150:アッベッシューッ!
コミック版 第2話、コミックファイアにて本日公開りす。ぜひご覧あれ。
元狩人ランキング一位、〝女王蜘蛛〟ダイアナ・ワンダ。
彼女の経歴については同郷のヨシツネよりもアオモトのほうが詳しかったりする。なんでも「若き日の憧れであり目標だった」ということだ。
ダイアナが頭角を現したのはおよそ十五年ほど前。それから二・三年のうちに一桁ランカーに登りつめ、そして十年前には〝凛として菌玉〟ら並み居る強豪を押しのけて一位の座を手に入れた。女性狩人の一位は彼女で三人目、現役では彼女一人ということで、当時はかなり話題になったという。
隻腕というハンデと男勝りの凛々しい風貌、そして〝女王蜘蛛〟というインパクト抜群の異名。彼女の存在は狩人業界のみならずシン・トーキョー全土に知れ渡ることになった。
「――だが結局、彼女がランカーだったのはその翌年までだった――……」
九年前の番付発表を境に、彼女は表舞台から姿を消した。最近の若い狩人には彼女を知らない者も多いという。
ともあれ――そんなレジェンド中のレジェンドは今。
この毛玉だらけの僻地にいて、
すこぶる元気に暮らしていて、
鬼神のごとく【戦鎚】を振り回している。
「ゴラァアアアッ!」
猛獣じみたおたけびとともに、ダイアナの菌糸ハンマーが愁の【大盾】に直撃する。
「ぎぃっ!」
愁は全力で踏ん張ってそれを受け止める。後ろに跳べば里の外まで吹っ飛ばされそうだから。
【光刃】をまとった盾が軋み、衝撃が背骨まで突き抜ける。ザザザッと地面をえぐるようにあとずさり、腕の痺れを感じている間もなくダイアナの追撃が迫る。
息もつかせず間合いを詰めてくるダイアナと、それを予期して空中に置き去りにした【火球】がぶつかる。
ボンッ! と爆ぜる。ぶわっと煙を蜘蛛の前脚で払ったダイアナの目がギラリと光る。その前脚で受けたのだろう、ノーダメージだ。
「はっはぁっ!」
うなりどころか風の絶叫。限界までリーチを伸ばした【戦鎚】がデタラメな軌道で襲ってくる。生身でくらったら一発でミンチにされそうだ。
袈裟からの一撃を、上の菌糸腕の【円盾】二枚で受ける。大きくはじかれて背中ごとのけぞり、その勢いを利用して一回転、「ふっ!」と【光刃】をまとった【戦鎚】で真横に薙ぎ払う。
ゴガッ! と鈍い音をたてたのは【蜘蛛脚】だ。ひょろっと細長いくせに菌糸武器並みの硬質さだ。
「はっ! いい打ち込みじゃねえかっ!」
ダイアナが剣道道場の先生みたいなセリフを吐きながら笑う。
振り上げた右腕の筋肉がビキビキと肥大化し、赤っぽい菌糸のタトゥーが浮かぶ。菌能か。
「ふんっ!」
ズゴンッ! とけたたましい衝突音。
叩きつけた【戦鎚】が地面を陥没させ、ひび割れを起こし、地震のごとく揺るがせる。
(まっ、マンガかよっ!)
足元に気をとられた一瞬ののち、ダイアナの姿は目の前から消えている。
(――――!)
