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73:〝糸繰士〟の帰還


「ククルカンの卵を見つけて保管した」のがゴーレムであるような書きかたになっておりました。

正しくは「女が――」です。本話後半あたりのナイのセリフを微調整しました。


 マッコが淹れてくれたお茶を飲む。灰色っぽくて埃っぽいにおいがするが、一口すすると意外な清涼感が口に広がる。オヤマ氏がショロトル族とともにこの付近の茶葉から開発したお茶だそうで、彼は滞在中よくこれを口にしていたという。


「アベ、ウマ、イカ?」

「(馬以下?)あ、うん。うまいよ」


 いつの間にかマッコが隣にちょこんと座っている。というか、尻の端を愁の尻にちょっとだけくっつけている。尻尾がぱたぱた左右に振れている。

 確か犬が尻をくっつけてくる行為は信頼の証、だった気がする。彼女――メスらしい――の信頼を勝ち得たようだ。


 しかしながら――ユイのときもそうだが、相手が知性体だとわかってしまうと、ではいっちょモフらせてというのも躊躇われてしまう。無邪気な動物相手のようにはいかなくなってしまう。ああ、近くて遠いモフ。


 焦がれるような眼差しがバレてしまったのか、タミコの尻尾にぺしっと頬をはたかれる。「ごめんあそばせりすぅ」などと澄ました顔で言うのでこしょる。「ああっ……あたい……イヤなオンナ……!」。


「……そうですか……オヤマさんはもう……」


 天井を見上げるナイ族長の目がきらっと光ったように見える。


 オヤマは五十年前の〝魔人戦争〟に参戦し、多くの味方の命を救い、一人の魔人と刺し違える形で命を落としたという。まさに英雄だ。


「あの人がやってきたとき、私はほんのちっぽけな毛玉にすぎませんでしたが、よく憶えています。大きくて、強そうで、優しくて、撫でてくれる手は温かかった……もう一度お目にかかる日をどんなに心待ちにしていたか……残念です」


 クレの耳打ちによると、実際は「秘書との不倫がバレて嫁に激ギレされて統治者の責任を息子に全投げしてトンズラこいたゲス野郎」とのこと。ここに立ち寄ったのもほとぼりが冷めるまでのぶらり旅の途中だったと思われる。

 英雄とは決して聖人とイコールではなく、色を好む。思い出は綺麗なままにしておくことにする。


「順を追ってお話ししましょう。オヤマさんに次いで、三年前……この地にやってきた二人目の〝糸繰りの民〟について」

 

 

 

 つまり、愁たちは二度目ではなく、三度目の来訪者だったということになる。

 オヤマが去ってからおよそ七十年ぶり、二度目に現れたその人物は、見るからにオヤマとは異なるメスの姿をしていた。


 最初に彼女を見つけたのは密林内の住居で暮らしていた一家だった。たどたどしい人間語で話しかけたところ、彼女は多少驚き、笑い、無視して奥へと進んでいった。


 遺跡都市に現れた彼女は、あの険しいジャングルを歩いてきたとは思えないほど、その服も長い髪もまったく綺麗だった。都市に暮らしていたナイ族長らは数十年ぶりの来訪者に色めき立ち、さっそく歓迎の意を表した。


「いや、邪魔だから。あんたらに用はないから」


 彼女はそう言い捨て、集まってきた小さな原住民を蹴飛ばすような仕草で追い払い、一人勝手にあちこち探索しはじめた。

 ショロトル族たちは戸惑った。最初のオヤマと違い、まったく友好的な態度はない。へらへらと笑ってはいたものの、それは地面を這うアリを見るような目だった。必然的に彼らの態度もまた猜疑と警戒へと変わった。


 彼女はひとしきり密林と都市を見て回ると、なにかに満足したようにうんうんとうなずいた。


「うん。広いし、手つかずだっただけあって獣も豊富。放牧にはもってこいかな」


 彼らが聞き耳を立てているのも構わず、彼女はそんなことをつぶやいた。


「でも――あいつだけは先に始末しとこっか」


 振り返った先に、ククルカンがちろちろと舌を出し、首をもたげていた。


 ――それは、都市の一部を半壊させるほどのすさまじい死闘となった。


 ショロトル族たちは巻き添えを食わないようにするだけで精いっぱいで、その詳細を見守っていた者はいなかった。世界を粉々にしてしまうのではというほどの戦闘音が鳴り止んだとき――ショロトル族百匹を並べたほどの巨大なヘビが瓦礫の中に横たわり、その頭の上で、返り血にまみれた彼女がだらりと垂れ落ちた自分の目玉にかじりついていた。

