表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/104

新世界の歌 7話 着水

 レモン。レモン。

 その魔人は俺だ。頼むから、妖精たちに伝えてくれ。

 その魔人は、我が君アイテリオンに、利用される――

 

 ハッと目を開ける。俺にとってはまた、まばたきする一瞬の間。

 今度は、一体どれぐらい経った?

 レモン、教えてく……

 レモン?!

 いつも俺の目の前にいた少女。数えてなかったけど、たくさんの口づけをしてくれた少女。その子の姿が、ない。

 一体どうした? あの子に何があった? 

『ずっと一緒よ』

 そう言っていたあの子はどこだ?

 やっと自由になったというのに、俺の頭はそのことだけで満たされた。

 アイテリオン様にまっさきに呼びかけるべきなのに、俺の口はレモン! と叫ぶ。しかし声は、出ない。方舟の中は今や真空。音波が伝導しない空間に成り果てているからだ。

 割れている天蓋。漂うおびただしい瓦礫。星空がかいま見える割れ目が一層広がっている。

 眼下の樹木はすっかり枯れて、灰色の世界。中央に建つ白い建物は無事に在るが……娘はそこにいるだろうか。

 翼を動かしてみるが、気体がないので全く飛べない。黒ずんだ体はすっかり凍りつき、思うようにならない。真空では音波が伝わらないから、韻律は使えないだろう。

 木々に繋がれた鎖を手で手繰り、地に降りて倒れた木々にとりつく。そこで鎖をちぎる。幹から付き出た枝をつかんで伝い、なんとか白い建物へたどりつく。

 建物の突起を手がかりにして屋内に入ると、爆発した後のような光景にでくわした。奥の壁が一部なくなり、建物の裏手に大きな穴が空いている。あたりには、いろんなものが散乱して宙に浮かんでいた。

 金属の箱。ひからびた果実。凍りついた毛布。やけこげたような巻物。枯れた植物の植木鉢。たくさんの瓦礫。そして――金属の寸胴な筒のようなもの。


 レモン!


 近づいて手を伸ばす。

 金属のヘルメットの一部分が割れている。まずい。いつからこの状態だ?

 うすいギヤマン加工の膜のむこうにみえるまぶたは、閉じている。


 レモン! レモン……!


 ギヤマンの膜がほんのりくもっている。まだ中にはうっすら空気が残っているようだ。背に負っている酸素ボンベも無傷だが、たぶんヘルメットから漏れでて、残量はほとんどないはず。

 何者かの攻撃ではなさそうだ。起きたのは突然の事故? 

 空気と共に物品がだいぶ流れ出している。幸いなのは、レモンがたぶん俺の封印が解ける兆候をみてとって、金属服を着込んでいたこと。そうでなければ一瞬でこの子は……。

 俺はおのが翼で金属服の娘を包み込んだ。ほとんど残っていない空気を、大きな白い羽毛で何とか食い止める。

 下界と連絡がとれる機器はどれだ? 緊急の救難信号をだして救助を頼まないと……

 これか!

 壁際に付き出た卓状の板にとりつく。

 だが、その瞬間。


 ずきり。


 青い宝玉がはまった胸が、ひどく痛んだ。宝玉が、点滅している……。


『おお。おまえは……』 


 するとすぐに、俺の脳に我が君の声が響いてきた。


『ペピ。私の魔人、ペピですね。どこにいるのです? どこに封印されているのですか?』


 青い宝玉が俺の主人に信号を送ったらしい。 


『ペピ。魔人が足りず、私は危険にさらされています。おかげでメキドと交渉をする羽目に……早く、私の元に戻ってきなさい』


 俺は。俺は……善き魔人、のはず。なぜ敵の娘を助けている? なぜ……

 くそ!


『はい。アイテリオン様』


 そう答えたものの。俺の銀色の右手は、俺の心の底の意思通りに動いた。卓状の操作盤に触れ。震えながらも、信号を打ち込む。 


 Adiuvate!(助けて!)


 神聖語の文字を、何度も打ち込む。


 Adiuvate! Adiuvate! Adiuvate!


『ペピ』  


 我が君。


『ペピ。わがもとへ……』


 我が君。俺は。


『すぐに飛んで来るのです』 


 俺は……悪い、魔人、です……。

 体が震える。主人の命令に従って、白い翼を広げようとしている俺がいる。

 だめだ。そんなことをしたら、レモンは死んでしまう。

 こらえろ! 

 羽を広げてはいけない。主人の声を聞いてはいけない。

 耐えろ!

