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新世界の歌 3話 革命

 爆音。

 鬨の声。

 けむる空気。

 ダゴ馬が駆ける。兵士が走る。ひらめく、たくさんの青い旗。



 怒号。

 悲鳴。

 涙。

 ダゴ馬が倒れる。兵士が逃げる。重なっている、たくさんの屍。


「なんだこれは」


 護衛長様に導かれ、王都に入るなり感じたのは。


「なんだこれは?」


 疑問と。哀しみ――。





 都の大通りを、青旗をかかげた民衆たちが通り抜ける。

 大通りに面した王立の役所に火矢を放ちながら、王宮へと向かっている。

 樹木に埋めこまれるようにして立てられている館は、いったん火をつけられたらあっという間に燃え広がる。ゆえに大通りはひどい有様だった。炎の柱が幾本もたち、建物と共に巨大な樹木も一緒に燃えていた。

 しかし戦闘は都の真ん中を通っている大通りだけで行われ、俺たち魔人団が王都に入ったころにはすでに終息していた。

 街道で出会った地方軍の兵士が活躍する場はほとんどなく。都の大通りで繰り広げられた白い旗の王党軍と青い旗の蜂起軍の戦いには、すでに決着がついていた。燃え盛る大通りには、痛ましく重なりあう王党軍兵士の遺体ばかりが目立つ。王党軍の抵抗はあっけないほど貧弱で、怒れる民衆たちのなすがままだったようだ。

 護衛長様は周到に、俺たち魔人団に身隠しの結界をかけるよう命じた。

 誰の目にも見えなくなった俺たちは青い旗で埋めつくされた王宮に入った。

 庭園も宮殿内も、武器を持つ王都の民衆であふれている。取り次ぎの公官などいったいどこへいるのやら。混雑と混乱のるつぼだ。

 民たちの波を縫って玉座のある広間に入りこむと、空の玉座を前にして、青旗軍の筆頭らしき「将軍」なる者が摂政と会談していた。


「ベイヤート陛下を一体どこへ隠したのだ?!」


 全身鎧姿の側近たちを従えた銀甲冑の将軍は、国王の一家はどこかと、銀の兜から口角泡を飛ばす勢いで詰めよっている。腹黒そうな顔つきの摂政は、将軍の兜越しのくぐもった声に押され、どもり声を返した。


「かかか隠すなどとんでもない。蜂起の軍が王宮に迫るにあたり、自決されよと提言いたしましたが、ご、ご家族を連れて逃げてしまわれたのです」


 背が高くがたいの良さげな銀甲冑の将軍にくらべ、摂政はかなり豊満で肉だるまといった感じだ。


「しかしパルト・ブルチェルリ将軍、我らが招聘に応じ、民衆たちを指揮していただいて感謝しますぞ。これで我々は重税をかける愚策から開放されまする。なにしろ陛下はとても横暴で、私どもは日夜苦労してまいったのです」


 摂政はこれみよがしにハンカチで目を拭う。大仰なこの仕種は、たぶん演技だろう。

 護衛長様はこの摂政は我が君と通じていて、ここ数年わざといかがわしい政治を行った、と仰っていたのだから。


「どれも妥当な政策なら、多少議会を無視されても文句はいわぬところでありましたが。しかしことごとく的外れなことを申され、ひどい法律を次々制定されるものですから……」

