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169:伝説のカーバンクル


漫画版3巻、絶賛発売中りす。

3巻の続きはマンガクロスやニコニコ漫画などで公開中りす。


「――タミコ様、本当に残られるのですか?」


 ナカノの住人たちが避難を開始する前のことだった。


「お父様や私たちと……ネリマへご同行いただくわけにはいきませんか?」


 小柄で真っ白なカーバンクル、お社様ことコユキだ。

「あたいは、アベシューたちといっしょにのこるりす」

「ですが……」

「あたいはサイキョーのカーバンクルりす。あたいがこのサトを、カーチャンのコキョーをまもるりす!」


 そう言ってタミコはドンと胸を叩いた。コユキは隣のキナミを窺い、キナミは肩をすくめて首を振った。


「その勇気とお心遣いに……里の者として心より感謝申し上げます。ですが……くれぐれもご無理はなさらずに。なによりもあなたの命が大事ですから」

「おう、まかせるりす」


 他のカーバンクルが後ろからコユキを呼んでいたが、コユキはまだなにか話したそうにしていた。タミコが覗き込むと、もじもじと言葉を続けた。


「あの、タミコ様は……【看破】をお使いになれるのですよね? アベ様からそう伺いまして……」

「リスカウターりす」

「りす、かうたー、りす?」

「りす」

「リスが渋滞してる」

「その……お母様、キンコさんにはそれについて、なにかお聞きになったことは……?」

「……カーチャンは、あたいがキンノーをおぼえるまえに……」

「そうですか……申し訳ございません」


 キンコがタミコの頭を撫でた。


「オバハン……」

「せめてオバチャンにしない?」

「それで……タミコ様にはお伝えしておかなければと思いまして」

「りす?」

「すでにご存知かと思いますが……【看破】とは、我らカーバンクル族にのみ、さらに種族の中でもごく一握りの習得できるとされる菌能です。現在この里で使えるのは私一人ですが……私自身で芽生えさせた力とは言えません」

「?」

「生来病弱な私を慮った里の皆様に、胞子嚢を融通していただいたおかげなんです。私には戦う力はなく、これ以上の成長も見込めないでしょう……ああ、すみません。少し話がズレてしまいました」


 こほん、とコユキは小さく咳払いをした。


「魔獣族はそれぞれ固有の菌能を持っています。有名なものではケット・シーの【霊視】やクー・シーの【妖精化】などがありますが……とりわけカーバンクルは、戦闘力の低さとは裏腹に、そういったユニークな能力をいくつも持っているとされます。世間ではあまり語られる機会はないようですが……かつて〝魔人戦争〟にて、カーバンクルはその能力で人類の勝利に大きく貢献したと言われています」

「へーりす」

「中でも戦士たちを率いた当時の長は……その類まれな能力で幾度となく戦友を救い、厳しい戦局を大きく変えていったといいます。〝糸繰士〟タテガミ・ピピンが刺し違える形で魔人の一角を滅した際、そのかたわらに同じく命を擲ったカーバンクルがいたことは、巷間にあまり知られていない事実です」

「カッケーりすな」

「はい、カッケーんです。ちなみに私の曽祖母にあたります」

「オンナりすか?」

「はい、彼女の名前はユキカゼ。私の曾祖母であり……実を言うとタミコ様にとっては曽祖父の姉でもあるんです。つまり私とタミコ様は、遠い遠い親戚なんですよ」

「シンセキ? あたいと?」


 コユキはふっと微笑み、タミコの手をそっと握った。


「従姉妹より再従姉妹より遠いですけどね。まあ、それを言えば里のほとんどの者がどこかしらで繋がっていますから。狭い里で、最初は人口も少なかったですし」

「そう……りすか……」

 母・キンコから聞いたことがあった。キンコの母、タミコの祖母であるミィコは立派なカーバンクルだったと。父・タロチ曰く「生前は今のキナミのように警備団の幹部としてカーバンクルたちをとりまとめていた」と。


