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139:菌玉


書籍版第2巻、発売日は8/22となりました。

アオモトや【阿修羅】モードの愁など、キャラデザも公開中です。書き下ろしの情報と合わせて、詳細は活動報告にて。


 待ち合わせ場所の西門にぞろぞろと向かうと、さすがのヨシツネも目を丸くする。


「いやまあ、クレさんはともかく、そちらのエルフさんと、スガモ代表まで? ずいぶん豪華な顔触れですね」

「足手まといにはならないつもりだ。よろしく頼む」とアオモト。

「よろしくね、イケメンさん。こないだは助けてくれてありがとね。お礼は宿に着いたらたっぷりとね」とウツキ。


 ちなみに彼女の参戦動機は「暇だったから」ということだ。ハクオウ・マリアが何日か前に「仕事でしばらく戻らないから」と出ていったため、すでに妹の束縛から解放されていた。男漁りをしようにもコマゴメは妹の影響力が強すぎるためうまくいかず、「恋の季節なのに」とぼっちで暇を持て余していたため、今回のナカノ旅行は半分バカンスのようなものだとか。


「まあ、賑やかなのは嫌いじゃないですし、頭数が多いほうがなにかと安心ですしね。ではさっそく参りましょうか、準備はよろしいですか?」


 ちょっと待った、と手を挙げたくなる愁。手首を握りしめてぐっとこらえる。


「アベさん、どうかしましたか?」とヨシツネ。

「……今日、出発しなきゃいけないんだよな……」

「そうですが、なにか別に用でも?」

「……明日、何日か知ってる? 八月三十日、金曜日だよ」


 ギルドの保管庫に預けてきたものを想う。


「月末の金曜日……百年前なら仕事早く切り上げてリア充しましょうみたいな日だけど、実際は都市伝説みたいなもんでやってるやつ見たことねえよとかまあそんなのはどうでもいいんだけど……明日、クエストの報酬が振り込まれるんだよ」


 表紙に「アベ・シュウ」と書かれた薄い手帳――スガモ銀行の通帳に思いを馳せる。


「今までお目にかかったことのない額でさ、だから明日朝一番で記帳に行く予定だったんだ。ずっと楽しみにしてたんだ、この日のために生きてきたんだ」

「アベさん……」


 愁は目に涙を浮かべ、すがるようにヨシツネの胸ぐらを掴む。


「なあ、頼むよヨシツネくん……一日だけでも出発を延ばせないか? 畳に寝転びながら通帳の桁を数えてニヤニヤしたいんだよ。それ見ながら白飯かっ食らったり、寝る前には枕の下に敷いてお札風呂に入る夢を見るんだ……こんなチャンス、この先二度とないかもしれない……だから……!」


 半べその愁を荷台に乗せてダチョウ車は出発する。ああん。

 

 

    ***

 

 

 西側の街道はほとんどイケブクロとの直通みたいなものだが、少し前まではほとんど人の絶えた廃道のような有様だった。


 理由は一つ。最近発見されたというスガモ西メトロが街道のそばにあり、そこから這い出てきた低レベルのメトロ獣が街道周辺に根づいていたからだ。おかげで南北の街道とくらべて舗道は荒れ放題だし、今も行き交う人の姿はちらほらとしか見かけられない。


「まあ――」とアオモト。「周辺の駆除は済んだし、出入り口にギルド(うち)の者を常駐させるようにしたからな。すぐにまた往来で賑やかになるだろう」

「メトロのほうはどうなんすか?」


 確か入場制限がかかっていて、スガモ支部の狩人のみ、それも駆除や調査のクエストを受注した者だけしか入ることができなかったはずだ。


「出入り口付近の工事や下層の調査も進んで、もうすぐ一般の狩人にも開放できるようになる予定だ。君たちも挑戦してみるといい――まあ、今のところゴコクジやミョウガタニよりもっとレベルの低い初級者向けメトロだけどな」

「そんなんどうでもいいから……早く道の舗装直してもらいたいわ……」


 御者台で手綱を握るヨシツネの隣をちゃっかりキープしたウツキだが、がたがたと強めの揺れに早くもグロッキーのようだ。以前リクギ村でダチョウ車に乗ったときも二日酔いでゲロゲロしていたが、それとは無関係にそもそも乗り物に弱いらしい。


