十九話
目が覚めたとき、木造の天井が見えた。ここがコロシアムの医務室でない証拠だ。
起き上がると、ベッドの横でなにかを読んでいたフレイアと目が合う。
「ゆう――」
一瞬だけだが、優帆と言いそうになった。どうしてかわからないが、フレイアと優帆が似ているように見えてしまった。まだ寝ぼけているのか。
「起きた?」
パタンとその手帳のようななにかを閉じたフレイア。
「起きたぞ。一応、俺勝ったんだよな?」
「ええ、ギリギリで」
「よかったー……」
そう言いながらベッドに倒れ込む。もう一度見た木造の天井が、なんだかすごくいいものにさえ見えてくる。
「でもよく勝てたね。最後まで押されに押されてたのに」
「ルージュに魔法のことは気にするなって言われてたしな。だったらこっちは魔法で押してやろうと思って。幸い俺は低級の魔法しか使えないし」
「まあでも、自分の戦い方っていうのがわかってきたんじゃない?」
「確かに。俺はメリルやルージュ、フレイアほど速くは動けないし、フェイントとか使って読み合いに持ち込むのもあんまり得意じゃないらしい」
「どっちかと言うと耐えて耐えて、一発をねじ込んでから形勢を組み立てていく方が得意みたいだね」
「防御力もあんまり高くはなさそうだけどな、俺」
「そんなことはないと思うけど。アドルフは十分に一回一回の攻撃をしっかり打ち込んでた。イツキにどう見えてたかはわからないけど、とても慎重だったし、それでいて腰が入ってた。その攻撃を何回も受けて、しっかり防御してたから。ばっちりヒットしてても立て直せてたっていうのも大きいかな」
「お前がそう言うならそうなんだろうな。よし、これからはこの戦い方を軸にしていこう」
「それがいいと思う。防御力を上げたいならいつでも付き合うよ」
「絶対サンドバッグのそれじゃん。やめてよ」
そんな話をしていると、ドアの外が賑やかになってきた。いくつかの足音が近づいてきて、ドアが開いた。
「おはようございます、イツキさん。具合はどうですか?」
と、メリルが言う。
「あれくらいでダウンするようなヤツが決勝に上がれんだろ」
と、ルージュ。
「そうだな、俺に勝ったのだから明日は頑張ってもらわなくては」
と、アドルフ。
「え? 待って?」
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもなくない? なんで彼がいるの?」
「俺のことか」
「そうだね、キミのことだね。キミもダウンしたよね?」
「キミとは鍛え方が違う。気絶してもすぐに復帰する。まあ、先に気絶して負けはしたが」
「で、なんでここに来ちゃったの?」
「彼女に誘われて」
アドルフがルージュを指さした。
「私が呼んだ」
「なぜ呼んでしまったのか」
「お前みたいなのに負けた者同士、傷を舐め合うにはちょうどいいかと思って」
「その傷の舐め合いを当の本人の前でするのはおかしくない?」
「うん、半分は冗談だ」
「それでも半分なのね。で、残りの半分はなんだ」
「明日お前が戦う相手の情報をやろうと思ってな」
明日は決勝。つまりその相手はルイである。
「ルイの情報か。くれるっていうならなんでも欲しいところだな」
そういえば、俺がここにいるっていうことは準決勝は終わってしまったんだろう。本当ならルイの戦いを見る最後のチャンスを逃したということだ。
「まずは私から、私の視点で述べようか。概ね私とメリルの意見は一致している。戦闘スタイルは私たちに非常に近く、スピードで相手を翻弄するタイプだ。かといって攻撃力がないわけではない。その点から見れば、私たちと戦っているときのような「もらってもいい」という考え方は捨てた方が無難だ」
「でもお前らと同等の速さって、どうやっても俺の防御がおいつかないんだけど」
「そうなると対処法は一つしかない。攻撃を絞り、どの攻撃を防御し、どの攻撃を避け、どの攻撃に対してカウンターを合わせるか。もちろん、どの攻撃を食らうのかも想定しておくこと」