 タミコにとって、自身のルーツにまつわる話はとても遠いものだった。母、父、祖母、親戚……そういった繋がりを、この里に来て知ることができた、得ることができた。


 それは少しくすぐったくて、とても温かいものだった。頬袋いっぱいに詰め込んだみたいに、お宝が増えたような気がして誇らしく感じられた。


「……タミコ様?」

「ふふん。あたいのサイキョーデンセツに、またしても一ページくわわったりす。このたたかいがおわったら、ここのやつらにブユーデンをかたりつがせてやるりす」

「ふふっ。最強伝説、ですか。……そうですね、先ほどもお話ししたユキカゼ様も〝伝説のカーバンクル〟として、子どもたちのお伽話に読み聞かせられているんですよ」


 〝伝説のカーバンクル〟――そのフレーズは、タミコの胸をトクンと弾ませた。


「ユキカゼ様は、カーバンクルの中でも飛び抜けた力を持つ戦士でした。数多の強力な菌能を持ち、中でも晩年習得した能力は……あまりに強力すぎたために、その存在は里の外に対してかたく秘匿されてきました。いわばカーバンクル族の秘奥義、最強の菌能です」

「それは……どんなワザりすか?」

「その力を発現できたのは、かつてのユキカゼ様ただひとりでした。彼女はそれを、こう呼んでいたそうです――――……」


 コユキの告げたその名と、その性能は、タミコをさらにワクワクさせるものだった。


「あたいも、そういうのおぼえたいりすな」


 そうしたら――もっともっと、アベシューの役に立てる。


「……戦後の時代から長らく、我ら種族の中でレベル40を超える猛者は現れませんでした。近年最も有望とされたキンコさんも……それでも……」


 コユキはもう一度タミコの手をとり、それをきゅっと握り、自身の額に近づけた。


「彼女の遺志を継ぐタミコ様が……〝糸繰士〟のアベ様とともに、こうして里の危機に戻られたのは……これもまた、御神木や〝糸繰りの神〟の綴る運命だったのかもしれませんね」

 

 

    ***

 

 

「なんちゃってとはいえ荷電粒子砲とは、ロマンがわかっているというものだな」

「…………」

「【御雷】とは、一見してわかりづらいが塵術の一種と推察できる。両手を合わせてゆっくり開いていく、その小さな領域内で超微小な胞子を遊泳させ、摩擦によって静電気を発生させる……積乱雲の中で氷晶が雷を育てるように」

「……おい……」

「生み出した電気エネルギーをどうやって留めているのか、それをどうやってあのような砲撃に変換しているのか……展開した胞子を風船状に、あるいは左右の手で相互に電荷を……いやいや、菌能の不可解はすべて菌糸エネルギーの奇跡と表現しておくのがこの国の常識か。ともあれそうして【蓄積】した雷を、放射寸前にイオン化した通り道をつくって指向性を持たせ――」

「もういいっ! 御託はいいから続き見せろっ! 文系ナメんじゃねえっ!」

「わ、わかった! わかったから襟首を引っ張らんでくれ! 思念の世界とはいえ、痛いものは痛い!」

「タミコは……ノアはどうなったんだよっ!?」

「落ち着きたまえ。これはすでに起こったこと……泣いても喚いても過去は変えられない。現実は君の手の外で完結しているのさ」

「くそっ……! タミコ、ノア……」

「では、見届けるとしようか。彼女たちの結末を――」

 

 

    ***

 

 