 残りの愁たち四人と一匹は、ナカノへの手土産らしい荷物と一緒に荷台に乗っている。この人数を想定していない規模の荷車なのでだいぶ手狭だが、いざとなったら筋肉を一人下ろせばいい。


「それにしても、都知事閣下直々のご指名とはな……さすがは〝糸繰士〟同士、通じるものがあると見える」

「いやあ、どうなんすかね」


 今回に関しては、肩に乗っている毛玉のほうが本命なのではという認識でいる。他はオマケだ。


「しかし、前々から君は不思議な男だと思ってはいたが、まさか閣下らと同じ先史文明の生き残りとはな……英雄の器を持つ者とは露知らず、スモーで勝負だと挑みかかった自分が恥ずかしいよ」

「いえいえ、そういうのなしで。あくまでスガモのペーペーなんで」

「代表としてはまあ、それでも君に負けないよう研鑽を積もうと息巻いていかなければならないのだろうけど、な……」


 言葉が尻切れトンボになり、珍しく弱い笑みを見せるアオモト。


(ギルドで小耳に挟んだ噂)

(ほんとだったんかな)


 御前試合でギランに惜敗して以来、アオモトはちょっぴり自信喪失気味だと。


「あの……アオモトさん、僕もあなたとはじっくり話をしたいと思っていたんだ」


 クレがアオモトに耳打ちする。声のボリュームを間違えていて丸聞こえだ。


「なんだ、クレ氏?」

「あなたはずいぶんとタミコちゃんにご執心のようですね」

「いや、別にそんな……特定の組合員に肩入れなど……私としてはその、人里に不慣れだという彼女のサポートをできればと……ごにょごにょ……」


 この期に及んでごまかすんだと愁は思う。


「いいえ、隠し立てする必要はありません。愛の形とは星の数、誰かを想う気持ちが罪であるはずがないんですから」


 よそでやってくれたらいいのにと愁は思う。


「あなたは僕にとっては戦友も同然……なんなら僕が二人の間をとりもってもいいんですけどね」

「本当か、クレ氏?」

「もちろんですとも。あなたがタミコちゃんを射止めれば、空席となったシュウくんの肩に僕が乗れる日が来るかもしれない」

「来ねえよ」


 ダチョウ車はがたごとと順調に進み、昼すぎにはイケブクロ領の門が見えてくる。ここでいったんダチョウと人間とリスはランチ休憩だ。


「残暑も厳しいですしね、ダチョウたちにたっぷり水とごはんをあげとかないと」


 そう言ってヨシツネは荷車を牽いてくれた三羽を撫でる。ついでに愁も撫でる。なかなか肌触りのいい羽毛で顔をうずめたくなる。


 地上に出てきて百年ぶりの夏を体験している愁は、この時代の人たちとの間に「暑い」に関する多少のギャップを感じている。確かに暑いことは暑いが、百年前の「一歩も外に出たくねえ」というようなヒートアイランドぶりは一度も味わっていない。あの頃なら「今年は冷夏かねえ」というくらいだと思っている。


(温室効果ガスとか氷河期がどうのとか?)


 そのへんの知識は人並み程度なので、考えるだけ無意味だろう。単純にコンクリートジャングルが解体されたせいかもしれないし。


 今日中にシイナチョウメトロ近くの宿場まで行く予定だという。昼食後、まだ少し時間に余裕があるようなので、またギランの屋敷に行ってみることにする。


「へえ……あの自称ツルハシの件ですか」


 ヨシツネの目が明らかに復讐者のそれになる。自身の片タマを奪った相手への敵意満々だ。


 ギランの屋敷は、意外にも王族の城から少し離れた場所にある。それなりに大きな庭つきの一軒家だが、国の重鎮が住むには地味で簡素な雰囲気だ。


「あら、またお越しですか」


 愁たちより先に声をかけてきたのは、生け垣の前で掃き掃除をしていた家政婦のミタニだ。丸っこい体型の五十代くらいの女性で、いわゆる独身貴族なギランにとっては家族のような人らしい。


「旦那様なら昨日ふらっと帰ってきて、また出ていったっきりなんですよ。またどこでなにをしているやら……上がってお待ちになりますか?」

「あーいえ、こっちもちょっと寄っただけなんで」


 ここ最近ほとんどギランのストーカーと化している愁たちだが、ミタニはいつも温かく迎えてくれる。時間があれば彼女のお茶と手づくりクッキーを堪能したいところだが、今日はこのまま引き下がろう。


