165:〝万象地象ワタナベ〟
明日3/1、「迷宮メトロ」漫画版 第2巻が発売になります!
詳細は後書きと活動報告にて。よろしくお願いしまりす!
あれだけ賑やかだった〝ナカノの里〟が、今では廃墟のように静まり返っている。
先ほど、人獣問わずほとんどすべての住民の避難が完了した。今頃はクマガイら警備団の先導で北へ――ネリマトライブの領内へ向かっているはずだ。
「――んで、私らを集めたあいつはどこ行ったんだ? あの、仕切りたがりのテロリストは」
ダイアナが苛立たしげに言う。役場の前には今この里に残っている約三十名全員が集まっている。カーバンクルはタミコとキナミだけだ。
「あいつなら上みたいっすよ」
「上?」
愁が頭上を指差すと、ちょうどそこにあの男の姿が見えてくる。御神木の樹影からキラキラと胞子をまとってゆっくりと降りてくる、偽ツルハシが。
「おー、わりいわりい。電波の受信に手間取っちまってよ」
「デンパ?」
「こいつの意味不明な単語は全部聞き流していいっすよ、ダイアナさん」
すとんと地面に降り立つと、偽ツルハシはまぶたまで爛れてギョロッとした目で、この場にいる者をじっと見渡す。
「三匹と一体と合わせて二十何人ってか。心強いこったぜ、これから数万規模の獣の軍勢とやり合うんだからよ」
狩人は愁、ノア、アオモト、クレ、ヨシツネ、ギラン、ハクオウ、そして〝凛として菌玉〟。里の人はダイアナとスドウ(片腕なのによく残ったものだ)を含めた五名。そして〝越境旅団〟の偽ツルハシ、〝スプーキー〟、カワタローとトロコ。三匹はタミコとキナミとケァル、一体はスズキのことだろう。
レベル30に満たない戦闘要員はすべて避難民の護衛として付き添う形になった。警備団の若手らと一緒にヒキフネ村の生き残りの少年二人もそこに混じっているという。
「アベシュー、ロリババアがいないりす」
「ああ……なんか『野暮用できた! すぐ戻る!』ってどっか行っちゃったんだよね……」
そのままどこかにトンズラという可能性も愁は半分くらい疑っている。それならそれで咎めるつもりもないが。そして置いてけぼりになった妹ハクオウは不機嫌そうだ。
「俺の〝目〟が、シンジュクメトロの崩壊と超巨大生物の出現を確認した。そいつは木々を薙ぎ倒し粉塵を巻き上げながらゆっくり進んでる、ここめがけてまっすぐにな」
「〝目〟って?」
「俺くらいになるといろいろあんだよ。お前らにも見せてやろうか?」
偽ツルハシが腕を振るうと、ふわりと胞子が撒き散らされる。それが空中に留まり、長方形にまとまっていく。
「これは……」
周囲がざわつくなか、愁は気づく。これはスクリーンだ。SFみたいに空中に直接投影された、真っ白なスクリーン。
そしてそれがぱっと色づく。緑と青、森と空だ。スクリーンが、というか投影された映像が小刻みに揺れているのがわかる。
画面端に小さく現れた土埃が、徐々に大きく、近くなっていく。
「怪獣映画かよ……」
巨大な生き物が迫ってきているのはわかるが、その姿ははっきりとは見えない。
そして、突如暗転。
数秒して、最初の白い画面に戻る。映像が終わったようだ。
「〝目〟が最後に捉えた映像だ。ちょっぴり画質が粗いのはご愛嬌、だが本物だぜ。映像そのものも、あのデカブツもな」
「つか、菌能ってこんなこともできるのかよ」
「俺は特別なのさ。伊達に全〝糸繰士〟最多の菌能数誇ってねえぜ? 公称の十倍くらいあるけどな」
だいぶ前にノアが「二十六個の菌能を持つ〝糸繰士〟」の話をしていたのを思い出す。それがツルハシ・ミナトのことであり、その十倍というのが事実なら……。
「さっきの姿、ワタナベだな……間違いない、やつだ」
スズキがぽつりとつぶやき、偽ツルハシはにやりと笑う。
「今の、お前のデマカセじゃないだろうな?」とダイアナ。
「お前ら原子人をおちょくんのも楽しいけどな、TPOくらいはわきまえるぜ。あのペースだと、ここに到着するまであと二・三時間ってとこかな。つーわけで、作戦会議といこうじゃねえか」
