新世界の歌 9話 焼成
黄昏の空。暮れなずむ赤。日没の光。
エティアとメキドの国境を過ぎるとほどなく、ポチ2号は夕空を後にして地下へ潜った。
地下線路を走ってしばらくして気づく。王都までの道はこんなにうねうね曲がっていないはずだと。すると鉄兜のウェシ・プトリが、地下のあちこちに検問ができていると口を尖らせた。
「あたしたちの運送会社に監察官の査察が入ったの。それで地下の駅には大陸同盟の検問官が派遣されて、いちいちポチを止めて荷を調べるようになったのよね」
各駅停車は面倒くさいので迂回して駅を避けているという。アイテリオンは難癖をつけて妖精たちの運送会社を潰そうと目論んでいるらしい。営業事務所や組合にも査察官がわらわらおしかけているそうだ。
「でも大丈夫! あたしたち、負けない」
妖精たちがやっている事業はポチ関係だけじゃない。すでに大陸全土に様々な業種を手広く展開している。運送会社が解体させられても、他の会社が穴埋めできる。
懸念すべきは、アイテリオンがどこまでプトリ家の規模を把握してるかだ。山奥の国の拠点を潰されたということが気にかかる。本拠であるエティア王宮そばの潜みの塔。妖精たちの出生場所だけは絶対に知られてはならない。
「あれ……兄弟子様?」
ぎゅうぎゅうづめの運転席がきつすぎたのか、兄弟子様がしゃがんで胸を押さえている。
「ああ、大丈夫だ。ちっと目眩がしてな」
今ならよくわかるが、白胡蝶の毒は相当にきつい。兄弟子様を襲った時、アイテリオンは本気で殺すつもりだったんじゃなかろうか。ヴィオの介入がなければ兄弟子様は危なかったと思う。この人、もしやアミーケを救うために療養半分で動きだして、無理してるのか?
「おいおい、そんなこわい顔で睨むな。大丈夫だって」
やっぱりそうだ。かばっている胸に痣のようなものが見える。少しでも具合悪そうにしたら、すぐに培養カプセルに突っ込もう……。
王宮近くの駅で俺たちは一度だけ検問を受けた。中味はただのウサギ。しかもこの国の摂政たる兄弟子様が護国将軍フラヴィオスのために取り返してきたものだというと、検問員は一発で通過と駅での荷降ろしを許可してくれた。
「しかしものすごい数ですな」
「千はいるんじゃね?」
「これをどうやって王宮まで?」
「降ろす前に検疫するからしばらくは駅どまりにする。王宮に変なものを持ち込んだらいけないだろ?」
ウサギを駅に留めおいて、俺たちは王宮へ登った。魔人ペペがウロウロ姿を見せてはまずいので、俺はウサギの姿のままでいた。この姿ならばヴィオは狂喜する、と踏んだのだが。護国将軍の姿は玉座の間にはなかった。
焼け焦げた壁面の間に置かれた玉座の周囲には、どろっとした目つきの廷臣たちと大陸同盟から使わされた監察官たちがずらり。廷臣たちはアイテリオンの白胡蝶にでもやられたのか、軒並み生気がない。王宮での政は、すでに監察官たちに見張られた廷臣たちの手に委ねられていた。その筆頭は、ロザチェルリ。革命軍の摂政ロザチェルリの弟で、貴族連合に寝返り、王宮門でトルに蒼鹿家の要求を突きつけた奴だ。
トルナート陛下とサクラコ王妃はどこかと兄弟子様が尋ねると。ロザチェルリは頭も下げずにさらっと返した。
「今朝方、東の離宮にお移りいただきもうした」
「王宮から移された?!」
「両陛下におかれましては、お世継ぎ作りに励んでいただくことになりましたので」
監察官たちは、すんなり王宮に入れてやっただけでも感謝しろといわんばかりの態度。廷臣の筆頭ロザチェルリは、どろんとした目でぶつぶつつぶやくように兄弟子様に奏上した。隣につっ立つウサギ頭の奴には、怪訝な顔で一瞥しただけ。幸いにも我が師とはばれていないようだ。
「さらに護国将軍閣下はつい先日、メキド軍を大陸同盟の監察官にゆだねまして、ご自身は日々王宮にて研鑽を詰まれておられる」
メキドを完全に獲った暁には、ヴィオを魔王にして、メキドを拠点に大陸中に惨禍をまき散らす。アイテリオンの目論みはそんなところだろうか。
「勝手なことをするな! 陛下を王宮に戻せ!」
