125:全部出す
ギルドの面接の際、愁は十七個のうち十個の菌能を提示した。
【戦刀】【円盾】【大盾】【戦鎚】【光刃】【自己再生】【跳躍】【聖癒】【解毒】【退獣】。それがスガモの〝聖騎士〟アベ・シュウの公式な全スキルだ。
愁が初撃に使った【鉄拳】が十一個目の菌能だと気づいた者は、果たしてこの会場でどれだけいるだろうか。愁のスキル構成を知っているギルドの職員か、今観戦しているならアオモトやシモヤナギくらいだろう。
ハクオウには驚いた風はなかった。事前に調べたりはしてこなかったようだ。
今回の試合が決まった時点で、愁は覚悟はしていた。この戦いはすべての力を使わずに済ませられるほど甘いものにはならないだろうと。
(【鉄拳】や【火球】とかならまだいいんだけどな)
あくまでも汎用型の上位菌職の域を出るものではないから、最近覚えたなどと言い訳してもじゅうぶん通用する範囲内だ。
逆に一発で菌職バレが危うくなるのは、【白弾】と【阿修羅】だ。前者はそもそもルール違反なので封印必須だが、愁にとっても虎の子である後者が使えなくなるのは痛い。
【阿修羅】――〝闘士〟系統のみが習得できるとされる、肉体操作系統の超レアスキル。見た目ではっきりとわかるそれを使えば、汎用型〝聖騎士〟の設定は確実に崩壊してしまう。あまつさえカナメチョウメトロでのレベル上げを経て――。
都知事や教祖を前にして〝糸繰士〟であることがバレれば、ノアのために魔人の情報を聞き出すどころではなくなってしまうかもしれない。それどころか今のスガモでの生活がどうなるかも――。
だからこの試合、【阿修羅】だけは使わない。
二本の腕だけで戦い抜いて、絶対に勝ってみせる。そのための準備だってさんざんしてきたのだから――。
(そんな風に考えていた時期が)
(俺にもありました)
***
【斧槍】――刺突用の穂先に斧頭のついた長柄の菌糸武器だ。
【魔機女】が繰り出す【斧槍】の突きが、【大盾】の表面をガリリと削る。華奢な女型の体躯には似つかわしくないほどの鋭く重い一撃だ。
逸らして盾ごと体当たりし、間髪入れずに【戦刀】を――とっさに背後へ振るう。横薙ぎをもう一体の【魔機女】が【尖剣】を交差させて受け止める。細身の刺突剣がぐにゃりとしなるがへし折るには至らない。
「らあっ!」
力任せに振り抜いてふっとばし、その勢いのまま身体を前に九十度倒す。ボッ! と背後から頭上を【斧槍】が通過し、斧頭が振り下ろされる。愁は間一髪横に転がるようにして回避する。
「――ちょっ!」
息をつく間もない。顔を上げれば【尖剣】使いが降ってくる。
起き上がりざまにバックステップ初撃をかわすが、傀儡はすかさず距離を詰めて追撃してくる。愁はバリッと歯を食いしばり、足を止めて正面から打ち合う。
細身の二刀が無数の軌道を描いて襲いかかってくる。小さく細かく間断なく、愁の肉を削ぎ急所を貫こうと心に決めたかのように。
「ぐっ、おあっ!」
盾ではじき、刀でしのぐ。一太刀も許さずに受け止める、いやそれで精いっぱいだ。手数と回転力が想像以上だ、自分のターンに持ち込めない。
(ここまで)
(速く精密に)
(動けんのかよ――!)
スピードは今の愁とほぼ互角、だが攻撃の精度が人間業ではない。操り人形どころかロボットだ。
傀儡が白銀の帷子を軋ませながら身をよじる。横薙ぎの一撃が来る――いや、その脇をすり抜けるように中段から【斧槍】が伸びてくる。腰骨付近をガリッと削られて思わず「ぐっ!」とうめき声が出る。最初に殴られたのに続いて二つ目の傷だ。
「ずいぶん勘がいいのねえっ!」
人形たちの十メートルほど後ろにハクオウがいる。忙しなく腕や指をくねらせている。
「最初の挟み撃ちも、まるで背中に目がついてるみたいっ!」
「がぁあっ!」
返事の代わりに渾身の振り回しを叩きつける。ギィッ! と鈍い衝突音。吹き飛んだ【尖剣】使いを後ろの【斧槍】使いにぶつけようとしたのに、【斧槍】使いはこともなげにかわして迫ってくる。
(つーか)
(ミスリルかてえ!)