***
「ここにいる何人かはすでに知っていると思うが――」
スズキがそう話しはじめる。
「三十年前、私はワタナベと戦い、敗れた。やつの本体まで迫りはしたものの、命からがら逃亡し、この地へ落ち延びた。傷ついた私を介抱し匿ってくれたのが、この里のカーバンクルたちだった」
愁もその話は地上への道すがら聞かされていた。彼女の毛玉推しはそこから始まったらしい。うんうんと目頭を抑えてうなずいているアオモト。
「そんときあんたが食われてりゃ、その時点でこの国は終わってたな。あいつが今回引きこもりをやめたのはチビ都知事の戦争準備がバレたからって話だが、半世紀ぶりにシャバに出たら幸運にも昔食いそびれた最高のご馳走の在り処がわかったわけだ、そりゃ一目散に向かってくるだろうぜ」
「そいつの狙いがお社様なら――」とダイアナ。「やはりもう一度身をお隠しになっていただいたほうがいいのでは?」
「悪くねえ提案だが、ダメな理由が二つある。一つは、その獣ババアに染みついたやつのにおいだ。あんた、やつの分身を殺ったんだろう?」
「においだと?」
スズキは自分の身体をすんすん嗅ぐ。
「しっかり水浴びをして洗い落としたぞ。というかもう一度ババアと呼んだらお前を先に細切れにしてやるからな」
「おーこわ。俺もほんのりしかわからねえけどな、あんたしっかりマーキングされてるってことさ。やっこさん今度こそ地の果てまで追ってくるぜ」
「んで、もう一つは?」と愁。
「仮にバ……スズキが逃げたと知りゃあ、遠くのご馳走より近くのスナック菓子だ。やつは飢えを満たしに近場を襲うことになる。イケブクロ、アサガヤ、ネリマ……質にこだわらなけりゃあ餌はよりどりみどりだ」
「……ネリマには、里のみんなが向かっているんだぞ……!」
ダイアナが押し殺した声で言い、ぎゅっと拳を握りしめる。
「戦争の勝利条件を『少しでも人類が生き延びれば勝ち』とするなら、それはそれで次善の策としてはあり寄りのありだけどな。やつが雑魚市民ポリポリしてる間に国中の戦力掻き集めて総力戦すりゃあいい。スズキみてえな大物を食われる前なら勝機はあるだろうよ。数十万の屍の上に旗を立てて喜べる趣味があるならオススメだぜ」
「なし寄りのなしだろ」
「だったら――ここにいる俺らでなんとかするしかねえ。俺か塩顔かスズキが食われるより先に、都知事のチビとネリマのババアが増援に来るまで時間を稼いで、オール〝糸繰士〟であのデカブツをぶっ殺す……それが俺らの勝利条件だ」
「増援は来るんでしょうか?」とヨシツネ。「あんな怪物が地上に現れたと知れたら、どこのトライブでも自領の防衛を優先するのでは?」
「メグロもネリマそうだろうな。だがあのチビもババアも、一皮剥きゃあ百年近く為政者やってるクソ狸だぜ。この程度の戦況も読めねえはずがねえ、そのうち来るさ、自分たちだけでもな」
「はい、質問」と愁。「オール〝糸繰士〟って、メトロ教団のショーモンは?」
「あいつ、メッチャよわかったりす」とタミコ。
「は?」
「よわよわだったりす。レベル20くらいの雑魚だったりす」
「マジで? 初耳」
「御前試合の開会式のとき――」とノア。「姐さんが『偉いやつなのにレベル低すぎておかしい』って話してて。そのときは見間違えか、〝糸繰士〟だからレベルを偽るなにかを使ってるんじゃないかってことになったんですけど」
くくっ、と偽ツルハシが笑う。
「やっぱチートだわなあ、【看破】。そこの毛玉のお目々は正しいぜ、あの場にいたショーモンはただの雑魚だ」
「あの場にいたショーモン、って……まさか――」
ふいに背筋がぞわっとして、愁は後ろを振り返る。小さな少女――トロコが、今すぐにでもナイフを抜きかねないような狂気じみた表情をしている。隣のカワタローがそっと制し、「なんでもないよ。話続けて?」と言う。
「そのへんの種明かしすっと時間がいくらあっても足りねえからな。とにかく言えんのは、ショーモンは助けになんて来ねえし俺らの味方でもねえ。頼りになんのはチビとババアだけさ、いねえもんをアテにすんのは趣味じゃねえけどな」