「んな無茶苦茶な。そんなこと瞬時にできるならこんなボロボロになってないんだけどな」
「そのために、お前より強いヤツらがここに四人も集まった」
「さらにボロボロにする気か。まだ右目も見えてないのに」
「そんな難しいことはしない。まあこの話はあとにしよう。次はアドルフだな」
アドルフがスッと前に出てきた。こうやって立たれると威圧感すごいな。
「俺が見た感じだと、キミがルイに勝つ可能性はゼロに等しいだろう。それは、速さだとか攻撃力だとか、そういう話ではない。基本的な、もっと本質的な部分が足りていないんだ」
「ごめん、もっと噛み砕いてほしい。とんでもなく分かりづらい」
「ふむ、そうだな……相手が右拳を引いたら、キミは相手がどういう行動を取ると思う? そしてキミはどう動く?」
「普通にその右拳が飛んでくるとか? 逆にそれをブラフにして左のジャブだとか。そうなると、左のジャブは攻撃力が弱いから、右手でジャブを牽制しつつ右拳から視線を外さないようにして前に出るかな」
「つまり、そういうことだ。俺がその状況になったら前には出ない。なぜならば相手が前に出てくる可能性が高いからだ」
「え、そうなの?」
「相手に見えるように右拳を引くということは、攻撃するぞと言っているようなものだ。でも普通は相手に見えるようにはやらない。見せてきたということはフェイントである可能性が高い。それはキミも考えたと思う。でもキミは右拳から視線を外さないように、と言った。逆だ。もっと相手の全体像を捉えるように動かないと。ジャブの攻撃力が弱いのならば、右拳に対して牽制しつつ全身を捉えておけばいいんじゃないか? なぜ強力であるだろう右拳に対してリスクを負うんだ? カウンターを決めたいからか?」
最初に言われた「基本的なこと」がなんとなく理解できたような気がした。
「リスク管理が足りないってのか」
「そういうことだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、とは言うが、常にそれをし続けるのはただのギャンブラーだよ。俺に勝ったのは運が良かったんだ。ギャンブルに勝ったと言えばいいことなのかもしれないけど、ギャンブルに勝っただけと言えば聞こえはよくない」
「そのギャンブルをやめさせるために来てくれたってことか」
「そうなるね。俺にも勝ったんだ。できれば明日も勝って欲しい」
「勝つさ。絶対、勝つよ」
それだけは間違いない。勝たなきゃ、ダメなんだ。
「そうだ、アドルフに聞きたいことがあった」
「俺にか?」
「ああ、なんで魔法を使わなかったのかなって、ずっと気になってたんだ」
「なんだ、そんなことか。魔法は使っていたよ。自己強化のみだけどね。それ以外は使わなかったんじゃない。使えないんだ。俺は魔法の才能がからきしだ。だからだ。この身一つでどこまで行かれるかを試したかった」
「そういうこともあるんだな」
「魔法の才能がないことか? キミだって、接近系の魔法以外はダメなんじゃないのか?」
「よくわかったな」
「あれだけ乱暴な戦い方をしてれば嫌でもわかるよ。でも、そういうことさ。人には向き不向きがある。特に魔法なんていうのは生まれつきだから、どうしようもないのさ」
アドルフが悲しそうに顔を伏せた。あまり突っ込んでいい内容でもなさそうだ。
「まあでもアドルフに勝ったんだ。明日は絶対に勝たないとな」
そう言って、拳をギュッと握り込んだ。
「それなら特訓が必要だよね」
肩を叩いたのはフレイアだった。
このままじゃルイには勝てない。でも無理をすれば明日に差し支える。
「えっと、お手柔らかに……」
こんなことになるとは思わなかった。
そんなこんなでアドルフが加わり、明日のために特訓をすることになった。ありがたさ半分、休ませて欲しい気持ちが半分。忍耐忍耐と自分に言い聞かせつつ、四人にダメ出しをされて特訓をするのだった。




