一話
目を覚ますと、屋根を叩く雨の音が耳に飛び込んできた。異世界には戻ってきたが、やはり雨は止んでいないらしい。
しかし、これで優帆を救うことができるようになったということだ。優帆の死を回避することができる。それだけで胸がいっぱいになった。
「起きたんですか?」
そう言ったのはメリルだった。
「今はお前が見張りの時間だったか」
「そういうことですね。異常は今の所ありませんよ」
彼女が慎ましやかに微笑んだ。主張はなく、周囲を穏やかに気持ちにさせてくれる笑顔だ。その笑顔を見つめ続けるのが恥ずかしくて、燃え続ける火に視線を向けた。
しばらくの沈黙ののち「雨、止まないな」と俺は言った。この雨が朝になっても止まないことくらい知っているはずなのに、沈黙に耐えきれずに口から出たのだ。
「そうですね。この感じだとしばらくは止みそうにありません。このまま雨が止まなかったら、イツキさんはどうしますか?」
「どうするって言われても困るが……できれば雨が止むまでこのままここにいたいかな」
「それはどうして?」
「たとえば、そうだな。モンスターなんかが出てきた場合だって戦いづらいだろ? 視界も足場も悪いし、雨に打たれ続ければ体力も消耗するし体調を崩すことだってある。そうならないためには雨が止むのを待つのがいい」
「本当にそう思っていますか?」
「本当にって、どういうことだ?」
メリルを見ると、彼女は笑っていなかった。
「イツキさんは未来予知の能力を持ってるんですよね? それならば、これからどうなるかわかるんじゃないですか?」
未来予知の能力として片付けるのは簡単だ。しかしどうやって話そうか。
「そうだな。俺が見た未来だと、朝になっても雨は止まず、そのまま小屋をあとにするんだ。でも雨の中でなにかが飛んできて、全滅する」
「敵、ですか」
「それだけじゃない。この雨は魔力を奪う力があるみたいなんだ」
「でもここに来るまでは普通の雨でしたよね?」
「たしかに、そうだな」
言われてみればそうなのだ。この小屋に入る前、俺たちは散々雨に打たれたのだ。にも関わらずただ濡れただけで済んでいる。
「そうなると最初の雨は自然現象で片付けてもいいんじゃないでしょうか。どこかで人為的な豪雨と切り替わった、と考えれば辻褄が合います」
「でもそんなことできるのか? 森をすべて覆うほどの雨だぞ?」
「そうとも限りませんよ? 最初の雨は自然現象なので森全体に広がっているかもしれませんが、そのあとの雨はわかりません。それならば小屋の周りにだけ雨を降らせ、私たちが出てきたのを見計らって私たちの周囲にだけ雨を降らせればいいだけです。夜中まで自然現象としての雨が降り続いていたのであれば地面も濡れていますから、私たちの周りだけ雨が降っているかどうかはわかりません。視界も悪いですから」
「そういう手もあるのか。でもそこまで手の込んだことするか?」
「魔力を奪う雨であったらやる価値はあります。戦えなくしてからとどめを刺した方が確実ですから。魔力を奪うのならば魔法の効果も激減するでしょうし、やらないよりはやった方がいいかと」
「だとすれば雨が止むことはないか」
「人為的なものであれば、それを引き起こしている人間のさじ加減でいくらでも加減が可能です」
「やっぱり雨の中を進むしかないってことになるな……」
これだけのことをやるってことはそれなりに魔力も高いやつの仕業だ。デミウルゴスであれば集団行動をしてるだろうし、雨を降らせる人間の引き継ぎくらいはできるはずだ。
「それがそうでもないんですよ」
メリルがまた笑った。けれどさきほどとは違う、ちょっと小悪魔的な笑顔だ。
「そうでもないってどういうことだ? なにか手があるのか?」
「これは仮説ですが、人為的に引き起こされているのであれば、きっと森全体には雨は降っていないと思うんです。局所的に降り続く雨。であればその範囲外に出てしまえば問題はありません」
「範囲外って、そこに行くまでに雨に当たるだろ。その範囲もわからない」
「短時間で切り抜けるなら一つだけ方法があります」
「地面を掘るとか言わないよな?」
「言いませんよ。短時間で、なおかつ複数の人間がいればこそできる方法があります」
「それは?」
「風です」
メリルが人差し指をくるくると回した。
「風の壁で渦を作って雨を退けます。極小範囲にしぼり、風を生み出す人、その風をコントロールする人、更にその風を移動速度に合わせて動かす人。そうやって役割を分担すればおそらくは上手くいくかと」
「でも魔力を奪う雨だぞ?」
「だからこそただただ風を起こすわけではなく、渦を作って極力雨を吹き飛ばします」
「なるほど。で、最後の一人はなにをすればいいんだ? たぶん俺の役目になるんだろうけど」
「イツキさんは「なにかが飛んできた」と言いましたね。であれば、その「なにか」を退ける役目をしてもらいます。私、フレイアさん、フタバさんが怪我をしないように完璧にこなしてもらわなければいけません。魔力を途切れさせる、つまり集中を切らせるようなこともさせてはならない。一番重要な役割かもしれません」
「そんな重要な役目……できるかな……」
「できるできないは二の次です。やる、やらない。その二つですよ」
「そう言われちゃ、やらないわけにはいかんだろ」
「それじゃあ寝ましょう。体力を回復するために睡眠は大事ですよ」
「不安で眠れなくなりそう」
「じゃあ、一緒に寝ますか?」
彼女が自分の毛布を持ち上げた。暗くてあまりよく見えない。が、自分の体温が上昇していくのだけはよくわかった。
「だ、大丈夫だから! おやすみ!」
俺は自分の毛布を被って横になった。後ろから「ふふふっ」と笑い声が聞こえてきた。遊ばれているのはわかるのだが、メリルがそこまで積極的な子だとは思わなかった。
意識が薄れていく中で「あの毛布に入ったらさぞかし温かいんだろうな」なんて考えてしまったなんて、他の二人には言えそうになかった。




