創世の歌 11話 白き魔人
癒しの技を受けたノミオスの呼吸は、ゆったり深いものに安定していった。
ローズとレモンの悲壮な表情が和らいでいる。ようやくのこと、怒りに任せて何もかもを破壊しそうな狂おしい雰囲気ではなくなった。
たぶん俺の貌も、そんな感じに変化したんだろう。妖精たちが俺に安堵の微笑を投げかけてきてくれている。
「ここは……?」
意識を取り戻したノミオスがうっすら目を開けた。俺たちの笑顔はさらに深まったが――。
「いやぁああああああ!」
目覚めたとたん、ノミオスは恐ろしい悲鳴をあげて暴れ出した。目を見開き、頭を抱え、悲鳴が止まらない。メニスの癒し手はとっさに魔法の気配を下ろし、彼女を眠りの中にいざなった。
「かわいそうに精神が壊れている……この子は誰の子だ? 一体どんな恐ろしい目にあったのだ?」
「この子はアイテリオンの子だ。ノミオスといって……」
事情を話すと、癒し手の顔からみるまに血の気が引いた。
「まさかフラヴィオスの他にもう一人、人間との隠し子がいたのか? おそらくこの里にいるメニスは、誰も知らぬぞ」
メイテリエ。白い衣の癒し手は、そう名乗った。
「見ての通り、リシだ」
「リシ?」
「白の技の使い手のことをいうのだが。メニスの子と浅からぬ縁であるのに、そのことは知らぬか」
それはとても古い言葉で、賢者や導師という意味だという。
「私を筆頭とするリシの一派は、アイテリオンの子フラヴィオスを魔王化させることに反対した。先の魔王カイネミリエと同じ結果になると読んだからだが、それゆえにここに封印された。神聖暦でいうと7346年のことだ。おまえたちはいつ放り込まれたのだ?」
「7361年だ。今は、それから二年半は経っているはずだ。外の情勢がどうなっているか心配でたまらない」
「そうか……」
伏せられたメイテリエの菫の瞳には、静かな怒りの炎が渦巻いていた。
「世界から文明を奪い、人間を無知で動物的な慣習の中に貶め、魔王が操る魔物によってその数を減らす。王の計画を、当初はメニスのだれもが支持していた。だが数百年経ち……この計画は我々メニスにとって、益のないものと判断せざるをえなくなってしまった」
まるで燃え上がるようなぎらぎらしたものが、その瞳の中にあった。
「精神性が退化した人間どもは、我々を公然と虐げる獣と化した。メニスの庇護法など、あってなきがごとしだ。我々が平穏に住まうことのできる地上は、どこにも存在しない。我々は以前にも増して、隠れねばならなくなった」
たしかにそうだ。アイテリオンは灰色の技を滅ぼして人間たちの進化の歩みを止めた。
延命技術を失って退化した人間たちは迷信と無知に縛られ、ますますメニスを虐げ、その体からもたらされる不死の力を求めている。メニスが無防備に人間たちの中を歩けば、たちまちノミオスのような目に遭わされてしまう……。
「文明を失った野蛮な人間たちは淘汰され、いずれ魔物のごとくに我々の支配下に収まる。王はそう信じている。だが、一度文明の頂点を極めた人間たちの脳は魔物とは違う。生活環境がいくら劣化しようが、言葉と思考はそう簡単には奪えぬ。
人間たちを我々同様に精神性の高い生物に昇華させた方が、我らメニスが地上で安住できる日が早く来るのではないか……そう私は主張したが、とりあってはもらえなかった」
癒し手の怒りの瞳の中に、潤んだ真っ白い液体がじわじわとにじんでいる。