 いけない。いけない。だめだ。開くな。開くな。どうか。俺の翼よ。

 開かないでくれ……!!


『ペピ』


 銀の右手で我が胸をつかみ、念じる。

 うるさい。黙れ――!! 

 しかし翼は開いていく。ゆるりゆるりと、開いていく。一本一本握りしめた指をこじあけるように、白い羽毛が金属の筒服から離れていく。凍った俺の両まぶたから何かが出てくる。

 頼む。やめてくれ。俺は。レモンを。失いたく、な……――!

 




 しゅこーっ

『なんてきれいな結晶……』

 しゅこーっ

『中におじいちゃんがいるはずよ。耳には、マイクが入ってるわ』

 しゅこーっ

『覚醒させられる? ターコイズ』

 しゅこーっ

『たぶん』


 あ……

 

『でもこの結晶の塊を崩さなきゃ』

『ものすごいわね。まるで水晶の森みたい』  

『翼の羽毛が変化したみたいね。一面真っ白だわ……おじいちゃん、すっかり彫像みたくなってる』

 

 妖精……たちの声? 呼吸音と一緒に、若い女の子たちの会話が聞こえてくる。ああ、目の前に何かがいる。金属の筒服……ひとりじゃない。幾人もいる。救難信号を受けて、来てくれたのか?


『ひ! 結晶の中のおじいちゃんが、目を開けたわ』

『気がついたの?』

――『いーからどいてどいて。ほー? へー? うーん。顔黒いけど、じじいには見えねえぞ?』 

 

 ?! 男の、声?

 

『摂政さま、結界を張って』

『えー。ここ真空だからムリ。ターちゃんがほっぺにチュウしてくれたらなんとかする』

『……それなら結構です。私が酸素出して擬似結界装置作動させます。アメジスト、救急テントはって』

『ターちゃんごめん! 俺様が悪かった! お願いだから結界張らせて』

『ちっ』


 しゅこーっという呼吸音と共に吐き出されたターコイズの舌打ちとともに、大きな青い幕が拡げられた。特殊な織物なのだろう、てらてら光っている。 

 しゅうううううう

 幕の中でターコイズが抱えている大きな箱が開けられたとたん、すさまじい音があたりに響く。気体発生装置らしい。みるまにあたりに物音がたつ。

 ちりちりぶつかりあう破片と瓦礫。しゅこーっしゅこーっと金属服からでてくる呼吸音。ぶすぶすめりめり広がっていく、青い幕。いまや幕はパンパンにふくらんで、俺たちはまあるい風船の中にいるがごときだ。


『ヘルメット外していいですよ、摂政さま』

『ほんと? 外したとたんに、ひでぶ! とかなんない?』 

『私たちが総力をあげて製造したオキシジェンタは、地上の空気組成とおなじ気体を出します。ですから、残念ながらそんなことにはなりません』


 残念ながらってどういうことよ? と愚痴りながら、目の前にいる金属筒服の者がひとり、すぽりとヘルメットを外す。

 とたんに俺の胸の宝玉が、ひどく高鳴った。なにこの人。見たことある。いや、よく知ってる……

 何ヶ月も櫛を通してなさそうな、ぼさぼさの髪。無精ひげが伸びた顎。その口から、なんとも美麗な歌声が出る。たちまち降りてくる、魔法の気配――。

 その人は。筒服の先から付き出ている右手をかざし、結晶越しにニヤリと微笑みかけてきた。


「やあ、魔人さん」


 



「俺様が来たから、もう安心だぞぉ。今助けてやるからな」


 その人は任せろとばかりに、がっしんと金属の筒服を叩いた。


『摂政さま、急いで下さい』


 ターコイズがいらいらと気体発生装置の箱を見下ろす。長時間噴出させられるものではないようだ。

 へいへいとうなずき、黒髪の人は俺に向かって右手を突き出した。そのむさい顔に似合わぬ清廉な歌声とともに、右手の先が煌々と輝きだす。

 なんて魔力だ。結晶に覆われている俺の頬に、その韻律波動がびりびり伝導してくる。

 みき、みき、と分厚く白い塊に亀裂が入り。ぼろりと外れ、ゆっくり俺から離れていく。筒服に包まれたレモンの姿があらわになるなり、妖精たちは一斉に安堵のためいきをついた。


