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151:コユキ

「おっ、お社様!」

「なぜ表にっ!?」


 慌てた様子で出てきたのはヒューリ(人)とアルフ(カーバンクル)だ。


「村長様、族長様、どうしてこのようなことに……里がメチャクチャじゃないですか!」


 お社様に可憐な声音と恭しい口調で問いただされ、たじたじになるお偉い老人コンビ。


「えー、もしかしてもしかして」とウツキ。「囚われのあたしを助けに来てくれた感じ?」

「あーはい」

「きゃー! この年でかよわいお姫様扱いじゃーん! このこのー!」


 くねくねと身をよじり、肘でつついてくる。実際は口実というかオマケというかなどと正直に言うつもりはないがこのババア。


「あの……あなたがアベ・シュウ様ですか?」

「あ、はい」


 お社様が、ウツキの上でぺこりと頭を下げる。


「このたびは里の者が皆様に大変なご無礼を……このとおりウツキ様はご無事です。不当に勾留した事実に関してはお詫びするほかございませんが……どうか私に免じて、この場は矛を収めてはくださいませんでしょうか?」

「あ、はい。まあ、無事なら別にいいんで……」


 この場で一番まともそうなのが飛び入りの毛玉娘という事実が人間として若干恥ずかしい。

 なんというか、(愁の目から見て)とても美しいリスっ娘だ。その無垢な毛色も相まって神秘的にさえ見える。そんな薄汚れた神輿に乗ってはいけませんと進言したくなる。


(病気がちって聞いてたけど)

(意外に元気そうだな)


「つーか、その勾留してたやつと一緒に外に出てきていいの?」

「それは――」

「お社様!」

「それ以上は……」


 お社様がじいさまコンビを振り返り、小さく首を振る。


「もはやこの方々に隠し立てはできません。そして……」


 彼女が愁を見上げる。まっすぐな、透明な目で。


「……アベ様……いえ、皆様のお話を伺うことが……この里のため、ひいてはこの国のためになるのではと、私は考えるのです」

 

 

 

 警備団員が手際よく住民たちを解散させ、ひとまず乱闘騒ぎはこれでお開きとなる。


 水を差されてつまらなそうなヨシツネ、打ち身擦り傷だらけのボロボロで「ふっ、今日はこれくらいにしといてやろう」と踵を返すスドウ。カーバンクルたちの猛攻を一人で受け止めていたアオモトは「見事だったぞ、君たちの肉球や尻尾」と鼻血を拭い、クレはわざわざ寄ってきて「お疲れシュウくん。また強くなったんじゃない?」とみだりにボディータッチしてくるので【鉄拳】で返す。


 うなじにチリリとした気配を感じる。愁が振り向いた先に、ダイアナが立っている。【蜘蛛脚】は解除され、最後の謎の異変も収まっているものの、その目つきは依然として鋭いままだ。


 ジャージの土埃を払い、愁のほうに大股で近づいてくる。


 ――いい喧嘩だったな、お前のパンチ効いたぜ。


 あるいは、


 ――命拾いしたな、私が本気だったら今頃ほにゃほにゃ。


 みたいなセリフを想像したが、彼女はそのまま愁の横を素通りする。


「――()()、な」


 ぽつりとその一言だけを残して。


「アベシュー!」

「シュウさん! だいじょぶですか!?」


 ノアがぱたぱたと役所の裏手から戻ってくる。頭にタミコと、なぜか肩にタロチも乗せて。


「タミコ、怪我は――って結構ボロボロじゃんか!」


 頭の上で【聖癒】をぷちっとしてエキスをかける。「あまいりすあまいりす」。


「たいしたことないりす。オバ――キナミのネーチャンとちょっくらあそんでたりすよ」


 そのキナミは向こうのほうでダイアナと合流し、二人でなにやら話し込んでいる。


「遊んでたって、要はお前も喧嘩してたんだろ? そのナリじゃ結構ガチでやったんじゃないの?」


 仮にも警備団の副団長、カーバンクルの武力面でのまとめ役だ。種族の中でも腕利きなのは間違いないだろう。


「すごかったみたいですよ、姐さん。キナミさんや部下たち複数人相手に一人で立ち回って、本気出したキナミさんにも勝ったって」

「マジか! すげえじゃんタミコ!」


 その一言がいけなかった。


 ノアの頭頂部を舞台に、むふーと頬袋を膨らませたタミコによる独演会が開幕。「そこでこう! おそいくるやつらをちぎってはなげ! ちぎってはなげ!」と屋根上のバトルを完全再現。しかし興奮が増すうちに明らかな誇張が入り、キナミが若さへの憎悪で暗黒の尻尾を顕現したらしい。


