159:菌玉の違和感
大変ご無沙汰いたしりす。五輪開会式の日に「五輪できなかった世界のお話」を更新する不思議。
前回までの迷宮メトロ
・金玉大好きなリスとジジイが出会った。
「シショー! あそこりす! あそこのやきドングリのみせはゼッピンりすよ!」
「ふむふむ、なかなかどうして毛玉の里、気の強そうなおなごの多いことよ。あとでゆっくり見て回ろうではないか、我が初めての弟子よ」
この国きっての変態に弟子入りしてしまった姉貴分のふわふわな後ろ姿を、ノアは眩しそうに見つめていた。今このときも任務を果たすべく地下迷宮に挑んでいるだろうチームリーダーに思いを馳せた――シュウさん、あなたに大師匠ができましたよ。
「おい、乳袋娘」
「なんですかドMパパさん」
「貴様とあの童貞人間で我慢してやる。一刻も早くあの歩く性的嫌がらせから娘をとり返してくれ」
「国家レベルの武力が要るんですけど」
ぞろぞろと目立つことこの上ない、よそ者たちの一行。物珍しさと騒がしさで自然と集まってしまう里の人々を、先頭を行く半裸の覆面ジジイが悠然と歩くだけで遠ざけていく。ノアとしてはイケブクロかスガモだったらとっくに他人のふりをしているところだ。
ほどなくして警備団の詰め所に到着すると、「たのもう!」と菌玉が無駄に凛々しい声で乗り込んでいった。
「まさか、あなた方がこの里にやってくるとはね」
出迎えたのは副団長スドウだった。話はすでに部下から聞いているようだ。
「本来なら許可証のない者は問答無用ですが、現役最高位四段の狩人証を突きつけられたとあっちゃあ部下を責められません。この業界じゃあ絵本に出てくるコーモン様のインローみたいなものですからね」
「インノーとな?」
「インノーりすと?」
ぴくっと反応した菌玉とタミコ。ついでにコーモン様に反応したクレ。
「で、トップランカーのお二人がこんな僻地に何用で?」
「ああ、思い出した。貴様、あの大胸筋女の金魚のフンしとった木偶の坊か」
「よしてください。俺は自分の意思で、全身全霊でワンダ様の奴隷をしてるんです」
まともなやつはおらんのかとノアは心から思った。
「ここに来たのは他でもない、とある賊を追ってのことでのう」
「賊?」
「儂らの勘が正しけりゃあ、やつらはこのあたりに潜伏しとる。貴様ら、ここいらで賊がねぐらにしそうな場所に心当たりはないか?」
菌玉とハクオウによると、ギランがあの〝越境旅団〟の偽ツルハシ・ミナトに一騎打ちを挑み、返り討ちに遭った挙げ句攫われてしまったらしい。
当然二人はその後を追ったものの、巧妙な妨害やカモフラージュによって追いつくには至らず、結局何日もかけてこの里にたどり着いたという。
「最強クラスの狩人二人の追跡を撒くって、どんな魔法使ったんですかね?」
「青い獣のちょっかいなんぞもあったが、おそらくなんらかの菌能だな。気づいただけでマヨイダケの胞子みたいに方向感覚を狂わせるようなものとか、木々の配置や地形を壊すことなくこっそり変えたりとかの。いやはや、この儂も知らん能力を惜しげもなく披露してくれたもんだわ」
「途中でちょくちょく集落見つかって、ジジイと野宿って最悪の事態は回避できたけどね。まったく、あのイキりオオカミのせいで散々な目に遭ったわ。こんなことならお姉様と避暑地にバカンスでも行けばよかった」
「ノア、だいじょぶりすか……?」
はっと顔を上げると、タミコが気遣うように見上げていた。
ノアたちがイケブクロに寄った日、ギランが留守だったのはそういう理由だったのか。彼からの手紙にこのことは書いていなかった、あの人は自分の手で決着をつけようと思ったのだ。
「それで、お二人としては引き続きその賊の討伐を?」
