表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/104

幕間7 その言葉を、あなたに。 (アイダさん視点)

(今回はアイダさん視点のお話です) 


 まさか、ウサギだなんて思いもしませんでした。

 八番島に赴任したあの時。サナダ技能導師に紹介されたピピさんに初めてお会いした時には。

 こんなに頼りなげな男の子が魔人?

 第一印象はそれしかなかったのです。

 赴任して三日目のこと。助手が部品を通気管に落としてしまう事件が起こりました。磁石で引き寄せるのは無理で小型の作業機械を入れようとしたのですが、遠隔操作機能が壊れていたんですよね。

 納期が迫っていて、のんびり修理している時間はない。さて、どうしよう?

 するとなんとピピさんが、「仕方ない」と観念したようにため息をついて、変身術を試したのです。そうしたらまあなんと、おどろいたことに彼はみるみるウサギに変わったのです。

 私、目を奪われました。

 ウサギはするする管の中に入っていって、みごとに部品を取ってきました。


『これで納期に間に合うよね』


 煤だらけになって出てきたウサギの、なんてかわいらしいこと。

 にこにこで。もふもふで。ぽふぽふで。もう……私、卒倒しそうでした。

 この世にこんなにかわいらしいものがいるのかと、一瞬で心を奪われたのです。

 それからというもの、私はわざと部品を何度も失くしました。そのたびにピピさんにウサギになって探し出してもらい、内心ほくほくしたものです。

 ウサギと二人きりの五世紀に及ぶ八番島生活は、退屈だなんて一度も思いませんでした。何百年もウサギを抱っこしまくったのに全く飽きませんでした。ずっと、こうしていたい……そう思いました。永遠に、ウサギと生きたいと。

 だってウサギを見ていると心にほっこりと暖かいものが生まれるのです。


『幸福だ』


 という、とても素敵な感情が。

 ウサギは魔人ですから、夢を叶える条件の半分はすでにクリアしています。

 問題は私。不死の魔人になることはできません。棄てられた私はメニスの中では「つきあってはいけない者」とされておりますから、変若玉(オチダマ)なんてくれる奇特な者などおりません。

 それに。

 ウサギには、想っている方がおりました。

 メキドの少年王トルナートさんと、エリシア姫。ウサギが時折ぽつりと漏らすのは、いつも二人のことばかり……。

 何百年も一緒に暮らしていたのに……私は、ウサギからひと言も聞けませんでした。愛の言葉など、ただの一度も。

 万年片思いです。

 一度だけ無理やり思いを遂げましたけれど、かえって嫌われてしまいました。

 あの時は焦ったのです。メニスの老いは本当に醜いものなのです。だから見られる容姿でいられるうちに、勇気を出して告白を……そう思ったのですが。気づいたら、ベッドに組み敷いてしまっていました。

 実によい声で啼くものですから、アイテの血がどうにも抑えられず……容赦なく貪ってしまいました。本当にかわいそうなことをしてしまいました。

 当然ウサギは私をこわがるようになり、二度と抱っこさせてもらえなくなりました。

 とても、哀しかった……。

 未来永劫、ふりむいてもらえないでしょう。

 それでも。

 それでも……いいのです。

 ウサギの愛が欲しいなんて、無理難題は申しません。

 ウサギのそばで生きられれば。またあのもふもふを抱きしめられれば、それでいいのです……。

 ああでも、たとえ記憶をもったまま転生しても、相手が「私」だと知れば、ウサギは逃げてしまうでしょう。

 「私」であることを決して気取られてはなりません。正体を隠して、そばに侍るには。そして、私の悲願を果たすには……。

 島から逃げるように去ったあと。私は、持てる技術の粋を駆使しました。

 おのが望みを、叶えるために――。

 




『ひと目みればそれとわかりぬ』


 ふふっ。


『その子がそうだと魂が気づく』


 うふふ。

 おはよう、ウサギ。

 本当に久しぶりですね。びっくりしましたか?

