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25 公爵からの挑戦状

 パトリックからの唐突なプロポーズの翌日、昼過ぎの屋敷に一通の手紙が届いた。

 差出人はヒルローズ公爵、丁寧に公爵家の封蝋が押してある。庭師のおじさんが謎の男から受け取ったという怪しすぎる手紙を、パトリックと二人で恐る恐る確認する。


「……パトリック宛だ。今日中に王城に来いって」

「俺たちを引き離すのが狙いか」


 ヒルローズ公爵の最終目的は知らないが、この手紙の目的は一つ。私とパトリックを引き離すことだ。

 公爵の手の者と思われる人が持ってきたことから、時間を指定していることが伺える。

 顔をしかめたパトリックが忌々しそうに言った。


「ヒルローズ公爵の言いなりになることはあるまい。無視して俺もユミエラもここにいればいい」

「……でも、来ないと王都が大変なことになるって。公爵本人は王都にいるんじゃないの?」

「しかし、ここを離れるのは……」


 ここドルクネス領と王都、どちらかが陽動でどちらかが本命。普通に考えれば、本命は王都だ。では公爵の目的は私を王都から遠ざけること?

 パトリックだけでは対処できないような何かを王都で起こす気でいるのか?

 可能性は低いが逆も考えられる。彼の目的は私やこの領地で、パトリックを私から遠ざけようとしている。


「パトリックは、どっちが本命だと思う?」

「十中八九、王都だろう」

「私もそう思う、だから私が王都に行けばいいんじゃない?」


 本丸の対処は私が、もしもの備えでパトリックは留守番、それが最良の策な気がする。

 パトリックはしばらくの沈黙の後、私の目を見据えて言った。


「ユミエラは王都の危機を見過ごせない、それは間違いないか?」

「うん」

「ユミエラはこの領も気がかり、それでいいか?」

「そうだよ」


 彼は私の意思を確認する。私の気がかりは二つ、でも私は一人、多分パトリックは私に選ばせてくれる気でいるのだ。選択を強いる気でいるのだ。

 彼は何時になく真面目な顔で言う。


「片方は何としてでも救え、もう片方は見捨てる覚悟をしろ。ユミエラが選べ、王都と自分の領、どちらが大事か。大事な方にユミエラが、そうではない方に俺が行く」

「ふふっ」


 思わず笑ってしまった。もしかしてパトリックは厳しいことを言ったつもりでいるのかな? どちらかを選んで、そちらに一緒に出向くという考えもあるのに。

 パトリックは端から、一方を見捨てる気は無いのだ。絶対にどちらも大丈夫、だって私と彼がいるのだから。


「じゃあ私は自分の家を守るよ、これでも一応は領主だしね。王都はお願い」

「分かった。何かあったらすぐ戻る」

「何かって何?」

「ユミエラが何かをしでかしたときかな」


 え、やらかすのって私なの?


「私ってそんなに信用ない?」

「学園で一年生だった頃、お前が魔物呼びの笛を吹いてからは一度も信用していない」

「じゃあ、私が笛を吹いたら帰ってきてね」

「分かった、行くぞリュー」


 信用ゼロの私は、パトリックを信用して王都を任せる。彼は信用ゼロの私を信用して領地を任せてくれた。

 不穏な空気を感じ取って、何事かと窓から屋敷内を覗いていたリューがグオンと吠えた。

 パトリックはリューの背に飛び乗り、王都の方向へと飛び立つ。


       ◆ ◆ ◆


 それから数分後、屋敷の外が騒がしくなる。

 まさか、公爵の狙いは我が領だった? タイミングが良すぎる、パトリックが出ていくのを監視していたのだろうか。

 慌てて屋敷を飛び出すと公爵家の家紋を付けた馬車が一台。中から出てくる人物は当然……。


「ユミエラさん! わたくしが! 来ましたわ!」


 お前かよ!

 馬車から飛び出してきたのはエレノーラだった。私にぶつかる勢いで駆け寄って来たので、優しく受け止める。


「……ええっと、何の御用で?」

「ご結婚、おめでとうございますわ!」


 ……何の話?


 興奮冷めやらぬエレノーラを落ち着かせて、屋敷の中まで案内した私は事情を尋ねる。彼からプロポーズを受けたのはつい昨日のことなのに、どうして彼女が知っているのか。


「それで、結婚という話はどこで聞いたのですか?」

「このお手紙ですわ! どんなプロポーズでしたの? あ! 素敵な指輪、見たことのない宝石ですわね」


 一人で盛り上がるエレノーラをそのままにして、彼女が差し出した手紙を読む。内容は私とパトリックが結婚する、近い内に結婚式を領内で開くというもの。

 こんなもの出した覚えが一つもないと思って封筒を確かめると、私の署名がしっかりと入っていた。間違いなく私の字だ。


 もしかしてこれは「パトリックレベル99おめでとうパーティー」の招待状では? どんな手違いがあったのか。デイモンも案外、おっちょこちょいだなあ。

 まあ、結婚するのは間違いないしいっか。私たち幸せになります。


 ふう、マイペースお嬢様のせいで気が抜けてしまった。

 えっと、何だっけ? 公爵のクーデター? 娘を放ったらかしにしてそんな大それたことをするはずない。結婚式の招待状と同じで、みんな勘違いしているのかも。


 ふと、エレノーラが小脇に抱えている封筒が気にかかった。あれは私が出した手紙じゃないよね?