「そりゃ仕事にゃ入っとらん。あの犬っころから報酬をもらう、それだけよ」
「お言葉ですけど――」とヨシツネ。「連れ去られて五日経ってるんでしょ。さすがにもう生きてないんじゃないですか?」
「目的にもよるんじゃない?」とクレ。「勧誘ってのがほんとにそいつらの思惑だったとしたら簡単には殺さないでしょ。逆にギランさんも首を縦に振りそうにもないけど」
「オオカミのくせに無駄に忠犬だから」とハクオウ。「ブクロ裏切るくらいなら自分から飢え死にしてやりそうね」
「あの」
一同の目がノアに集まった。
「すいません、ボク……関係ないかもですけど、この中で一番下っ端ですけど……」
胸の前でぎゅっと手を握りしめ、顔を上げる。
「ボクも連れてってください。ギランさんを助けたい」
一瞬の沈黙。
しゅたっ、と肩に降り立つものがあった。目を向けると、タミコが得意げな顔でふんっと鼻を鳴らした。
「あいつもあたいのシャテーりすからね。ほうってはおけんりすな」
振り返ると、アオモトは仁王立ちで大きくうなずいていた。クレがにやりとして首を鳴らし、ヨシツネは腰に帯びた木刀の柄を叩いた。
「スガモ支部代表として賛同する。あの日の落とし前をつけさせてやろうじゃないか」
「テロリスト退治ね。シュウくんが戻ってきたら驚かしてやろうか」
「サシでやれる状況になったら僕に譲ってもらいますよ。あの男には片タマとられた借りがあるんでね」
最後のヨシツネの言葉に菌玉がわなわなと震えた。
「しかたないですね」とスドウ。「ナカノの安全を預かる者として、賊が侵入したとあっちゃあ黙って見てられません。あいにく団長は不在ですが、ワンダ様ならこう言うはずです。『ぶっつぶせ』とね」
ハクオウと菌玉が顔を見合わせ、やれやれという風に肩をすくめた。
「ついてきたいなら勝手にすれば? 私たちに要らぬ手間をかけさせないように、自分の身は自分で守りなさいよ。あと改めて言っとくけど、今回は討伐よりギランの救出が優先だからね」
「まあ、儂はまだ生きとる可能性は高いと踏んどるがの」
「その心は?」とスドウ。
「どうにもの……話に聞いとった彼奴の残虐性と、実際の言動が一致せんのよなあ」
菌玉が目元をひそめ、ターバンの上からぼりぼりと頭を掻いた。
「どういう能力かは知らんが、彼奴は自らの〝眷属〟を拵え、好きなときに呼び出すことができる。儂らで仕留めた獣は十匹以上……どいつも達人級の殺傷能力は備えておった」
シュウがリクギメトロで戦ったというバフォメット、スガモに放たれた何匹もの獣。おそらくはまだまだ手駒を抱えているのだろう、一人で一都市を壊滅させかねない武力だ。
「では、それだけの戦力を持ちながら、彼奴はなぜあの犬っころにこだわる? 散歩好きの愛犬家でもあるまいに。なによりあの場におった雑魚どもだ、彼奴は一人も漏らさず連れて逃げよった。部下思いの上司って面でもあるまいに」
ノアは実際にあの男の凶気に触れている。ハグミの護衛を殺し、笑いながらタミコやウツキを踏みにじった。
あの残虐性は今思い出しても寒気がするほどだ。間違ってもあれが、亡きひいじいと同じ人物であるはずがない。
「単純な戦力で数えるなら、そもそも今回の逃亡劇は収支に合っとらんのさ。どうもそのへんがチグハグでしっくりこんのよ。〝越境旅団〟だかなんだか知らんが、彼奴はなぜあのようなガキどもを率いる必要があったんかの?」
続きは今週末更新予定です。
コミックファイアにて漫画版の9話が掲載されました。
オオツカメトロ編、いよいよボス戦!ド迫力でめっっっちゃカッコいいです。ぜひご一読ください。
ニコニコ漫画のほうでは8話まで更新されています。はぐれメトロ獣との生存をかけた熱いバトル、こちらもぜひご一読とブクマ登録をお願いいたします。