涙だ……。
何より一族から犠牲を出すような戦いは耐えられぬと、メイテリエは震えながら囁いた。
「カイネミリエ……あのような子を、もう二度と出してはならぬ……」
カイネミリエ。かつてエティアに出現した魔王の名前を、俺はこの時初めて知った。
俺たち人間はただ「魔王」と呼んで、その者と戦っていた。魔王自身、「魔物の王」と自称していたから、本当の名前なんて誰も知らなかった。だが彼には、ちゃんと本名があったのだ。そして――
「かわいそうな……私のカイネミリエ……」
想い人もいたらしい。
鬱々とした怒りと哀しみを秘めているメイテリエの菫の瞳。俺はそこに直感的なものを感じて慄いた。
口が裂けてもこのメニスに言ってはいけない……俺がその子を倒したひとりだと。そう本能的に悟った。
打ち明けたなら、きっとぶち殺されるだろう。
「まずはこのメニスの子と仲間たちを、安全な所へ運ぼうぞ。ここよりさらに地の奥底にある墓所は、先祖の霊を祀る聖域だ。そこへ逃げ込めば、不死身の王とて手出しはできぬ」
メイテリエは凍結の泉に投げ込まれた仲間たちを救い出しにかかった。
俺は迷わず彼に協力した。自分が製造に関わった泉だから、その仕様は知り尽くしている。自回転する泉の堰は、自己再生と自己発電能力がある特殊な合金製だ。つまりそのまま半永久的に稼動可能だが、定期的なメンテナンスをするものと想定して物作りするのが、灰色の導師のしきたりだ。
俺は泉のすぐそばにある隠し窓を開き、宝石をあしらった操作盤をいじった。
「たしか緊急停止のコード番号は『ひみつのすいっち救急用』だから、13241……」
「おまえは、一体何者だ?」
メイテリエの菫の瞳に驚きの色が混じる。俺は苦笑しながら答えた。
「とある導師の、ちょっと器用な弟子だ」
コードを打ち込まれた泉から時間流の影響がなくなるや、俺とメイテリエは泉に韻律を放って囚人たちをひとり、またひとりと水面に引き寄せ、救い上げた。
すでに亡くなった者は三人。瀕死の者が十一人。メイテリエの癒しの技で、生き残った者たちはいくばくかの元気を取り戻した。
「みな高位のリシだ。少し回復すれば、十分に王のしもべどもに応戦できるようになるだろう」
これで味方が増えたと思った矢先――。
ヴン
空気を鋭く切る音がして、泉の間に続く暗い通路からまっ白いものがどっと押し寄せてきた。
「さすがに気づかれたな」
メイテリエの顔が歪む。通路を飛んできたのは半精霊のごとき物質で、真っ白い白鳥のような体に真っ青なひとつ目を持っていた。
群れなして鳥もどきたちが泉の部屋に飛び込んでくると同時に、韻律の詠唱が高らかに響きわたり、メイテリエの右手から白い光が迸った。
とたんにつきあたりの岩壁が音を立てて開く。
隠し扉だ。
「聖域へ退避しろ! みな急げ! ……ぐあ!」
白い鳥もどきの鋭いくちばしが、鳥たちの侵入口に壁のごとく仁王立ちになったメイテリエの脳天を矢のように貫いた。
「メイテリエ!!」
ほとばしるまっ白な甘露の血。飛び散る脳漿。もともと肩や頭に重傷を負っていた彼だ。これではもう……。
だが驚いたことに頭を割られたメイテリエはよろよろと立ち上がり、鳥もどきに向かって光弾を放った。何もしていないのにみるみる傷が塞がってきている。
「この治り方……!」
瀕死の怪我を受けていても、なんでもないように動けるその身。異様な治癒の速さ。
まさか、このメニスは……!