【斧槍】と打ち合いながらも、その右手にはわずかな痺れが残ったままだ。一思いに両断してやるテンションで放った一撃だったのに、手応えからして多少凹んで傷がついた程度だ。トップランカーが使う最高級品というのも伊達ではないらしい。
と、傀儡が【斧槍】を真後ろに振りかぶる。受けては押されると踏んだ愁がバックステップしたのと同時に、【斧槍】が真横に振り回される。ブォンッ! と空気を切った大振りの穂先に――【尖剣】使いが足を絡めている。
「んがっ!」
曲芸かという傀儡の合体技と、とっさに振り抜いた【戦刀】が激突。愁の右腕が大きくはじかれて【戦刀】が宙を舞う。
「くs――」
足腰をふんばって体勢を立て直した、その瞬間――。
「――来ちゃった」
二体の傀儡と、その操り手が。三方向から同時に肉薄。
囲まれた。
(逃げ――)
刺突、フルスイング、そしてドロップキック。
(間に合――)
【斧槍】の横薙ぎを【大盾】で受け止め、【尖剣】で左肩を削られ、美魔女の靴底で腹を蹴り抜かれる。メキメキとあばらや背骨の軋みが愁の耳に伝わる。
くの字に折れた身体が後ろにふっとび、地面を転がっていく。同時にハクオウの周りでボンッ! と煙がばらまかれる。避けられないと悟った愁が置き土産に放った【煙玉】だ。
血の混じった砂を吐き捨てながら、愁は片膝をついて新たな【戦刀】を生み出す。立ち込める灰色の淀みの中心でぶわりと風が巻き上がる。煙が晴れた中心で、傀儡がプロペラのように回転させていた【斧槍】をドスッと地面に突き立てる。
「まるでイタチね。レディー相手にちょっぴり下品じゃなくって?」
てのひらを顔の前でぱたぱたとするハクオウ。「レディーはドロップキックとかしないから」と返したい愁だが、脇腹が痛いのでやめておく。
「私の対戦相手は大抵、この子たちをすり抜けて私自身を狙うものなんだけど。あなたがあんまり人形遊びに夢中なものだから、こちらから誘ってあげたのに」
余裕のつもりか、ハクオウは傀儡をそばに置いて優雅に腕組をしている。間を置くつもりらしい、その間に愁も回復と情報の整理に努める。「アベー! 負けんじゃねー!」「しっかりしろー!」と背後に迫った客席からの声援が飛んでくる。「頼むー! お前に全ヘソクリ賭けてんだよー!」という悲痛なさけびには思わず振り返りそうになる(声に聞き憶えがある気もする)。
「すいませんね、お人形さんが想像以上にハードだったもんで……」
愁は知っている、彼女は傀儡なしでもギラン並みの近接戦闘力を備えていると。あえて自ら近づいたたことで、付け入る隙がないことをアピールする腹づもりだったのかもしれない。
「驚いたのは私も同じよ。パワーもタフさもレベル以上のものを感じるし、必死に私を研究してきた努力も見えていじらしいわ。なにより私の傀儡の連携をここまで受けきった男はそういないもの」
「あざっす」
スパルタのカベシュー特訓とギランクレコンビとの組手がなければ、あの猛攻をここまで捌ききることは難しかったかもしれない。
なんとか使いと名がつく相手と戦うなら、本体を狙うのは当然のセオリーだ。いくら彼女が手練だろうと、痛みも疲れもないミスリル製の戦闘人形二体よりはマシなはずだから。愁も常にそれを狙ってはいたが、あの二体には抜き去れるほどの隙を見い出せなかったのだ。
「あなた、どうして死角からの攻撃をことごとくかわせるの? なにかの菌能のおかげかしら?」
「えっと……男の勘ってやつとか?」
【感知胞子】がなければ三回くらいやられていたかもしれない。
(わかってたけど)
(ちょっと引くくらいつええわ)
オウジのジャガーゴーレム並みの傀儡が二体同時に襲ってくるのだ、おいそれと打ち破れるような代物ではない。
