表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/104

終歌1 消失の歌

 歌が空を駆けていく。

 歌詞がない、節だけの歌。

 天に舞う無数の鳥たちが、歌っている。

 地を走るウサギやネズミたちが、歌っている。

 ウサギの姿で、俺も歌っている。

 蒼く澄んだ湖の岸辺で。


「破れるかしら」


 フィリアが心配げに湖の向こうを眺めやる。


「破れるんじゃね?」


 我が師が不機嫌そうに、湖の岸辺にどっかりあぐらをかいておのれのひざで頬杖をつく。

 首を振って長い銀の髪のカツラをうっとおしげに背に押しやりながら。

 

「あっちは百人そこそこ。こっちは全大陸規模。はなから勝負にならないだろ」

「でも寺院の結界を造っているのは、魔力が強い導師様たちよ」

 

 フィリアが、俺が抱えている銀色の箱を見下ろす。この前アイテリオンを封じるために使ったものよりちょっと小ぶり。彫金の蓋がついていて、一見するとただのオルゴールにしか見えない。

 

「黒き衣の導師とはいえ、みんながみんなこやつのような魔力があるわけじゃない」


 フィリアの隣で灰色のアミーケが金属のふくろうを飛ばす。

 ふくろうは瞬く間に空を舞う鳥たちの群れに加わり、俺が抱えるオルゴールの振動に合わせて歌いだした。空を旋回する鳥たちの群れの半分は、金属製。アミーケの鳥たちだ。新次元に送り込まれてだいぶ数が減ったけれど、まだまだ数百羽はいる。ていうか、灰色の導師の神様は、今も毎日せっせと鳥たちを作り出している。一日一羽って感じ。

 お母様は鳥がめっぽう好きだからとフィリアはいう。

 だろうなぁ。鳥の神獣を奥さんにするぐらいだもん。


「これで我が鳥のほとんどに歌い玉を呑ませた」

「ありがとうございますっ」

 

 歌うのをしばし止め、俺は灰色の導師の神様に深く頭を下げた。

 この人が俺を魔人にしたので、まごうことなき「我が主人」であるのだが、その上アイダさんを救うために俺の心臓を移植してもらったし、俺は新しいオリハルコンの心臓をもらったし、今は金属の鳥たちに協力してもらっている。

 なのでもう一生、頭が上がらない。

 歌い玉というのは、振動箱から出る波動を受信する卵だ。これが体内にあれば、振動受信遺伝子をもつ動物と同じ能力をもつ個体となる。振動箱の歌を受け取って、歌いだすのだ。

 現在の攻略対象は、岩窟の寺院の結界。

 動物たちと俺は、さっきからえんえんと湖の岸辺で歌い続けている。

 その後ろには……


「まだ割れないのか?」


 そわそわしている完全武装のエティア王、ジャルデ陛下と。


「もう少しだと思います」「どきどきしますわね」


 メキドの王トルナート陛下とサクラコ妃が並んでおり。

 そのさらに後ろには、魔道武器を携えたエティアの騎士とその手勢百人、それからケイドーンの巨人傭兵団員五十名と、ここまで国王夫妻を護衛してきたメキドの槍騎士三百人が控えている。

 すなわちちょっとした軍勢だが、俺たちは岩窟の寺院に侵攻しようというのではない。今から最長老ヒアキントスと交渉するために、「寺院にお邪魔」しようとしているのだ。 

 結界が破れるやポチ二号を露払いとして先頭に立たせ、気球船で寺院へ渡る――ということになっている。

 気球船は浮遊石を使ったもので、エティア王が赤毛の妖精たちに五隻作らせた。

 一隻に百人は乗り込めるすごい乗り物だ。


「エリクがいねえのが残念だなぁ」


 胡坐姿の我が師がぶうぶう文句をたれる。

 

「軟弱だなぁあいつ。あーあー、早く塔のカプセルから出てこねえかなぁ」


 憎まれ口を叩いているが、その目には不安と心配と……寂しさが満ちていた。

 まさしく、兄を想う弟のように。

 




 兄弟子様はアイテリオンを新次元に封じた直後、お倒れになった。

 胡蝶の毒を抜くため静養していなければならないのに、六翼の女王となって無理に戦ったせいだ。

 白の導師が繰り出した大精霊の息吹は相当にきついものだった。アイダさんが超弩級のバァルやノビリテを出してくれなかったら、アイテリオンを封じるのは不可能だっただろう。