『レモン!』『おじいちゃんが護っていたのね』『よかった……!』

「さあて。妖精さんを保護したら本番だぞ」 


 もう何百年も会っていないから忘れかけていたけれど。この人は……。


「じゃじゃーん。俺のいとしのアミーケが作った、魔人解放装置っ。ぺぺがアイテリオンに操られてるって気づいて、俺様が温泉地に療養に引っ込んでたときにさ、急いで作ってたんだが……。残念なことに間に合わなかったわ」


 哀しげに語るひげぼうぼうの人。その左手には、まっ白に輝く宝玉がある。


「この魔人も、これでメニスの王の支配を受けなくなる。自由になるぞ」


 ひげぼうぼうの人は、あらわになった俺の胸の青い宝玉の上に、白い宝玉を重ねて韻律を唱えた。するとずぶずぶとその玉は青い宝玉の中に沈んでいき、中でぐるぐるととぐろを巻き始めた。まるで、銀河の渦のように。


「オリハルコンの人工心臓だ。ルファの義眼のでっかい版って感じかな。浸透性がある流体金属をまぜこんでるとかなんとか、アミーケが言ってたわ」


 オリハルコンの心臓。そういえば……まさにそんな心臓をもつ魔人がいた。メニスの王に支配されない、自由な魔人。メイテリエ……。


「さすがアミーケだよなぁ。俺の前世のダンナは、やっぱり最高の灰色の導師だわ」

『おじいちゃんが動いたわ』『しっかりして』


 カッと目を見開いた俺は。


「うあああああっ」  


 胸を押さえて悲鳴をあげた。胸を襲う恐ろしい激痛。めきめきと体内に何かがいきわたって浸食されていく感覚。


「心臓が体内で展開しはじめたんだ。じきにオリハルコン入りの血潮が流れるようになる」


 ああ、俺も……メイテリエのようになるのか。

 自由な魔人。我が君にとっては、とても悪いもの。存在してはいけないものに、なるのか。胸の青い宝玉が抵抗する。ぼうぼうと燃えて侵入してくる真っ白い光を消そうとしている。きらっきらっと煌めくたび、俺の全身に痛みを放ってくる。


「ぐああああ! うあああああ!」


 空気の幕を破られては大変と、七転八倒する俺を金属筒服の妖精たちが押さえつけてくる……。


「大丈夫だ。じきに楽に……あれ? なにその銀色の右手。見たことあるわ。ちょっと……」


 髭ぼうぼうの人の驚きの貌。


「おまえなんでそれをつけてんの……」 


 あんぐりと開かれていく口。


「もしかしておまえ……」

「あああああああ!!!!」


 びきびきと音を立てて縮んでいく俺を。髭ぼうぼうの人は呆然とみつめてつぶやいた。


「ぺ……ぺ?!」 





 ぴ。ぴ。ぴ。ぴ。

 機械的な鼓動が聞こえる。うっすら目をあけると。俺はまだ、青い風船のような幕の中にいた。周囲には、金属筒服に身を包んだ人たち。暴れていた俺の手足をまだ抑えている。


『……大気圏突入しました!』


 耳に入っているマイクから、ターコイズの緊張した声が聞こえる。


『方舟、成層圏に入ります』

『着陸場所は海のど真ん中にしろよ』

『はい、摂政様。でもよくこの方舟の操作方法をご存知でしたね』

『この方舟タイプの星船、なんだか懐かしいよ。俺さ、よくアミーケとお忍びデートしたわ。宇宙で逢瀬ってロマンチックだよほんと。俺たち、よくお月様にいって遊んだもんよ』 

『神獣ルーセルフラウレンが創造者ルーセルと相思相愛だっていうのは、有名な話ですけど……』

『統一王国の時代には、まだ星船がたくさんあったからねえ』


 方舟は、地表へ向かって落ちているらしい。いや、妖精たちに操作されて落とされているらしい。髭ぼうぼうの人はまたヘルメットをかぶっている。

 一瞬、あたりがカッと赤くなった。

 恐ろしい勢いと速さの降下で、方舟が燃えているようだ。べきべきとすさまじい亀裂音もする。


『ち……さすがにもたねえか?』

『落下速度が速すぎるみたいです。ばらばらにならないか少々不安ですね』

『仕方ねえ、俺様が外に出て支える』

『摂政さま……六翼の女王! お待ちを!』


 ターコイズが叫ぶ。髭ぼうぼうの人が外に出るや。カッとまっ白な輝きが屋内に差し込んできた。


『ああ、変身しちゃった』

『まかせましょう。ルーセルフラウレンは神獣。その力を今も発揮できるのなら、この方舟の飛散を防いでくれるわ』


 恐ろしい重力がかかってきた。思わずがふっ、と息を吐く俺の背を、アメジストが擦る。


『おじいちゃん……具合はどう? 見てのとおり、ルーセルフラウレンとその創造主が、黒の導師様と一緒にメキドに落ちてきて、トルナート陛下のお味方になってくださったの。おじいちゃんそっくりの魔人も、メニスの女の子もよ。みんな、メキドのために尽くしてくれてた』 