しかもキモはそこではない。完璧な連携――そう評価してもしすぎではないほど、二体の呼吸はぴったりとシンクロしているのだ。愁の知る最も連携の得意なコンビ、双子のシシカバ姉妹でも到底真似できない芸当だろう。
一人が操っているからこそ可能なのだろうが、ではラジコンを二つ同時に操作してみろと言われても普通は無理だ。
目の前の状況を把握し、一方が囮になればもう一方がその死角を突く。
相手の二手先三手先を読んで駒を動かし、相手にも常に二択三択を迫るように攻めを積み上げていく。
口で言うのは簡単だが、脳みそがいくつあればそんな芸当が可能なのか。彼女の才能と経験値のなせる業、としか形容しようがない。
(今んとこ、隙らしい隙は見えねえし)
愁は左手にも【戦刀】を生み出す。
「あら、盾じゃなくていいのかしら? がむしゃらに迫るだけじゃ、女は落とせなくってよ?」
(なら――隙をつくるしかねえか)
ふっ、ふっ、と呼吸を整える。
愁の攻め気を察してか、ハクオウが真剣な表情に戻り、人形を数歩前に出す。
数秒の膠着ののち――今度は愁が人形へと仕掛ける。
振り下ろしの一撃を【尖剣】使いに叩きつけ、間髪入れずに巻き打ちを側面の【斧槍】使いに放つ。ふっとばして尻餅をつかせてやるくらいの気合を入れた攻撃だが、二体の傀儡はわずかによろめく程度だ。その隙も互いにカバーし、追撃を許さない。
愁は足を使って横に回る。本体へつながる道をさぐるように。
しかし傀儡が即座に立ちふさがる。やはり簡単には懐に入れさせない、愁を相手に直接の接近戦はリスクが高いと踏んでいるようだ。
ハクオウを中心にぐるぐると回るように、愁と傀儡が激しく打ち合う。盾を捨てたことで被弾が多くなり、愁のあちこちに傷が刻まれていく。
「らあっ! がぁあっ!」
それでも、獣じみた咆哮とともに攻め続ける。血を撒き散らしながら腕を振り続ける。
この連携を崩し、彼女へとたどり着くか細い糸を手繰るために。
糸――そう、彼女と傀儡は糸でつながっている。彼女の五指から伸びた糸が、傀儡の両肩、太ももの付け根、そして胴体に付着している。
最初は普通の操り人形のように糸で挙動を制御しているものと思ったが、それにしては動作が精密すぎる。彼女の指もそれほど目まぐるしく動いてはいないし、そもそもそれらの糸はピンと張っているものではない。つまり、彼女が糸を引いて動かしているわけではないのだ。
おそらくその制御は【阿修羅】のように自身の脳波? 思念? そういったもので行なっていると思われる。あの糸はあくまでそれを伝えるコントローラーのケーブルにすぎないということだ。
三つの得物を必死に捌きながらも、【尖剣】の突きをかわした拍子に足がぐらつく。砂で滑ったのだ。
その隙を逃すまいと、二体が阿吽の呼吸で迫る。
【斧槍】の突きで脇腹をえぐられながら、愁はにやりと笑う。
左腕と脇で挟むようにして【斧槍】を抱え込み、右手の【戦刀】で【尖剣】を受け止める。
「――俺のタマ、どこでしょう?」
【斧槍】使いのミスリルな能面では視認できなかっただろう、ひょいっと緩やかな弧を描いて頭上を飛ぶ菌糸玉を。
――操り手との距離をつぶす、傀儡はその隙すら与えてはくれなかった。
【跳躍】を使おうとすればその溜めの瞬間をつぶされるだろうし、仮にそうできたとしても「あえて呼び込む罠」の可能性まで考慮しなければいけない。ヘタをすれば先ほどのように三方向から囲まれる羽目にもなるからだ。
つまり本体を叩くにしても、先に傀儡を止めなければ意味がないのだ。
ボンッ! と【斧槍】使いの背後で火柱が上がる。指先ではじいただけの【火球】が、背中につながった糸を焼き払う。
傀儡ががくっと肩を落とす。掴んだ【斧槍】ごしに、それの力が消え失せたことを確信する。
(ここだっ!)
