112:最強の十五人
この小説はフィクションです。実在の人物、地域、文化、団体などとは関係ありません。
1/21:【真機那】→【魔機女】に変更。
8/22:菌能名【縛紐】→【白紐】に変更
「これが全国狩人ランキングのトップ15のリストだ。毎年三月発表だから、これは去年の番付だな」
ぺらぺらとめくり、そのページを折って愁たちの前に差し出す。順位、所属、二つ名などが列記されている。
1位 メグロ本部
〝超越者〟 カン・ジュウベエ
2位 シナガワ
〝みなさんのトカゲです〟 ナミ・ゲイブ
3位 セタガヤ
〝極限弾道〟 コジマイ・キッド
4位 ダイバ
〝終わらねえよ、夏〟 ハギワラ・ダイチ
5位 ロッポンギ
〝豪刃絢爛〟 シラヌイ・キエ
6位 コマゴメ
〝聖銀傀儡〟 ハクオウ・マリア
7位 コウラクエン
〝王虎狩り〟 エブチ・ミキオ
8位 アカバネ
〝凛として菌玉〟 本名非公開
9位 センジュ
〝筋肉感謝〟 ハナブサ・ライデン
10位 スギナミ
〝死神〟 トダ・スミス
11位 イチガヤ
〝煉獄無双〟 タカハシ・アンゴ
12位 メグロ本部
〝スプーキー〟 本名非公開
13位 アキハバラ
〝曼珠姫〟 コバセ・サッチャー
14位 アキハバラ
〝死霊殺しタカタ〟 タカタ・ホウオウドウ
15位 セタガヤ
〝SETAGAYA NO OSHIRI〟 グルコ・サミ
「本部が強いのは毎年のことだが、去年はセタガヤ勢も健闘したな。一位から解説すると――」
「待って待って。なんか変なの混じってる」
ネトゲのハンドルネームとか平成末期のバンド名みたいなものが混入している。
「いろいろツッコミたいんですけど、とりあえず八位はこれ誤植ですよね? 〝糸〟抜けてますよね?」
「いや、これで合ってる。〝凛として菌玉〟だ」
「アホかよ」
「キンタマ! キンタマりす! ぴぎー!」
下ネタ好きなお子様が大喜びで反復横跳び。
「アカバネはネリマと同様、女性の〝糸繰士〟が統治していた。土地柄というか、社会でも家庭でも女性の地位が強い傾向にある。なにを隠そう私の母方の家系もアカバネでな、母や祖母の前だとあの伯父でさえ借りてきた猫のようになる」
オウジでともに戦ったアマゾネス姉妹ことシシカバシスターズはアカバネトライブ所属だ。そういえばBBQの際に鬼嫁の圧政を震え声で告白していた老人コンビもネリマトライブだったはず。今後北に向かう際はポリコレにいっそう注意だ。
「そんな中、彼――八位はその二つ名でもってアカバネの社会に一石を投じようとしているという。職員のほとんどが女性だというギルドにおいて、彼はその二つ名以外での呼びかけを一切許さず、あまつさえ新人の若い子などには一定以上の声量が出るまで無視し続けるそうだ」
「最低かよ」
世が世ならSNSで吊るし首だ。
「確かに比類なきゲス野郎だが、すべての〝魔導士〟の頂点に立ち、シン・トーキョー随一の殲滅能力を誇る最強候補の一角だ」
「マジすか」
〝魔導士〟――〝幻術士〟の上位菌職ということは、その名のとおり菌糸玉を駆使するのだろう。ゲーム的に言うなら、シン・トーキョー最強の魔法使いといったところか。
「他にもふざけた名前はいるが……人間というのは強くなればなるほどおかしくなるのかもな。実際に会ったことがあるのは〝菌玉〟を含めて数名だが、みんな一癖も二癖もある人たちだ。自分がいかに常識にとらわれたつまらない凡人か思い知らされるよ」
「なるほど」
二度目のキンタマできゃっきゃとはしゃぐタミコに向けて「キンタマ! キンタマ!」と嬉しそうに煽るこの人のどこが普通なのかは置いておいて。
