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新世界の歌 2話 白き衣

「なんだ、このちんけな魔法の気配は!」


 護衛長様の怒鳴り声が白亜の聖堂に響きわたる。


「三鐘瞑想してきて、まだこの程度だと? ふざけるな!」


 ごめんなさい。護衛長様ごめんなさい。俺は。ほんとに。落ちこぼれで。

 ぐずでのろまな魔人です。


「その虹色の魂はガセか? 始めと全然変わってないではないか!」


 ぽすっとしけた魔法の気配が周囲に散る。俺が降ろした気配。ようやく見えるか見えないかぐらいの、淡い光。なんて情けない魔力だろう。


「ペピちゃん、ほんとに瞑想してきたの?」「やり方わかってる?」


 魔人の仲間たちが俺を取り囲んで笑ったり。心配したり。怒ったり。あきれたり。


「これじゃまだ白い衣は着れないね」「土台右手がなくちゃ、韻律は放てないんじゃないの?」

「それより基本が全然なってないわ」「ペピちゃん、こうやるのよ」


 ずん

 みんなの魔法の気配が降りてくる。

 なんて重さ。なんて厚さ。みんなの体が煌々と、太陽のように輝いている。


「最低このぐらいじゃないとね」「ペピちゃんのはなんのたしにもならないよ」


 みんなが歌い出す。見事に合わさる声。美しい唱和。

 溶けあう音の流れが渦を作る。そのうねりが、さらなる輝きを生む。

 なんてまぶしい……!

 おののく俺が腕で目をかばうと。ふわり、と体が浮き上がった。


「やめて。ひい」 


 あわてて足の間を隠す。だって腰布一枚だから。


「少しも持ちこたえられぬとは。簡単に持ち上げられてどうする!」


 いらいらと胸の宝石板をいじりながら、護衛長様が睨み上げてくる。


「ご、ごめんなさいっ。韻律はずっと使ってなかったから……」

「言い訳するな! もう三鐘瞑想してこい!」


 ふっ、と唱和が切れる。どそり、と床に落ちる俺。

 い、いた! ごめんなさい。ぶたないで。護衛長がもってる棒はなんだろう? 魔人なのに、なんで痛いんだろう? 


「魔力こそ至上ぞ! 早く行け、ペピ!」

「は、はい!」


 またお篭もりしないといけない。

 俺はまだ一度も、アイテリオン様の護衛につくのを許されてない。護衛長様から、白い衣を着ないとその仕事はできないっていわれた。

 衣をもらうには、護衛長様に認めてもらわないといけない。

 急いで寺院から出る。池のむこうにある、瞑想堂へと走る。円柱がたっている小さな円い建物。円盤型の床のまんなかに胡坐をかく。

 腰布は丈が短いからすごく嫌だ。はやく白い衣がほしい……


「不死の魔人は、「自由」を持つべからず。

 そは永遠に生き、再生せし者が払うべき対価」


 魔人の訓戒を唱える。何回も。何回も。一所懸命唱える。

 護衛長様がこれを一日千回唱えろとおっしゃった。唱えて頭に叩き込め、と。


「不死の魔人は、「主人」に服従せよ。

 そは永遠に生き、再生せし者が担うべき義務」


 鐘が鳴る。一日に四回鳴らされる、時計代わりの鐘。

 折り取られた西の塔とは反対の、東の塔から鳴っている。地の底に在るこの里の者は、鐘の音で時を知る。

 みんなの歌声が聞こえて来る。水鏡を作るための、美しくて力強い歌声が。

 アイテリオン様がご在院で魔人団も加わっているから、魔力の柱の輝きが格別だ。寺院の中央の円筒から、まばゆく野太い柱が天に昇っている。

 ああ。俺も。俺も。加わらなきゃいけないのに。

 みんなと、歌わなきゃならないのに。

 焦る心。うわつく体。


「すべてはアイテリオン様のために……」


 がんばらないと。もっと魔力を高めないと。

 でも。

 とても辛いと、思い出す。

 泣きたくなると、思い出す。

 ふっ、と。脳裏に疑問がよぎる。



 俺。どうしておとなしく……

 みんなの言うこと聞いてるんだろう?





