新世界の歌 1話 魔人団
『うわあ弟子、これなに?』
あ……お師匠さま……だ。
なんで、ここに? あ、これは……夢、か?
黒い衣の我が師はにこにこ。なんだかとっても上機嫌だ。
『でっけえ! すげえでっけえ! てかこれ、みたことある!』
それはポチです、お師匠さま。弟子のソートくんが改造しちゃったんです。
可愛い丸ウサギだったのに、ムキムキかっこよくされちゃったんです。ロケットパンチとかもつけられちゃって。
『そうかぁ。おお、こっちはなんだ? すげえかっこいい!』
それは異星から来た聖剣の複製です。ソートくんがオリジナルの情報をそっくり複写して造ったんですよ。しかも破壊の目の機能つきで、赤猫って子の魂を吸い込んじゃってます。
『ふうん。じゃあこれは?』
妖精たちです。ソートくんがエリシア姫の卵子を受精させて造……
ちょっと! 韻律でスカートめくるのやめてくださいよ!
うちの子になにするんですか! ちょっと離れて! しっしっ!
『なんだよ、おまえが作ったものはないのかよ』
え?
『こんだけ長ーく生きてて、おまえが作ったもんは? ないの?』
あ……あります。 ありますよ! こ、これ、です。
『なにこれ鉄のコンテナ?』
ぽ、ポチ二号です。ほら、ドラゴンに変形するんですよこれ。
『んー? なんか激しくかっこいいけど、これ、ラ・レジェンデの竜王メルドルークのぱくりじゃね? あのカードゲームの絵柄そのまんまじゃん』
あ、えっと。まあ、そうです。参考にしたのはそれです。お、お気に召しませんか?
『他にはないのかよー?』
こ、これです。これは自信作ですよ!
『どれどれ? 見せて? うおお! ウサギだぁ! かわいいけど……まるでふつうだなぁ』
あっ、お師匠さま。だめですって。そんな手当たり次第にウサギを一箇所に集めないでください。
いろんなところにばらけさせておかないと……
『一匹じゃものたりん。こいつらいーっぱい集めてウサギランド作ろうぜ♪』
まって! おねがいですから。おねがいですから待って……!
う……。なんだろう今の夢は。我が師の夢なんて超久しぶりだ。
目の前がまっ暗い。頭を打ったか?
しかしなんの痛覚もない。オリハルコンの布をウサギになってる体に巻いてるはずだから、怪我をしていればそれなりに痛いはずなのに。何かに触れている、という感覚が皆無だ。浮遊感すらもない。
まさかあの世、じゃないよな? 俺は死ねないもの。
ああ……銀の右手を寺院の地下に置いてきたままだ。ヴィオを連れてまたあの地下に降りて、右手を回収して聖域に逃げ込もうと考えてたんだよな。どうにかして回収できないかな。
でもまさか、ポチ一号が来てくれたなんてびっくりだ。
俺の腕輪から発する1ビビット周波数は、ウサギやネズミといった小動物の媒体に受信中継されてポチたちに届くようになっている。周波数を受信する動物たちの体内にあるのは、俺が仕込んだ豆粒ほどの「受信臓器」。そいつを作る遺伝子は、普通生殖で親から子へと確実に受け継がれる仕様だ。
いまや俺の仕込み入り小動物は大陸中に繁殖して分布しているから、どこにいてもポチを呼べる。そして今回は俺により近いところにいたポチ1号が、動物たちが中継した俺の呼び出しを受け取ったんだろう。
しかしポチが前世の俺と会ってたなんて、仰天ものだ。
融合カプセル「高砂の席」でポチと俺の脳神経をつなげた時、その記憶がどっと流れ込んできた。
俺自身は前世の記憶は夢でちらと見るぐらい。つまりほとんど覚えてないに等しいのだが、ポチの記憶にあるウサギと蒼い衣の男の子たちを「見た」瞬間、たちまち激しい既視感に襲われた。
ポチを寺院の前の湖から塩の湖へと導いたのは、まごうことなく前世の俺と、若かりしころのわが師と兄弟子様。ペペとハヤトとエリクだった。
つまり兄弟子様が言ってた「塩の湖にいるヌシ」というのは、ポチ一号のことだったらしい。
しかし生存本能をちょっと強めに設定しただけなのに、なんであんな風になるんだろう。一体どこへすたこらさっさと逃げたのかわからないが、ポチはいずれあの塩の湖に戻るんだろうな。俺が兄弟子さまと出会ったころ、つまり今から七、八年後には、ヌシは湖の底にいるって渡り鳥たちが言ってたもんなぁ……。