「急いでここから出ろ! みな地下の聖域へ避難するのだ!」
「待て! 俺も戦……うが!」
赤猫の剣を背中から引き抜くや否や、鳥たちは俺の手を狙って襲ってきた。
『きゃあ! ちょっとなにするんですかあ』
剣がおそろしい勢いで地にすっ飛ばされる。まるでかまいたちだ。
メイテリエがめげずに、鳥たちの侵入口に何枚もの結界を張る。だが奴らの尖ったくちばしは、いとも簡単に物理結界を突き砕いてきた。
「器用な弟子! おまえも早く扉の向こうへ!」
「無理だメイテリエ! たった独りじゃ……!『光の矢放て、右の同胞!』
俺は唸りをあげて突進する鳥たちに光弾を放って引きつけて――
「ローズ! レモン! 行け! ノミオスを頼む!」
メイテリエと共に敵の侵入口に立ちふさがった。
みなの、盾となるために。
あたりに舞い散る白い羽毛。
突き刺さってくる鳥たち。
ヴンヴンうなる、敵のはばたき。
「おじいちゃんを置いていけない! いや! いやああ!!」
泣き叫んでいたのは、レモンだ。
バカな子だ。今生の別れみたいな顔をして。
結婚したがらないのはなぜか知っていたけど、気づかない振りをしてた。いつかはあきらめていい人を作るんじゃないかと思ってたんだけどなぁ。
早く行け。行くんだ。扉の向こうへ。ほら、風を起こして押し出してやるから……
そう叫びながら、俺は奥さん似のレモンを隠し扉の向こうへ吹き飛ばした。
メイテリエがすかさず扉をびたっと閉める。よし、これでひと安心だ。
「すまぬ! おまえを向こうにやれなかった」
大丈夫だよ、メイテリエ。だって俺は……「死ねない」から。
ひとつ目の鳥たちの中にメニスが埋もれていく。
俺も埋もれていく。
真っ白い羽毛の中に――。
「う……」
やっと攻撃が止んだようだ。
全身が痛い。青い衣は体液にまみれてズタズタのベチャベチャ。手足はなんとか……動かせる。かろうじてちぎれてはいないようだ。
倒れても、鳥もどきたちは針のように突き刺さってきた。まるで槍の雨だった。
まぶたの奥がなんだか熱い。でも潰れずに済んだようで、砕けた鳥の残骸が周りに山となっているのが見える。修行不足の光弾で、こんなに撃ち落せたなんて驚きだ。
しかしひどい目に遭ったものだ。
すぐ隣に並んで倒れているメイテリエもひどい有様だ。白い衣はずたぼろ。体中孔だらけで、あらわになった胸には黒い石のようなものが嵌まっている。胸の膨らみにどきりとしたが、そういえばメニスは両性具有だったと思い出した。
「心臓……なのか?」
胸の石はほんわりと発光していて、とくとくとかすかに動いている。この淡く銀色に輝く石は……。
「オリハルコン?」
「そう、だ……」
うっすらまぶたを開け、メイテリエが真っ白い血を流しながら声を絞り出した。両目は抉られ潰されているが、恐ろしい速さで再生がかかっていて、すでに新しい目玉ができつつある。
「しかし……おまえ……なんという……隠し武器を……もって……るんだ」
「え……? 武器?」
赤猫の剣は何の役にも立たなかったはず。その証拠に鳥たちの残骸の下敷きになってうーうー唸っている。
「おぼえて……ないのか? おまえの片目が赤く輝いて……恐ろしい光線が……」
義眼から?!
「鳥たちが……一瞬で落ちたぞ。まるで……魂が抜かれたように」
まさか、アイダさんが創った「破壊の目」の機能が発動した? 目の奥がじりじり熱いのはそのせい?