 俺自身もアイダさんを救うため、おのが心臓をアミーケに取り出してもらったので、完全にダウン。

 二人とも鉄兜のウェシ・プトリに潜みの塔へと救急搬送してもらった。

 魔人の俺はアミーケに新しい心臓をもらってすぐに復活したのだが、兄弟子様はいまだ培養カプセルに入ったまま。容態はすこぶる……悪い。なんとか持ち直してくれることを、みなが望んでいる。

 ちなみに。


『アイダってだれだー!!』


 俺が目覚めたとたん、俺は我が師に胸倉をつかまれてそう迫られたが、思い出すなりもう涙がじわじわきちまった。

 こんなむさいおっさんがあの見目麗しいアイダさんの成れの果てなんて……もう……ちょっとも正視できなかった。

 なので妥協案として、我が師には今、髭をそってもらって銀髪のカツラをかぶってもらっている。

 なんかもう全然違うんだけど、後ろ姿だけならなんとか見られる……っていうか、マジで変身術使ってアイダさんになって欲しいんだけど、事情を話したらにんまりされて絶対いやだと宣言された。

 

『俺に平手打ちしてきやがった姉ちゃんだな』

 

 とかいって、そんな恋の成就は邪魔してやる! とかわけわかんないことをいわれた。

 アイダさんと魂は同一なはずなのに、別人格って……とってもややこしい。

 


 地底に沈み込んだ新次元は、入り口を閉じられるやこの大陸から完全に消失した。万々歳だがひとつ気になることがある。

 アミーケのもとに、あちらに送り込んだ鳥たちから何らかの信号が送られてきているみたいだ。


『どんな信号かだと? ふん、自分で考えろ、ピピ技能導師』


 聞いても灰色の導師の神様はにやりとしただけ。

 しかし開闢(かいびゃく)したあちらの世界の広さは、小規模な森ひとつ分ぐらいであると教えてくれた。

 アイテリオンと魔人たちは何もないその中で、途方にくれている状態らしい。


『灰色の技で作られた鳥たちが破壊されぬということは、何かに利用しようとしているのかもしれぬが。あれらに魔力至上の矜持を棄てられるかどうか、見ものだな』


 アミーケの鳥を利用するということは、灰色の技に頼るということだ。

 やっきになって俺たち技能導師の技を潰したアイテリオンにそれができるかどうか。アミーケは高みの見物をするつもりらしい。

 死なない魔人たち。

 ようようこちらには戻って来れないとは思うが、警戒が必要なのは事実だ。

 本当に――俺の「主人」には頭が上がらない。





 俺たちが読んだ通り、アイテリオンがいなくなるとすべてがうまく回りだした。

 メニスの里も大陸同盟も大混乱。

 それを収めたのが、「アイテリオンの実子にして継承者・フラヴィオス」だ。

 むろん本人はまだあどけない子供。ウサギランドを造ることだけ夢想していて、小難しいことは全くわからない。

 なので周囲にいる者たち――俺と我が師とアミーケが、メニスの王権と大陸同盟盟主の継承作業を代行した。

 ちなみにあの大量のウサギたちは、もとの「ハッピーモフモフランド」、すなわちファイカに送られた。ヴィオがぶうたれたものの、我が師が断固、あそこに放すと主張したからだ。


『だってぺぺは、いまだに凍結されてあそこにいるんだぞ?! 独りじゃかわいそうだろっ』

 

 魔人団の一部は新次元送り、そして一番こわいアリストバル護衛長たちはいまだ棺で封印されているので、メニスの里に残っている魔人はほんのひとりふたりばかり。

 そして幸いなことに、突然王を失ったメニスの一般民は、ただ平穏に里でくらすことを望む者が大半だった。生まれてこのかた里から外に出たことがない者たちが多かったからだ。

 ゆえに「アイテリオンの魔人である俺」が我が師と一緒にヴィオに随行し、「王位継承」を主張したら……さほど抵抗を受けずに、ヴィオはメニスの王として受け入れられた。

 聖域にいるメイテリエが、ノミオスの双子の兄弟の即位を喜んだのはいうまでもない。

 しかも彼は、メニスの里の摂政となることを承諾してくれた。

 ほどなく、かつてヴィオを里の外へ逃した穏健派の連中が潜伏先から戻ってきて、里の廷臣団となった。もともとメイテリエの同調者であったから、すんなりと新しいメニスの王に忠誠を誓ってくれて大団円。