それでも【感知胞子】は真上から降ってくる影の輪郭を追っている。
「んがっ!」
間一髪飛び退く。同時に愁の立っていたところにダイアナの八本の足が突き刺さる、というか踏み砕いて小さなクレーターをつくる。もう一度思う、マンガかよ。
「【真阿修羅】と【光刃】のコンボ……この目で見るまで半信半疑だったが、噂は本当だったか。ハクオウ先輩に勝ったのもうなずけるな」
「そ……そいつはどうも……」
もうもうと埃の舞う中、ダイアナは【戦鎚】を肩に担ぎ、愁は手の甲で額の汗を拭う。
「今の、【剛腕】でしたっけ……菌能いくつあるんすか?」
「へへっ、ケンカの最中に相手の手札を訊くかよ。そういうとこは甘ちゃんっぽいな」
「サーセン」
「いいさ、七つだよ。【蜘蛛脚】【戦鎚】【剛腕】【自己再生】……それ以外はケンカじゃ使わないから安心しな。ちなみにレベルは79な」
菌能七つか、上級菌職のトップランカーのわりには少ない。
〝女王蜘蛛〟としての代名詞である【蜘蛛脚】は、〝獣戦士〟専用の超レアスキルではあるが彼女の専売特許ではない。分類するなら汎用型だが【蜘蛛脚】のコストが大きいというところか。
レベルに関してはほぼリスカウターの推定どおりだ。今さら驚きはないが、それに恥じない強さを身をもって思い知らされている。
「で、君はどうなのさ? 別に答えなくてもいいけどね」
「俺はレベル71です。菌能は――」
「あのー、こっちもう終わったんですけど」
「は?」
振り返ると、警備団員たちが軒並み地面に転がっている。一方のチームよそ者の面々――ヨシツネは肘の内側で返り血のついた木刀を拭い、クレは一汗かいたあとのストレッチをし、アオモトは【戦槍】を地面に刺して仁王立ちし、ノアだけはまあまあ苦戦したようでぜーはー言っている。
クマガイも倒れているのかなと思いきや、彼だけは奥のほうで野次馬の対応をしている(この混沌の場に残った唯一の良心だ)。ともあれものの一分とかからず十数人を蹴散らしたか、仕事が早い。
「ったく、情けないねあんたら」
「いえいえ」とヨシツネ。「さすがにこっちはレベル50超え三人ですし」
ちょっぴり肩身が狭そうなノア。
すう、とダイアナが大きく息を吸い、
「バトラー! サボってないで仕事しなっ!」
さけぶや否や、ドゴンッ! と空から巨大な影が降ってくる。
「……スドウさんもここに来ていたんですね」
「おお、ヨシツネくんか? 大きくなったなあ、最後に会ったときはまだまだガキンチョだったのに」
ライオンを思わせる毛むくじゃらな顔にニヒルな笑みをぶら下げながら、
「当たり前さ、俺はワンダ様の全身全霊の奴隷だからな」
甘いバリトンボイスで微妙にアレなことを豪語する男。長身のダイアナよりさらにデカく、ご両親はオーガですかというほど筋骨隆々。
「スドウ・バトラー。もう一人の副団長だよ」
タミコがいなくてもわかる――かなり強い。名実ともにここのナンバー2か。
とたんに目の色を変えたヨシツネが、木刀を腰に差し直し、虎の子の黒い菌糸刀――【不壊刀】をとり出す。
「〝岩盤翼〟のスドウ・バトラー……相手にとって不足なしですね」
「ほお、俺とタイマン張ろうって? よし、久々に稽古をつけてやろうじゃないか」
「クレさん、アオモトさん、僕がもらっていいですか?」
「ああ、私の相手は他にいるようだからな」
アオモトが見上げた先、屋根から伝う吊り橋には毛玉軍団が先ほどより数を増してこちらを窺っている。じゅるりとよだれを拭うアオモト。
「僕も構わないよ。久々にじっくりシュウくんの尻を堪能できる機会だしね」
座り込んで両手で頬杖をつくクレ。味方を萎えさせるような言動は慎んでもらいたい。
「じゃあ――」とダイアナ。「……あれ? なんでケンカしてんだっけか? へへっ、まあいっか」
ダイアナがブンッと【戦鎚】を振り下ろして身構える。
「久々に本気で暴れられるチャンスだ……私が満足するまで倒れんなよ、ゴールデンルーキー」
「……ノア、タミコをよろしく。屋根の上にいると思うから」
「は、はいっ!」
ノアにそう頼んでから、愁は【戦鎚】と【大盾】をぽいっと放り捨てる。
「……?」