さて。
ここは、本当に真っ暗闇だ。
たしかポチが光の矢のように逃げていったあと――
四方に吹き飛ぶ超合金の装甲と共にポチから射出された俺は、白い蝶に追われながら全力で逃げた。
抜け穴でアイテリオンと出くわすとは、本当に間が悪かった。
周りには、蝶。蝶。蝶……。
息ができないくらいの蝶の群れ。
瞬く間に俺は追いつかれ、蝶たちにくるまれてしまった。
メイテリエが剣とヴィオを抱えて前を走ってるのは見えたが、突然視界がふっと途切れて意識が落ちた。
そしてこうして、今に至る。暗闇の中。何も感じないでただ意識だけがある。
不安がわきたつ。ぞわぞわと嫌な予感がする。
手足を動かしたいが、感覚がないのでどうしていいかわからない。困りきったあげく声を出してみようと思い立つ。
「う。あ。ぐ。む。む」
自由に口が動かない……。
「目覚めましたか」
俺の呻きに気づいたのか、即座に嫌な声が降ってきた。
「ずいぶんと暴れてくれましたね」
メニスの王アイテリオンの声だ。なんてこった、不安的中だ。やはりこいつの手中に落ちてしまったのか……。
「わが子フラヴィオスがメイテリエにさらわれたばかりか、ノミオスまでも……。かわいそうに、ニオスは瀕死。あの子はメイテリエのようにすぐには治りません。おぞましい灰色の技など使っておりませんからね」
驚異的な再生能力をもつ魔人メイテリエ。オリハルコン製の心臓と血液から大体見当はついていたが、やはり灰色の技を入れ込んだものか。前王レイスレイリはアイテリオンとは違い、人間の技を嫌ってはいなかったのだろう。
「メイテリエとその一派はわが子たちを盾にして、地の底の聖域に逃げこんでいます。まったく困ったものです。あそこには、さすがに手が出せません」
メイテリエとヴィオが逃げ延びてくれたことがわかり、俺はほっとした。アイテリオンの話しぶりでは、ノミオスも無事聖域に達したらしい。
しかし困ったと言いながらもアイテリオンの声音は少しも翳っておらず、とても穏やかだった。
「まあ、なんとかしましょう。しかしウサギの魔人を見たのは初めてですよ」
不安どころか嫌な予感も見事に的中。
俺はまだウサギのまま。しかも、ついに魔人だとばれてしまったらしい。
「我が胡蝶の毒を吸って神経が麻痺しておりますが。まずは動けるようにしてあげましょう」
突然、手足の感覚が戻ってきた。目隠しを取り去られたごとく、黒かった視界がいきなりひらける。
目に飛び込んできたのは、アイテリオンの端正な顔。それしか見えない。顔を両手で固定され、唇が触れ合いそうな距離から見つめられている。
「では、宣誓しなさい」
「せ?!」
「留守を預けていたニオスの代わりにカトスを私の代理に任じました。よってあなたをカトスの代わりに私の護衛に任じます。ですから今ここで、私に忠誠を誓いなさい」
「な……なにを突然?! い、嫌だ!」
「ウサギの魔人など初めて見ますが、あなたはまごうことなく魔人。心臓に変若玉が巣食っているのが透視できますからね」
心臓を透視できるということは……! 俺は手足をばたつかせ、あわてて確認した。体に巻きつけていたオリハルコンの布が取り去られている。
まずい。これは。万事休す、だ……!
「魔人なればあなたはおのが主人と同様、メニスの王たる私にも従わねばなりません。不死の魔人は、きちんと統制されなければならぬのです」
「いやだ! 放せ!」
「さあ、誓いなさい」
アイテリオンの顔がさらに近づいてきて、その赤い唇が儀式のごとく厳かな雰囲気で俺の口に触れてきた。
「うああああっ?!」
電流が走ったかのように四肢に痺れが回る。と同時に。俺の口が勝手に動いた。
俺はかわいらしいきゅうきゅう声で言い放った。
とても恐ろしい言葉を。
――「はい、我が君。俺は我が君に忠誠を誓います」
冗談じゃない!
俺は焦った。
アイテリオンに操られ、しもべとして誓いを立てるなんて絶体絶命もいいところだ。この事態を恐れるがゆえに何百年も隠れていたのに。あと少しというところで……!