 しかし……赤猫剣は行方不明のままだ。誰かにひろわれて漬物石にでもなってるんだろうか。無事でいてくれと願うばかりだ……。



 大陸同盟の盟主継承の方も、見込み通りの結果を得られた。

 何しろ俺たちには大国エティアのジャルデ陛下が味方についている。エティアの強力な後押しと「アイテリオンの実子」という事実のおかげで、他の諸国は盟主継承にほとんど異論を挟まなかった。 

 猛反対したのは蒼鹿家と、その後見人が頂点に立っている岩窟の寺院だけ。

 今までは盟主アイテリオンが蒼鹿州の宗主国たるエティアの主張をことごとく退けてきて、宗主権を名ばかりの状態にしていた。ゆえに蒼鹿家は昔どおり独立国家のごとく好き放題できたのだが、俺たちが背後についているヴィオが頭となったゆえ、それは不可能となった。

 宗主国のジャルデ陛下は、アイテリオンが認めたメキドによる蒼鹿家への補償と賠償項目の見直しを主張。むろん新盟主ヴィオのもと、大陸同盟はこれをみとめた。講和は白紙にもどされ、交渉はやり直され、メキドは莫大な賠償金を支払うものの、領土の割譲請求は棄却することで落ち着いた。

 ジャルデ陛下は蒼鹿家が庇護しているエリシア姫の、メキドの王位継承にも待ったをかけた。っていうか、アイテリオンに再三それはだめだと以前から訴えていたのだが、全く相手にされなかったものだ。でも新盟主ヴィオとその同盟議会はむろんすんなり主張をみとめて、蒼鹿家に勧告した。



『エリシア姫と蒼鹿家の婚姻を宗主国エティアは認めないものである。姫はメキド王国へと、ただちに帰国させるべし』



 蒼鹿家への切り返しが叶ったのは、大国スメルニアがエティアと手を組んだことが最大の勝因だ。エティアの主張にことごとく、理事国スメルニアが同調してくれたのだ。

 長年にわたってアイテリオンは二国が決して手を取り合わぬよう画策していたので、今まで二国の関係は最悪だった。エティア建国以来徹底して、アイテリオンは二国の国交樹立を妨害し続けてきたのだ。

 しかしアイテリオンがいなくなったことにより、ついに史上初めて、エティアの国王とスメルニア皇帝による会談が実現したのである。

 そして会談が終わってみれば……なんと二人の巨頭は表向きの同盟を組むどころか「真の大親友」となっていた。

 二人の友情を生み出したのは、一冊の絵本。

 それはとある出版社から出された、桃色のウサギが活躍する話で、偶然会談室の入り口にある待合室の書棚に入っていた。エティア王ジャルデ陛下はスメルニア皇帝が来るまでそこでその絵本を懐かしげに広げていた。すると、偉そうにやってきたスメルニア皇帝が声をあげて走り寄ってきたそうだ。


『その本は……!』

『俺、乳母に毎晩これ読んでもらって育ったんだよな』

『なに? ジャルデ陛下、それはまことか? 朕もだ』

『これでニンジン克服した』

『なに? まことか? 朕もだ!』

『このウサギ、ほんとかわいいよな。俺、十歳までこのピピちゃんのぬいぐるみ抱いて寝てたわ』

『朕もだーっ!! ジャルデ陛下! 朕はそなたを今まで誤解していたようだ。これからはその、仲良くしてくれるか?』

『おおう! そいつはとっても嬉しいぞ!』


 ……というわけで、あんなにお互いにどんぱち会戦して喧嘩しまくってたにもかかわらず、ジャルデ陛下とスメルニアの今上陛下はその瞬間から……「仲良しこよし」となった、らしい。

 こないだちろっと赤毛の妖精たちにきいたら、ウサギの絵本は累計五百万部以上売れている超超超ベストセラーだそうだ。いまや大陸諸国のどの家庭にも一冊常備されてるレベルだとか。

 ピピちゃんすげえ……。そりゃあ、歌も流行るよね。

 追い込まれた蒼鹿家はヒアキントスの命令で、「強い神獣を保持している」とうそぶいてみたものの。エティアとスメルニアが瞬く間に同盟軍を組織。


『それじゃあその神獣を見せてもらおうじゃない?』


 と、蒼鹿州の州境に属国にして同盟理事国金獅子州の金獅子レヴツラータとスメルニアの守護獣ミカヅチノタケルを展開したので、完全に沈黙した。

 神獣はちゃんと別ルートでそれなりに手に入れていたらしいけど、レヴはともかくスメルニアのミカヅチノタケルっていえば、大陸に大穴を空けて内海をつくった……つまりこの大陸を三日月型にしたとんでもないやつだ。

