168:【御雷】
漫画版3巻が発売されました。ぜひご一読を!
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ノアエッッッッ&アベシュービキビキ。
野球ヲタですがサッカー日本代表めっちゃ応援中。
「〝指揮者〟とは、〝万象地象〟ワタナベが生み出す模倣品のうち――人間をベースとしたものだ」
「人間って……」
「ワタナベは捕食した胞子嚢から遺伝子情報などを記憶し、元の生物を複製することができる。それが巷では〝眷属〟と言われてきたものだ」
「うん、それはあいつから聞いた」
「獣の場合、それは生前とほぼ変わらず再現される、やつの操り人形であるという性質を除いてね。だがなぜか人間はうまく模倣できず、あのような醜悪なクリーチャーの姿となってしまう。原因についての仮説はいくつかあるが、今の私では検証のしようもないね」
「劣化コピー、ってコト?」
「いいや、もはや完全に別物、むしろワタナベ自身の分身だ。素体の菌能なども一部引き継ぎ、模倣品の獣を率いる知性まで持ち合わせている。君たちが相対した中でも個体ごとに強さにバラつきはあっただろうが、あれは素体の強さに依存していたということさ」
***
「あまり上等そうな魂ではないが……これもなにかの縁というもの。我らと一つになろう」
〝指揮者〟の声は、男とも女ともつかない不気味な響きかたをしていた。
(あのペテン師野郎の言ってたとおりね)
ワタナベはすでにこのナカノメトロの存在を突き止め、侵入に成功していた。スズキとの決戦において、巨体故に地上から向かわざるを得ない本体と挟み撃ちをする形で、手勢をメトロ内から侵攻させる可能性が高いと。こいつはその尖兵というところだ。
「姐さん、レベルは……?」
「みえないりす……フツーのケモノじゃないりす」
カーバンクルの【看破】に頼らずとも、現れた〝指揮者〟が尋常でない化け物なのはハクオウも肌で感じていた。
「こいつらを食い止めるのは任務に含まれてないんだけどね」
ハクオウたちがいるのは洞窟の行き止まりだ。〝指揮者〟が道を譲ってくれるとは思えない、となれば排除するしかない。
「――【魔機女】」
ハクオウのてのひらからずるずると捻り出る、七体の菌糸人形。ワタナベの手駒の人型個体の脅威は重々承知している、出し惜しみはしない。
「あんたらは邪魔だから下がって――」
ヂヂッ、と耳障りな音が響いた。
〝指揮者〟が、拝むように胸の前で手を合わせている。その手と手の隙間がチカチカと点滅している。
ヂヂ、ヂヂヂ……と、ゆっくり手を離すその隙間の、帯びる光が強くなっていく。なによりその仕草に――ハクオウの記憶がフラッシュバックし、ぞわりと背筋が粟立った。
「伏せろっ!! ――」
ハクオウが叫んだ瞬間、
閃光が奔り、視界が真っ白になった。
キーン――……と、遠くで耳鳴りしている感覚。
「つー……」
ハクオウはすぐさま起き上がって身構えた。隙はあったはずだが、〝指揮者〟は距離を詰めてこようというそぶりさえなかった。
半目で後ろを振り返る。同じように衝撃波で投げ出されたノアとタミコも、ダメージは軽微なようで起き上がろうとしている。
(危なかった)
とっさに壁として展開した【魔機女】が、破片だけになって地面に転がっていた。聖銀の鎧がなければ耐久力はそう高くない、とはいえ一撃でここまで……生身で受けていたらと思うとゾッとする。
「ふむ……十秒の【蓄積】では足りなかったか」
(間違いない)
「なんでお前が……【御雷】を……!」
ハクオウがコマゴメのエースとなる前、メグロ本部での修行時代。彼女の面倒を見てくれたのは、同じ耳長人の狩人の先輩だった。
狩人ランキング上位にも入ったことのある彼女は、若かりしハクオウにとって姉や都知事らと並ぶ心から尊敬できる人物だった。「マリアっちのお人形、バリ可愛いよね。デコっちゃう?」と、のちに〝聖銀傀儡〟が生まれるきっかけを与えてくれたのもその人だった。
「先輩の技を……!」
シンジュク遠征中に消息を断った、あの人の技を。
「では次は、もっと溜めてみるとしようか。不快なにおいの充満するこの場を、香ばしく魂の焦げるにおいで満たすために」
〝指揮者〟が再び胸の前で手を合わせた。原理は知らないが、菌糸をまとった手を合わせることでエネルギーを溜め、限界までチャージした電力を光線のように放つ。菌性【蓄積】を伴うことで【雷球】の数十倍もの威力を誇るユニーク菌能【御雷】……やはりあの技と同じ――。
「させるかっ……!」