「がぁああっ!」
力を振りしぼって【尖剣】を払いのけ、側面に一歩踏み込んで左の【戦刀】を走らせる。【尖剣】使いの糸が断たれる。
「――っ!」
ハクオウが大きく目を見開く。彼女との距離はおよそ十メートル。
愁は太ももに力を集め、水平に【跳躍】。まっすぐに、彼女めがけて。
「ちっ!」
ハクオウが両手の指先から糸を放つ――再接続するつもりか。
それも読んでいる。横を通過する糸を【戦刀】で断ち切る。
「しゃあっ!」
丸腰の彼女だが、躊躇いはしない。勝機はここしかない。
勢いそのままに、光る刃を袈裟に叩き込む。
(――速っ!)
勝負ありと確信した、その一撃は彼女の左肩から右脇へと斬り裂くはずだった。
なのに――愁の【戦刀】は受け止められている。寸前で生み出した【尖剣】二振りを交差させて。
ほとんど一瞬だった、ありえない菌糸武器の形成速度だ。
「おおおおっ!」
だからどうした。傀儡は沈黙させた、あとは彼女とサシでやるだけだ。
鍔迫り合いから力任せに突き放し、二刀対二刀で打ち合う。愁が獣のようにくらいつき、彼女がそれを凌ぐという形になる。
前評判のとおり、彼女は剣術のみでも強い。これだけでも愁とタメを張るレベルかもしれない。
傀儡顔負けの巧みさと正確さだ。細身の剣で相手の得物をいなして小刻みな反撃を繰り出す防御に長けた型のようだ。
それでも――傀儡二体よりは遥かにやりやすい。しのぎを削り合い、肌で理解する、レベル差ほどの身体能力差はないと。スピードはともかくパワーなら負けない。
〝聖銀傀儡〟には接続させない。このまま押しきる――。
「勝てる――って思った?」
にやりとするハクオウ。
同時に、愁の背筋がぞわりとする。
【感知胞子】の領域を高速で突っ切ってきたそれを、身をよじって回避する。投擲された【斧槍】が目と鼻の先を通過していく。
同時に白銀をまとった【尖剣】使いが降ってくる。跳躍からの振り下ろしを愁は刀で受け、しかし一瞬の隙をつかれて背中を斬られる。ハクオウ本人だ。
(なんで――)
接続の切れたはずの傀儡が動いている。襲いかかってくる。
(やべ――)
(逃げ――)
先ほどと同じだ。二体の〝聖銀傀儡〟とハクオウが、正面と背後と頭上から同時に迫ってくる。
逃げ場がない。
バチィッ!