「あ、そうだった。ちょっと待っててくださいね」


 そう言ってミタニがドタドタと屋敷のほうに引っ込んでいく。もしかしてお土産にお菓子でも持たせてくれるのでは、と勝手に期待するのは愁だけでなくタミコも期待で頬袋を膨らませている。


 やがて戻ってきたミタニが差し出すものは、やはりクッキーの入った袋――と、手紙だ。


「旦那様が戻ってきたとき、自分が留守の間にあなたたちが来るようだったら、これを渡しておいてほしいって」


 無地の封筒には達筆で「イカリ・ノア様」と書かれている。ここでも手紙か。


 ノアはおずおずとそれを受けとり、唇をきゅっと結び、封筒を開く。

 

 

    ***

 

 

 その前日。

 正午前、太陽が一番高いところに昇る頃。イケブクロ領市街地、西門付近にて。


「――見てるだけで暑苦しくなるわね、その毛皮」


 後ろから呼びかけてきたのは、純白の高級ジャージに身を包んだ〝黒耳長人(ダークエルフ)〟の美女。コマゴメの狩人、〝聖銀傀儡〟ことハクオウ・マリア。この炎天下でもメイクはバッチリだ。


「お越しいただいてありがとうございます、ハクオウさん」


 ギランは恭しく頭を下げた。待ち合わせの時間から一時間以上遅れていることに文句は言わない。来てもらえただけで万々歳だ。


「ふん……今の私がどれほど役に立てるかしらね。今日はこのとおり手ぶらよ、あの童貞くんにぶっ壊された傀儡の鎧は修理中だから」

「珍しいですね、先輩が自分から弱音吐くなんて」

「あら、生意気言うじゃない。こう見えて身のほどはわきまえているつもりよ? そんじょそこらの相手ならいざ知らず……今回はあの、英雄の亡霊退治ですものね」


 口ではそう言っても、彼女の表情に臆した風は見られなかった。最愛の姉を傷つけた男を、この気高い女王が見すごすはずがないのだ。


「で、まさか私たち二人きりなんて野暮なこと言わないわよね?」

「デートの誘いならぜひそうしたいところですが、今回はそうもいきませんからね。まあ、私などがお声がけできるランカー勢は限られてますが――ほら」


 ギランが振り向き、


「なによ、どこの馬の骨よ? 私より遅れてくるなんて許されると思って?」


 ハクオウも彼の尖った鼻が差すほうへ向き直った。


「――げ」


 彼女はあらからさまに顔をしかめた。


 その異様な出で立ちは、この時間あまり人気の多くないこの往来でも目立っていた。


 頭部は黒のターバンに覆われ、露出しているのはその鋭い目のみ。これまた黒の分厚いマントは前がはだけ、裸の上半身が露わになっている。せめてわずかでも涼を求めて、というわけではない。雪が降ろうと霜柱が立とうと肌着や上着を身につけないことがあの男の正装なのだ。


 背丈はハクオウよりも一回り低く、腕や膝丈のズボンから覗く脚は病的に細く、胸板や腹回りも薄い。腰に下げているのは、球体を二つ連ねたような瓢箪の水筒。表面の塗装は眩いほどに煌めく金色だ。


 男はギランたちの前でぴたりと止まり、切れ長の目で値踏みするように二人を眺めた。


「お待ちしておりました」とギラン。「ご足労いただき、恐悦至極に存じます、老師」

「うむ、苦しゅうない。終わったらブクロ女子との合コンの約束、忘れるでないぞ犬っころ」


 アカバネトライブ支部所属の〝魔導士〟。


 昨年度、全国狩人ランキング八位。


 人呼んで〝凛として菌玉〟。本名不詳。


「相変わらずええ身体しとるのう、黒耳のおぼこ娘よ。さあ、儂の名を言ってみろ」

「言うかセクハラじじい」


2巻のキャラデザ、「HJノベルス」の公式ツイッターにて公開中です。

活動報告にもさらっとまとめましたので、ぜひ一度ご覧ください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 肩に乗りたいクレ氏 [一言] キンタマってwww リンキン・ボールさんって呼びたくなりますね(真顔)
[一言] タミコネキがエンカウントしなくてよかったよ・・・ 絶対小一時間反復横飛びしてたよ
[気になる点] この菌玉、挿絵にしても大丈夫なんだろうな? [一言] コートじゃなくてマントなだけマシなのか?
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