「なれど国の後継をもうけるは、君主の一番の責務でございますゆえ。こればかりは我らでは肩代わりできぬ、最優先の国事にございます……」
ロザチェルリの顔はなんだか不満げだ。監察官たちに言わされているといった風がありあり。目論み通りではなく不本意、といったところか。
摂政の兄弟子様は歯軋りした。廷臣どもは、国王陛下から執政権を委任されたとの一点張り。兄弟子さまと我が師は、その地位にあれど執政権停止という非常に屈辱的な立場に置かれているという。
「なにしろ摂政のお二人は名ばかり。動けぬ状態で何もできぬのでは、我々が担うしかございますまい」
「動ける状態で何でもできるようになった。執政権を返せ!」
「国王陛下と大陸同盟、双方のご命令と認可が下りませぬとお返しはできませぬ」
トルの勅令はたちどころに下りるだろうが、問題は大陸同盟。アイテリオンが仕切っているから、むろん認可など下りるはずはない。
幸いなことに六年前にファラディアとの会戦で棺に封じられた魔人たちは、アフマルらメキド解放戦線の妖精たちが隠している。それで大陸同盟の査察官たちの手中には落ちないで済み、かろうじてアイテリオンが兄弟子様の交渉に乗ってくる状況を作ることができている状態だ。
そうでなければ、万事休すだったろう。メキドは官も軍も大陸同盟に押さえられたのだから。
蒼鹿家の蹂躙を待つばかりの体勢にされたメキドを救うには、大陸同盟をどうにかするしかない。
「アステリオン殿はともかく、アスパシオン殿にはとても執政権をお返しすることはできますまい。メキドを捨てて他国で遊園地経営に走るなど、わけがわからぬ。気狂いもはなはだしい」
「……今、僕のお師匠さまをひどく侮辱されたような気がしたのですが?」
「ぺぺ、その右手を即刻おろせ」
ロザチェルリの愚痴を聞いて、ウサギの着ぐるみをかぶった我が師が右手を突き出し韻律を唱えようとする。「我が師のために生きるキモぺぺ」なので、アスパシオンの悪口をいう奴はこの世から抹殺しようという勢いだ。ここで韻律戦など始めて強引に政権を奪取しようものなら、相手の思う壷。執政権停止じゃなくて剥奪追放になるどころか、大陸同盟が連合軍をメキドに送り込んで完全制圧する大義名分を与えてしまう。
「ぺぺ。俺の言う通りにしろ。それがアスパシオン様のご遺言だぞ」
ウサギ頭のキモペペがしぶしぶ引き下がる。ぐっと不満をこらえる俺たちに、ロザチェルリはふてぶてしい顔つきのはげ頭をもそっと下げてきた。
「摂政殿は当面の間、護国将軍様のお相手をなさってくださいますよう」
護国将軍は王宮内で遊び呆けているようだ。ロザチェルリは俺たちにも「なにもするな」と言いたかったのだろうが、お言葉通りに俺は受け取ることにした。
ありがたくヴィオの相手をさせてもらおう。
気負って玉座の間を出たとたん。赤毛の妖精たちが数人、俺たちの前に現れた。
「摂政さま! ヴィオがフィリアさんを……!」
「すごい魔力で部屋を閉じられて、侵入できません!」
フィリアに禍が及ばぬよう、兄弟子さまは妖精たちにこっそり警護を頼んでいたらしい。だが火急の事態が起こったようだ。急ぎヴィオがいるという部屋に案内されれば、びっちり韻律でふさがれた扉が俺たちの前に立ちはだかった。
「フィリア!」
たちまち、兄弟子様の右手がまっ白に燃え上がった。
燦然と輝く太陽のごときに。
兄弟子様の渾身の魔力解放で扉が開け放たれるなり。部屋の中から凄まじくきつい甘露の匂いが襲いかかってきた。フィリアはこの狭い一室に監禁され、見るも恐ろしいことになっていた。
寝台に縛り付けられていて、ヴィオがその体の上にのっかっている。ヴィオはすっぽんぽんでえび反りになり、恐ろしい悲鳴をあげている。その腹の部分から、今まさに白い玉が排出されようとしていた。
あの、変若玉が――。
「やめろヴィオ!!」
後足で思い切り踏み込み、俺はメニスの少女からヴィオを蹴り飛ばして取り除いた。
危なかった。もう少しで魔人にされるところじゃないか!