 私はいつもまどろみながらあなたを見ておりましたよ。

 ああ、この毛ざわり。最高です。やっぱりこのウサギは抱きがいがありますね。

 きめ細やかな白いふわわふの毛。血統にアンゴラが入ってるんでしょうか。

 しかし片目がないのがかわいそうですね。私が造ったあの赤鋼玉の目は、こわれてしまったみたい。

 義眼は単体で使うと、負荷がかかりすぎるのです。壊れた目は修理してトルナートさんにさしあげて、両眼で使ってもらいましょう。そしてこのウサギには、新しい目を作ってあげることにしましょう。

 宝石は何がいいかしら。赤鋼玉や蒼鋼玉はありきたりですね。

 金剛石は硬すぎますし、真珠はやわらかすぎますね。

 金緑石がよいかも。太陽光では青緑、人工の光のもとでは紅の波長を発する貴石ですもの。石言葉は『秘めた想い』ですし。

 それがいいわ。そうしましょう。


「あ、あい、あい……」


 なんですかウサギ? 下を指さして。そんなに口をあほんと開けていたら、風邪のばい菌が入り込みますよ。


「あいて、りおんが」


 ええ、落ちてますね。新しい次元にまっさかさま。そこらじゅうに散っている白い羽毛が、とてもきれいだこと。飛べなくしたら落ちる、これは三歳児でもわかる物理法則ですね。だから翼を引っこ抜いてやったのです。


「こ、これ、な、なに?!」


 この闇色の無数の手ですか? ふふふっ。日輪の大精霊もいちころでしたねえ。漆黒のバァルと呼ばれている大精霊ですよ。

 カラウカス様がお亡くなりになったとき、ハヤトが全部、あの方が契約していた精霊を引き継ぎましたからねえ。「私たち」にはカラウカス様の魂の分身がひっつけられておりますから、精霊たちは大人しくハヤトのものになりました。たしか、三十体ぐらいあったかしら。ハヤトが自分で増やしたものもたくさんありますよ。

 漆黒のバァルは手持ちの中で、三番目に強いものです。大精霊の中でも超級のものですね。この表の世界ではブラックホールと呼ばれているものの精神体です。普通の恒星など、簡単に吸い込んでしまいます。


「ど、どう、どうし……」


 どうして私たちもまた下に向かって飛んでいるのかって? だって私、アイテリオンに言いたいことがあるんですもの。


「つば、つば、つばさ……」


 落ち着いて。ほら深呼吸なさい。吸って、吐いて。吸って、吐いて。


「あ、アイダさんの背中に、翼が生えてる」 

「大鳥グライア座の一等星、氷の白星の大精霊ですよ。あれは鳥の星ともよばれておりますでしょう?」

「大精霊を複数召喚してるの?!」


 ええ、私ほどの魔力があればそんなの簡単です。両手両足でパイプオルガンを奏でているようなもの。とても簡単なことです。


「カラウカス様の魂ってそんなにすごいんだ……」


 あら、いいえ違います。実は私の魔力は――


「あ! アイダさん、アイテリオンの背中からまた翼が生えてきてる!」


 ちっ。魔人は本当に厄介ですね。魔天使化すると再生速度も段違い。もう一度もぎとってやりましょう。……あら?

 これは、鳥?


「うわ! なにこれ? 鳥たちが群れなして飛びこんできた!」


 この鳥どもは有機体ではないようですね。金属でできておりますよ。これはアリスルーセルのでは? ああ、新次元のきわにお姿が見えます。お嬢さんも一緒です。なんてうれしいこと! 灰色の導師の神様が、応援にきてくださるなんて。 

 あらあら、魔人たちもおびただしい数の鳥たちに囲まれていますよ。一体どれだけいるのかしら。アイテリオンも鳥たちにひっぱられて、翼は再生すれども飛び上がってこれないようですね。


「ぺぺ! 私とお母様で鳥たちを呼んだわ! アイテリオンが沈んでいるうちに早く上がってきて!」

「フィリア、ありがとう!」


 ウサギがメニスの混血の娘に叫びます。かわいらしいお嬢さんに。

 ありがとう。でもごめんなさいね。少し時間を下さいね。私、アイテリオンと話したいんです。

 さあ、彼の前に追いつきましたよ。


「リオン……!」

「オマエ、ハ」

「リオン、私です」

「ダレダ」


 ……!


「小ザカシイ真似ヲ! 我トテ大精霊ヲサラニ繰リ出ソウゾ!」

「リオン、あの……私……です」    

「オ前ナド知ラヌ!」 


 どうしましょう。こんなこと言われるなんて。たとえ魔天使化していても、意識や記憶は変わらぬはずなのに。思い出すようにちょっと痛めつけてみましょうか。

 彗星パーレー召喚!


「アイダさん、これで三体目だよ? 制御しきれるの?!」

「ええ、大丈夫ですよ。行け! パーレー!」 


 まずは翼をひっこぬかせて――「グハアアアッ」

 胸に大穴開けさせて――「グフウウウウッ」

 右手を一本、吹き飛ばしてもらいましょうかね――「ガアアアアッ」

 これで、思い出すでしょうか?