 そうだ。

 この瞑想堂に初めてつれてこられたとき。

 護衛長様にあの訓戒をえんえん唱えろと言われて。

 嫌々唱えているうちに、頭がぼうっとしてきて……

 そうしたら、あまり昔のことが思いだせなくなってしまった。

 でも、これでいいんだろう。

 魔人は、自由にしてはいけない。

 魔人は、主人に服従しなければいけない。

 この決まりをちゃんと守れば、みんな喜んでくれる。


「アリストバル、ペピの訓練はどうですか?」


 三鐘分瞑想して聖堂に戻ったら。アイテリオン様が護衛長様に俺のことを訊ねていた。

 渋顔の護衛長様は敬礼しながら、全くだめだと首を横に振った。


「とても白き衣を下せる状態ではありません。我がひ孫の孫のアリスルーセルといい勝負です」


 アリスルーセル。俺のご主人さまは外では、神獣ルーセルフラウレンを造った伝説の人。でもこの地中深くのメニスの里では、できの悪い異端児だ。

 魔人団から外すのが妥当だと護衛長様は進言したが、アイテリオン様は俺をかばってくださった。


「ペピは魔人。ちゃんと管理してあげなければいけません。あきらめず教えてやってください」

「しかし!」

「もしペピを見事に鍛えてくれたら、あなたにナスメリアの子ナスカレアを与えましょう。あなたはあの巫女を気に入っているでしょう?」

「私に、あのナスカレアを?」

「褒美として、カレアを抱いて子を成すようあなたに命じます。いかがですか?」


 護衛長は歓喜に頬を染め目を見開いている。

 魔人は王の許可なしには普通のメニスと会話もできない。交際するどころか結婚して子供をもうけていいなんて、破格のお許しだ。


「わかりました。その素晴らしい褒美をいただけるなら」


 遠慮して物陰にいた俺を見つけたアイテリオン様は、玉座におわす御身のそばに俺をお呼びになった。


「ペピ、がんばりなさい。護衛長が直々に鍛えてくださいます。白き衣をまとえるようになったら、あなたに右の手を返してあげますからね」


 右の手?


「銀の義手です。地下に落ちていたのを巫女たちが拾って保管しています。あれは、あなたのでしょう?」


 ちら、と自分の右腕を見る。先っぽがない。うん、それはきっと俺のだ。すごく欲しいって気がするからきっとそうだ。それに右手がなくては、魔力は降ろせても韻律の呪文は放てない。


「ペピ! ついてこい!」


 それからというもの、護衛長様はつきっきりで俺の修行に付き合ってくださった。

 アリス家は王に昇った者もいる由緒ある家で、代々リシの家系。ゆえにアリストバル護衛長様は、白き技の極意をすべて会得している。

 俺は瞑想室で、護衛長様と一対一で向かい合って瞑想した。

 足の組み方。腕の広げ方。顎の高さの位置。そして、呼吸法。なにもかもみっちりと教えられた。基本はすべて、黒の技と同じ。精神を集中し神経を研ぎ澄ませ、魂の気を高める。


「気を制御するのだ。広げるだけではなく、小さく縮めて凝縮してみろ。縮める。広げる。これを繰り返せ」 


 淡く光る俺の体が少しでも前より輝くと、護衛長様はとても褒めてくださった。でも少しでもへたれると、容赦なく仕置き棒が唸った。


「集中しろ!」


 それはオリハルコンの棒で、叩かれるとびりびりしびれてとても痛かった。

 何度打ち据えられただろう? 何度、鐘が鳴っただろう?

 とても辛いと、思い出す。

 泣きたくなると、思い出す。

 ふっ、と。脳裏に疑問がよぎる。



 俺。どうしておとなしく……

 こんな特訓受けてるんだろう?