 帝都に封じられて一千年の牢名主をマジで出されたら、たまったもんじゃない。竜王メルドルークや六翼の女王も、はりあえるかなってぐらいだもんな。

 


 こうして「エリシア姫」――アズハルの娘リネットはめでたく、異母弟トルナート陛下のもとへと送還された。トルは革命の時に別れたきりの彼女とひしと抱き合い、正式に王姉の称号を与えて王宮に迎えた。

 先方から「姫」の付き添いとして、俺たちが送り込んだ韻律使いのお婆がなにくわぬ顔でついてきたので、俺たちはもう浮かれ騒ぎたい気分だった。

 というのも。

 この韻律使いのお婆から、俺たちは極めて重要な情報を入手したからだ。


『蒼鹿州公は定期的に岩窟の寺院のヒアキントス様と連絡を取っておられますが、先日そのやりとりを耳にしましたのじゃ。それによれば本物のエリシア王女殿下、トルナート陛下の実の姉君は、寺院の地下の封印所に封印されておりまする』





 本物のエリシア姫は革命の折に重傷を負い、基地攻撃によりカプセルごと避難している最中に行方不明となった。

 拉致を指示したのはやはりアイテリオンらしい。いよいよの時の切り札としようと、岩窟の寺院へ送致していたようだ。 

 それにしてもなんてこった。

 俺は革命が起きた年から六年間、あそこにいたのに……。

 あそこの隠蔽体質はもう仕方がないんだけれども、お婆の言葉を聞いた直後はほんとにやるせなかった。

 あの寺院の地下の封印所は、長老しか出入りできない。

 そしてあの革命当時、ヒアキントスはまだ長老ではなかった。

 ということは、他にもアイテリオンと通じていた導師がいる、ということだ。

 驚くには値しない。

 ソートくんもカラウカス様も、あの白の導師と取引をした。つまり岩窟の寺院の導師とアイテリオンは、思った以上に関係が深いのだ。

 前最長老レクサリンはメキドに魔人を封じる棺を貸し出してくれ、公然と白の導師と敵対した。とはいえ、彼が本物のエリシア姫を受け取って封印所に封じた可能性も完全に否定できない。棺の貸し出しは仲違いした結果だったかもしれないのだから。

 すなわち、長老様たち全員が怪しい……。



 韻律使いの婆によれば、ヒアキントス率いる蒼鹿家は、懲りずに起死回生を狙っているという。

 返還したアズハルの娘リネットを「にせもの」とし、騙されたと被害者面して、眠れる本物の姫を担ぎ出す――つもりでいるようだ。

 近々水面下で、「エリシア姫」の身代金を払えと脅すべく、メキドに密使が来るだろうというのである。 

 そんなことをされるのははなはだ迷惑なので、俺たちは密使が来る前に寺院にそれとなく伺いをたてた。

 だが、返答は知らぬ存ぜぬ。

 ゆえに今日――。

 俺たちは、湖の岸辺にいる。 

 導師たちの結界を破り、向こう岸にある寺院に渡ろうとしている。

 取引の材料にされる前に、「エリシア姫」を迎えにいくことにしたのだ。

 ポチもいるし、トルの神獣ガルジューナもすでに地底に潜んでいる。

 味方は何百人と連れてきている。

 だがこれは、侵攻ではない。

 メキドのトルナート陛下が寺院に「里帰り」し、じきじきに導師の方々に感謝をのべて贈り物をする、というのが表向きの名目だ。

 

――「お、破れたか?」


 あぐらをかく我が師が腰を浮かす。さらりとゆれるカツラの銀髪。

 ……うう、やっぱりなんか違う。化粧……させてもだめ? た、体型かな? もっと腰しぼってもらう? 

