22 愛国者か売国奴か
コットネス子爵から手に入れた、公爵が隣国レムレストと内通しているという情報。それは私たちの手には余るので、然るべき人に伝えるべきだ。
そこで私は王都まで飛び王城へ来ていた。私をここまで連れてきてくれたリューは、パトリックを乗せてアッシュバトンまで飛び立っている。隣国との国境線沿いにある彼の実家にも、情報は伝えるべきとの判断だ。
まさか自分から王城に出向く日が来るとは。国王陛下に会いたいと秘書官に言ったものの、今すぐに面会ができるとは思っていない。
準備が整うまで、王都の屋敷で数日待つくらいの覚悟は……と思っていたところで戻ってきた秘書官に言われる。
「ドルクネス伯爵、こちらへ。国王陛下は今すぐお会いするとのことです」
まじかよ、早すぎない? 陛下ってそんなに簡単に会えちゃうもんなの? 今度「へーいかー、あーそーぼー」って城の前で騒いでみようかな。
絶対にやらない妄想をしつつ秘書官に付いて行くと、国王の執務室まで通される。
執務室の中は整理された書類が所狭しと並んでおり、飾り気は一切感じられない。実務一辺倒な部屋で彼は一人、書類と睨めっこをしていた。
私が入室した音で顔を上げると、深刻な表情になって書類を脇にやる。
「おお、まさかユミエラ嬢から会いに来てくれる日が来るとは。喜ぶべきか悲しむべきか……悲しい知らせなのだろうな」
そりゃあ、重大で深刻な要件がない限り、私から王城に来るなんてあり得ないからな。彼はそれを百も承知ということだ。
「お久しぶりです、国王陛下、本日はヒルローズ公爵の企みについてご報告があります」
私は子爵から聞いた公爵の計画を説明する。過激派が徒党を組んで国王派を排除しにかかること、それに隣国レムレストが噛んでいるということ。
相当に危うい話だと思うが、国王陛下は眉一つ動かさなかった。あれ? もう知ってた?
私が説明を終えた後、彼はしばらく目を瞑って沈黙した。誰かを思い出すかのように。
陛下はため息を一つつき、目をゆっくりと開けて言う。
「レムレストがどう絡むかについてヒルローズだけが知っている、これに間違いはないか?」
「コットネス子爵はそう言っていました。珍しく公爵が動いたと」
「……そうか、なら問題はあるまい」
問題だらけだと思うけれど。
国王陛下は情報を前もって知っていた風ではないのに、全く動揺する気配がない。国中を巻き込んだ大騒動になりえる話なのに、緊迫感が感じられない。
陛下の方針に口出しする気は無かったが、思わず懸念事項を口に出してしまう。
「ロナルドさんは大丈夫ですか? 彼が公爵の息子だということは知っています。今は陛下の側近ですが、この騒動で公爵の側に付く可能性も……」
「問題ない」
「ではなぜ、公爵は実の息子を手放すようなことを……」
「息子のため、ロナルドのためだ。やつには未来が見えていた」
公爵の未来予想とやらがまた出た。ロナルドさんも言っていたし、王妃様も言っていたしいい加減ボカさないで教えて欲しい。
不満が態度に出てしまったのか、陛下はポツリポツリと語りだす。
「やつは、ヒルローズは、私の親友だった。彼は見越していたのだ、魔王の問題が片付いたとしても、王国の動乱は終わらないと」
「それが公爵の未来予想ですか? ロナルドさんを引き離して育てる理由にはならないと思いますが」
「……私と彼は、道を違えてしまった。もう私たちは対立するしかない、それに巻き込まれないように、息子を私に預けたのだ」
それではまるで、公爵は国王との対立に負ける前提で動いているようだ。どうしてわざわざ負け戦を挑むのか、他国を引き込むような真似をしたら処刑は免れないだろうに。
まだ続くかと思った陛下の話は、それっきりで終わってしまった。
「これ以上は言えん、申し訳ないが親友との約束を破るような真似はできない」
「公爵は何を考えているのですか? 何が目的なのですか?」
「……ヒルローズ公爵は、自らの派閥を率いて、他国の力を借りてまで、王国の覇権を握ろうとする。それが全てだ。彼の企みは私が絶対に阻止しよう」
かつての親友は敵だと、ヒルローズ公爵は悪だと語る国王陛下は悲痛な面持ちで、私はそれ以上の質問をすることができなかった。
◆ ◆ ◆
王都の屋敷で一休みしながら、私は思考に耽っていた。
あの後、私たちが領地で大人しくしているうちに諸問題は全て片付くと言われ、王城から帰された。
国王陛下は公爵の企みで国が傾くことを危惧していないように感じる。でも公爵に対する対策は万全ではないと思う。隣国が絡むことを、私が伝えるまで陛下は知らなかったようだし。
あれこれ悩んでいると玄関の方から騒がしい声が聞こえてきた。またか。
「ユミエラさん! わたくしが! 来ましたわ!」
「……お早いお着きで」
「しばらく王都には来ないと仰ってましたから、わたくしの方から出向こうと考えていたところですの」
領地にまで押しかけるのは辞めて欲しい。まあ、でも、友達だし? たまーにならいいかな?