 「なんだその歌声は。ふざけるな!」


 ごめんなさい。護衛長様ごめんなさい。俺はほんとに。オンチで。

 ぐずでのろまな魔人です。

 善き魔人。

 それは、主人に服従する魔人。

 そして、魔力が強くて歌が上手な魔人。

 目標は遠い。俺は永遠に腰布一枚のままなのか……。


「よし、ルーセルよりはましになってきた」


 特訓開始から七十二鐘ぐらいたったころ。護衛長様はそうおっしゃってくださった。

 それまでもよく俺のほんとのご主人様を引き合いに出していた。きっと同じ特訓を施したことがあるんだろうな。 


「あら、だいぶ魔力が練れてきたんじゃない?」「発声もよくなってるね」


 それからさらに六十鐘ぐらいたったころ。魔人の仲間たちからそういわれた。

 里を何周も走らされて、体力つけて、発声練習をいっぱいやったからかな。


「護衛長のしごきはすばらしいですね。ペピが見違えてきましたよ」


 さらに四十八鐘たったころ。アイテリオン様から直々にうれしいお言葉をいただいた。


「衣を渡せそうだな」


 護衛長様が渋顔ながらもそう仰ったので、俺の心は躍った。

 ついに白い衣をもらったのは、護衛長様の言葉から三十六鐘後のことだ。

 魔人団のみんながずらりと聖堂に並ぶ中で、衣を渡された。

 嬉しくて。感激して。俺はそのまっ白な衣をうっとり抱きしめた。


「よくがんばりましたね。さあこれから、この右手でこの里を守ってください」


 アイテリオン様が、銀の右手を手ずから俺に嵌めて下さった。

 そこには、杖つくアイテニオス様もいた。回収された手足をうまくつないでもらったという。

 あまり覚えてないんだけど、俺が殺しかけてこうなったらしい。ごめんなさい、と謝罪すると、だれだおまえ、と返された。

 ニオス様が鎮守に復帰して、カトス様が魔人団の副長に戻られた。

 初仕事だといわれ、俺は護衛長様率いる四人の魔人団とともに泉の間から地下へもぐった。

 俺たちは蒼い三つの泉の間の先へずんずん降っていった。隠し扉の向こうの、さらなる地の底へ。

 聖域へ赴き、反逆者メイテリエに会う。それが俺たちに課された使命だった。

 魔人たちはみな、王に逆らうメイテリエのことを嫌っている。

 護衛長様は彼の名が出るたびに、太古の時代の魔人のように「封印」するべきだと主張している。

 時の泉ができる前は、聖域にある「封印の石棺」に入れて眠らせる方法で不死の魔人を封じていたらしい。 


 自由に主人を選べる魔人などありえない。


 魔人たちはそう言って、みな眉をひそめている。

 化け物のような再生能力をもつメイテリエのことは、うっすら覚えている。でも彼がどうして聖域へ逃げ込んだのか、よく思い出せない……。


「畑を通り抜ける。注意するように」


 俺たちは護衛長様に続いて、うっすら水が張った田んぼのようなところを横切った。ごろごろと丸い岩の塊のようなものがその浅い池に並べられている。アイテリオン様が丹精込めて育てている、魔物の幼体だ。餌はミネラルをたっぷり含んだ水。ここは魔物が住む地下世界の表層部分にあたるそうだ。

 俺たちは暗い鍾乳洞の分かれ道を幾度も右へ左へ曲がり、真ん中だの右から三番目だの左から四番目だの、いくつもの穴をくぐった。

 奇妙な円柱形の岩が林立するところ。膝まで水につかるところ。蜂の巣のような岩の結晶が一面せり出しているところをこえた。

 てらてら黒光る鉱石の間に至ると、護衛長様が袋小路のごとき隙間に入って韻律を唱えた。すると隠し扉が開いた。その先にはぽわぽわと灯り球がいくつも浮かぶ、トンネルがあった。

 足元が急になめらかになる。人工の細工のごとく平らな石が敷き詰められている。トンネルを抜けるや――


「うわ……!」


 地上に出たのかと見まがう輝きに襲われた。

 広々とした空洞を覆う、黄金色の塊。天も地も、周囲もまばゆい橙の飴色。どこもかしこもまぶしい。

 目の前に林立するのは、何百という黄金色の家々。その家も天地や空洞の壁と同じ、眩しい黄金色の材質でできている。


「これは、街?」


 あたかも都の大通りのような参道が一本、家々の真ん中を走っている。

 護衛長様は誇らしげにそのまばゆい街を指さした。


「よし、聖域についたぞ」

 




 思わず漏れる驚きと感嘆のため息。

 太陽の中にいるような輝き。焼き焦がされるような煌めき。

 黄金色の都は、地上よりはるかに眩しかった。


「これ……な、何の結晶なんですか?」 

「見た目から我々は琥珀と呼んでいるが、正体は太古に死した獣の骸が固まったものだ」


 護衛長様はつるりとした黄金色の岩壁に手を触れた。どんな成分が含まれているのだろう。岩のごとき塊は内から鮮やかに発光している。


「地中に巣を作る巨大な獣で、形は虎のごとくであったらしい。数十頭の群れが固まってここで死んだ。何億年という昔には、ここは地表近くに在ったのだ」


 黄金色の「琥珀」の造形物は参道を挟んで左右対称になっており、きれいに並んでいる。家々もその屋根や壁についている美しい飴色の彫り物も、かつてメニスの細工師がその技の粋を込めて作り上げたのだそうだ。