「そこであたいが! セーギのヤイバにオーラをこめて! こうっ! こうっ!」

「わかったから、もういいから」

「あたいがナカノサイキョー! ナカノのジョオーりす! ジョオーサマとおよびりすぅうううっ!」


 ヒートアップが頂点に達したので、片手で掴んで親指で腹をこしょる。「ああっ……メスブタって、よばないでぇ……!」と即堕ち。


「貴様ーっ! 私の娘に破廉恥な真似をっ! そこへ直れーっ!」


 シャーッと飛びかかってきたタロチをもう片手でキャッチしてこしょる。「ああっ……タミコ、ブタ野郎な父さんですまない……」と親子丼。


「シュウさん、ヨシツネさんが呼んでるみたいです」

「あ、ほんと?」


 ヨシツネたちとナカノのお偉方たちとの協議が終わったらしい。ヒューリとアルフは集まった愁たちに幾分肩身が狭そうにしている。


「さて――」とお社様。「それでは皆様……今日はお疲れのことと思いますので、改めまして明日の朝、社まで足をお運びいただけますでしょうか。お話の続きはそちらで……」

「え、いいんすか? 聖域なんじゃ?」

「はい……このたびの件、私の口から説明させていただきます」

 

 

    ***

 

 

 翌朝。


「近くで見ると、やっぱでっけーなあ……」

「でっけーりすなあ……ドングリなんこぶんりすかなあ……」


 目の前にそびえる御神木。樹高はなんと二百メートル以上、その異常な巨躯を支えるがっしりとした根元は周囲二百五十メートル以上もあるらしい。ファンタジーなら間違いなく世界樹とか呼ばれる代物だ。


 高さだけならスカイツリーはおろか東京タワーにも及ばないが、人口建造物とは違う不思議な存在感がある。オオツカメトロのオアシスに似たにおいがむせ返るほど濃密に感じられる、これがこの里を守っているのか。


「あそこでお待ちだ」


 案内役のスドウが指し示した先――大樹の根元付近にちょこんと佇む、神社の本殿を思わせる建物。あそこがお社様の住む社らしい。後ろの木がデカすぎるのもあって小ぢんまりとして見えるが、近づいてみるとそれなりに大きい。リスっ娘と人間の世話係数名で暮らす分には手狭ということはないだろう。


 スドウが段差を数歩上がり、扉の奥に声をかける。ダイアナのものらしき返事があり、内側から扉が開けられる。


「失礼しまーす……」


 板張りの間はひんやりとした空気を湛えている。装飾の類は最低限、奥には申し訳程度の簡素な神壇。祀られているのは――巨大な木の枯れ枝だ。おそらく御神木の折れた小枝かなにかだろうが、それでもカジキマグロかというサイズがある。


「ようこそお越しくださいました。この社をお預かりしております、コユキと申します」


 床に手をついて深々と頭を下げたのはお社様だ。コユキというのが彼女の名前か。赤い飾り紐のついた巫女装束がいっそう神秘性を際立たせている、白い毛並みも相まって本物の神の遣いのようだ。


 その後ろにはヒューリとアルフ、ダイアナは少し離れたところで壁に寄りかかっている。キナミもいる。


 愁たち一行が彼女らの向かいに腰を下ろすと、


「……なんでそっち側なんすか?」


 コユキの隣でウツキがひらひらと手を振っている。


「つーか、なんで昨日帰ってこなかったんすか?」

「いやー、女子バナ盛り上がっちゃって。ねー?」

「はい。昨夜はとても楽しゅうございました、ウツキ様」


 顔を見合わせてうふふと笑い合う二人。どういうわけかばっちり意気投合しているようだ。ヒューリとアルフの咳払いにコユキが慌てて背筋を伸ばす。


「ウツキ氏は――」とアオモト。「みだりに里の内情に踏み込み、その咎で勾留されていたものと思っていたが」

「うん、まあそうなんだけどね。男引っかけてそれとなくさぐってみようとしたんだけど、色仕掛けとカマカケのさじ加減でミスっちゃってね。あたしも年かなー?」

「通常そういったことが発覚した場合、ご退去いただいて以後出入り禁止という措置をとらせていただくのですが……ウツキ様はその……皆様の思惑とは別個に動いていて、このナカノの里の秘密に関してかなり近づいていたとのことで……この社までお越しいただくことになって……」