「エレノーラ様、そっちの封筒は何ですか?」

「え? 封筒? ……あ! これ、お兄様に届けなきゃいけないお手紙でしたわ」

「そうですか、ロナルドさんに」


 私とは関係のない手紙だった。

 するとエレノーラはおもむろに手元の封筒を破りだす。封を開けて中から出てきたのは数枚の書類だ。


「えっと、開けちゃって良かったんですか?」

「家族間のお手紙ですもの。わたくしが見ても何も問題ありませんわ」


 それはどうかな? 家族の間にもプライバシーが……て、え? 彼女に兄以外の兄弟はいない、母も他界している。じゃあ公爵からロナルドさん宛ってこと?

 エレノーラは書類を難しい顔をしながら読み込んでいる。そして私の方に差し出して言った。


「良く分かりませんわ。ユミエラさんは分かる?」

「ええ……私が読んじゃ駄目なやつじゃないですか」


 言葉でそうは言いつつも、好奇心には勝てずに書類を流し読みする。

 内容はクーデターの計画書だった。王都を魔物に襲わせて、その騒ぎに乗じて国王や王太子を捕縛、王国の実権を握る。隣国レムレストから腕利きも借りるようだ。

 公爵に賛同する過激派の貴族たちで決起集会も行われる。日時は今日の夜。


「……読まなきゃ良かった」


 ど偉いもんを読まされてしまった。公爵は何故こんなものをロナルドさんに? ロナルドさんは裏切って公爵側に付く気なのか?

 思考が脳裏を巡る中、書類の隙間からヒラリと小さなメモが落ちた。エレノーラが床から拾い上げて読み上げる。


「ロナルドへ、エレノーラを頼む……まあ、お父様ったら、わたくしは一人でも大丈夫ですのに」


 彼女の兄がどう動くのかは予想がつかないが、一つだけはっきりしたことがある。

 ヒルローズ公爵は完全にクロだ。間違いなくクーデターを起こす気でいる。それを、彼女にどう伝えたものか……。

 エレノーラは一番聞いてほしくないことを聞いてくる。


「それで、お手紙には何と書いてありましたの?」

「……ヒルローズ公爵は、エレノーラ様のお父様は、クーデターを起こすつもりです」


 いつかは彼女も知ることになる。早いか遅いかだけの話だ、なら今言ってしまおう。


「クーデター?」

「謀反……ああー、国王陛下を倒そうとしている、という感じですかね。王国をひっくり返す気です」

「そんな……」

「まあ、王都は荒れるでしょうから、しばらくは家にいた方がいいですよ。エレノーラ様一人くらいなら匿えますし」


 流石の彼女もショックだったのだろう、うつむいてわなわなと震える。しばらくそうしていたエレノーラは、上を向きキッと私を見据えて言う。


「ありえませんわ!」

「いや、でも公爵の計画書がここにある訳ですし」

「ありえませんわ……。もしかしたら、わたくしはエドウィン様と結婚できないかもしれませんわ」


 ここに来て王子と結婚できるかを気にしているのかと思ったが、どうやら違うようだ。段々と暗い声になりながらも、彼女は続ける。


「もしかしたら、ユミエラさんはわたくしのことが嫌いかもしれませんわ」

「突然何を……」

「もしかしたら、お兄様もわたくしのことを良く思っていないかもしれませんわ」


 ネガティブな発言を繰り返すエレノーラはまたうつむき始めた。泣きそうな顔になりながらも彼女は言葉を紡ぐ。


「もしかしたら、わたくしのことを好きな人なんて一人もいないのかもしれませんわ」

「エレノーラ様?」


 私が心配して近づくと、彼女は涙を流しながら叫ぶように言う。


「でも! でも、お父様は! この国が、バルシャイン王国が大好きなのは絶対なのですわ! 世界には分からないことが沢山あって、他の人が何を考えているのかは分からなくて、でもお父様が国を愛しているのは絶対なのですわ!」


 ボロボロと涙を流しながらエレノーラは堂々と言い切った。ヒルローズ公爵は王国を愛していると。

 彼女は私の胸に顔を埋めて子供のように号泣しだす。

 そして、泣き疲れたのか糸が切れたように眠ってしまった。


 ベッドに運んだエレノーラの寝顔を眺めていると、リタからおずおずと一枚の紙を差し出される。先程まで丸められていたように皺くちゃだ。


「玄関先に放り込まれていました」

「これは……」


 皺の付いた紙には公爵家の紋章が、書かれていた文章は酷く端的だった。


「街の外で待っている」


 待っているであろう人物は言わずもがな。一人娘を泣かせる酷い父親との、決着の時は近い。

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