「オ……オノレ! 何者ダ!」   


 そんな……。

 私。メニスの里から出される時に、この人に泣いてすがったんです。

 白い衣をつかんで、必死にお願いしたのです。里から出されるぐらいなら……


『いらないなら、殺してよぉっ!!!』


 泣き叫ぶ私を見下ろしていた、冷たい紫の目。私、決して忘れません。なのに…… 


「アイダさんにはカラウカス様の魂がついてる。魂の性質が変化してるから、あいつにはわからないんじゃないの?」


 なるほど。でも、認識してもらわなくては。この時のために「私」は心血を注いで我が身を……。


「出デヨ! 惑星アーナ!」


 あらまあリオン。苦しまぎれに惑星の大精霊など出しても無駄ですよ。


「出でよ! 超新星ノビリテ!」


 私の超新星が焼き尽くします。鳥たちよ、ちょっとどいてくださいね。この人の胸倉をつかませてくださいな。


「うふふ……つかまえた♪」

「放セ! 化ケ物メ!」

「震えてますね。私がこわいのですか? あら、あなたの精霊は、一瞬で尻尾を巻いて逃げてしまいましたねえ」


 素敵! 私の超新星が、この太陽系の第五惑星の息吹を消しました。まったく勝負になりませんね。

 リオンたら、きれいなお顔がこわばってますよ? いい表情です。もう出せる精霊はなくなりましたか? あなたが持っている大精霊はたった三つ? あとどれだけ下位のものをもっていようが、どれだけ出そうが無意味ですよね。私の超新星が、すべて焼いてしまいますもの。


「ねえリオン、どうして私にこんなに魔力があるかわかります? 私、自分の魂を造り直したの。転生するたびにおのが魔力が陪乗されるようにしたんです。一回では大したことはないけれど、何回も転生を重ねれば……。だからレティシアからハヤトになる間、ウサギに会うのを我慢して、虫やら小動物になって、短い転生を幾度も繰り返しました。だからこんなに魔力が増えたんです」


 ウサギに会えない期間は本当に辛かったです。でも、強くなりたかったから我慢しました。


「ふふふっ。カラウカス様が、ハヤトの魔力がかんばしくないから分霊して魔力をひっつけたなんて、真っ赤な嘘なの。あの方は、凄まじすぎるハヤトの力を抑えるために、おのれの魂の魔力で封印したのです。こんなに魔力がある子なんて、だれからも警戒されて敵視されますからね。だからお優しいあの方は、ハヤトの力を隠してくださったのですよ」


 カラウカス様の魂は、「私」が顕現したらすんなり魔力の封印を解いてくれました。うれしいことにあのお方も、私に味方してくれているみたいです。

 さて。

 では、言ってやりましょう。アイテリオンに今こそ言ってやりましょう。

 そうしたらこの人は、私のことを思い出すでしょう。


「それにしてもアイテリオン。あなたにはがっかり」


 きっと脳裏に浮かぶはず。あわれな魔力なしの、貧相なメニスの姿が。


『いらないなら殺してよぉっ……!』


 あの時。

 私は泣きじゃくりながら、わざとこの人を攻撃したのに。そうして反逆罪で処刑してもらおうと思ったのに。

 あなたは冷たく、私にこう言ったのです……。




――「こんなちんけな魔力しか持ってないとはな」




「……オ……キア?!」


 ああ。


 ああ。


 あああ!


 やりました。やりましたよ、ウサギ!  


「ごらんなさいウサギ! アイテリオンのこの顔を! 思い出しました! この人、私のことを思い出しましたよ!」


 なんて顔。なんて顔なの!

 鳩が豆鉄砲くらったような阿呆面。口をぽかんと開けて。目を見開いて。

 私を見てる。アイテリオンが私を見てる。涙をこぼしながら微笑する私を、紫の瞳に映してる……!


「やったわウサギ! 見て! ねえウサギ!」

「よ、よかったねアイダさん。ぎゅふ。き、きつい。腕きつい」


 ああ、感無量です! 私、この瞬間を、ずっと夢見ていたのです。愛するウサギと一緒に、この瞬間を迎えることを! 

 思い切って我が魂に改造をほどこした甲斐がありました。

 前世の記憶を保ったまま転生する――これは黒の技の応用でさほど難しくありませんでした。

 転生すると魔力が陪乗になる――これも人工魂と吸魂石の原理を応用しましたから、さほど苦労せずにできました。

 転生体の中で冬眠する――これが難しかったのです。転生体が「私」だと知れたら、ウサギは結婚どころか、普通に話すらしてくれないでしょう。だから私はわざとおのれが多重人格者になるようにしました。これは大変な作業でした。なぜなら、おのが精神を切り分けねばならなかったのです。

 でもそのおかげで……ああ、もう涙がとまりません。ウサギよ、私は今最高に幸せです!!