怒り狂う兄弟子さまが、どういうつもりだとヴィオの胸倉を掴む。
「このクソメニス! 何してやがる!」
「だってえ、フィリアはヴィオのだもんんん!」
四肢を鎖で繋がれたフィリアは正体なくぐったりしている。一糸まとわぬ姿なので思わず目をそらしたけど、幸いそのまっ白な体には何も突き刺さっていなかったので、安堵の息が出た。しかし寝台に四肢をつないで監禁……ってアイテ家の血を引く者の習性なのか? こわすぎる。
兄弟子さまにひっつかまれたヴィオは、六年前に方舟で見た姿とは変わり果てていた。羽化に失敗して髪の毛は鳶色から銀髪に。瞳は菫色から紫色に変じている。甘露のきつさに目眩しそうだ。オリハルコンの血潮に守られていなかったら、俺は立っていられなかったかもしれない。
「うあ? きゃぁああ♪ ウサギさん! ウサギさんこっち! あそぼぉ!」
「こら! なにいってんだおまえ! まだ話は終わっちゃいねえだろ?!」
「ウサギさぁんったらぁ」
兄弟子様に責められているにもかかわらず、きゃはははと異常な笑い声をあげ、俺を手招きするヴィオ。目は爛々と光り、口元は始終ゆるんでよだれが垂れている。
ヴィオが羽化に失敗したのは十中八九、メニスの里にいたときに魔力覚醒を促す薬を飲まされていたからだろう。つまりヴィオの羽化失敗はアイテリオンの折り込み済み。きっとこれで「魔王覚醒状態」になってるんだと、俺は気づいた。かつてソートくんと一緒に倒した魔王に容姿も精神状態もそっくりだから、きっとそうだ。
「ねえ、ウサギさん、あそんでえ」
一点に長く定まらないまなざし。ケタケタという不気味な笑い声。見れば見るほど、ぞくりとする……。
「おじさんでもいいやぁ」
「うっ、こらやめろ! 触るなこら!」
兄弟子様にべたべた接触するヴィオ。気持ち悪いぐらいその手が淫靡な動きをする。腰を妖しげにしならせ、ヴィオはにたりと口元をひきあげて衝撃的な言葉を口にした。
「ねえ。こうび。こうびしよ? ヴィオ、子供うまなくちゃいけないの」
なんだって?
呆然とする俺。兄弟子様。無言で突っ立つウサギ頭な我が師。
「いっぱいいっぱい子供うみなさいって、パパがいってたの。だからヴィオ、こうびしないといけないのぉ」
「お、おいなんだこれ……」
兄弟子さまは口を開けて絶句。子供を産め? アイテリオンは……ノミオスとは違う方式でヴィオを利用するつもりか?
「まさか、魔王を増産させようっていう腹積もりなのか?」
べたべたすがってくるヴィオの接触攻撃をなんとか払いのけつつ、兄弟子さまが朦朧としているフィリアを毛布でくるんで抱き上げる。するとヴィオは烈火のごとく怒った。
「ヴィオの! ヴィオのフィリアにさわんないでえええっ!」
びいびい抗議するヴィオを、俺はだんまりの我が師に取り押さえさせ、甘露むせぶ部屋から引きずり出させた。
「おい、まさかおまえ! フィリアを襲ったんじゃないだろうな!?」
「そのつもりだったのにいっ。じゃまするなんて、ひどいいい」
「な……んだと!?」
真っ青になってヴィオにつかみかからん勢いの兄弟子様。
フィリアはすでにメニスの混血の成体になっている。両性具有だから、ヴィオが彼女を父親として求めることは可能だ。うう、ほんとに危ないところだった。
「ヴィオが他の人に手を出してないか調べた方がいいですね。フィリアを一番気に入ってるようですけど、なんだか相手は誰でもいいみたいな雰囲気ですから」
「おい、むかつくぐらい冷静だな。もしかしてぺぺ、もう童貞じゃなくなってんのか?」
兄弟子様は歯を剥きだし、こちらにも怒りのとばっちりをふっかけてきたが。俺の答えにたちまちたじろいだ。
「そんなもの何百年も前に卒業してます。俺、結婚して奥さんいましたよ」
「えっ?! こ、子供は?」
「残念ながらそれはできませんでした」
「それ……やることやってたか?」
「やってましたよ!」
「そ、それフィリアに言うなよ? 絶対言うなよ?」
「え?」
「な、泣くぞ? この子おまえが好きなんだからな? いいな? 黙ってろよ?」
「ええっ?!」
ヴィオの世話に夢中になっていたから、俺のことはもうどうでもいいんだろうなと半ばあきらめていたけど。