「それはご苦労いたみいることだ。ベイヤート・ビアンチェルリ陛下の愚かな采配で、地方財政が急速に悪化し、病が流行ったり飢饉が起きたといいたいわけだな」

「さようでございます」

「ふん。傀儡の王に何が出来ようか。ロザチェルリ摂政殿下、あなたが王に罪をなすりつけたのだろうが?」

「い、いえまさか。そのようなことは――」


 銀甲冑姿の将軍は兜をはずして小脇に抱え、装甲に覆われたかかとをかつりと鳴らした。

 とたんに俺は息を呑んだ。

 兜の中から出てきたのは、燃えるような真っ赤な髪――。


「やりたい放題だな、ロザチェルリ摂政殿下」


 兜をはずされた端正な貌から発するその声は。まごうことなく女の声だった。


「ノワルチェルリの跡継ぎは半年前、何者かに暗殺された。ビアンチェルリの名はこうして地に落とされた。どちらも摂政殿下、あなたが黒幕だろう?」

「い、いいえ、ま、ままままさか!」

「黙れ! すでに証拠は握っている。大方己自身が王になりたかったのであろうが、大罪人には決して玉座はやらぬぞ!」

「ひ?!」


 将軍の背後に控える側近たちが、摂政を左右から羽交い絞めにして玉座の段から引きずりおろす。


 「そいつを牢へぶちこんでおけ。ベイヤート陛下一家を探し出し、ただちに保護するのだ! 陛下の御身にはけっして傷をつけてはならぬ!」


 銀甲冑の女将軍はてきぱきと配下の側近たちに命じ、自身も忙しげに広間を出て行った。

 俺は広間の隅から、すれ違う女将軍の顔をまじまじと眺めた。

 あの顔はどこかで……どこかで見たことがある。

 なんだかよく知っているような気がする。

 一部始終をうかがっていた護衛長様が眉根をひそめている。アイテリオン様の忠実な手駒が目の前で失脚してしまったので、困惑顔だ。予想外の事態のようだ。たしかに肉だるまの摂政は、我が君の言うことをよく聞きそうな雰囲気の人である。


「我が君はあの摂政を次のメキドの王にとお望みだったのだが……ブルチェルリ家だと?」

「チェルリ家は六つあるんです」


 俺の口から記憶の奥底にある知識がするりと飛び出した。


「みんな古プトリ王家から分かれた血統で……王統はノワルとビアンの二つ。選王候家はロザ、ブル、ヴェール、ジョーヌの四つ。王統のニ家からふさわしい人を、選王候家が厳正な議論で選んできたんです」

「あらペピちゃん、物知りね。えらいこと」


 魔人団の中で一番の美貌の持ち主であるカルエリカ様が、俺の頭を撫でてくる。この方は護衛長様の次に年寄りの魔人だ。しわひとつないその美貌は少女のようながら、みなの母親のように振舞っている。 


「ロザチェルリを救出するか。ブルチェルリを抱き込むか。我が君のご意志を仰ぐとしよう」


 護衛長様が首に下げた宝石の板をいじる。我が君へ信号を送っているのだ。このいくつも宝石がはまった石盤は、アイテリオン様と直接交信できる宝物。魔人団の長に与えられる特別なものだ。


「……わかりました。……御意。ご命令を遂行いたします」


 りんりんとかすかに鳴る宝石盤に両手をあて、状況を報告して目を閉じていた護衛長様は、すうと瞼を開けて命じた。


「我が君よりご命令を受けた。フラヴィオス様の母君の捜索は一旦中止し、ロザチェルリ摂政殿下を救出せよとのことだ。我が君は、蜂起軍の将軍パルトリーチェ・ブルチェルリとは手を組まぬ。奴に国王殺害の罪を着せ、王宮より追放せよとの思し召しだ」


 俺たちは二手に分かれた。

 マルメドカ様とケイネシネア様は摂政殿下を救いにいき、俺は護衛長様とカルエリカ様とともにメキドの国王一家を探し始めた。

 魔人団の力をもってすれば、蜂起軍を韻律で操り、国王を始末させるなど容易なことだ。将軍の命令で殺したことにして、救出したロザチェルリ摂政殿下に国王殺害の咎を糾弾させる、という作戦はたやすく達成されるだろう。


 どくん。

 どくん。


 なぜか心臓が痛いほど高鳴る。


 どくん。

 どくん。


 姿を隠したまま、俺たちは探し回る。

 王都の民衆たちであふれる王宮を探し回る。


 だれを、殺すって?


 この国の、メキドの国王。ベイヤート。


 知っている。俺はこの人を知っている。

 悪い人ではない――いや。悪い人……かも。

 いい人だ――いや。いい人じゃ……ないかも。

 フッと、幻のようなものが見える。

 赤毛の少女の顔がちらつく。あの女将軍とそっくりの顔の少女。

 なぜかその顔がふたつ浮かび、その二人の女の子が舞い始める。

 真っ赤な衣装と真っ青な衣装で……。




 

「ペピちゃん、大丈夫? ふらついてるわよ」


 カルエリカ様がよろける俺を支えてくる。

 いったいどうしたんだろう。さっきから変だ。

 急に幻が見え出して、頭が……目の奥が痛い。

 しかし俺はカルエリカ様にすごく気に入られてるみたいだ。俺が一番年少で出来が悪いせいか、何かと目をかけてくれる。だれかの世話をするのが好きなんだろうな。


「宮殿内にはいないようだな。庭園をみるぞ」


 護衛長様が俺たちを先導して宮から出る。するとカルエリカ様が透視の技を駆使して、たちまち庭園の地下にある通路を発見した。


「長そうなトンネルね」


 うん、そうだよエリカ様。メキドの地下は穴だらけだ。だって神獣の蛇が通るために……


 蛇? 