 さあ、世界を閉じましょう。にっこり笑って、アイテリオンに別れを告げましょう。


「さようなら……私を棄てた人」

「うわわ。鳥たちがアイテリオンと魔人たちを下に押し込んでくよ? なんてすごい勢いなんだ」


 あらまあ、アリスルーセルは、魔人たちも新次元に放り込むつもりですね。なんておそろしいこと。


「アミーケ! 鳥たちを退かせてっ。次元を閉じたら鳥たちも一緒に飲み込まれるっ……」 

――「ぺぺ、このままでいい! たむけだ! あいつらに話相手をくれてやる!」


 勝ち誇ったお顔。さすがですね。新次元に監視役兼調査団を送り込もうという腹づもりでしょうか。新次元と私たちの世界の疎通ができるかどうか、調べるおつもりなのでしょう。実に抜かりのないことです。

 では鳥たちはあのままで、振動箱を止めましょう。

 さあ、ウサギ。箱のそばへ来ましたよ。


「よし、アイダさん一緒に!」


 ええ。一緒に。


「箱の停止ボタンはこれですか?」

「うん! ねえ、この箱から鳴ってるアイダさんの歌声、ほんときれいだよねえ。うっとりしちゃう」

「ありがとう。あら、このボタンかわいい。ハート型なのですね」

「俺の気持ちだよ。アイダさんへの俺の……」


 え――?







 あ……ら? 

 私どうしたのかしら。地に横たわって。

 新しい次元は……閉じましたよね? 振動箱のスイッチを、二人で押したはず……。


「う……うん。新次元はちゃんと閉じられたよ」


 ウサギ? どうして、はらはら泣いているのですか? 私たち、アイテリオンに勝ったのでしょう?


「うん。勝ったよ」


 ではそんなに哀しい顔をすることはありませんよ。大団円、ですよね。


「で、でもアイテリオンが最後っ屁で光弾放ってきて……あ、アイダさん、俺をかばって……し、心臓打ち抜かれてっ……」


 あらまあ。だから胸がとても痛いのですね。


「あらまあ、じゃないよぉ! 大精霊ぽんぽん出してたくせに、どうして自分に結界張ってなかったんだよ?! しかもなんで俺をかばうの?! 魔人の俺を!」


 だってかわいいウサギに大穴が開くなんて、私の心臓が哀しみで吹き飛びます。


「冗談じゃなくてほんとにアイダさんの心臓が吹き飛んだんだよぉ!」


 どうか泣かないでください。たぶん大丈夫ですよ。最悪これで死んでも、大丈夫ですよ。記憶は保持されますし、また転生すれば、魔力がさらに倍になって生まれてこれますから。


「だめ! 死なないで!」


 引きとめてくださるんですか? 私はレティシアやハヤトとは別物ですよ? あのアイダですよ。あなた、私がこわくてたまらないでしょう? 


「そんなことない! 逝かないで! 俺、まだ言ってないっ。アイダさんに言ってない!」


 ウサギ。なぜそんなに血相変えて迫ってくるのです?


「あ、あ、あ、あ、愛し、てる……!!」


 え……? その言葉は……


「レティシアには何度も言ったよ。お師匠さまにすら言ったのに、アイダさんには唯の一度も言ってない。でもこの言葉、ずっと言いたかったんだ。ずっとずっと、アイダさんに言いたかったんだ。なのにひとことも俺の気持ちいわせてもらえないで、アイダさんたらひとりで勝手に島降りて死んじゃって……。それでまた俺を置いてくなんて、許さないからっ!」 


 ウサギ……。ピピちゃん……。泣かないで。

 ありがとう。これで本当にもう、思い残すことは……


「だめ! アイダさん!! 消えないで! アイダさんこそ俺の、俺の……」


 また会えますよ。私たちの魂は不滅です。

 きっとまた、ひと目でわかりますよ。


「だめええっ! 俺の、伴侶なんだからぁああっ!!!」





 ……お……? おや?

 なんだ? 腹がぬくいぞ。

 あれ? 腹の上でウサギが泣いてる。こいつは……


「ぺぺ?!」

「うぁああああん!!」


 ひ?! なんて泣き声だよ。ていうか、ここどこだよ。

 うわ?! 俺の周り、ウサギだらけ?! 