中腰に構え、両腕に、四本の菌糸腕に意識を集中させる。肌の奥からにじみ出た菌糸が腕を銀色に染めていく。
「【鉄拳】か……悪くないけど……え?」
ズズズッと銀色の腕がさらに膨れ上がる。ロケットで飛んでいきそうなほどの巨腕×六本。
「【蓄積】の菌性……!」
街中でチャージ【火球】や【白弾】をぶっぱするわけにはいかない。そして相手は六本の菌糸脚を自在に操る〝女王蜘蛛〟。
となれば、これが今の正解だ。両腕を、上下の菌糸腕をゴツンッゴツンッと鳴り合わせる。
「俺はこっちでいかせてもらいます――拳で」
一瞬の膠着ののち、先に動いたのは愁だ。【跳躍】の推進力で一直線に間合いを詰める。
「ふんっ!」
ダイアナが構わず【戦鎚】を振り抜く。
愁の菌糸腕がそれを、上に跳ね上げるように拳でパリングする。
「しっ!」
繰り出した左の拳が【蜘蛛脚】のガードと交錯する。わずかに後ろに後退するが、後ろの脚の支えもあって上体をのけぞらせるような隙は生まれない。
「やるじゃねえかっ!」
なおさら嬉々として向かってくるダイアナ。対して愁の頭の中は、自分でも意外にも冷静だ。
――この人は、ダイアナ・ワンダは、とてつもなく強い。
レベル79にまで高められた〝獣戦士〟の身体能力。とりわけそのパワーは力自慢の愁でも明らかに及ばない。オウジのゴーレムやリクギのボスメットさえ正面から殴り倒せそうなほどだ。
【蜘蛛脚】の攻撃は変幻自在。メインは前脚と左右の四本での突きや薙ぎ払いだが、それらに体重を預けた彼女自身の蹴りも飛んでくる。手数も回転数も威力も、すべてが脅威的だ。
愁が小回り重視の【鉄拳】での攻防に切り替えたため、【戦鎚】での攻撃は牽制か乾坤一擲の一発のみに選択肢を絞らせているが、逆に大砲の発射口を突きつけられているかのようなプレッシャーがある。この間合いで【剛腕】を使わせる隙を見せたら一巻の終わりだ。
――だが。
矢継ぎ早に迫る【蜘蛛脚】を菌糸腕で掻き分け、懐へ潜り込んで渾身の右ストレート。
とっさに【戦鎚】の柄で受けたダイアナが大きく後退する。柄が砕けて散り、痺れたと思われる手をプラプラさせるダイアナの顔から、初めて笑みが消えている。
***
「やっぱりねえ」
クレがぽつりとつぶやく。それはシュウの耳にも、あるいはスドウと戦いはじめたヨシツネの耳にも届かない。
「さすがは元一位、ダイアナ・ワンダ。狩人随一と謳われた馬力は健在」
見つめる先には、凶器と化した菌糸の脚と真っ向打ち合うシュウの後ろ姿がある。
「……けれど、それだけだ。力任せの攻防は、僻地での野盗狩りや住民のお守りに勤しむ年月で、その精度が明らかに錆びついている。格下ならそれでも通用しただろうが――」
すすす、と視線が背中から尻へと下りて、クレはうっとりと笑う。
「日進月歩……狩人の世界は今も進み続けている。栄枯盛衰……かつての一位が相手だろうとも、魔人やら魔女やらを打ち負かしてきた僕のシュウくんが、今さら負けるもんか」
***
一瞬背筋を駆け抜けた悪寒は気のせいか。目の前に迫る【蜘蛛脚】を必死に捌くことに集中する。
パワーとスピードはともかく、攻撃の精度はハクオウ・マリアには到底及ばない。今の愁の目にはむしろ大雑把に映るレベルだ。
業を煮やしたか、ダイアナが【戦鎚】をメインにしたコンビネーションに変える。突き放した間合いからすりつぶしてやろうという算段か。
しかしそれは中途半端。愁にとっては怖さがない。
真上から振り下ろされた【戦鎚】を、腕を交差させて受ける。
「ぎぃっ!」
奥歯が砕けそうなほどふんばりながら、それでもその場で腰を落とし、下の菌糸腕で地面を払い上げる。
飛び散った土に気をとられて力が緩んだ瞬間、愁は再び踏み込んで間合いを詰める。
「しっ!」
短く息をつきながら左フック×3。折りたたんだ菌糸脚のガードの上を打ち抜く。
身体をよじり、反動をつけて右フック×3。これもガードされるが、その奥でダイアナが「ぐっ!」とうめく。
「おぉおおおっ!」
高速で左右にウィービングしながら拳を繰り出す。タミコ直伝の左右のフットワークが無限大の軌道を描く。
全力で拳、拳、拳。
フック、フック、フック。
ゼロ距離からデタラメに打ちつける。
(アッベッシューッ!)
