耳の中に突っ込む。
「はい、危ないから喋るのも駄目ね」
「っ……」
パトリックは私が言った通りに黙って動きを止める。手でシーツをギュッと握っている様子は、普段の彼からは想像もできない仕草だ。
わずかだが、おでこに汗が滲んでいる。暑いのかな。
慎重に大物を取ろうとするが、どうにも難しい。耳の中の溝になっている部分に引っかかっているようだ。慎重に掻き出そうとするが動かせない。
一時休戦、耳かきを耳から取り出す。
「うーん、思ったより強敵ね」
「じゃあやめよう。今すぐやめよう。生きた心地がしなかった」
パトリックが食い気味に言う。なに心配するな、こうなったら奥の手を使うまでよ。
「大丈夫、任せて! 魔法を使うから」
「魔法?」
使うのは闇属性最上位魔法ブラックホール。範囲内の物質を問答無用で消し去る魔法を、ごく小規模で発動させるのだ。耳垢だけをピンポイントで。
それを説明すると、彼は今日一番の力で起き上がろうと抵抗しだす。
もうっ! 子供じゃないんだから、耳掃除を嫌がるなんてダメだぞっ!
「死ぬ、それは本当に危ない! 放せユミエラ!」
「はい、ブラックホール発動しまーす。3・2・1……」
カウントダウンを開始するとパトリックの動きはピタリと止まった。
そして、耳の中の大物は極小の黒球に飲み込まれ……跡形もなく消え去った。耳の中が傷ついている様子もない。
「はい終わり、お疲れ様」
終了の合図を出して押さえつけていた頭を放すと、パトリックは転がって膝の上から逃げ出す。そのまま更に転がってベッドから落ちても、まだゴロゴロ離れていく。壁にぶつかって止まった。
「はあ……はあ……今までで一番怖かった」
「耳掃除、そんなに苦手だったの?」
「いや、耳掃除ではなく」
「でも痛くなかったでしょ?」
「まあ、痛くはなかったが……」
パトリックは肩で息をしながらよろよろと立ち上がる。
うーん、どうして甘い雰囲気にならなかったのだろうか。最初に膝枕をする辺りまでは良さげな感じだったのに。
内心で首を捻っていると、パトリックはおぼつかない足取りで部屋から出ていこうとする。
「耳掃除ありがとう、今度は膝枕だけしてくれ」
「待って」
「今度は何だ? もう終わりだろう?」
「もう少し膝枕していかない?」
「……まあ、少しなら」
扉に手を掛けたところで振り返ったパトリックは、ぶっきらぼうに言う。
私は彼の元まで駆け寄って、腕にギュッと抱きついた。これで逃げられない。そして言う。
「反対の耳、まだだからね」
なんかホラーっぽい終わり方になった。