改めてリストに目を通す。二つ名からもう少し特徴なり能力なりわかるかと思っていたが、参考になりそうなものはほとんどない。〝終わらねえよ、夏〟からどのようなヒントを見い出せばいいというのか。
「この中から戦闘能力――対人にせよ対獣にせよ、殺傷能力や制圧能力に長けた者を並べるとしたら……個人的な番付だが、一位、三位、八位、九位、十二位あたりが頭一つ抜けていると思う」
「単純に一位から五位とかじゃないのは、ランクづけが実力順じゃなくてクエストの達成数とか難易度とかで決まるから、ってことっすよね?」
「ご明答。もちろん他のランカーもじゅうぶん化け物じみて強いけどな。レベル70、80当たり前の上位菌職だ」
「ほえー」
わかってはいたが、達人級の大盤振る舞いだ。
「トップクラスの上位菌職となると、習得する能力の傾向からおおまかに二つに分類される。汎用型と特化型だ。正式な業界用語ではないけどな」
耳慣れないフレーズの登場だ。首をかしげる愁とタミコ。
「汎用型は文字どおりオーソドックスな狩人のスタイルだ。上位菌職の多彩な菌能であらゆる状況に柔軟に対応できる。一位や四位、七位あたりがこれだな。ギラン氏や君もそうだろう。もっとも、我々にも内緒の隠し玉がないならばの話だが」
イタズラっぽい目でじっと見つめられ、愁は曖昧に笑ってごまかす。この場にカイケがいなくて助かった。
「私も含め、大多数の狩人はそういった汎用型とも言える。対して特化型は、菌才やごく一部の天才のみで、ユニークスキルや強力な〝融合菌能〟で戦うタイプだ。対応力や器用さには欠けるものの、一芸や必殺技でゴリ押しする感じだな。全体の数としてはごく少数だが、必然的にトップ勢にはこのタイプが集まる。五位や六位、それにトロコという少女もタイプ的にはこっちだろう」
「ユニークはわかるけど、融合菌能ってなんですか?」
菌能事典でも見かけたことのない単語だ。
「……ふふっ、君はやっぱり実力と知識がアンバランスで面白いな」
「サーセン」
「りすセン」
美人上司に下から覗き込むようにして微笑まれると、なんというかアレだ。相手が毛玉狂いのポンコツだとわかっていてもアレだ。さっきの男の子の気持ちがよくわかる。
「一度習得した菌能が、のちにその性質や効果を変えることがある。進化と融合だ。前者は読んで字のごとく、菌能がより強力に生まれ変わる事象だ。たとえば【火球】から【大火球】にとか、【極大火球】になったりとか。これは菌才でなくてもわりと起こりうる変化だな」
愁の【戦鎚】や【感知胞子】、タミコのリス分身などはレベルアップによって成長や変化があったが、それとはまた別の概念のようだ。
「一方、融合は複数の菌能が合体することでまったく別の菌能が生まれる事象だ。ほとんどがオリジナルの能力になるから、そういう意味ではユニーク菌能の一種とも言える。一番わかりやすい例は〝豪刃絢爛〟が使う【毒斬鞭】だな。骨まで溶かす腐蝕毒と岩をも斬り裂く切れ味を併せ持つ鞭のスキル。それを縦横無尽に薙ぎ払う一対多の殲滅戦こそが彼女の真骨頂だ」
「そんなスキルもあるんすねえ」
想像すると厨二感があふれてそそられる。「我が領域へようこそ」みたいな。現実にそんなあぶなっかしいものを使いこなせる自信はないが。
「確かに融合菌能は強力なスキルであるケースが多いが……必ずしもメリットばかりでもない。先ほどの例は【短刀】と【白鞭】か【白紐】あたりが融合したスキルと推測されるが、元の菌能を個別に使うことができなくなる。つまり所持数が減るわけだ。それが使い慣れたものだったら困るだろう? 進化菌能にしても、同じように不可逆だったりするし」
