十話
元々この町には二日滞在する予定だったようで、みんなを引き止める必要はなかった。何日も船に揺られていたため、具合が悪くなった場合の保険だとフレイアは言っていた。
だがこれで時間ができた。当然、双子を手助けするための時間だ。
一度女性陣の部屋を覗いてみたが、どうやら女四人で魔法のお勉強をしているみたいだった。というよりも双葉に魔法を教えている、という方が正しいかもしれない。
「俺ちょっとでかけてくるけど」
全員がこちらを向いた。なんかライオンの檻に放り込まれたような気分だ。
「どこ行くの?」
フレイアが不服そうに言った。昨日のことをまだ根に持っているようだ。
「武器屋とか服屋とか見てこようかなって。違う大陸に来たんだし、なんか面白いものがないかなーと思って」
「ふーん。行ってもいいけど、知らない人について行かないようにね」
「子供か」
「すぐどっか行っちゃうんだもん、そりゃ言うでしょ」
「昨日のことは悪かったって……」
「もういいよ。でもおみやげは楽しみにしてるから」
フレイアは微笑み「行ってらっしゃい」と言ってくれた。
「行ってきます」
嘘をつくことに罪悪感を感じながら部屋を出た。これで双子と会っていたなんて知れたら、どれだけ怒られるかわからない。そこに殺人犯が絡んでいるとなれば、一日正座で説教される程度では済まないだろう。
なんて思いながらも、俺は双子が泊まっている宿へと歩いている。フレイアや双葉のことはもちろん大事だが、アルとリアのことも大切なんだ。事情を知ってしまっているぶん、同情していることだって否定はしない。
宿の中に入り、双子の部屋をノックする。
「俺だ、イツキだ」
そう言って数秒後にドアが開いた。開けてくれたのはリアだった。
「今日も来たんですね」
「そりゃ、気になるからな」
「どうぞ、入ってください」
部屋に入り、近くのイスに腰掛ける。リアがコーヒーを出してくれた。
ベッドの上では、アルが座って眠っていた。起きて着替えたはいいが、眠くて仕方がないのだろう。
「アル、起きてください。ねえアル」
リアがゆさゆさと肩を揺らす。それが何度か続き、ようやくアルが目を覚ます。ゴシゴシと目元をこすったあとで、小さくあくびをした。年齢よりも幼く見える。身体も仕草も小さいので、そっち系の人にはモテモテだと思う。
「なんでアンタがいるのよ」
「話を聞こうと思って来たんだよ」
「寝起きで思考能力が低下しているところを襲いに来た……?」
「話聞いてもらっていい?」
「冗談よ」
アルはしたり顔で笑っていた。
「で、昨日はどうだったんだ? なにか見つかったのか?」
「それなりにね。まずはそうだな……エドガー=アールベックは宿を借りていない。町の最北端にある小屋を借りてるみたい。持ち主が結構前に死んで、持ち主の子供が借家にしたらしいわ」
「よく見つけたな。お前の元上司は見つけられなかったんだろ?」
「元上司にも仕事があるし、私たちも無理はしないようにって釘を刺しておいたし。なによりもエドガーには面倒なPスキルがある。そのPスキルを上手く使える状況でしか外に出ようとしない。見つけられなくても仕方ないわ」
「でもどうやって見つけたんだ?」
「簡単な尾行よ。ただし、私が町を歩き回り、リアが建物の上から私を監視する。私が見つけたらリアに連絡して、見失わないようにする。逆にリアが見つけたらリアが連絡してくるから、私はその後をついていく。ただそれだけ。尾行の方法を二分割して、それぞれ情報交換をちゃんとしていれば上手くいくわ」
「一緒に町に出るんじゃなくて、ちゃんと個々の役割を設定したのか。そういうのも警察で教わるのか?」
「そうね。勢いだけで動いて犯人を逃したりなんてしたら目も当てられないから。特に私たちみたいな民間上がりの若輩者は周りの目も厳しい」
「民間上がりって、なに?」
「話してなかったっけ? 私たちは十四のときに警察に志願して、中等部に通いながら警察の手伝いをしてたの。で、中等部卒業と同時に警察に就職。普通、警察っていうのは高等部を卒業してからなるか、卒業後に警察学校に入る。でも異例として民間警察に一年以上協力した場合は民間上がりとして警察に就職できる。待遇は最悪だし給料も安いけどね。それでも、上まで上り詰めた人はいるから」
こっちの世界では十六歳でも警察官になれるのかと思っていたが、そう簡単にもいかないみたいだ。中等部っていうと俺の世界で言う中学校か。高校に行かずに就職したってなると、相当な苦労があったに違いない。
「いろいろ、大変なんだな」
「大変だったわよ。私たち小さいし非力だしさ、そりゃ性の対象にもなるわよ。警察なんて他人が思っているほど高尚なものじゃない。汚いことばっかりで、手柄は全部自分で持っていくなんて人ばっかり。犯罪を見逃してマージンを得る人もそこそこいる。でもそういうのを跳ね除けるくらいの気概がなきゃ、今でもこんなことしてない」
「だから強くなった、か?」
「そういうこと。例えば背は伸びなくても、気持ちがあれば背を伸ばす以外の方法でなにかできるのよ。例えば教養がなくても、その気があれば自分で勉強できるのよ。例えば力がなくても、相応のなにかで代替しようと考えることは誰にでもできるわ。そうやって、私たちは生きてきた。この生き方は変わらない」
彼女はカフェオレをすすり「話を戻すわ」と姿勢を正した。
「エドガーはこの町に六ヶ月滞在している。本来ならとっくに逃げていてもおかしくないのに、よ」
「おかしいことなのか? 定住しようとしてるかもしれないだろ?」
「それはない。犯罪者っていうのは、犯罪者だからこそ周りに敵を作ることも多い。人の往来が多い場所を好んで選ぶとは思えない。となると、エドガーはなにかをしている、もしくはしようとしている」
「もしかして突き止めようってのか?」
「そんなことしてる時間はない。六ヶ月もいたってことは、用事を済ませた可能性だってあるんだから」
「じゃあ今の話は一体なんなんだよ……」
「アンタ頭悪いわね。ここに残ってるっていうことは用事があるからって言ったじゃない。もう忘れたわけ?」
犯罪者であるエドガーを探す人間も多い。それは彼自身もわかっている。それでもエドガーは小屋を借りてまでこの町に残ることを選んだ。人に殺される可能性や、騒ぎになる可能性は理解していた。それでもここに残ったのは――。
「その用事が済んでいないから残ってる……」
「そういうこと。昨日の夜もこの町にいたんだから、たぶんその用事は終わっていない。踏み込むなら今夜しかないわ」
「今夜? いきなりだな」
とは言うが、情報があればこうなるだろうなとは思っていた。
「怖気づいた?」
「んなわけないだろ。今夜踏み込むってことは、作戦はもう考えてあるんだろ?」
「当たり前じゃない」
リアがテーブルの上に紙を広げた。この町、そしてエドガーが潜んでいる小屋の周辺地図の二枚だった。町の地図はところどころ破れていてかなり古いものだとわかった。
顔を上げると、双子は笑っていた。性格が違う二人だが、それでも似たような笑顔を浮かべていた。