 ヴィオもメキドの森で偶然巨人妃のサクラコさんに繭の状態で拾われて、トルナート陛下の宮廷に保護されたそうだ。

 でも、とアメジストは声を詰まらせた。


『あのアイテリオンが……ヴィオの居所をついにかぎつけて、自らメキドの宮廷に乗り込んできたの。私たちがひどく警戒していたから、アイテリオンは猫をかぶって自分では何もしてこなかったわ。でも、おじいちゃんそっくりのぺぺさんが、こっそり操られていて……』


 ごおおおおおと、すさまじい燃焼音がする。あたりがまた真っ赤に燃え立つ。

 青い風船のような幕が燃え尽きる。だがその内にある結界は強固で、俺と妖精たちを護ってくれた。


『ぺぺさんは、永世中立国のファイカで蒼鹿家の使節団を殺してしまって、永久凍結されてしまったの。そのとたん、アイテリオンは本性をあらわして、ヴィオをメキドの護国将軍にして、大陸同盟に声明を出したのよ』


 メキドは国際法を無視する蛮国。メニスの王が、大陸同盟の名の下に後見し、管理する―― 


『大陸同盟は賛成多数でその声明を採択したわ。メキドは、アイテリオンの後見を受けて、「善き国」に変えられる……』


 これは、乗っ取りだ。

 メキドは鉄壁。再三攻めて滅ぼせなかった。だからアイテリオンは内から侵食してかの国を手に入れたのだ。

 俺は目を閉じ、記憶を掘り起こした。大陸諸国に非難させるために。メキドを失墜させるために。アイテリオンは、俺を利用した……。

 意識が澄み渡る。オリハルコンの血潮のせいだろうか。何もかもよみがえってくる。何もかも……。


「大丈夫だ、みんな。メキドを好きにはさせない。俺とアイダさんは……そしてソートくんは……」


 方舟の中が今一度。カッと赤く輝いた。


「この時のために、おまえたちや、いろんなものを……作りまくってきたんだ!」    





 ごおごおと落ちていく方舟は、白い羽毛をまき散らす六翼の女王が支えてくれたことにより、四方飛散することなく海面に不時着できた。

 落ちた場所はエティア西南部の港町の沖。港町にはすでにジャルデ陛下が手を回して、救護部隊を派遣してくれていた。


「くう……ちょっときつかったわー」


 岸辺に上がった美しい六翼の女王が、こきこき肩を回す髭ぼうぼうの兄弟子さまに戻るなり。俺も妖精たちも、とても微妙な顔つきになる。なぜ兄弟子さまは生まれ変わって、こんなむさいおじさんになってしまったんだろう……。

 目を覚まさないレモンは、ただちにエティア宮廷のそばにある潜みの塔に救急搬送された。培養カプセルに入れられることになる。無事の回復を望むしかない。

 妖精たちの報告では、蒼鹿家を含む北五州一帯の宗主であるエティアとメキドの仲が現在険悪になっているという。


「実はエティアの王太子夫妻が狙われた事件も起こっていて……ジャルデ陛下はメキドを信じておられますが、メキドを敵視する国内勢力が力をもち始めています。アイテリオンはメキドとエティアを分断したいのでしょう。そしてぺぺさんから被害を受けた蒼鹿家の要求を、全部呑もうとしています。メキドは、トルナート陛下と蒼鹿家のもとにいる『女王』との、共同統治に……。その女王とは……」

「トルナート殿下の姉。アズハルの娘だな」

「はい……」 


 金属の筒服を脱ぎながら喋るターコイズたちの表情は、とても暗い。やっとのことトルナート陛下が取り戻したメキド。希望溢れるその未来がつぶれかけているのだから無理もない。


