第26話【ヘクターSIDE】 時間の問題
「クソッ。クソッ! クソがっ!」
学校近くのダンジョンにて。
ヘクターは、イライラしているのを隠そうともせず、モンスターを剣で切り伏せる。
それだけなら、この世界でよくあることだが……その『階層』が、彼の特異性を象徴する。
彼がいるのは、ダンジョンの48層。
この世界に存在する『ダンジョン』とは、生態系とは独立した、『独自の共通仕様』で動いている。
全てのダンジョンは100層構造であり。
S 人外 51から60層。
A 天才 41から50層。
B 上級 31から40層。
C 中級上位 21から30層。
D 中級下位 11から20層。
E 初級 1から10層。
F 新人 装備不足のためダンジョン非推奨。
おおよそこのようなバランスで成り立っている。
人外が51層からということは、言い換えれば、『普通の人間は努力して頑張っても、50層が限界』ということ。
そんな中、ソロで、48層に潜ってモンスターをストレス発散のように倒すヘクターは、紛れもなく強者と言える。
紛れもなく『戦うことにおいて天才』だから、ヘクターナイツは確かな稼ぎを得ていた。
しかし、天才は天才。
それは、『社会』にとって、管理できる存在だ。
紛れもなく特別だが、替えはいる。
それが、ヘクターの強さだ。
「どうなってんだよ。意味が分からねぇ。なんであいつは、あんな技術を……」
彼の感情をぐちゃぐちゃにするのは、ビラベルに伝えた『リクの技術力』だ。
ヘクターナイツを完璧に支えていた、まさに『必要な物をほとんど、自分で揃える』だけの力。
一人の事務員……いや、弓矢とポーションをはじめとした消耗品を各種揃えていたとなれば、それは事務員という範疇に収まらない。
ノートは製紙業界を。
ポーションは製薬業界を。
それぞれ根本から覆す。
……それらをヘクターは、冒険の最中に『普通に使っていた』のだ。
紛れもなくヘクターは稼いでいるゆえに、『クランに金がない』とは思っておらず、ポーションを売っている店に行ったことがないため、価格もよく知らない。
だが、こうして、『高品質を自作していた』と言われれば、話は変わる。
「はぁ、はぁ……」
ヘクターは自分が握る剣を見る。
Aランク冒険者相当の、質の高い業物であり、そこには確かな技術力が詰め込まれている。
見ただけで、とは断言できないが、一度振ってみれば、それが『質の高い物なのかどうか』がわかるくらいには、ヘクターは一流の戦士だ。
当然、これを作った職人の自負、自信も、買った時に目に焼き付いている。
「……高品質なものを自分で作る。か」
紛れもなく簡単なことではない。だから『高品質』だ。
自分が使っていたものが紛れもなく高品質であり、『幅広いジャンルで自作していた』という事実。
自分がどれほど、何も見ていなかったのか。何も見ずに問題ないと思っていたのか。
それを痛感させられているようで、非常にイライラする。
「何かが違えば……何かが違っていれば、俺は今も……クソッ!」
モンスターを切り伏せる。
今のヘクターに、『リクが簡単に出て行った原因』が自分にあるということは受け入れられない。
そして、『指輪』を持つリクのせいにできるほど、『高い壁』に慣れていない。
それゆえに、自身でもリクでもない、『偶然』のせいにする。
もう少し、運が良ければ。
今もヘクターは、学内で多くの生徒をまとめ上げるクランのリーダーにいたはずなのだ。
「親父も助けてくれねぇ。俺は、どこに向かえばいいんだ……」
モンスターを倒しつつ、進むヘクター。
「……ん。なんだ? この扉」
ふと顔を上げると、重厚な扉がある。
「この階層にはよく来るけど、こんな扉ってあったか? ……いや、いつもより長く、広く潜ってるし、今までここに来たことがなかっただけか」
地図を出して確認する。
この地図も、リクが、大雑把な報告をするメンバーの情報から作り上げたものだ。
その情報を見る限り、ここは空白で、メンバーのだれも来たことがない。
「……」
少なくとも、戦うことにおいて、自信はあるのがヘクターだ。
彼は扉を開けて、中に入る。
「広い空間だな。確か、こういう場所って……」
ヘクターがそこまで考えた時だった。
部屋の中央に、莫大な量の魔力が集まり、何かを形作っていく。
それは……大きなこん棒を持った、身長5メートルほどの赤鬼だった。
「……はぁ、なんだっけ、『裏ボス』ってやつか? まぁ、いいか」
普通なら『異常事態』といえる。
そんな中、冷静に、ヘクターは剣を構えた。