 

 

 

 愁たちは言葉を失い、ただごくりと喉を鳴らすことしかできない。肩に乗っているタミコがぶるぶる身震いしているので、その背中を撫でてやりつつ、漏水をくらわないようにそっと床に下ろしておく。

 

 

 

「放牧の前に、豪勢なごちそうができちゃったなあ」


 女はククルカンの腹を破り、二つの巨大な胞子嚢を残さず平らげた。「あ、ちょっと。そんなにがっつかないで」などと、自分の腹に話しかけたりする様は、彼らにとって異様を通り越して得体の知れない恐怖を与えた。


 食事のあと、ぽっかりと窪んだ眼窩に手を当てて数秒もすると、女の目は元通りになっていた。ぱっちりとした二つの目が、恐れおののいて言葉もないショロトル族の一同を見下し、にやりと弓のような弧を描いた。


 女は再び都市のほうに向かい、祭壇の頂点に続く階段の前で立ち止まった。そこには神の守護者のように二体の石像が配置されていた。オヤマがこの地に滞在中、「暇だから守り神でも彫ったろ」と適当にトンカンと石を削ってつくった石像だった。


 ジャガーという厳つい肉食動物の顔を持つ兵士。

 全身に羽飾りをつけた祈祷師風の男(顔はオヤマ自身と酷似)。


「趣味は悪いけど、これでいっか」


 上向けた両のてのひらに、ぞわぞわと白い毛むくじゃらの球体が生じた。細い触手がうねうねと蠢いていた。


「ああ、君たちに一応説明しとくね」


 女は顔だけ振り返り、彼らに言った。


()()()()はちょい上の階でスカウトしたゴーレムよ。何人か狩人食ってる有望株だけど、このままだといずれは狩られちゃうからね、私が保護してきたの。()()()()()()がどうしてもゴーレム育てたいって言うから、どこか人目につかないとこでって思ってたんだけど、ちょうどよさそうな牧場が見つかってよかったなって。放置で育成とかチョー楽で助かるよね」


 女がなにを言っているのか、彼らにはまるで理解できなかった。


「私の胞子嚢をちょっぴりかじらせたから、そこらの子とはちょっと違うよ。さっきのヘビも相当栄養価高そうだったしね。つーわけで――今日からみなさんのお友だちです、仲よくしてあげてね」


 毛むくじゃらを二体の石像に押し当てた。それらは石像に触手をまとわりつかせ、めりめりと岩を砕き、しゅるんっと中に吸い込まれていった。間もなく石像が全身震えだし、動きだした。


「新しいおうちは気に入った? じゃあ、君はあれにしよっか。ちょっと大きすぎるかな?」


 女が生み出した三個目のゴーレム本体――一際大きな個体は、祭壇の隙間へと滑り込んでいった。めりめりと全体が軋む音をたて、両側から一対の巨大な腕が生じた。


「あはっ、こんなに大きくなっちゃって。よっぽどあのヘビが口に合ったみたいね」


 オヤマが残した守護者二体と、この地の中心に鎮座する最大の構造物。

 それらに命が吹き込まれた瞬間だった。


「せっかくだから名前つけてあげよっか? うーん……めんどいから〝ナイト〟〝ビショップ〟〝ルーク〟でいっか。あとで忘れちゃったらごめんね、あはは」

 

 

    ***

 

 