 蛇って……

 ああそうだ、巨大な緑の、蛇……。

 う……ほんとに蛇の幻が見える。

 俺、急にどうしたんだ? 女将軍を見てから、幻ばかりが目の前に映る。頭がくらくらする。

 なんだか、右眼の奥が痛い……。



 俺たちは地下道への入り口をすぐに発見し、地下へくだった。暗い穴の道が護衛長様のまっ白な光玉でまばゆく照らされる。

 しかし。


「い……痛い……右目が痛すぎるっ」


 魔人には痛覚がないはずなのにとても痛くてたまらず、俺はその場にしゃがみこんでしまった。


「どうしたのペピちゃん? 気持ち悪いの? どこか痛いの?」


 護衛長様はスタスタと先へ進んでいくが、カルエリカ様は俺を気遣い歩を止めてくれた。

 すると。


「お願いだから……やめてくれ」


 全身粟立ち震える俺の口から、心の奥底の叫びが飛びだした。両方の目から、どっと涙があふれてくる。


「頼むから、殺さないで」

「何言ってるのペピちゃん?」

「ベイヤート陛下を、王家の一家を殺さないで……!」

「だ、だめよペピちゃん。命令に逆らっちゃだめ。善き魔人にならなきゃ」


 善き魔人とは。

 主人に服従する魔人。

 でも、右の眼が痛すぎて……動けない。

 いや、たぶん俺は、動きたくないんだ。

 目の前に見える幻のせいで。

 ぼろぼろと涙をこぼす俺を、カルエリカ様が心配げな顔でおんぶしてくれた。まるで幼子を宥めて慰めるように。


「かわいそうに、まだ完全に記憶の蓋が閉まってないのね。訓戒をもっと唱えなさい。忘れてしまえば、なんともなくなるわ」

「いやだ! 忘れるなんて!!」


 ため息と共にエリカ様は歌い始める。

 なんて穏やかで優しい調べだろう。

 それはまごうことなく――みどりごへ歌うような子守唄だった。


「少し眠っていなさいね」


 いやだ!


 叫んだはずなのに声が出ない。またたく間に強力な魔法の気配に呑まれたからだ。ただの子守唄じゃない。眠りへといざなう強力な魔詩(まがうた)だ。


 いやだ! いやだ!


 手足が動かなくなる。まぶたが閉じる。だが俺は、叫び続けた。おのれの意識の中で叫び続けた。



 いやだ――! 



――「おやこれは?」  


 まどろみの壁のむこうから、護衛長様の声がかすかに聞こえてくる……。


「陛下が倒れている? ほう……すでに心の臓が止まっているようだな。ロザチェルリはさほどの馬鹿ではなさそうだ。すでにこっそり、陛下に手を下していたか」


 ……!! そん……な……!!


「しかしご家族の姿が見当たらぬ。どこだ?」

「アリストバル様、だれかがこちらに走ってまいります。この隠し通路に気づいた者がいるようですわ」

「む? あれは……女将軍ではないか。カルエリカ、姿を隠し不意打ちを食らわせて捕らえよう。眠らせて捕縛し、摂政の代わりに牢へ入れるのだ」

「はい。了解しました」


 や……! やめ……!


――「ベイヤート陛下! 我はパルトリーチェ・ブルチェルリ! 御身を拘束する! これ以上逃げられるな!」


 や……め……!


「命はとらぬと約束する。その位から退いてもらうだけで復讐には十……陛下?! なんだ? なぜ倒れている? お……起きろ! あなたには、我が妹アズハルに一生かけて償ってもらわねばならぬのに!」 


 な……んだって?!


「そんな! アズハルを穢し、彼女が生んだ娘を無理やり奪った非道の罪を犯したまま、死ぬるというのか?! 許さぬ! 頼むから起きてくれ! アズハルの娘はどこにいる?!」


 まさか。まさか……!

 閉じたまぶたの裏に幻影が浮かぶ。真っ赤な衣装を着て踊る女の子の姿がくっきりと。

 刹那。

 この子がだれか。俺ははっきり思い出した。

 この子がそうなのだとハッと気づいた。

 この子こそが、この銀甲冑の女将軍なのだと――

 がんがんと右目が痛む。片方の目が燃えるように熱い。

 そうだ。わかったぞ。なぜ思い出したか。

 これは。これは――

 赤いルファの義眼のせいか!