 アイダさん……会いたいよ……。 





 湖の霧が晴れていく。

 そっと手を伸ばせば、目の前にあった空気の壁のような弾力が……なくなっている。

 さて、ヒアキントスはどう出るだろう。

 湖の結界を破れば、俺たちは勝利を手にしたも同然だ。寺院の者どもは混乱に陥るだろう。

 

「よっし! 乗り込むぞお!」


 うきうきで今にも気球船に乗り込みそうなジャルデ陛下を、しばし待て、とトルがいさめる。


「相手の出方を待ちましょう」


 俺は他の動物たちといっしょに歌い続けた。

 たぶんヒアキントスは石舞台に導師たちを集め、風編みをして再び結界を張ろうとするはずだ。

 それを阻止してやれば、相手は仕方なく動いてくる。

 断固抵抗してくるか。それともすんなり俺たちの要求を呑むか。

 いずれにせよヒアキントスには、しっかり罪を償ってもらうつもりでいる。

 バルバトスにトルを殺めるようそそのかした罪。かつて我が師を嵌めた罪。そして、最長老レクサリオンを殺めた罪。メキドの神獣ガルジューナを奪おうとした罪――あげればきりがない……。

 ジャルデ陛下は「攻め込もうぜー?」とそわそわ。

 優しいトルが苦笑しながらまあまあと抑えている。

 この陛下たちを寺院の中で戦わせる、というような状況は造りたくない。

 相手はあのヒアキントス。玉体の価値をよく知っている。命を奪えば一国を倒すも同然。

 実は……トルがここにくることを、俺は渋った。でも実の姉をこの手で救いたいという願いを無碍にはできなかった。

 ジャルデ陛下は俺の弟に継がすとか悠長なことをいってるが、継承者がいても今上が逝去したら、国家がどれだけの影響を喰らうかよくわかってないところがある。ひとことでいえば、アホだ。

 「メキド軍をエティアの北の果ての街に展開する許可をくれ」っていっただけなのに、援軍に加えて本人までついてくるとか。ほんとに(いくさ)ごとが好きなんだろうなぁ。

 かくして結界が破れても俺たちは歌い続け、じっと待った。


「ああああもぉ……ひーまー」


 ジャルデ陛下が街の屋台から揚げ菓子を買ってきてたいらげ、うとうと昼寝をはじめたとき。


「船がくるぞ」


 我が師がほう、と声をあげて湖の果てをゆびさした。

 湖からふわっと風が吹いて来る。

 魔法の気配のない、自然に起こっている風。

 あれは、漁船。メセフの船だ。俺たちが見守る中、船はどんどんこちらの岸辺に近づいてくる。

 船に黒き衣の導師が三人、乗っている。

 それは。最長老ヒアキントスからの使者だった。 

 ひとりは長老トリトニウス。あとの二人は、長老に昇進した導師たちだった。

 つまり俺が寺院を出てから二人、長老がいなくなり、ヒアキントスが新しくこの二人を長老にした

ということだ。


「ようこそ、我が岩窟の寺院へ」


 トリトニウスが深く頭をたれてトルに挨拶する。

 オルゴールをかかえて歌う俺と、天地の動物たちをちらちらとながし見ながら。

 その顔には、あきらかに恐怖がうかんでいた。


「入院をご希望されるならば、トルナート陛下おひとりでどうか当院にお入りいただきたく……」

――「それはだめっしょ」

 

 すると我が師がずい、と長老とメキド王の間に割って入った。


「どうしてもひとりってんなら、メキドの摂政、この黒き衣のアスパシオンが名代として院にご招待されるわ」


 ……。

 言うと思った。

 予想通りすぎてもう……。


「あ、使い魔は連れて行っていいよな。人間じゃなくてウサギだからさ」

「ふむ……それならば、頭数には入らないでしょう」 

「だそうだ。ぺぺ! いっくぞぉ!」

「はいっ!」


 俺はうなずき、銀のオルゴールをトルに渡した。

 これで陛下たちを院に連れていかなくてよくなった、と安堵しながら。

 さあ、いよいよ決戦だ。

 

「おいでぺぺ」

「はいっ!」


 我が師が手をさしのべてくる。

 俺は素直に、その腕の中に飛び込んだ。すでに魔法の気配を降ろしている、その腕に。


「まっ……待ってください!」


 そのとき。

 トルがとんでもないことを言い出した。


「つ、使い魔は連れて行ってよいのなら! 僕を、小動物に変えて下さい! 僕を、アスパシオン様の使い魔にしてください! きっと前世で何回かは、小動物になってるかと……!」

 

 その時俺は、露ほども思わなかった。

 まさか……この言葉のおかげであの生き物を目にすることになるとは……。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