 参道の果てに、飴色の巨大な神殿がそびえている。屋根も柱もその壁一面のレリーフも、すべてがまばゆい琥珀色の結晶から成っている。

 だが。

 家も神殿もあるのに、俺たちの他にはだれの人影もない。周囲に建ち並ぶ家々にも、だれかがいる気配は全くない。


「ここは死の都。我々メニスの先祖の魂が眠る、眠りの場だ」


 つまりこの都は、メニスの民の墓所らしい。

 護衛長様に導かれ、俺たちは真正面にある神殿へ進んだ。

 この神殿の中は、王の権威が唯一およばぬ神聖な場所だという。


「メイテリエ率いる親人派のリシ団は、この神殿内にずっと隠れている。これまで我が君は神殿内にひとり乗り込み、何度か交渉を行った。しかし結果は実らなかった。しかも二十鐘前から、メイテリエは交渉の広間に姿を現さなくなったそうだ」 


 ゆえにメイテリエたちの動向を確かめるのが、俺たちの今回の使命だそうだ。

 神殿の中は、飴色のレリーフがびっしり貼り付けられた空間だった。

 魔人団は入り口の広間から奥へ進み、ありとあらゆる部屋や中庭を探した。ここの庭の植物は本物ではなく、みな見事な琥珀の細工ものだった。

 細い葉っぱ一枚一枚が。花びら一枚一枚が。まるで本物のように形作られ、中庭に飾られていた。

 小ぢんまりとした部屋には、だれかがずっと寝泊りしていた痕跡があった。

 そこはびっしりと大きなキノコが生えている部屋の隣で、キノコの食べかすのようなものがいっぱい落ちていた。メイテリエたちは、唯一琥珀ではないこのキノコを食べてしのいでいたようだ。 


「直接地上へ繋がる道も寺院へ繋がる道も封鎖している。奴らはここから逃げられぬはずだ。探し出せ」


 護衛長様の号令のもと、俺たちはばらけて神殿内をくまなく探した。するとカルエリカ様が悲鳴をあげてみんなを中庭の池に呼んだ。

 それはとろとろに溶けた琥珀が流し込まれた池で、中にメニスの子がひとり、沈められていた。


「この子は……!」


 その子を見るなり、俺の心はざわついた。

 俺は知っている。この子は。この子は……。

 池の岸辺に美しいメニスがひとりしゃがみこんでいる。会ったことがある人だ。

 その人は背をむけたまま、俺が思い出したのと全く同じ名前を口にした。


――「これはノミオス。アイテリオンの御子だ」





「メイテリエ!」


 護衛長様が、カッとお顔を怒りで染める。しゃがんでいる鳶色の髪の人は、すっ、と立ち上がり、俺たちの方に振り返った。


「引き上げることはかなわぬぞ、アリストバル。ここは聖域ゆえ、「本人の意思」なくば勝手に連れ出すことはできぬ」

「聖域で勝手なことをしているのはおまえだろう!」

「いや。ノミオス本人に乞われたゆえに、封じてやったのだ」


 鳶色の髪のメイテリエは、とても哀しげに眉根を下げた。


「負った傷の深さゆえに、この子は狂気に支配されている。しかし一瞬だけ正気に返る時がたまにある。その時に、切に頼まれたのだ」


 その菫色の瞳から、銀色の涙が落ちていた。ぽたぽたと、とめどなく落ちていた。


「安らかに眠りたいと……」


 護衛長様はぶるぶる震えて激昂した。


「おのれ! ではフラヴィオス様はどこだ! あの御子様はお前が無理やりさらった。ご本人の意思ではない。我が君にお返し申し上げるべきであろう!」  

「地上へ逃れた。リシ団たちと赤毛の娘たちも共に」


 メイテリエはぼろぼろの衣の袖で濡れる頬を拭った。


 赤毛の娘たち?


 聞いたとたんに、俺の胸がどくんと波打った。


 赤毛の?

 その子たちって。一体、だれだったっけ?