「エティアは心配いらない。俺はジャルデ陛下を信用してる。メキドからアイテリオンを追い出さないとな。まず、今すぐしなければならないことは……」


 俺はぐっと銀の右手で拳を握った。


「俺の主人を……俺を救ってくれたアミーケを救い出すことだ。ぺぺの主人として責任をとらされて、アイテリオンに囚われてるんだろ?」

「はい。ルーセルフラウレンの創造主様は、水鏡の地、メニスの里へ送還されました」

「たぶん兄弟子さまはそのために、俺を助けたんだな?」

「お。当たらずとも遠からずだな」


 髭ぼうぼうの人はにやりと口元をほころばせた。


「俺様、かつて棺に封じられて隠されたアイテリオンの魔人とアミーケを交換しようと思ったわけよ。さっきお前に使ったオリハルコンの心臓を仕込んで魔人どもを自由にして、味方にしてからアイテリオンのそばに送りこもうって腹さ。アイテリオンは護衛が欲しいもんだから、渋々交渉に乗ってきてる。そしたらさ、なんと赤毛の妖精たちが方舟に封印されてる魔人を助けてくれって泣きついてきてさぁ。しかしまさかその魔人がおまえだったとは……どういうことよ、ぺぺ」

「ぺぺ?」「おじいちゃんが?」


 妖精たちが驚く中。俺は手短に兄弟子様に事情を話した。

 自分が遠い未来に永久凍結から解かれ、過去へ遡ったことを。


「それでアミーケはおまえを封印させたままでいいって言ってたのか」

「はい。アミーケは俺に言いました。もし凍結封印が解かれた暁には、隣の泉に飛び込んでやるべきことを成せと」

「俺のアミーケ、最高だな」


 兄弟子様は俺の肩をぐっと抱いた。


「俺もアイテリオンに返される魔人たちの中に混ぜて下さい。必ず、アイテリオンを倒します!」

「おう、それはたのもしいな。勝算があるんだな?」

「はい! あ、それから……」


 ここで俺はようやく、忘れかけていた人をもうひとり思い出した。


「あの……お師匠さま……は、元気ですか? メキドの宮廷のうさぎは、ヴィオが好きにしてるんですよね?」

「ん? ハヤト? ああ。えーと。ファイカにいるわ」


 兄弟子さまはお茶を濁すような笑いを鼻からすんと出した。


「でも会わない方が……いいかもなぁ」

「会わせてください!!」 

「その前に、服着ような、ぺぺ」

「あ」

「どうしておまえは俺と出会う時はいつも、すっぽんぽんなのかねえ」





 こうして俺はエティアから、あの霊峰ビングロンムシューの温泉の国へと急行した。

 利用した乗り物は、ポチ四号。エティアの東西を一直線に結ぶ大鉄道だ。妖精たちは苦しいこの六年の間にもこつこつと、俺たちにとって役立つものを作り続けていた。  

 半日ほどで俺が永久封印された土地、ファイカにつくと。兄弟子様は、廃院へと俺を案内してくれた。しかし心なしか、その足取りが重い。

 どうしてだろうといぶかしむ俺の目に飛び込んできたのは……。


『ハッピーモフモフランド☆』


 けばけばしい色合いの看板と。

 ぽんぽんひっきりなしに空に打ち上げられる花火と。

 ずらりと並ぶ屋台と。

 たくさんの観光客と。

 向こうにかいま見える草地に溢れる、うさぎ。うさぎ。うさぎ……

 そして。


「なにこれ……」

「いやな、ぺぺが封印されて二週間たつんだけどさ。ハヤトのやつ、メキドの王宮に集めてたうさぎを無理やりヴィオからとりあげて、全部ここに移動させて……墓守り始めたんだわ。ヴィオはかんかんだぜ」

「墓守り?!」


――「さあ、旅にはつきもの、うさぎ印の携帯水筒はいかがっすかー。うさぎ印の温泉饅頭もうまいっすよー」


 なんだかとても懐かしい……聞き覚えのある声が聞こえる。


――「ハイ、お嬢ちゃん。チケット買ってくれてありがとねえ。風船はサービスだよぉ。入場ゲートはこちらでーす」


 看板の真下で、客に入場券を売りまくっている者の姿があった。そいつは顔にべったり白粉を塗り、赤と黄色の鮮やかな二色の衣装を着込んだ、看板以上にけばけばしい……


――「うさぎの餌は中にいる赤毛のお姉さんからご購入くださーいっ」


 ピエロ……だった。 


「さ、見たな。じゃ、帰るぞ」

「えっ?」

「ハヤトの姿を見ただろ? もういいだろうが」

「ええっ?! も、もしかしてあのピエロが?!」

「話しかけても無駄だぞ。会話が成りたたない。ぺぺが死んで、あいつの心はこわれちまったんだ。あいつにはもう――」


 どういうことなんだとみるみるこわばる俺に。兄弟子様は悲痛な顔でかぶりを振った。



「誰の言葉もきこえない」 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