「フィリアはな、自分はヴィオの母親、おまえが父親っていう感じで見てるんだ。だから……頼む」
レティシア。ごめん、レティシア。男ヤモメになって八十年、一瞬心が揺らいだよ。なにしろフィリアは俺の右手を作ってくれた人だ。大恩がある。だがフィリアはともかく、ヴィオが自分の子供ってのは絶対に遠慮したいところだ。
「わかりました。フィリアには結婚歴黙ってます」
糖蜜水に、羽の団扇のそよ風。風通しの良い部屋に移され、兄弟子様の看病を受けたフィリアはようよう、目を覚ましてくれた。ウサギ姿の俺を見るなり彼女は体を硬直させ、それからどっと菫の瞳を濡らして俺を抱きしめてきた。
「ぺぺ! ぺぺ! あなた、無事に助けられたのね!」
甘露の匂い。なんだかとても懐かしい。何百年ぶりに、会えたんだろうか。
やっと再会できて素直に嬉しい。でも俺は、今だに奥さんひと筋だ。いずれフィリアに打ち明けられればいいんだが……。
涙にむせぶフィリアの腕の力はとても弱々しかった。兄弟子様に続いて容態が心配な人がまたひとり。フィリアも様子が悪くなってきたら、すぐに培養カプセルに入れられる手はずを整えておこう……。
こうして俺たちはなんとかヴィオを取り押さえ、ウサギを返してやるからと宥めすかして我らが陣営に引き入れた。俺――ウサギのピピが同盟を申し入れたら、しなを作るヴィオはあっさりうなずいてきたのである。条件付で。
「いいよぉ。こうび、してくれるなら」
……。
「いや、俺ウサギだから。無理」
「えーっ」
「そうだな、俺におまえのウサギ軍団を任せてくれるんなら考えてもいいぞ」
「ちょっ、ぺぺ!」
「ほんとぉ? じゃあそうするぅ。さっそくこうびしよぉ。こうび」
「おう」
「お、おいはやまるなぺぺ!」
「ほら、これ咥えろ」
「なにこれ?」
侍従たちに部屋に運ばせた菓子の山から、長いチョコの菓子棒をつまみあげてヴィオの口に放り込む俺。その細い端っこを俺も咥える。
「そっちから喰え。俺もこっちから喰う。鼻がぴったんこついたら、こうび終了だ」
「ふええええ。ほれで、こどもできふの?」
「できる。これがウサギ流のこうびだ」
「ふえええ。そうなんだぁ!」
やっぱり。こいつ、口先だけで「こうび」に対してまるで知識がない。た、助かった! 甘露を押さえれば、他の人に対しても人畜無害にできるぞ。
ぽかんと口を開ける兄弟子さまと目を丸くしているフィリア。しかし我が師はだんまり無言。ヴィオにウサギを返すという話を聞いたので、もしかしたら怒ってるのかもしれない。
この護国将軍との同盟締結を経たのち。俺たちはメキドの王宮にて、アイテリオンとの交渉を開始した。交渉中は大陸同盟の監察官がつきっきりで耳をそばだてていたので、兄弟子さまも俺も必要なこと以外はだんまり。
アイテリオンは即座に反応してきて、一週間後に封印された魔人たちと灰色のアミーケを、大湖マリオティスの真ん中にある古城で交換することとあいなった。
引き渡される魔人は俺、俺の面倒をよく見てくれたカルエリカさん、それからマルメドカくんの三人。
アイテリオンは会戦で封じられた五人と俺の六人全員を要求してきたが、アミーケひとりを贖うのにその人数は多すぎるだろう、と兄弟子様が強硬につっぱねた。
一週間後の交渉に備え、俺たちはそれまでにそれぞれやるべきことを成した。
ヴィオと我が師は、喧嘩しあいながらポチ2号に入っているウサギの世話を。
兄弟子様は、アフマルたちが厳重に国外に隠している魔人の棺のもとへ行き、棺を開いて魔人二人にオリハルコンの心臓を植えつけ、アイテリオンの呪縛から解放した。棺の中で眠らせたままで、だ。
俺は単身、東の離宮にいるトルとサクラコさんのもとへ赴いた。
両陛下は厳重な警備のもと離宮に軟禁状態であったので、俺はウサギの姿でこっそり侵入しなければならなかった。
しかし白亜のその宮はかつて戦火で焼けた王宮よりも格段に立派で、焦げ跡も崩れているところなども少しも無い。そして頼もしいことにケイドーンの巨人傭兵団がそっくり移ってきていた。