 ばかな、と護衛長様が憤る。封鎖した道を越えられるはずがないと怒鳴っている。


「神殿の奥に『架け橋』がある。ここと別の空間を繋げる古い装置だ。リシ団が魔力を駆使して『橋』の先を地上へ繋げた。フラヴィオスは母親に会いたいゆえに、自ら望んで地上へ行ったのだ」

「おまえがいいように吹き込んだのだろう!」


 護衛長様の怒りを、メイテリエは静かに受け止めた。


「いや、赤毛の娘たちがあの御子に母のことを教えた。それゆえだ。しかし私はここに残り、ノミオスを見守ることにした」

「また我が君の御子に懸想したか!」

「勝手に連れ出そうとする不埒者からこの子を護りたいだけだ」


 メイテリエは毅然としていた。何か信念のごときものが、その目の中に燃えていた。


「そして……見届けたい。この子がいつか、眠りの中から起き上がるのを。私はこの子が望めば目が覚めるようにした。まどろみの中で再び生きることを望む。そのような奇跡が必ず起こると信じるゆえに、私はここにとどまった。この子が起こすであろう、その奇跡の瞬間を見たいと思ったからだ」


 ここは聖域ゆえに、戦うことはできない。

 もしここが普通の場所であったなら、護衛長様はこのメイテリエを即座に吹き飛ばしていただろう。光の技で消し炭にしたことだろう。

 憤る護衛長様と共に俺たちは急いで寺院に戻り、アイテリオン様に報告した。反逆者メイテリエは墓守りになったと。

 おのが御子を失った我が君の哀しみは深く、俺たちはただちに地上に出て御子フラヴィオスとリシ団を探し出すよう命じられた。


「フラヴィオス様には、メニスの一族の命運がかかっている!」


 護衛長様は俺たち魔人団に勇ましく号令をかけた。

 その身にはいつになく力がみなぎっていた。メイテリエのことを報告した直後、俺を見事に鍛えたからと、アイテリオン様が約束していた褒美を護衛長様に渡したからだ。見目うるわしいメニスの娘、ナスカレアを。


「フラヴィオス様こそ魔王と成りて、憎き人間どもを滅ぼしてくださるお方だ。急ぎ発見し、保護するのだ!」


 聖域に向かった魔人たちがそのまま御子救出隊に任じられ、馬に乗って地上に出た。騎馬の一団は北五州の街道に出るや、エティア王国を一気に南下し、メキド王国へ向かった。

 御子フラヴィオス様の母君は人間で、その国の辺境の村にいるという。母君の身柄を押さえれば、御子を保護できる……と護衛長様は読んだのだが。


「空き家だと?」


 そのレンギという小さな村には、御子の母君の姿はなかった。村人の話では、四年前に御子ノミオス様が連れ去られた直後に子供を捜しに出て、それきり行方が知れなくなったとのことだった。

 魔人団は血眼になって母君を探し回った。しかし街道沿いの宿屋に幾日か泊まって、それから赤毛の娘たちと一緒に出て行った、ということぐらいしかわからなかった。


「赤毛の娘! またそれか!」


 護衛長様が悔しげにつぶやく。

 どくん、と俺の胸が高鳴る。

 なぜだろう。どうしてこんなに、心臓がばくばくとするのだろう。

 どうしてこんなに、赤毛の女の子たちのことが心配になるのだろう。

 彼女たちが、どうか無事であれ、と……。

 俺は必死に自分の過去を思い出そうとした。昔の自分を振り返ろうとした。けれども記憶は白い霧の中でもやもやとしていて、何もはっきり見えてこなかった。


「王都の戸籍管理局に捜索協力を要請しよう」

「しかし護衛長様、今メキドの王都へ行くのは危険ではありませんか? 三年前に即位したベイヤート陛下は、実権がなく、摂政の暴政でついに王都民に蜂起を起こされたと聞いております」

「蜂起した民に賛同して、地方からも兵が集まっているそうですね」


 魔人たちの言葉に俺は首を傾げた。

 ベイヤート……陛下?

 ベイヤート……という人は……たしか山奥の国にいて……だれかのお父さんで……


「いや、現在の摂政殿下は我が君の傀儡。わざと無体な政策を敷いて、都民が蜂起するようしむけたのだ。あの者は我々の味方ゆえ、捜索に協力してくださるだろう」


 メキドの現摂政は、アイテリオン様の傀儡……

 なんだろう。

 胸がざわつく。とても居心地が悪い。

 俺は、なんだか、みんなの中にいてはいけないような気がする……

 俺たちは馬駆って街道を北上し、王都を目指した。ほどなくザッザッという不気味な音が道の向こうから聞こえてきた。


「おう、あれは」


 しばし馬を止め、俺たちは前方をちまちまと進む者どもを眺めた。

 それは剣や槍持つ兵隊たちだった。

 大勢の兵が進軍していた。

 一路。メキドの王都へ向かって。





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