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幕間:目覚める愁

「にしても、どうなってんのよ。あなたの身体」


 医務室。愁とハクオウは向かい合わせのベッドに腰かけている。


 ダークエルフな超絶美人と密室で二人きりというシチュエーションだが、彼女の性癖や人となりを多少知っている身としてはそういうムードになりようもない。妄想はあとで楽しめばいい。


「土手っ腹の穴が五分と経たずにふさがるとか。スライムかっての」

「そのたとえは若干トラウマなんで」


 二人して同じ医務室に運ばれ、教団所属の〝導士〟の治療を受けることになった。ハクオウのほうは外傷は少なく、首が多少痛いくらいでめまいや吐き気などもないらしく、【治癒】をいくつか塗られて栄養も補給したらすぐにケロっと女王様の復活。


 愁のほうはというと、怪我の具合は遥かに重かったものの、そこは持ち前のスライム並みの生命力。腹の傷こそ【聖癒】の手助けを借りたものの、あとは一本満足タケを大人買いのう○い棒のごとくぼりぼりかじりまくって回復。なかなか腹がパンパンになってもまだ足りない気がして、胞子嚢というのはつくづく優秀な栄養補給食なのだと思い知らされる(味だけは最悪だが)。


 二人とも血と砂を拭われ、代えのシャツとジャージに着替えている。結びの一番の勝者である愁は、このあと「参加選手代表」として閉会式に出席し、都知事から賞状を授与することになるそうだ。張り切って絶賛メイク直し中のハクオウも出席はするつもりらしい。


「閉会式まであと……十分ちょっとか。まさか、閣下のおそばに立つ機会をこんなペーペーに奪われることになるとは。一生の不覚とはこのことだわ」


 恥ずかしいし緊張するしで、正直気は進まないが。


 あーあ、とハクオウはベッドに仰向けに倒れ込む。


「……ガチズモーで土つけられたの、いつ以来かしらね。ちょっと思い出せないわ」

「ぶっちゃけ、自分でも勝てたのが不思議っすわ」

「同感。この私がルーキーなんぞに遅れをとるなんて露ほども思っていなかったわ。一番の敗因は……私自身の慢心と油断ね。おかげで閣下とお姉様の前で無様な姿を晒しちゃったし……ああ、自分で自分を罵ってやりたいわ」


 苛立たしげに頭を掻きむしるハクオウ。負けた言い訳を相手に求めないあたり、あくまで女王様だ。


「確かに、もっかい同じルールで試合したら同じ結果にはならないかもっすね」


 【白弾】を解禁できれば話は別だが。


「ふふ、わかってるじゃない。あなたもよくやったけれど、この私に黒星をつけたことは生涯誇っていいけれど、だからって現時点で私を完全に超えたなどと自惚れないことね。たとえ……あなたが何者であったとしても」


 いったん会話が途切れると、医務室はしんと静まり返る。〝導士〟も看護師もすでに退室し、他のスタッフや見舞い客なども「閉会式のスタンバイの時間まで」ハクオウの命令で立入禁止になっている。


 それは愁への配慮の意味もある、と愁は気づいている。ここに来る途中ですれ違った人たちの、興奮と祝福の中に二割くらい戸惑いが綯い交ぜになった目。ハクオウの鶴の一声がなければアオモトたちがここに殺到していただろう。


 などと考えているとドアの向こうから「シュウくぅーーーんっ!! リンゴ剥いたよぉーーーっ!! あーんしてあげるぅーーー――……」とさけぶ声がするが遠ざかっていくのでたぶんスタッフに連行されている。


「訊いていいかしら?」

「さっきの奇声は知りません」

「あなたは……閣下たちと同じ時代の人間なの? それともこの時代に生まれた〝糸繰士〟?」


 愁は一本満足タケをかじる。よく咀嚼して時間を稼ぎたいが、彼女の目と沈黙が怖いので急いで呑み込む。


「……俺が〝糸繰士〟って、決まったわけじゃないですよね?」

「あれだけあの青黒い菌糸を衆目に晒しておいて、まだ言い逃れできるとお思い? さっきの先生も目を白黒させてたわよ?」

「み、見間違いだから……」

「じゃあ、【光刃】と【真阿修羅】のありえない組み合わせも見間違いかしら?」

「い、今までいなかっただけだから……元々特別なオンリーワンだから……」

「あくまで白を切るつもりね。ならあとで、試し紙を使ってみせてくれない? あなたの血が紙片上にどんな線を描くか楽しみだわ」


 はい詰んだ。オワタ。


 ふふん、とハクオウは小悪魔的な笑みを浮かべている。無理やり問い詰めるような感じはないが、これ以上はぐらかしても追及は止まらないだろう。


「えっと……仮にですよ? 万が一ですよ?」

「回りくどい男は嫌いだけれど、気持ちはわかるからちょっとだけ付き合ってあげるわ」

「万が一、俺の菌職が別物でしたーってなった場合、今回の試合が無効になったりとかってないっすよね?」


 ルールに菌職に関する事項はないことを確認済みだが、物言いがついたらめんどくさい。


「ならないわね。禁止されてる菌能さえ使わなきゃ、菌職はなんだろうと問題ないわ。とはいえ、必然的に支部ぐるみの騙し討ちってことになるから、公式戦ではほとんど誰もやらないけれど」

「ふぐぐ……」


 そう考えるとスガモ支部にも迷惑をかけることになるのか。そこまで頭が回っていなかった。


「まあ、うちの下っ端どもが『話が違う』だの『菌職詐欺』だのわめくでしょうけど、私はそんなみみっちい負け犬の遠吠えなんかしないわ。あなたがどこのなにであろうと、真剣勝負の結果は変わらないしね」