サクラコさんが何人も入れぬと目を光らせている執務室。そこで密書を書いていた陛下は、窓に貼り付いているウサギな俺を見つけて筆をひたと止め、すぐに中に入れてくれた。
「アスワド!?」
「トル……! 大丈夫か? 無事か?」
「大丈夫だよ。幸いまだ、王統廃止の動議は出ていないからね。メキド解放戦線の人たちを通して、貴族たちと連絡を取り合ってる。エティアや他の国々に働きかけてくれるよう頼んでるところだ」
さすがのトルはやはりへこたれてなどいなかった。地方貴族たちに武装蜂起など起こさぬようにと呼びかけ、大陸諸国宛ての密書を書きまくっていた。大陸同盟はアイテリオンの意のまま。しかしこっそりあまたの国に取引や援助をもちかければ、メキドから監察団を引くよう訴える動議に賛同票が出ると読んだのだ。
「それにしても君はアスワド……じゃないみたいだね。もしかして……『おじい』って呼ぶべき?」
トルはウサギの俺を愛しげに抱き上げ、しげしげと眺めた。
「傀儡の王になりかけたのを逃れ、晴れて名実共にメキドの王となった時。僕はメキド解放戦線の妖精たちから、メキド王にのみ伝えられるという機密を聞いた。この国には不死の守護神がいると。その人は『おじい』と呼ばれていて、しかもウサギに変じることができるという。でもその人は革命のときに僕の命を助けてくれたものの、天の方舟に封じられているんだと。そして昨日……妖精たちが嬉しそうに伝えにきてくれた。『おじい』は、方舟から帰還してメキドに入ったって。君が……そうなんだね?」
「ただのウサギだよ」
俺はぽそりと、トルの腕の中で呻いた。
「トルの足を引っ張った、馬鹿なウサギ」
「『おじい』は樹海王朝以前からいると聞いている。つまりアスワド……君は時間をさかのぼったんだね? そしてずっとメキドの地を守ってくれた。『おじい』は新しく王が即位したら必ず、継承祝いの祝福の言葉をくださると聞いたけど……もしかして、それを言いに来てくれたの?」
うん。そのつもりだった。
でも俺の口から出たのは……。
「……俺がファイカで失敗しなかったら……ごめん……ごめん……!」
「この世界の時間軸はたったひとつだと聞いた事がある。未来から干渉しても、過去を変えることはできないと。もし君が時の泉に放り込まれなかったら、たぶんチェルリの王統はできなかったし、僕は生まれてこなかった。どうして君を責められる? 君は、僕を生み出した人だというのに」
やばい。やっぱり涙出てきた……。
俺、この瞬間をずっと期待してた。ずっと何百年もこの時を夢見てた。トルに再会して、許しの言葉を聞く時を……。
トルはニッコリ微笑んでウサギの俺を抱きしめてくれた。
「ありがとうアスワド。大好きだ」
トルはガルジューナを貸すと申し出てくれたが、俺は固辞した。トルとメキドを守るために緑の蛇は必要不可欠だ。万が一俺の作戦が失敗し、ヒアキントスの肝いりの蒼鹿家や連合軍が攻めてくるような事態にでもなったら、緑の蛇に護国を頼るしかない。だからそのまま離宮近くの地下道に置いてもらった。
トルに絶対無事に戻ると約束し、俺はそれから妖精たちが隠し持っている鉄の竜で天の島へ飛んだ。
俺がずっと住んでいた八番島ではなく。三番島へと。
「アイダさん。俺、ついに自分で作る時が来ちまった」
ソートくんがかつてやって来て作業したであろう三番島作業所。そこで唯一、義眼に付加できる機能。
それは、魂を吸い込む破壊の目。
俺は七日七晩徹夜して、赤い義眼を焼成した。そういえば俺が作った、時間停止機能がある義眼。あれは……レモンがそのまま持っているんだろうか。あとで確認しよう。俺が嵌めてたものも、トルのために修理しよう。敵地から帰ったら。そう、帰るんだ俺は。また、メキドに。
力の限界値はつけない。たった一度の勝負に使用する奴だから、手加減なんてしない。メニスの王アイテリオンを倒すには、この力が必要だ。
こいつを突きつけるんだ。アイテリオンに。
自分の子供たちを道具にするあいつを、俺は絶対に許さない――!
俺は一心不乱に、三番島にしかない材料――吸魂石で義眼の神経板を作りあげた。
慎重に。慎重に。
憎しみと、願いをこめて。