「ウサギの魔人よ、あなたの名前は?」
俺は素直にぺぺと言いそうになるおのれに、渾身の力をこめて抗った。
「ぺ……ぺ……ペペロンチーノ食いたいっ!」
「はい?」
「いや! 俺は! ぺっ……ぴっ……ペピ!!」
「よろしい、ぺピ。あなたはだれの魔人ですか?」
なんとか本名を教えるのだけは避けられたが、次の質問には抗えなかった。
「俺の主人は灰色のアミーケ。六翼の女王ルーセルフラウレンを造った、あ、アリスルーセルさんです!」
「おや。どこにいるともしれぬあの出来損ないが、ここに間諜を送っていたのですか?」
「いいえ! ご主人様に命じられたわけではなくて! これは俺の意志です! あんたを倒すために動いてました!」
俺の口が見事なまでにすらすらと勝手に動く。なんてことだ……。
「ウサギは変化体のようですが、正体は何ですか?」
「人間です!」
「では、元の姿に戻りなさい」
「はい! ただちに!」
俺の体は命じられるや、みるみる人間の姿に戻った。首をしめる腕輪をあわてて外すと、アイテリオンがさっと取り上げて白い衣の袂に入れた。右手のない人間の姿の俺を見るなり、メニスの王はなるほど、と深くうなずく。
「あなたは、わが子ノミオスを助けようとした人間ですね。つまりメイテリエとともに時の泉から脱出したというわけですか。赤毛のプトリ家の人々の背後にいたのがアリスルーセルの魔人であるということは、プトリ家の方々はアリスルーセルの手の者であるのですか?」
「ちがいます! あれは俺が勝手に育てている娘たちです!」
これは絶体絶命どころじゃない。俺だけじゃなく、妖精たちの身の上まで危うくなりそうな雰囲気だ。妖精の親はだれかとか聞かれだしたら、ソートくんの名前まで口走ってしまうことになる。
「このことを、あなたの主人は知っていますか?」
「知りません!」
「ふむ。正直に答えているようですね」
アイテリオンが微笑んできた。この余裕の優しくて美しい貌。どこにもまったく邪気のなさそうな貌。
こいつはこの貌でノミオスにあんな非情なことを……。こわいなんてものじゃない。
「とすると。主人を思うあまりに暴走したわけですか。でも、勝手に悪いことをしてはいけませんよ」
なんとかソートくんのことまでいわずに済んだので心底ほっとしたものの。俺はすっ裸のまま腕を捕まれ、その場から出された。出掛けにちらと見渡せば、そこはアイテニオスの部屋のように竜の彫刻の噴水が二つと、玉座のような椅子があるだだっ広い部屋だった。アイテリオンの私室だろうか。とすると、俺は寺院内の宮殿部に戻されたわけだ。
アイテリオンが俺を引っ張って回廊を進んでいく。
少しも、抗えなかった。
逃げられなかった。
暴れたいのに四肢は大人しくアイテリオンの歩調に合わせていて、ちっとも思った通りに動いてくれなかった。
アイテリオンは、ニオスが無残に破壊した回廊を見やって哀しげにつぶやいた。
「かわいそうなニオス。メイテリエが私の統制下にあれば、こんなに苦しませずに済んだのに」
アイテニオスが……かわいそう? あの気の狂ったような魔人が?
俺は真っ先に、その瀕死の魔人に対面させられた。
メイテリエを見つけたあの部屋。かの魔人が串刺しにされて銀色の血まみれの状態で横たわっていた寝台の上で、アイテニオスはひどく嗚咽していた。全身を包帯に巻かれ、四肢がちぎれてまるでだるまのようだったが、それでも彼は生きていた。
「テリエが逃げちゃった! テリエが……」
「大丈夫ですよ。メイテリエは必ずここに戻ってきます。きっとニオスを愛しにきてくれますよ」
アイテリオンはおのが魔人を優しく慰め、しばらくその頭を母親のように愛撫した。主人に頭をもたせかけてひっくひっくとしゃくり上げて泣くアイテニオスは、まるで甘ったれた幼子のようだった。
「ほ、本当に? 本当にっ? テリエは僕のこと、愛してくれる?」
「ええ。私が呼び戻してニオスの妻になるように説得します。だから安心して傷を治しなさい。ちぎれた手足を探させていますよ。見つかり次第、繋ぎましょう」
「手足? ふっとんだの? そんなのどうでもいい! テリエ! テリエにあいたい……」
「ニオス。腕がないと、テリエを抱き締められませんよ」
「あ……ああっ……そう、そうだね。治さなくちゃ。腕……テリエのために、治さなくちゃ」
「さあ、しばらく眠っていなさい」
アイテリオンがニオスの顔に手をかざす。すると泣きじゃくるニオスはすうと大人しくなり、ゆっくりまぶたを閉じた。
俺はぶるっと身震いした。ニオスは、おのれをこんなにしたポチのことをまるで気にしていなかった。たぶん俺の存在も全く認識してないに違いない。こいつの目には本当に、メイテリエしか見えていないのだ。
ニオスの部屋から出るなり、メニスの王は俺を穏やかに諭した。
「あなたがしたことをご覧になりましたか? こんなひどいことを二度としてはいけません。あなたが善き魔人となるよう、これから導きましょう」
善き魔人だって?