 男前。


「というかそんなことより……あなたが本物の〝糸繰士〟なら、試合がどうこう言ってる場合じゃないわよね。この国始まって以来のとんでもない大ニュースよ、国中がひっくり返るくらいのね。狩人業界のみならずトライブとか教団とかごっちゃごちゃの大騒ぎになるわよ」

「ですよねー……」


 覚悟はしていたし、今も後悔しているわけではないが……改めてそう言われるとファーッと遠くに旅立ちたくなる。


「まあ、私は政治とかには疎いから、そういうのはよくわからないけれどね……あ、閣下と猊下への謁見を条件にしたのもそれ関係?」

「いや……それは全然関係なくて、個人的にちょっと相談に乗ってもらいたいことがあったんで。それも話すと長いんすけど」

「ふーん……まあ、どうでもいいか。私として興味があるのは、あなた自身だけだもの」

「そっすか」


 そういう意味ではないのだろうが、言い回し的にはちょっぴり興奮不可避。


「それより、一つだけ忠告してあげるわ。これからいろいろ騒ぎになるでしょうけど……とりわけ一位には注意することね」

「一位って、〝超越者〟?」


 全国狩人ランキング一位、〝超越者〟カン・ジュウベエ。クレと対戦したヨシツネの兄だ。


「あいつはね、私とは別の意味で〝糸繰士〟に執着しているの。〝糸繰士〟になることが夢だから」

「〝糸繰士〟になる?」

「そう……私たち上位菌職の壁を超えて、〝糸繰士〟になるつもりなんですって。そのために朝も夜もなく年中鍛えまくってるドM野郎よ」

「それって……可能なんすか?」


 菌職を変える。ごくごくまれに起こるという話だが、たとえばノアは超イレギュラーながらそれだ。とはいえ、それも通常菌職から上位菌職だ。

 〝糸繰士〟へのクラスチェンジなど可能なのだろうか。この百年で新たな〝糸繰士〟は誕生していないという話だが。


「さあ、少なくとも前例はないわね。とはいえ、万が一誰かがそれを実現できるとするなら、それはあいつしかいないでしょうね。全上位菌職の、この国の全狩人のトップに立つ男なんだから」

「なるほど……」


 このプライドの塊のようなハクオウがそう言うのだから、一位というのは彼女以上にとんでもない人物なのかもしれない。


「そんなあいつが、ぽっと出の〝糸繰士〟なんて存在を知ったらどう思うでしょうね……気をつけなさいよ、あいつ実力だけじゃなく頭のほうもネジがぶっとんでるから」

「え、ちょっと怖いんすけど……」


 そんな人を満足させられる答えなど持ち合わせていない。こちとら転職する前は中小企業の営業職でしたと言っても納得してもらえるはずもない。


「まあ、その前に洗いざらい白状しとけばいいのよ。最初の質問の答えがまだだったわね、あなたはどうして〝糸繰士〟になったの?」

「いや……まだ認めてないから……」

「往生際が悪いわね。こっちは力ずくで吐かせてもいいのよ?」

「ちょ――」


 しゅるしゅると彼女の指から糸が生じ、瞬く間に白い女型人形が完成する。相変わらず形になるまでが速い。

 とっさに起き上がって逃げようとするが、それより早く人形二体が愁の身体をベッドに押さえつける。


「んぐ、ふぐぐっ……」

「閉会式までもう少しあるものね……今すぐ」


 一体が愁の顔に覆いかぶさり、もう一体が下半身にぎゅっとしがみつく。


(これは……!)

(やべえ……!)


 なんというか、改めてこうして素肌で触れてみると、人形なのになぜか温かい。表面は意外と滑らかで、肉には柔らかさと弾力がある。なによりハクオウ自身と同じプロポーションなのでいろいろ当たっている。恐るべし【魔機女】。


(こんなのが……)

(あるのか……!)


 思いがけず新たな扉が開けてしまいそうな甘い恐怖が頭をよぎったとき――ふと、小さな揺れを感じる。


「……なにかしら?」


 ハクオウも感じたのか、気のせいではないようだ。


「……なんか音もしましたよね?」


 花火のような、ドンッと遠くのほうで小さく鳴ったような。


「というか、ほんのちょっと前にも感じたわね」

「え、気づかなかったかも。花火とかですかね?」


 プログラム表には載っていなかった気がするが。


「失礼しまーす!」


 荒いノックと同時にスタッフが入ってくる。


「アベ選手! そろそろ閉会式のじゅ――」


 女型人形とくんずほぐれつしている愁と、その若いスタッフの目が合う。


 ドアがそっと閉じられる。「準備お願いしまーす」となにごともなかったかのようにドア越しに言われ、愁は彼のスルー力に将来の出世を確信する。


幕間はここまでです。

「御前試合編」、あと3~5話ほどお付き合いくださいませ。


…………ほんとに5話で終わるかな(自問)


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― 新着の感想 ―
[一言] そういや今更だけど自分はまだユニおさん再登場&仲間化を諦めてませんぜ いつか世界を廻る時に足がないアベシューたちの助けになってくれるはず! そしてノアにベタ惚れしてビッチを蹴り飛ばしてくれ…
[良い点] ハーレムだやったぜ(白目) [一言] ハクオウ、なかなかええやつやん。色々歪んでるけど。
2020/02/19 02:04 退会済み
管理
[一言] 人形相手は脱童貞ではない、古事記にもそう書いてある
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