「うーん……」
確かに使用頻度の高い【戦刀】や【火球】が使えなくなると困る。その分を補える能力になればいいが、そうとも限らないかもしれない。
「そして……ユニーク菌能や融合菌能は、得てして『リソースを食う』と表現される。ギルドの研究によると、特化型は最終的な菌能の数が少ない傾向にあるそうだ。〝聖銀傀儡〟も70オーバーの〝絡繰士〟だが、彼女の代名詞である【魔機女】を含めても、使える菌能は二・三個といったところらしい」
「人によって菌能を習得できる許容量みたいなのがあって、強力な菌能になればなるほどコストが大きくなってそれを圧迫しちゃう、的な?」
「知識はなくとも呑み込みは早いな。さすがはアベ氏だ」
呑み込みというか、ゲームでわりと馴染みのある設定だ。そんなものがどうして現実化しているのかは見当もつかないが。
「そういう傾向って、どのタイミングで決まるとかあるんですか? 融合を起こさせる方法とか?」
「さっきも言ったが、大多数は汎用型だ。ごく一部の選ばれた者だけがレベリングや肉体的成長の過程でそちらの方向性にシフトするらしい。過去の傾向で語るなら、そこまで成長した君の能力がそっち側に変わる可能性は低いだろうな。もちろんゼロとは断言できんし、君ならなんでもありえそうで面白いが」
「……なるほど……」
愁は口に手を当ててしばらく考え込む。
――それで言うと、〝糸繰士〟とはつくづくチートだ。
【感知胞子】はおそらく愁のユニークだし、【不滅】に始まり【光刃】【阿修羅】といったレアスキルにも恵まれている。イメージとしては「許容量が極大もしくは無制限で」「菌職の壁がない」汎用型、というのが近いと思われる。
今のところ進化や融合は未経験だし、「自分にしかない必殺技」にもそそられはする。しかしそれらの分は【蓄積】でじゅうぶん補えている、むしろあの菌性のおかげでいいとこどりの構成になっているくらいだ。これ以上を望んだらまたノアにズルシューといじられてしまう。
「とりあえず俺は……汎用型の上位ランカーとかを参考に鍛えるのがよさそうっすね」
自分の方向性とポテンシャルを活かしきる――そのためには汎用型に必要な多面的な鍛錬が向いている気がする。もちろんレベル上げや新しい菌能ゲットも継続するし、先ほどのカラサワとの模擬戦のような経験も積極的に積んでいくべきだろう。
「汎用型はやれることが多い分、やるべきことも多いがね。数ある菌能を自在に的確に使いこなす、言葉にすれば簡単だが永遠につきまとう課題だろう。武術や体術の研鑽も必要になる。同じ〝聖騎士〟のギラン氏などはいいお手本になるぞ。すべてが高水準でまとまったオールラウンダーだ」
同じ〝糸繰士〟の先達から学べればそれがベターだが、そんなノウハウは本にもなっていないだろうし、本人たちから教わる機会もないだろう。となると、もっと身近な者を参考にしていくしかない。
近いうちにイケブクロに出向いて稽古でもつけてもらおう。彼にはたくさん貸しも借りもあるので、気遣いという意味では最小限で済むので楽だ。
(あとなあ)
(そういう意味じゃ、チャンスなんだよなあ)
思考が御前試合の件に戻る。
対戦相手――〝聖銀傀儡〟は、話に聞く限り愁とは真逆、超強力な一芸で戦うタイプだ。
トップクラスの狩人と手合わせできる、またとない機会だ。しかもあくまで試合、ガチンコではあるが命のやりとりまでには発展しない。本来なら金を積んででも実現すべきチャンスなのだ。
