145:お社様
タロチを一人残していくのは甚だ不安ではあるが、いったんお互い頭を冷やす時間を与えるのも悪くないと思い直し、老夫婦にあとを任せることにする。
肩の上でぷんすかご機嫌斜めなタミコをなだめつつ、ヨシツネたちのいる宿のほうに向かう、その途中。
通りに人が集まってざわざわしている。なんだなんだと首を伸ばして見てみると――愁は「すいません関係者です」と野次馬を掻き分けていく。
「……なにしてんすか、アオモトさん」
アオモトが横たわっている。身体中にドングリをひっつけたローブのようなものをまとって。
「いや……彼らがお腹を空かせていないかと思ってな……お土産だ、私自身が」
「鳥葬かよ」
でも肝心のカーバンクルたちは、人々の頭の上で遠巻きに眺めるだけで近づいてこない。意外だ、もっとわらわらと寄ってきてもよさそうなのに。
「ねえ君たち、お姉ちゃんがドングリあげるって。なにもしないから、とりに行ってあげて?」
「やだー、あの人こわーい」
「怪しい人からおやつもらっちゃダメなんだよー」
「真っ当な教育が行き届いてる」
スガモの恥晒しの首根っこを掴んで引きずっていく。ドングリはタミコがつまみ食いし、それで若干救われた風なアオモト。
宿の前でヨシツネたちと合流する。「お前らなぜアオモトから目を離したのか」と問い詰めようかと思ったが「あんたんとこの代表でしょ」と返されたらぐうの音も出ないので呑み込んでおく。
「では参りましょうか。と言っても、手紙を渡しに行くだけですけどね」
せっかくだからそのへんぶらぶらしてくるというクレ以外のメンツで向かうことになる。意外なのはウツキだ、てっきり「あたしもいいオトコさがしに行ってくるー」と早々に離脱すると思ったのに。
よそ者でぞろぞろと町中を歩くと、やはり住民たちから怪訝な目で見られる。警備の人にも声をかけられるが、ヨシツネが二言三言返すとすんなり通してもらえる。目的地は住宅地の奥側、御神木に近いところにあるらしい。
でっけーなーこの木なんの木かなーと気にしながら歩いていくと、ほどなくして「ここですね」とヨシツネ。板張りの大きな建物で、「ナカノの森 町役場」という木彫りの看板がかかっている。
中はわりと綺麗だが、田舎の役場というのほほんとした感じだ。カウンターの向こう側で人間の職員が机仕事をしたり新聞を読んだりしている。カーバンクルも一緒というのが特徴的だ、机にぺたんと座って書き仕事をする人間になにやら指図したり、寝っ転がって煎餅を食い散らかしたりしている。
ヨシツネが職員に声をかけ、なにやら言葉を交わすと、その中年男性の顔つきが変わり、ぱたぱたと慌てた様子で奥へと引っ込んでいく。
間もなく帰ってきた彼が「どうぞこちらへ」と奥の個室へと通してくれる。広めのその部屋にいるのは、短身痩躯の初老の男が一人と、くすんだ灰色の毛並みをしたカーバンクルが一匹。白い眉毛? がふさふさしている。
「ようこそお越しくださいました」と男性。「里長を務めております、ヒューリと申します」
「アルフです」とカーバンクル。「僭越ながら、我ら種族の族長、利益代表などをしとります。お見知り置きを」
ヨシツネとアオモトをソファーに座らせ、愁たちはその後ろに立つ。と、アルフが愁とタミコに目を向ける。
「……話は聞いとりますよ。あのタロチとキンコの娘が帰ってきたと」
噂が広まるのは早いものだ。さすがは田舎町。
タロチはここの職員だと聞いている、ということはこの人は上司なわけだ。
「じきに里の者にも知れ渡るでしょうが……ほんとにめでたいことです。キンコのことは残念ではあるが……それでも君がこうして帰ってきてくれて……それだけでもありがたいこって……お社様にもご報告せんといかんのう」
目尻を拭うアルフ。
「お社様?」と愁。
「ああ……御神木に仕える巫女様ですわ。御神木の根元にある社に住まわれとって、日々我らの感謝を御神木にお伝えいただいとるんですわ。族長の私よりもよっぽどみんなに慕われておりましての、ほほほ」
「はあ」
巫女なカーバンクル――愁が赤白の装束をまとったリスを想像していると、くいっと横から袖を引っ張られる。振り向くと、ウツキが柄にもなく真面目くさった顔をしている。なにか言いたいことでもあるのだろうか。
「僕らとしても――」とヨシツネ。「タミコちゃんの里帰りに付き添うことができて光栄でした。都庁から土産をたくさんお持ちしましたので、ぜひみなさんでご賞味ください」