「はいはい、僕も質問」とクレ。「この戦いが国の存亡に関わってくるってのはわかったけどさ。で、具体的にどう戦うつもり?」
「いい質問ですね、イケメンマッチョくん。次にお互いの戦力について相談しましょう。つーかお前ら、いい案出してくれや」
***
地鳴りが徐々に大きくなってくる。地面の震えも、風に舞う埃と、どことなくぬめっとした獣のにおいも。
「……来るぜ」
愁たちは村の外れに立っている。すり鉢状の斜面を降りきった里の入り口のところだ。
見上げた先に、すり鉢の縁のところに濛々と立ち込め、ガラガラと岩が崩れて転がり落ちている。
そして、
「あれが……」
ぬうっと、巨大なナニカが顔を出す。
一見してそれは、象の頭のように見える。長く太い鼻がうねり、ビラビラとした耳が左右に広がり、口が頬まで裂けている。
だが――ずずず……と立ち上がったその胴体は、ナメクジのようなぬらぬらとした腹が覗く。手足の代わりのように無数の触手が左右にうねっている。
「こいつが……〝万象地象〟――」
「ボァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
がぱっと開いた口から、耳をつんざくほどの咆哮。それだけで殴られたような衝撃が全身に降りかかり、村を囲う柵がたわんで倒れる。
「……三十年ぶりですね、スズキ」
先ほどの野蛮な雄叫びの主とは思えない、滑らかで厳かな口調だ。
「相変わらず図体だけはデカいな、ワタナベ」
スズキは普通の声量でしゃべっただけだが、ワタナベには聞こえたようだ。目を細めて笑っている。
「あの日、叶わなかった夢の続きを見るとしましょう。あなたの魂と一つになり、この世界を浄化するのです」
「黙れウスノロ。夢を見たいなら眠らせてやる、今日ここで、永遠にな」
「……残念です。私を拒むその愚かな躰を剥ぎとり、魂を解放してあげましょう」
触手が、切れて地面に落ちる。
ビチビチと陸揚げされた魚のようにのたうったかと思うと、グニグニと形を変え、人間のような姿になる。〝指揮者〟か。
「おいおい……」
ボトッ、ボトッ、と触手が次々と落ちていく。それらが〝指揮者〟になり、別の獣になり、そしてまたワタナベの身体から触手が再生する。みるみるうちに膨れ上がっていく、異形の軍勢――。
「あれがおそらく何万っているんだぜ? たまんねえよなあ、ひひっ」
偽ツルハシの笑みは、余裕というより呆れや強がりのように愁には見える。
「対してこっちは……三人っすか」
ここに並んでいるのは、愁、偽ツルハシ、そしてスズキだけ。他のみんなは――別行動中だ。
「三人? 馬鹿言えよ、俺を誰だと思ってんだ?」
偽ツルハシが、両手を広げる。
その手に、腕に。まるでたちの悪い腫瘍のように、ボコボコと青い菌糸玉が浮かび上がる。
「出し惜しみはしねえ、大盤振る舞いだ」
ブンッと腕を振ると、菌糸玉がばら撒かれる。地面に落ちたそれがニュルニュルと発芽し、青い獣へと変身していく。
「……やるしかない、んだよな」
愁は一瞬目を閉じて、念じる。背中から二対の菌糸腕、両手には刀と盾。
慣れ親しんだ無骨な武器を握ると、不思議と覚悟はかたまった。
避けては通れない、国の存亡を賭けた戦い。だとしても、やれることをやるしかない。いつものように。
「うし、恨みっこなしだ」
「マジ? 殺されたら恨むけどな、俺」
本年初投稿。ご無沙汰してしまい恐縮です。
本作「迷宮メトロ」の漫画版 第2巻が明日3/1に発売になりす。
活動報告にカバーの画像を載せました、素敵。描き下ろしのオマケ漫画やカバー裏なんかもあって素敵。
よろしければぜひご一読ください。またウェブショップなどにレビュー感想などをいただけると励みになります。
漫画版の続きはコミックファイアやニコニコ漫画などのサイトにて引き続き好評連載中です。こちらもよろしくお願いしまりす。
あと最後にですが、近々新作を公開予定です。
詳細は活動報告にて。