ハクオウのひらから菌糸人形が飛び出す。足元の【斧槍】を拾って〝指揮者〟へ突進していく。
あれが【御雷】と同じものだとしたら、その威力は【蓄積】の時間に比例する。チャージする隙を与えない、撃たれる前に討つ。それしかない。
先輩はその弱点をカバーするために、チームでの運用を基本としていた。彼女を守る前衛の屈強な壁役が――。
「っ!?」
ズガンッ! と地面から生じた腕が【魔機女】の足を掴んだ。
「獲物を見つけたようだな、俺よ」
――別の〝指揮者〟だ。
「遅かったな、私よ。手伝え」
「そうする」
ズルッと全身を現した〝指揮者〟はオーガのような筋骨隆々の体躯をしていた。まるで小枝でもそうするように【魔機女】を壁へと投げつけた。
「ちっ!」
すぐさまハクオウが増援を生み出す――と同時に、
「っ!?」
次々に湧いてくる紫ゴブリン、ガーゴイル、ヌエ、ダークコボルト――……無数の伏兵がハクオウを直接狙いに迫る。
「姐さんっ!」
「りすっ!」
ノアとタミコがハクオウを守るようにメトロ獣へと挑みかかっていく。
「ちっ、余計な――」
レベル50前後のやつがいる、この二人には荷が――
(いや――)
メトロ獣たちの動きが、殺気が明らかに鈍い。充満する御神木の樹液のにおいのせいか。
二人も格上の獣相手に渡り合えている。これならフォローは不要か。
「私は――あのキモハゲどもをやる!」
七体揃った【魔機女】が〝指揮者〟へと突進する。【御雷】の【蓄積】を続ける〝指揮者A〟、
「あと十八秒ほど稼いでくれ、私よ」
それを庇うように立ちはだかる〝指揮者B〟が両腕を広げ、
「任せろ、俺よ」
背中から四本の腕を生やす――【真阿修羅】だ。
「はっ! 嫌なモン見せんじゃないわよっ!」
丸太のような剛腕が唸りをあげ、【魔機女】を木っ端のようにふっとばす。見た目どおりのパワー型か。だが、
「この程度――」
精度もスピードも。あの忌々しい童貞面には遠く及ばない。
「邪魔っ!」
斬、斬、斬、と。七つの影が一糸乱れず奔る。瞬く間に菌糸の腕を斬り飛ばし、分厚い胸板へ【斧槍】を突き刺す。
とどめを確認する暇はない。Bの脇をすり抜け、今にもその手の中から迸りそうな雷を抱くAの元へ――
「しかたない。悪いな、私よ」
「構わんさ、俺よ」
【魔機女】の切っ先が届く寸前、
Aの手が、瞬いた。
(こいつ)
(味方ごと――)
先ほどとは比較にならない眩さが、ハクオウの意識をかき消した。
しゅうしゅうと、焦げたにおいが鼻をついた。
身体が、動かない。
ハクオウだけでなく、〝指揮者B〟も周りの獣も、仰向けに倒れたまま湯気をあげている。
「ノア、ノア……あたいを……!」
後ろでカーバンクルの泣きそうな声が聞こえた。
「…………」
小娘も、ハクオウには聞きとれないが、かすかな声でそれに応えている。息はあるようだ。
「まだ、息があるようだ」
Aがハクオウたちを見下ろして言った。憎らしいことに、あいつは最初の位置から一歩も動いていない。
「念のため、もう一発いっておこう。どうやらこの私は、この力を気に入っているらしい」
そう言うより先に、ヂヂ、ヂヂ……とすでに【蓄積】は始まっていた。
直接その手でとどめを刺しに来ればいいのに。最後の力で刺し違えてやるのに。横着なのか、手にした力に溺れているのか。
動け。【魔機女】を。遅い。
一撃が放たれるまで、あと何秒あるだろう。
「くそ……」
せめて後ろの二人を――でなければ、〝聖銀傀儡〟の名が廃る――……。
「……?」
ちんまりとしたシルエットが、ハクオウの前に立っていた。
「あたいは……あたいは……!」
「チビ……逃げ――」
放たれた三度目の【御雷】が、カーバンクルの背中を真っ黒な影に染めた。
すみません、ほんとはこの先も書きたかったのですが、ここへきて今年一番の体調不良に襲われまして(コロナじゃないです)。
これを書いている今はほぼ快復したのですが、全部書いていると今週更新に間に合わなそうだったので、続きは来週更新させていただきます。
前書きにも触れましたが、漫画版3巻が発売となりました。カーチャンとタミコの物語をぜひご一読ください。あとAmazonとかでお求めの際は、よろしければ星ポチしていただけると非常に助かります。
あとあと、3巻発売記念に高瀬先生描き下ろしのサンタタミコのイラストが公開中です。
https://twitter.com/comic_fire_hj/status/1598149894018957312
めっっっっっちゃ可愛いのでぜひご覧ください。私はPCとスマホ両方壁紙にしております。