甲高い炸裂音とともに閃光が生じる。ハクオウたちの一瞬の怯みが解けたとき、愁は【跳躍】で距離をとっている。着地に失敗して地べたに這いつくばったままだが。
囲まれたのと同時に【雷球】を数個生み出し、最もそばにいた【斧槍】使いに放った。電撃が解放される寸前で【跳躍】を使ったが、相手の得物をかわしきれずに右頬と左太ももをざっくりと裂かれてしまった。背中の傷もそれなりに深い、痛みと出血がひどい。
「……くそ……」
刀をずぶっと地面に突き立てて立ち上がる。自分も電撃を浴びたおかげでまだ足腰が痙攣している。
「……ほんとに驚きだわ、今のでも仕留めきれないなんて」
ハクオウは再び余裕をとり戻し、傀儡を侍らせて佇んでいる。
「……操れるんすか、つながってなくても……?」
時間稼ぎに質問してみる。傷はともかく痺れをとらないと。
「そのとおりよ。つながってるときよりも精密には動かせなくなるけどね」
ずっと有線だったからケーブル必須かと思いきや、まさかの無線まで対応とは。
その可能性を疑うべきだった。リス分身だってある程度リモートで操作できるのだから。
「別に隠していたつもりもないんだけど、人前でこれを披露するのは初めてね。褒めてあげるわ、そうせざるを得ないほどに私を追いつめたんだから」
顎を上げて笑うハクオウが、すっと腕を前に突き出す。
「……今夜は大盤振る舞いよ。ついでにこれも見せてあげる……〝聖銀傀儡〟ハクオウ・マリアの、とっておきよ」
指先から生じた糸が、しゅるしゅると束になって人の形をなしていく。
【魔機女】――そう呼んでいいものか、ミスリルの帷子をまとわない、白い菌糸の人形。ボディーラインからしてやはり女型だ。
三体目の傀儡――まさかと愁が思ったときには、四体目、五体目が生じている。
愁は思わずその場にへたりこむ。
「……マジかよ……」
「これが同時に操れる限界ね……もっとレベルが上がれば増えると思うけれど」
白銀色の二体に加え、白いマネキンが五体。それぞれが【斧槍】や【尖剣】を手にして、創造主を庇うように並び立つ。
「……はは……」
二体でもアホかというほど強かった傀儡が、七体。
逆に笑えてくる。ここまでかと――全国六位の狩人とは、ここまで桁外れの化け物なのかと。
「――さあ、立ちなさい。女がここまで自分をさらけ出したのよ? 今さら怖気づいて逃げ出そうなんて許さないわ」
もう一度、ぐぐっと足腰に力をこめて、立ち上がる。
身体がふらつく。度重なるダメージと出血のせいか、それとも――。
「……ダメだ、敵わねえ……」
「は?」
「無理っすわ、ちょっと勝てる気がしない」
「……素直な男は嫌いじゃないけど、それが本心ならちょっとがっかりね」
「はい、本心です。俺じゃ勝てない……スガモのアベ・シュウじゃあ」
会場にはさまざまな声が飛び交っている。初めての技を披露したハクオウへのどよめきや歓声ばかりでなく、変わらず愁の背中を押す声も。
「だからここからは――……阿部愁で戦う、ほんとの俺で」
勝つことそのものが目的ではなかった。
それはあくまで手段にすぎないのだ。ノアを救うため、タミコの分の恨みを晴らすための。
ただ勝てばいいというものではなかった。
できれば自分自身の立場や生活も守りたかった。
たとえ負けたとしても、別の方法をさがすことだってできるはずだ。それはわかっているのだ。
「……どういう意味よ?」
彼女たちのため――もちろんそれが第一なのに、負けたくないと燃える自分がいる。
このままなす術なく敗れることを死ぬほど嫌だと思う自分がいる。
声を枯らして応援してくれる人々のため――それ以上になにより自分のために。
アホだなあ、と愁は思う。いいからやっちまえ、とチョーシこきシューが言う。
まずは勝つ。絶対に勝つ。後先のことはそれから考える。
いいだろ、阿部愁? よくない? うっせえ塩顔!
「なに、その微妙な顔?」
「こっから俺も……全部出すって顔っす」
痺れが消えた足で、しっかりと地面を捉える。肩幅ほどに開き、腕をだらりと弛緩させる。
「つーか、気づいてました? 俺の背中、さっき斬られちゃったけど、ジャージの背中に袖の穴が開いてたんすよね」
「背中に袖……――え?」
その一言だけでハクオウは察したのか、大きく目を見開く。
「……まさか……」
「んで、イケブクロから帰ってきて、うちの子にお裁縫してもらったんすよ……もう二つ袖を追加してもらって」
軽く目を閉じて、背中に意識を集中する。
肩甲骨のあたりからしゅるしゅると糸が生じる。二箇所。
その拳二つ分くらい下からも、しゅるしゅると。二箇所。
白い糸が束なり、四本の腕を紡いでいく。
阿部愁、第十六の菌能、【阿修羅】。
その進化菌能。
「――【真阿修羅】」