「ありがとうございます。都会の酒はよくできとりますからのう、楽しみですわい」
「というわけで、さっそくですがこちらを。都知事ネムロガワの書状です。アルフさんにお渡しするようにと」
テーブルにそっと置かれた、隅にマル弐と書かれた白い封筒。これが二枚目の手紙か。
「私もよろしいですかな?」とヒューリ。
「はい、そのように言付かっております。急かすようで恐縮ですが、この場でご確認いただけますか?」
顔を見合わせる二人。ヒューリがおずおずと手を伸ばし、封蝋を破って手紙をとり出す。アルフは彼の肩に乗り、一緒にそれに目を通す。
五分ほど、誰もなにも発しない時間が続く。愁は二人の表情の変化を窺うが、途中から肩の上でぴゅーぴゅー寝息がして邪魔。
「……なるほど……」
目頭を揉みながら顔を上げたヒューリは、そしてアルフも、なんだか険しい顔つきになっている。
「ヨシツネさん、あなたはこちらの内容については?」
「存じておりません。お二方のご承諾を得て、三通目をお渡しする御方をご紹介いただくようにと。よければそちらをお見せいただいても?」
最後の手紙を渡す相手を、ヨシツネも知らないらしい。なんとも回りくどい話だが、都知事はなぜ直接伝えなかったのだろう。
渋々といった様子でヒューリが手紙を差し出し、ヨシツネはそれにざっと目を走らせる。
「……これによると、三通目のお相手は、先ほどのお話にあったお社様という方のようですね」
ヒューリとアルフが顔を見合わせる。そして、そろって首を振る。
「……残念ですが、ご希望には沿えかねます」
「どういう意味ですか?」
「僭越ながら、我々がそのお手紙をお預かりいたします。内容によってはお力になれるかもしれません」
アルフがそう言い、ヒューリがうなずく。
ふう、とヨシツネは息をつき、首を横に振る。
「それには及びません。ネムロガワからは直接渡すようにと言付かっておりますので」
三者ともにこやかな表情だが、もやもやと流れる険悪な雰囲気。いたたまれない。
「あの――」と愁。「お社様のところに連れてってもらうわけにはいかないんですか?」
「それは――……」
言いよどみ、また顔を見合わせる。
「お社様は、ここしばらく体調が優れず、床に臥せる日々が続いておりまして。ご心労をおかけしないようにと、この里でもごく一部の者のみでお世話をさせていただいておるのです」
「この手紙をお渡しするだけです」とヨシツネ。「その後はすぐに退散しますので、ご対応いただけませんか?」
「申し訳ありませんが、そういうわけには参りません」
「どうして?」
「……そもそもお社様を、外の方に会わせるわけにはいかんのですよ」
アルフがぽつりとこぼす、その口調は明らかに棘がある。
「かつての魔人戦争、そして三十年前の流行病……我々カーバンクルは大きな厄災に苛まれ、その度に多くの犠牲を強いられてきた。それらはいずれも外からやってきた〝糸繰りの民〟によってもたらされてきた。そういうわけですから、大変失礼ながら……外の穢れに触れさせるわけにはいかんのです」
「あなた方はご存じですか?」とヒューリ。「近年、〝糸繰りの民〟の無法者たちによるカーバンクルの拉致が多発したことを。あのときも都庁政府は……警備の追加人員を派遣しただけで、犯人の追跡や拉致された者の奪還にはほとんど協力してくれなかった。イケブクロの政変があった直後だったとはいえ……我々は見捨てられたんですよ」
トーチャンもなにか言っていたが、やはりカーバンクルと外の〝糸繰りの民〟には歴史的な確執があるらしい。
「自分たちが手紙を預かる」という二人と「そういうわけにはいかない」というヨシツネと、どちらも譲らず。結局「また出直します」といったん辞去することになる。
「ヨシツネくん、このあとどうすんの?」
「そうですね……明日も伺ってみます。任務は絶対ですから」
笑顔が怖い。クレと同じ人種だからなおさら。
なんだか奇妙な話になってきたなと愁は思う。さくっと穏便にクエストを完了させて、タミコとトーチャンの仲立ちに専念したいものだが。
案の定、タミコはトーチャンのところに帰りたがらず、老夫婦に断って宿のほうに泊まることになる。どうしたもんかなとノアとあれこれ話しているうちに夜になる。
その日、なぜかウツキとクレは帰ってこなかった。
和ホラーゲー展開……になるとかならないとか。
次回、アベシュー久々にバトる。