 しゅうしゅうと焦げくさい湯気を立ち昇らせる獣たちの躯の中で、


「ノア……ノア……」


 タミコはか細い声で、横たわるノアに呼びかけていた。


 屈強なメトロ獣やハクオウ・マリアさえ倒れ伏した惨状――その中でほぼ無傷なのはタミコだけだった。


「あたいを……かばって……」


 〝指揮者〟が閃光を放つ寸前、ノアがタミコに覆いかぶさった。その身を盾にしてタミコを守ったのだ。


 いくら呼びかけても、ぺちぺちと頬を叩いても、彼女は目を閉じたままぴくりとも動かなかった。


「あたい、つよくなったのに……! 〝でんせつのカーバンクル〟に……つよくなって、みんなをまもれるように……」


 ノアの顔に頬を寄せた。どうしようもなくあふれ出る涙が彼女の肌にしみこんでいった。


「あたいが……まもらなきゃいけなかったのに……」


 ここにいない相棒の代わりに、大事な大好きな妹分を守らなければいけなかったのに。


「あたいは……よわい……」


 本当は気づいていた。

 どれだけ強がろうとも、どれだけ気丈に振る舞おうとも、どれだけレベルを上げようと、


「なにが……〝でんせつのカーバンクル〟……」


 しょせんはカーバンクル。

 このちっぽけな身体では、短い牙では、なにも守れやしない。里も、誰も。


「……アベシュー……」


 隣に彼がいなければ、ひとりではなにもできない。


 自分で育てた力ではない――コユキはそんな風に言っていた。


 タミコもそれは同じだと自覚していた。彼のおこぼれで強くなっただけだった。強くなった気がしていただけだったのだ。


「あたいは……なんにもできない……!」


 こんなにも無力な自分が、悔しくて、情けなくて――涙が止まらなかった。


「……ふふっ……」


 かすかな笑い声に、タミコははっと顔を上げた。


「ノア、ノア!」


 うっすらと目を開けていた。かろうじて意識を繋ぎ止めているような、か細く儚げな瞳だった。


「……泣かないで、タミコ……」


 タミコ。そう呼んだ。「姐さん」でなく。


「……キラキラ、りすか……?」


 ノアの中に宿る、もう一つの人格。魔人の幼生、タミコたちがキラキラと呼ぶ存在。


「キラキラ、おきるりす! いっしょににげるりす!」


 あの〝指揮者〟は再び攻撃の態勢をとっていた。もはや防ぎようがない、今度こそ――。


「……ごめんね……この身体、もうほとんど……動かないの……」


 そう呟く口調は、やはり慣れ親しんだノアのものではなかった。彼女の中のもう一人がしゃべっているのだ。


「……だいじょぶだよ……タミコは、すごい子だよ……小さい身体で、誰よりがんばり屋さんで……ノアも、そう思ってる……」


 ずず、とキラキラの腕が床を擦るように動いた。タミコの前にその手を差し出すように。


「……〝伝説のカーバンクル〟、だっけ……? ふふ……わかんないけど……」


 しゅるしゅると、彼女の指先から糸が生じた。


「……わたしも、ノアも、知ってる……あなたは……」


 白銀色に煌めくそれが、真珠のような美しい球形をなしていく。


「『――――』……でしょ……?」

「……キラキラ……」

「……あなたなら、できるよ……タミコ……」

 

 

 

「あたいは……あたいは……!」


 タミコは前に進み出た。

 キラキラの指先からもいだ菌糸玉をかじりながら。

 ハクオウを庇うように、〝指揮者〟と正面から対峙するように。


「チビ……逃げ……!」


 〝指揮者〟の手の中の光が、今にも弾けそうなほどに膨れ上がっていた。


「あたいは……」


 それでもタミコは、

 ありったけの勇気を振りしぼり、その足をぎゅっと踏みしめ、


「あたいは……『アベシューのアイボー』りす!!」


 力の限り叫んだ。己がなんたるかを。

 

 

 

 【御雷】が放たれた。


 閃光が、唯一立ちはだかるちっぽけな小動物を、その後ろで虫けらのようにもがく者たちを、一直線に呑み込んでいく。


「――――――――――――」


 その力の絶対性に、撃たれ焼け焦げ息絶える魂の悲鳴に、愉悦を見出しはじめていた〝指揮者〟が、


「――――――――――っ!?」


 その目を見開いた。


 確実に、標的を貫いたはずの雷の帯が、

 赤い壁の前に、その動きを止めていた。

 

 

 

 魔人キラキラの菌能【霊珠】は、摂取者の傷を癒やし体力を回復させると同時に、一時的に身体能力を向上させる――とされている。メトロ教教祖ショーモンが「〝魔人戦争〟を終結へ導いた奇跡の力」と称して喧伝してきた能力だった。