「秘密?」


 コユキが指を立てると、そこにしゅるしゅると細い糸が生じる。撚り集まってできたのは、白と黒のマーブル模様の菌糸玉だ。愁のそれの三分の一にも満たない大きさの。


「【忘却】の菌能です」

「【忘却】?」

「食べさせた相手を催眠状態にして、記憶操作や思考誘導を行なうことができます」

「マジか」

「聞いたことないです、そんなの……」とノア。

「謎多きカーバンクル族のレアスキルか……興味深いねえ」とクレ。

「皆様が思われるほど強い効力はありませんし、効果の有無もレベル差や相性などによるのですが……里で知り得た情報を忘れさせたり、以後再びこの地を訪れることを躊躇わせたりという程度は可能です」

「いや、じゅうぶん怖いっすね……」


 ある意味そこらの攻撃系菌能なんかよりおっかない。ウツキの【魅了】と同じくらい。そういう意味では似た者コンビか。


「過去に二度ほど……いずれも金銭目的――秘境の里に隠し財宝ありとの眉唾を真に受けて嗅ぎ回っておられた方を、やむなくこの力で里から遠ざけることとしました。誠に勝手ながら、ウツキ様もそのようにさせていただこうとしたのですが……直にお話をお聞きしたところ、ウツキ様はすべてを忘れていただくにはあまりに気づきすぎて、あまりに知りすぎていて……もはや【忘却】を用いても解決にはならないと……」


 得意げに壁乳を張るウツキ。愁たちはなにも聞かされていないが、この偽ロリはなにに気づき、なにを知っていたのだろう。


「口封じならこっそり消しちゃうほうが早いのでは?」とヨシツネ。

「ウツキさんなら腹上死って設定で僕らも疑わなかったのにね」とクレ。

「黙れ脳筋イケメンども。コユキっちはとっても心の優しい子なんだからね」

「……それから、アベ様のことも……」

「え? 俺?」


 いきなり話を向けられてびくっとする愁。

 コユキと数秒間見つめ合う。彼女の透明な視線に愁は戸惑う。


「……いえ、ともあれ……そのようなわけでウツキ様を解放し、皆様をここにお招きしようとたのですが……それを皆様にお伝えする前に、行き違いからあのようなことになってしまって……皆様には大変ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」

「いいんだよコユキっち。どうせうちの野蛮人のほうが喧嘩ふっかけたに決まってんだから」

「血の気が余ってるという点はこっちも同じだがのう」

「役場の屋根に穴を開けおって。修理は手伝ってもらうからの」


 ヒューリとアルフがじろりとダイアナとキナミを睨む。彼女らはそろって軽く首をすくめる。


「で――」とヨシツネ。「この里の秘密とやらは、僕らの任務と――都知事閣下より預かったあなたにお渡しすべき書状と、なにか関係があるんですか?」

「……私ではありません」

「え?」


 コユキは数秒目を閉じて、何度か深く呼吸して、顔を上げる。


「私は……里のみんなが呼ぶ〝お社様〟であり、同時にお社様の()()()()にすぎません」

「身代わり?」

「……御神木を、この里を真にお守りくださるお社様……書状をお渡しすべき相手は、私ではなく他におられるのです」

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― 新着の感想 ―
[一言] 今ナウシカを見ていたら、アベ・シューの肩に乗ってるタミコはこんな感じなんだなぁと、唐突に思いました。
[良い点] ウツキは諜報力と推理力が高い設定でしたっけ…?有能BBAとかやるやんなんか悔しい… にしてもお社様…じゃない!?では、お社様とは… [一言] 母娘堕ちならアリだが、父娘堕ちとか誰得かとw
[一言] お社さまは胴長野郎関係かなぁ?スズキ?
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