「……ろ……」

 

 エリカ様の力に逆らって、ぎりぎりと口を開く。


「……げろ……!」


 懇親の力をこめて、四肢を動かす。


「逃げろ!! アフマル!!」


 魔人の強力な魔法の気配を突き破って、俺の口から叫び声がほとばしった。俺の手足がぎこちなく動き、エリカ様の背を押すように地に転がり落ちる。


「逃げろアフマル! 操られるぞ!!」


 俺はカッとまぶたを開いた。護衛長のやつ(・・)が銀甲冑の将軍を魔法の気配で包もうとしたその瞬間。俺は我が娘たる彼女に向かって守護の結界を飛ばした。


「ペピ! なにをする?!」

「みんな……みんな思い出したぞ! このやろう! がっちがちに洗脳しやがって! こんなこと許すものか!」


 炎のごとく熱い右目を抑えながら、俺は吠えた。銀甲冑の将軍の腕をつかみ、俺たち二人の周囲にさらに強固な防御結界をかける。

 白い衣を着ている俺を見るなり、女将軍は目を見開いた。


「お……おじいちゃん!?」「アフマル、説教はあとだ!」


 いくら洗脳されようが、忘れられる……はずがない。

 おのれの右目を抑える。右の眼の奥からどくどくと、流れる血潮のごとく記憶が脳髄に流れ込んでくる。

 俺の赤い目はずっと見てきた。何百年もの間、美しい赤毛の子の顔をずっと見てきた。

 俺の娘たち。俺の奥さん。そして――エリシア。

 このアイダさんが作った右目が。俺の記憶をみんな記録している。

 義眼に蓄積された記憶が流れてくるゆえに、俺はずっと違和感を覚えていたのだろう。忘れかけた記憶が、何度も途切れ途切れに出てきたのだろう。


「ペピ! 血迷うな!」「ペピちゃん、おいたしちゃだめ!」


 護衛長とエリカさんが俺が作った結界を砕こうと全身を輝かせ、魔力を喚起する。

 俺の力じゃこの人たちに太刀打ちできないかも……と、一瞬うろたえた俺の右目が、ぶわっと熱く燃え上がった。

 脳髄が焼けそうだ。ひりひりと目の奥が痛む。赤い瞳から、何かがぼうっとほとばしっている。

 これは……


 まさか、破壊の目?!


 アイダさんが作ったルファの瞳が、ぎゅるぎゅると音をたてて魔人の魔力を吸い込みだした。

 破壊の目は魂を吸い込む機能のはずだが、アイダさんが作ったこれは魔力も吸い込めるのだろうか?

 たちまち魔人たちが地に膝をついて息切れし始める。


「走るぞアフマル!」「はいっ!」


 その隙をつき、俺はめくらましの光弾を一発放り、将軍の腕を掴んで通路の奥へ走った。

 この隠し通路は蛇の道に通じている。

 陛下はすでに殺されて地下道に倒れていたが、ご家族はまだ無事かもしれない。いや、絶対無事なはずだ。トルは……未来のトルナート陛下だけは……生き延びるのだ……。


「おじいちゃん、ごめんなさい。泣かないで」


 アフマルが申し訳なさそうな顔をしてあやまってくる。

 そうだ。わからない。

 どうして、妖精がチェルリ家の者になっているんだ?


「アフマル、なんでおまえブルチェルリ家に?」

「妖精たちは今、『エリシア・プログラム』を発動させているの。私はその一環でブルチェルリ家へ嫁いだのよ」

 

 エリシア・プログラム?

 そんなものを作った覚えはない。俺がいなくなったときにこうしろああしろ、というマニュアルみたいなものは置いていったけど、チェルリ家に嫁げなんて一切命じてもないしそんな希望的観測すら話したことはない。


「これは緊急のプログラムで……お父様(・・・)が、もしおじいちゃんに何かあったら発動させるよう計画なさっていたものなの」


 あ。

 ああ……。

 ソートくんの仕業なのか。


「もしおじいちゃんが不慮の事態でいなくなった場合は、メキドの選王候四家に嫁いで、私たちがメキドの政をせよ、というのがお父様のご計画だったわ。でもロザチェルリは私たちを娶るのを拒否したの。だから、王統潰しの黒幕だとわかったのよ」


 