「――そうして彼女は去っていきました。『三・四年くらいして、餌もなくなった頃に迎えに来るから』と。以来、一度も戻ってきてはいません」

「えーと……」


 愁は、話自体は順を追って理解できている。だが納得がそれに追いつかない。

 三年前におかしな女がやってきて、レベル80のヘビを殺した。

 自身の身体からゴーレムを三体とり出して、遺跡都市に放った。

 ゴーレムの放牧――つまり、三十一階の生き物すべてを餌とした育成放置ゲーム感覚で。


「その女って何者なんすかね? 普通の人間じゃないっすよね」


 ゴーレムを手懐け、というか体内に飼い慣らし、レベル80の怪物を葬った。そんなことができる人間がいるのだろうか。たとえ〝糸繰士〟でも――。


「私たちにもわかりません。ただひたすらに恐ろしく、美しい生き物でした」


 ギランとノアが険しい顔でうつむいている。


「彼女の連れてきたゴーレムたちの強さはすさまじく……私たちの戦士が束になっても敵いませんでした。特に、彼女がビショップと名づけた個体――オヤマの石像に宿ったゴーレムは、死体を仲間にする能力を持っていました。グレムリンやミノタウロスや、私たちの同胞の屍までも入れ物にして動かすのです」

「【傀儡】に似た菌能の効力か」とギラン。「だが、あれだけの数……規模も持続力も〝魔導士〟が使うそれとはくらべものにならないようだ。なにか別のメカニズムでもあるのかもしれないが」

「そうしてやつらはあの地の獣たちを捕らえ、血肉や胞子嚢を喰らい、力をつけていきました。私たちも多くの同胞を失い、あの地を追われ、今はここに身を隠しているのです。動く死体はともかく、やつらはあの場所を離れないので」

「なるほど」

「あの女は、ククルカンを殺した際に卵も発見していた。それをゴーレムたちの置き土産として、祭壇に隠したのです。その殻はククルカンの鱗以上にかたく、ゴーレムたちでさえ割ることはできないようです。しかし、孵化してしまえば無防備なヘビの赤ん坊です。その子が食べられてしまったら……」


 ククルカンは二度とこの地に生まれなくなり、やつらはますます強大になってしまう。タイムリミットはあと七日、今日の彼らの戦争は決死の卵奪還作戦だったわけか。


「それで、族長」とギラン。「そちらの事情は理解できました。あなたがたは我々になにを望み、その代価としてなにを差し出していただけるのでしょうか?」


 「我々」に勝手に愁たちも含まれているわけだが、とりあえず口は挟まない。愁も勝手に仲間を巻き込んだ側の人間だから。


「……そちらのお方は、あのナイトに立ち向かい、孫娘を助けてくださったそうで。皆さんいずれも腕の立つ方々とお見受けします」

「それほどでもねえりす」

「おねしょガールですけど孫娘さんとほぼ同レベルです」

「邪ッ!」


 耳たぶに噛みついてぶら下がるリス。冬の定番アクセサリー感。


「ナイトって、あのジャガーのやつっすよね? 一応倒しましたけど」

「……へ?」

「過去最強クラスに強かったっすけどね。胞子嚢真っ黒だったけど、ごちになりました」


 ナイとマッコとギランがぎょっとしている。一方タミコたちはドヤ顔。


「うちのシュウさんは並みの狩人じゃないですからね」

「さすがは僕のシュウくんだ」

「スガモサイキョーのドーテーりす」

「タミコ黙ってろ」


 というか、「倒した」とあの場でクレに話した気がするが、マッコたちには伝わっていなかったらしい。あるいはそんな想像もできないほどの強敵という認識だったのか。


「ナイトを……百以上の同胞をその刃にかけてきた、あの悪魔を……」


 ナイがぷるぷる震えている。まるで生き別れの飼い主に再会したかのように瞳を潤ませている。


「オヤマさんのおっしゃっていたとおりだった……私たちが苦しみ絶望に襲われたとき、彼は必ず戻ってくると約束してくださった……死してなお、あなたのような方をこの地へお導きくださった……あなたもまた、糸繰りの国の王、〝糸繰士〟様なのですね……」

「いや、それは違うんだけど……」


 違わないが、ギランの手前、違うと言っておかないといけない。

 ナイとマッコが床に頭を垂れ、祈るように手を重ね合わせる。


「〝糸繰士〟様、どうか……どうか私たちにそのお力を……!」


話数の関係上、「オウジメトロ編」を「オウジメトロ編」と「オウジメトロ深層編」に分割させていただきます。

現在の「深層編」はここからクライマックスに向かっていく……はずです。


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