――ではあるが、愁にとっては安易に首を縦に振れないのも事実。その理由は二つある。
一つは、自身が〝糸繰士〟であることが露見するリスクだ。身を削り合う対戦相手はもちろん、数千人の観衆、そして二人の同類の目をごまかすことができるかどうか。正直バレる予感しかしない。
もう一つは――心情的にはこちらのほうが大きいのだが――ぶっちゃけビビっているからだ。対戦相手が怖いというのも多少あるが、それ以上にスガモ市民の期待を背負うこと、大勢の観衆の前でメインマッチとして戦うこと。想像しただけでアベ汁が出そうになる。
せめてメインでなく三戦目とか四戦目くらいなら――と情けないことを思うが、それでは元の木阿弥だしわざわざ指名してきた対戦相手も納得しないだろう。
というわけで、期限までもう少し悩みたい。というか結局引き受ける流れになる気がしているが、それでもいいからもう少し覚悟をかためる時間をもらいたい。
「……それと、一位だな」
「へ?」
「すべての狩人の頂点に立つ男、〝超越者〟カン・ジュウベエ。彼も大別すれば汎用型だ、そこいらとは次元が違うがな。一度しかお目にかかったことはないが、君はどことなく彼に雰囲気が似ている気がする。見た目は全然似ていないのにな」
「ちなみにどういう人、というかどういう狩人なんですか?」
「そうだな、一言で言ってしまえば……建国の英雄〝糸繰士〟たちに迫り、超える。そんな可能性を秘めた超人だ」
「マジっすか」
五歳児の愁はともかく、百歳超えの英雄と肩を並べ、超える人間――。いったいどうなればそうなるのか。ひょっとしてもはや〝糸繰士〟だったりして。
「近い将来、君は狩人としてトップ勢に入っていくだろう……そうなれば必ず、彼と顔を合わせることになる。彼に劣らずぶっとんだ経歴を持つ君だ、もしかしたらそんな彼をも超えて……なんて勝手な期待を抱くのは私だけではないかもな、ふふふ」
すいません、ほんとは超えられる側なんです。などとは言えず。
「あたいはハンヨーガタりすか? トッカガタりすか?」
「タミコ氏はキュートなオンリーワンさ。このあと森へドングリでもしばきに行こうか」
「オウジ行かなくていいんすか?」
***
そんなこんなで図書館や訓練場を行ったり来たりの日々が、二日経ち、三日経ち。
たっぷり汗をかいてくたくたになって我が家へと歩く帰り道。赤い太陽が西に傾いた夕方頃。
パン屋の脇から家へと続く路地に入ったとき、愁とタミコは同時に気づく。
「……なんか、いいにおい……?」
それはほんの少し開けられたキッチンの窓から漂ってくる。煮物や鍋の出汁のほっこりするおいしそうなにおいだ。
明らかに、居候として炊事を担当しているウツキでは出せないにおいだ。ということは――二人ははっと顔を見合わせる。
「ノアだ!」
「ノアりす!」
逸る気持ちを抑えられず、小走りの勢いのままに玄関のドアを開けて飛び込む。
「ただいま――ぎゃぁああああああああっ!」
「ノアおかえりっす――ぴげぁああああああああっ!」
鼻水とよだれとたらこ唇で絶叫する二人。
ダイニングの床に、白い紐で縛られた人間がうつ伏せに転がっている。ウツキとクレだ。しかもクレのほうはなぜか亀甲縛りだ。
そしてキッチンにはノアが立っている。ぐつぐつと煮えたぎる鍋の横で、鬼の形相でしゃりしゃりと包丁を研いでいる。
「……ああ、おかえりなさい、お二人とも……今ごはんにしますね」
口元を邪悪に引きつらせ、これでもかと目を血走らせ、にたりと笑うノア。掲げた包丁がぎらりと光る。もう一度愁たちの悲鳴が響く。
というわけで、ノア(とクレ)帰還。