聖堂の間に連れて行かれた俺は、そこで意外なものに引き合わされた。
「この人たちは?」
「私の魔人団です」
白い衣をまとった、十数人の背の高い純血のメニスたち。
この者たちが、みんな魔人?!
呆然とする俺に、アイテリオンはひとりひとりを紹介し始めた。
ニオスの代わりに鎮守としたカトスというのも魔人のひとり。その他になんと十二人。
アイテリオン自身が魔人にしたのはニオスとカトスの二人。他の魔人たちは、歴代の王に魔人にされた者たちだそうだ。
「みなさん、この者の名はペピというそうです。アリスルーセルが勝手をして自分用に造った魔人のようです。主人を離れて暴走していたようなので、私の統制下に入れました。仲良くしてやって下さいね」
とたんに魔人たちの顔が気色ばむ。
原則として王以外が魔人を作ることは禁止されているらしい。
「我がひ孫の孫が? なんということを。アリス家の恥さらしが」
白い衣に宝石がずらりとはまった石版をつけている魔人が呻く。するとアイテリオンは、怒りで顔を真っ赤に染めるその者の肩を優しく叩いた。
「ええ、確かにこれはいけないことです。アリスルーセルが私に断りもなく自分のための魔人を作るのは、重大な違反行為。彼を見つけ出したら、制裁を課すことにいたしましょう。しかし護衛長のあなたが責任に思うことではありません。それにこうしてこの魔人をあるべき正道に戻すことができたのですから、私たちは喜ぶべきです。メニスの一族を支える強力な仲間が一人、増えたのですから」
アイテリオンの言葉に、護衛長と呼ばれたその者も、皆も納得してうなずいた。
では新しき仲間のために歓迎の歌をと、真っ白い衣をまとう魔人たちは美しい歌を合唱しはじめた。
そのとたん。降りてきた魔力の気配の強力さに、俺はふがいなくも慄いた。美しい唱和に、たちまち寺院の中央にある魔力増幅器が反応して震えだしている。
なんて威力のある魔力だろうか……。
俺の体も増幅器のように身震いして止まらない。
「私は常にこの魔人団を連れて、地上に出ていきます」
メニスの王は、魔人たちの唱和を聞きながら誇らしげに微笑んだ。
「胡蝶の技はこの魔人たちによって増幅されるのですよ」
王が各地に神出鬼没できるのも、俺やノミオスをあっという間にメニスの里に運べたのも、この「魔人団」の力だという。
「あなたも今日から、彼らの一員です。これからはひとりで勝手に動いてはなりません。魔人は、きちんと統制されねばならないのです」
アイテリオンは俺を、護衛長と呼んだ者に預けた。
その魔人の名はアリストバル。魔人たちの中で一番の古株で、魔人団をまとめている長だという。なんと竜を乗り物としてあやつっていた太古の時代から、メニスの王たちに仕えているそうだ。
「では新入り、さっそく魔法の気配を降ろしてみよ」
王が俺を魔人団に託してその場を離れるや。護衛長は即座に俺に命じてきた。
「王を護るためには、魔力が必要不可欠であるからな」
すらりとして美しい人だが、その口調はまるでいかつい前線の兵長のごとし。年齢のせいか、とても自尊心の高い人のようだ。
「どうした? さあ、おまえの力を見せてみよ」
胡蝶を自在に操れる、絶大な力。
この俺が、アイテリオンのためにその力の一部となる?
『いやだ!』
その言葉を、俺はどうやっても叫ぶことができなかった。
『光あれ、その言葉
血肉となれ、その言葉』
勝手に俺の口が動いて魔力顕現の韻律を唱え始める。
あたりに魔法の気配が降りてくる……。
『そは古えの、力ある言葉』
ちくしょう!!
俺は心中で絶望の叫びをあげた。
おのが身は、完全に支配されていた。
ものの見事に。
アイテリオンの、望むままに――。