 エリシア・プログラム。

 それはソートくんが仕組んだ、妖精たちへの絶対命令。

 エリシア姫の娘である妖精たちが、メキドという王国を維持存続させるためにとるべきとする、緊急時の行動規範であるそうだ。

 それは俺が不在となったときにのみ発動するもので、潜みの塔に住んでいる最年長の妖精が司令塔となり、全妖精に命令を送るらしい。

 その司令塔の命令により、ブルチェルリ家に嫁いだアフマル同様、ロザチェルリを除くあとふたつの選王候家にも妖精たちが嫁いだという。


「ほかの子たちはその血統を証明して選王候正夫人に収まり、将来メキドを支える子を成すべく子作りに励んでいるわ。でも私が嫁いだブルチェルリ家では、当主が病死してしまったの。私以外に夫人はいなかったし、子供もいなかったから、正夫人の私が家督を継いだのよ」


 妖精たちは樹海王朝の王シュラメリシュの王妃エリシアの卵子から生まれた。

 その血統をかざせば、選王候たちは妖精たちを娶らざるをえないだろう。彼女たちはその気になれば、メキドの王位継承権すら請求できる身分であるのだから。


「アフマル、黒幕がロザチェルリだとはわかったのはいいが、なぜ王都民の蜂起を許したんだ? みすみすベイヤート陛下を……殺させるなんて」


 俺が訊くと、アフマルは地下道を走りながら呻いた。


「おじいちゃん……私は、ベイヤート陛下が許せなかったの。玉座から引きずり下ろしたかったのよ。幸いエリシア・プログラムが発動して、私はそれを可能にする力を得たわ。だからわざと……私はわざと、ロザチェルリの暴政と蜂起を止めなかった」

「なんてことを」

「言い訳に聞こえるだろうけど、陛下を殺させるつもりはなかったわ。まさかロザチェルリがあそこまでするなんて、愚かな私はそこまでは読めなかった。でも私は……心の底では、陛下の死も望んでいたのかもしれない」


 アズハルは元気なのかときくと、アフマルの目にじわじわ涙がたまった。

 ベイヤート陛下は自力で彼女を探し出したものの、アズハルは王の側室になることを拒否し、娘も連れて行かないでくれと頼んだそうだ。だがベイヤート陛下は娘を無理やり引き取って、王女の侍女にしてしまったという。


「アズハルは少しでも娘のそばにいたいと、王都を本拠地とする歌劇団に戻ったわ。でも半年前に……」

「まさか……死んだのか?」

「身を寄せていた小さな国で、ずいぶん無理をしたみたい。すでにひどい病にかかっていたの。かわいそうだったわ。娘の名前を呼びながら、アズハルは天に……」

 

 もしアズハルが今も生きていたら。

 ロザチェルリの暴政を食い止めて、ベイヤート陛下の名を貶める事態を看過しなかっただろう。

 アフマルはそう言って地下道にぽろぽろ涙を落とした。


「罪深いことをしたけれど……後悔はしないわ。これが私の。そして私たちみんなの望み。私たちの復讐だったのだから」


 アフマルだけでなく、他の妖精たちもベイヤート陛下のためには誰も動かなかったそうだ。ベイヤート陛下の退位を、妖精たちのだれもが望んでいたという。

 

「それが私たち、エリシアの娘たちの意志だったの。おじいちゃん……許して……」

「おまえたちの気持ちはよくわかるよ」


 二人一組で毎年生まれる妖精たち。たしかにこのアフマルは、一緒に誕生した相方の子をとても大切に思っていた。ただの姉妹ではなく。自分の分身とみなして愛していた。他の妖精たちにとっても、大切な姉妹だ。


「でも、罪をつぐなうのに命は高すぎる」


 地下道にぽつぽつと血の跡が落ちている。

 そのすぐ先に少年が二人、折り重なるようにして倒れていた。トルナート陛下の兄王子たちだ。逃げている最中にここで襲われたのだろう。

 少し先へ走ると、王妃殿下とその侍女、そして王太后様が倒れていた。

 トルと姉のエリシア姫、そしてアズハルの娘は? まだ逃げ続けている?

 分かれ道が現れた。

 俺は韻律を唱え、ここを通っていった者の気配を探った。淡い光が通路のひとつに浮かび上がる。迷わずそこへ飛び込み、走った。がむしゃらに走った。

 道に血の跡を見つけて、さらに足を速める。

 前方から悲鳴が聞こえる。少女の声だ……。


――「往生際が悪いですぞ。さあ、安らかな死を贈りましょう」


 はるか先に兵士たちが数人いる。そいつらの手には、ギラリと光る剣が見えた。兵士の下には……。


「トル!!」

 

 俺の赤い目が、倒れた姫にすがっている幼い王子と侍女の姿を捉える。  

 俺は韻律を唱えながらその場に飛び込んでいった。

 どうか間に合えと祈りながら。






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