 しかしその本質は、厳密にはやや異なっている。


 【霊珠】のそれは単純な身体能力の増強ではなく、一時的なレベルアップ――すなわち時限式で潜在能力を強制的に開花させるものだった。


 その上げ幅は10~15程度。能力が二倍三倍となるような劇的な効果ではないものの、摂取者が将来たどるであろう可能性の前借りをも可能としていた。


 レベル44――種族において傑出した成長を遂げたタミコが、さらにその先で得るかもしれない、可能性の一つ。


 それは、〝伝説のカーバンクル〟と称された英雄ユキカゼ、彼女ただ一人が成し得た力と同じもの。


 額の宝石から赤い胞子を散布し、絶対防御の壁を形成する塵術。選ばれたカーバンクル族のみが行使し得る秘奥義、〝糸繰りの国〟最強の盾。


 ――【絶界】。


「あぁああああああああああっ!!」


 タミコの裂帛の雄叫び。

 貫く光と堰き止める光。


 二つが火花を散らしてせめぎ合い、

 耳をつんざく爆裂音とともに、

 【御雷】が消し飛んだ。


 同時に【絶界】もガラスのように粉々に割れて散り、


「あ……あ……」


 一拍遅れて、小動物がとさっと倒れ落ちた。


「……ありえない……」


 呆然とする〝指揮者〟が、それでも再度とどめをと手を合わせようとした瞬間、


「――終わりよ、パクリ野郎」


 目が合った。


 鎧のように菌糸人形をまとった女狩人が、頭上に躍っていた。


「――美しい。綺麗にデコれているじゃないか」

「あらそう?」


 振り下ろされた【斧槍】が、〝指揮者〟を両断した。

 

 

 左右に開かれたそれが血溜まりの中に落ちて動かなくなる、のを見届けて、


「…………」


 ハクオウもどさりと崩れ落ちた。


 動かない身体を、傀儡と融合して無理やり動かした。最後の力を振りしぼった一撃……それが限界だった。


「……くそっ……」


 どうにか首をもたげ、横たわったカーバンクルのほうに目を向けた。彼女もまた力尽きて気を失っている。


 ――腹が立ってしかたなかった。


 最後の()()がなんだったのか、ハクオウにはわからない。あんな菌能は見たことがない。

 わかるのは――アレに救われたということだけだ。


(この私が)

(あの毛玉に)


 あの二人を連れて、一刻も早くここを脱出しなければいけない。

 それで下げられる溜飲は半分くらいだろう。そうしなければ自分で自分を許せない。


「…………」


 なのに……身体が動かない。全身どこもかしこも痛みしかない。

 まぶたが重くてしかたない。ダメだ、今目を閉じたら――

 

 

 

「――……ちゃん……アちゃん……」


 耳の奥で、声が鳴っていた。


「……アちゃん……」


 洞穴のずっと奥深くから呼びかけられているような。


「……マリアちゃん、起きて……!」


 聞き憶えのある、というか聞き憶えしかない声。


「お姉様っ!?」


 ばびょんっと身体が勝手に跳ね上がった。


「どうしてここにっ!? 今までどこに――――……」


 ハクオウはぎょっと目を剥いた。


 かたわらにいる最愛の姉ソウ、その後ろに、


「あっ……紹介するね、うちの師匠」

「よろしくのう、妹さん」


 鮫男が立っていた。


次回更新まで少々お時間をいただくと思われます。なるべく早く戻ってこれるようにがんばりす。次回、あの尻ハンターが帰ってくる。


それまで漫画版をお楽しみください。ただ今絶賛面白いりす。なにがとは言わないけどエッッッッ


本格的に寒くなってまいりました。皆様も体調にはお気をつけください。


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― 新着の感想 ―
[一言] おお!タミコ覚醒してる!すげー。
[一言] >キンコがタミコの頭を撫でた。 カーチャン・・・
[気になる点] >呆然とする〝指揮者〟が、それでも再度とどめをと手を合わせようとした瞬間、 読み返してみて思ったのですが、この場合〝指揮者〟はタミコを消し飛ばすのではなく、【絶界】の能力を手に入れよ…
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