「大丈夫う? ヴィオ、すごく心配したよぉ?」


 これ、俺が集めたウサギたちか? なんでヴィオとウサギがここに……

 ひええ、あたり一面すっげえ廃墟。残り香的に漂ってる魔法の気配のすさまじいこと。肌がぴりぴりするわ。だれか大精霊召喚したなこれ。すげえ。だれよこんな、節操なくぼんぼん破壊活動こいたの。


――「おまえだよ」


 あ、エリク。って、おまえ大丈夫? 今にも死にそうにうっすら輝いてるぞ? 両脇から支えてるアミーケとフィリアがすっげえ心配顔だ。


「ちいっと無理しちまってな。近いうちにお迎えが来そうだわ」


 ええ?! 一体どんな無理をしたんだよ?!


「本調子じゃねえのに六翼の女王になって暴れたからなぁ。寿命かなりちぢんだわ。まあ、ピンクウサギの着ぐるみ頭のバカが暴走したせいだわ。つまり、おまえのせいだわ。勘弁しろって」


 え?! えええ?! 俺が一体何したっての?!

 ぺぺは、時の泉にぶちこまれたんじゃないの? いつ出てきたの? プトリちゃんまでいるじゃないか。なんでこんなところにみんなでいるのよ?

 俺、今まで一体どうしてたんだ? ぺぺが処刑されたのがショックで、ベッドに身を投げ出して泣き濡れて……それからずっともやもやと夢を見てたような気がするんだけど……。

 そんでさっき突然目の前に銀髪のお姉さんが現れてさ、起きろとかいわれて、平手打ちビシャッて夢の中でくらったんだよなぁ。あの人、ほんと絶世の美女だったわ。おかげで目が覚めた……んだけど。

 俺の目の前にはでっかい穴がある。どうやら神殿のような建物があったらしいが、その床がすっぽり抜けて、深くえぐれている。

 深く。深く。地の底にまで届きそうなぐらいに。その底は真っ暗だ。

 ここで何かが起こり、そしてどうにか落着したようだ。

 漂っているすさまじい魔力の余韻が、びりびりと空気を震わせて響きわたっている。

 それはまるで、歌のようだった。輝かしい勝利を、言祝ぐような……。


「戻ってよおおっ」


 え? ぺぺ、なんだって? 


「アイダさんに、戻って!! 今すぐ戻ってええっ!!」


 うわ、きたねえ。鼻水だらだら垂らして泣くんじゃねえよ。胸が濡れるだろうが。って俺の胸何これ。宝石が埋まってる? ぴかぴか点滅してるぞ。


「ぺぺがおまえに、自分のオリハルコンの心臓を与えたんだ。この場で緊急手術してやったのはこの私だが……まあ、適当に血管繋いだにしては、ちゃんと稼動しているようで何よりだ」


 アミーケが俺にペペの心臓を? なんてこった。心臓提供したペペは大丈夫なのか?! 


「アイダさぁああん! うぁああああん!」


 ひ。胸に大穴開いてるのに元気に泣いてやがる。魔人ってほんとすげえな。

 でもアイダって誰よ。おい、そんなにギリギリ俺を睨むなよ。戻れって、どういうことよ。


「こんなむさいおじさんはやだっ! 俺は断固拒否する!」


 俺だと? なんだこのウサギ、ちょっと見ない間にずいぶん柄が悪くなってるぞ。


「ハヤト! 今すぐアイダさんに戻れ!」 


 しっ……師匠に命令?! なんだそれは! なんて口のきき方だこいつ!


「銀髪がいい! 目は紫にして!  今すぐ腰の下まで髪伸ばせ! 百歩譲って赤毛の長髪でもいい! だがスズメの巣みたいな黒髪に不精ひげとか! おまえはダメだあっ!」


 な?! 弟子にダメ出しされるいわれはねえわ! このや――


「ぺぺ!? お、おい大丈夫か? こら、いきなり倒れるな! ぺぺ!」

「まあ、泣きたい気持ちはわかる。本当によくわかる」


 エリクを支えてるアミーケがしみじみとため息をついてやがる。

 つまりアイダってのは……俺とは正反対のもの? 綺麗な女、とかなのかぁ? と、ととととにかく!


「たのむ! ぺぺをなんとかしてやってくれ!」

「ああ、すぐに新しい心臓を造って入れてやる。その心臓とおそろいのやつをな」


 アミーケの言葉に俺はホッとして、意識を失ったウサギを抱きしめた。

 この毛ざわり。ほんと最高だ。やっぱりこのウサギは抱きがいがあるよ。

 きめこまやかな白いふわわふの毛。血統にアンゴラが入ってるのかな。

 しかしなぜだろう、心の中にはちきれんばかりに幸福感があふれている。

 なんだろうこれは。わからない。よくわからないけど……


「心臓、ありがとうな」


 俺はウサギにほおずりした。

 えもいわれぬ幸福な感覚が俺を包んだ。

 ふわりと、柔らかく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