例によって現れたエレノーラだが丁度いい。彼女に父親について聞くとしよう。
「ドルクネス領へは近い内に招待しますから、少し待っていてください」
「本当に!? 絶対、絶対ですわよ!」
招待しないと何かの拍子に突然やって来そうだからな。私はそれとなく話題を公爵に持っていく。
「そんなに出歩いて、公爵様は何も仰らないのですか?」
「良く言われますわ、お父様は過保護すぎますの」
「エレノーラ様のことが大好きなのですね」
分かりやすくご機嫌になったエレノーラはニマニマしだす。嬉しそうに体を揺らしながら言った。
「あ、でもお父様はこの国のことも大好きですのよ?」
「……バルシャイン王国が、ですか?」
「はい、あとお掃除も好きですの。要らない物を一箇所にまとめて、最後に捨てちゃうと仰ってましたわ」
公爵の趣味が断捨離とかはどうでもいい。
しかし、あのヒルローズ公爵が王国好きだとは。娘の前だからと嘘を付いているのかもしれないが、どうにも引っかかる。
エレノーラの様子を見るに、クーデター関連の情報は一切知らされてなさそうだ。家族といるときの公爵の意外な一面を知ったところでしょうがない。
その時、扉がノックされてパトリックの声が聞こえてきた。もう辺境伯領から帰ってきたのか、早かったな。
「帰ったぞ……エレノーラ嬢が来ていたのか」
「お邪魔していますわ」
「早かったね」
「リューに急いで貰ってな、少し疲れたから休むことにする」
高い所が苦手なパトリックは足取りが少しふらついていた。彼が部屋を出ようとしたところ、エレノーラが突然大きな声で言う。
「ああ! あれは? あれはどうなりましたの?」
「何ですか?」
彼女は私の左手を鷲掴みにしてまじまじと見つめる。私の手がどうしたの?
パトリックは振り返って、私たちを渋い顔で見ていた。
「エレノーラ嬢、あれはまだだから言わないでいただきたい」
「遅すぎますわ! パトリック様は本当にお渡しする気がありますの?」
「機会が中々無くて……すまん」
「もうっ! ロマンチックな場所も素敵ですが、拘り過ぎも駄目ですわ! 何時も通りの生活の中で突然! それはそれで素敵ですのに」
「……参考にしよう」
バツの悪そうなパトリックに、手を合わせてキラキラしだすエレノーラ。私は二人の会話に取り残されていた。
彼が逃げるように部屋を出た後、エレノーラに尋ねる。
「何の話ですか?」
「教えて差し上げませんわ」
エレノーラはプイとそっぽを向いて言う。
彼女は変な所で頑固なので絶対に口を割らない、誘導尋問には簡単に引っかかるけれど。
先程の話に戻ろうと、家族の話題を振った。父と兄のことは大好きなようだから当たり障りはないと思う。
「じゃあ聞きませんけど……あの、エレノーラ様のお母様はどのような方なのですか?」
「お母様は……お母様はわたくしが小さい時に病で亡くなりましたわ」
おう、まさかの所に地雷があった。どんな言葉を掛けるべきか分からないでいると、気丈にも彼女は続けた。
「でもわたくしは幸せですの! 優しいお父様がいて、一緒には住めないけれど素敵なお兄様がいて、あとユミエラさんもいますから寂しくありませんわ!」
「……そうですか」
もしも本当に、ヒルローズ公爵がクーデターを起こすのだとしたら、彼女はどうなってしまうのだろうか。エレノーラはロナルドさんと違い、公爵家の人間だと周知されている。
私の脳裏には、娘を頼むと言った公爵の顔が浮かんだ。
ヒルローズ公爵、彼は愛国者なのか、はたまた売国奴なのか。