(アッベッシューッ!)
頭の中で観客の喝采を浴びながら、呼吸の続く限り前に突き進む。全霊をこめて拳を叩きつけ続ける。
「あぁあああああああっ!」
右の拳を振り抜いた先にかわいた手応えがあり、グシャッ! と鈍い破砕音とともに菌糸の破片が砕け散る。
「らぁああっ!」
続けて放った左の拳。ダイアナが後ろ脚まで使ったガードで受け止め、支えを失って後ろに吹っ飛ぶ。
「――くそっ!」
「ワンダ様っ! ぐぉっ!」
よそ見をした隙に一撃もらって吹っ飛ぶスドウ。ヨシツネは峰打ちでまだまだ余裕そうだが、それでも意外にスドウが粘っているらしい。
「……まさか、私の脚が割られるなんてね……あのときのあいつ以来か……」
片膝立ちで着地したダイアナが悔しげに歯噛みしている。愁はこの隙に荒らげた呼吸を整える。いけないいけない、ここぞで調子こきモードというか気分は満員の後楽園ホール。
「……まだ続けますか?」
ともあれ、証明することはできた。
自分のこの手は、かつての一位にも届くのだと。
「このへんでいいんじゃないっすかね……?」
それで一応の満足感は得られたので、できればここで手打ちとしておきたい。目的はあくまでケンカで勝つことではない。
ダイアナがゆらりと立ち上がる。くくっ、と歪んだ笑みがこぼれる。
「……スガモじゃあ、相手の頭が上にあるうちに拳を収めんのかい?」
しゅるしゅると腰から生じた菌糸が、再び【蜘蛛脚】を形成していく。
いや、それだけでなく。
ビキッ、と額の血管が不気味な音をたてる。
それを皮切りに、顔中、首筋、そして腕も。
血管が水ぶくれのように盛り上がり、全身を覆っていく。
(まだ……なんかあんのかよ?)
肌を刺すような殺気につられて、愁は無意識に構え直す。
「こっからはケンカじゃねえ……」
ダイアナが血走った目を剥き、
「狩人と狩人……どっちが生き延びるk――」
「おやめくださぁーーーいっ!」
キィィーンッと甲高く反響した声がフェードアウトしていく間、その場の全員が呆気にとられて動けなくなる。
「……あっ……」
ダイアナが目を丸くし、とたんにその変異を収め、バツが悪そうに頭を掻く。彼女の視線を追った愁も、現れた二人にようやく気づく。
「こんなところで大喧嘩して! 里のみんなが怖がるじゃないですか!」
ぷんすかと美少女声で怒鳴るのは、メスと思われるカーバンクルだ。タミコやキナミとはまるで違う、全身真っ白な毛並みの。
「……つーかアベっちたち、なにやってんの……?」
そして彼女を頭に乗せているのは、ウツキだ。
補足:リスバトル→3話 主人公バトル→1話
前書きでも触れましたが、コミック版の2話がコミックファイアにて公開されました。表情豊かなタミコやスタンド化して登場のファー○ーなど見どころ満載です。ぜひご一読ください。
また、1話はニコニコ漫画での掲載も開始されました。よろしければお気に入り登録してやってください。