「てっきり……ただの人間だと……思っていた。器用な弟子とやら、おまえは……だれの魔人だ?」
「俺は……灰色のアミーケの魔人だ。ルーセルフラウレンを創った人の……」
「六翼の女王を創った……? それは……もしかしてアリスルーセルのことか? アリステルの孫……人間に手を貸して統一王国を創った……」
アミーケのことを知っているなんて、メイテリエはずいぶんな昔に俺と同類になったに違いない。
「どこかに隠れて久しいが……まだ生きているのか?」
俺はこくりとうなずいた。元気でいるはずだ。俺を魔人に変える人は、北の辺境でフィリアと二人で静かに暮らしている。
俺が魔人になるのはあと数年先。実は未来から来たんだ、とつぶやくと。それはどういうことだとメニスの魔人は怪訝な顔をした。
「俺……アイテリオンに魔人だってこと、まだばれてないかも……延命処置してるただの人間だって、思われてるっぽい。ところであんたは……だれの魔人なんだ?」
「私の主人は……わが父にして先代の王、レイスレイリだった」
がぼっとメイテリエの口から真っ白い血が噴き出す。喉のつっかえがとれたように、その直後から彼の声はきれいに澄んで元に戻った。
「わが心臓は人工のもの。わが血潮も人工のもの。この心臓はオリハルコンでできており、何者にも砕くことはかなわぬ。そしてわが血潮には、オリハルコンの溶液が混じっている」
全身を巡るオリハルコン。そのおかげでメイテリエは、純血の王の支配を受けつけぬ体になっているらしい。
「わが父レイスレイリが、私がメニスの王に悪用されぬようにと、この体に作り変えてくださった。私の意志で、誰に仕えるか決められるように」
先代の王を父と呼ぶという事は。
「王子なのか?」
「いや。腹違いの兄が王になったとき、庶子に落とされた」
メイテリエはため息まじりに答えた。彼の再生の速度はやはり速い。俺がまだ動けぬのに、彼の目玉はほとんど再生し、よろよろと半身を起こしている。オリハルコンの血液の中に、自己修復能力を促進する液体金属でも入ってるんだろうか。
「わが母メイデリンが、魔力すらろくに持たぬ短命の混血であったからだ。王は私に、レイステリエからメイテリエへの改名を命じた。レイスの名を、この世から消し去るために。実の母たるレイスレイリの体も。名前も。すべて消してしまった」
「実の『母』? 消した?」
「王は自身を腹から出したレイスレイリの心臓を喰らい、その魂と同化して殺したのだ」
ええと。アイテリオンの「母親」はレイスレイリ。メイテリエの「父親」もレイスレイリ。
ああそうか、メニスは両性具有だから父にも母にもなれるのか。ちょっとややこしいな。しかし心臓を喰らったって……?
「魂の同化。不死のごときメニスを殺して無理やり王位を手にするには、そうするしか――」
メイテリエは突如言葉を切り、鳥たちが飛んできた方向を睨んだ。じっと視線を動かさず、起き上がろうとする俺を止める。
「動くな。やばい奴だ……しばらく死んだふりをしていろ」
かつりかつりと足音が聞こえる。長く伸びている通路から、ゆっくりとだれかがこちらに近づいてくる。俺は四肢を投げ出したまま目を閉じ、息を止めた。
――「おやおや。泉から囚人が出てくるなんて想定外だね。泉がおかしくなったの? まったく灰色の導師どもときたら、不良品しか作らないねえ」
「アイテニオス……」
「やあ、とっても久しぶりだねテリエ。君の他には死体が四つ?」
部屋に入ってきたそいつは、艶っぽい声の持ち主だった。
「三つの死体は鳥にやられてないね。拷問の傷のせいで救い上げるなり死んだのかな? しかしこの死体だけは鳥にやられて孔だらけだ。かわいそうにねえ。岩壁に警備鳥がはさまってるということは、泉から生きて出て、壁の向こうに行った奴らがいるのかな?」
「地下の墓所へ行かせた。聖域ゆえ、誰にも手出しはできまいぞ」
「死にぞこないのリシなんか別にどうでもいいよ。問題は魔人の君と、わが主人アイテリオン様の御子だ。御子も引き上げて聖域に逃したのかな?」
「はぅっ……!」
全身が押しつぶされそうな魔法の気配がいきなり降って来る。
その直後、かたわらにいたメイテリエが吹き飛ばされ、岩壁に打ち付けられる気配がした。くつくつと偲び笑いが聞こえる。
「ふむ。どうやらそうみたいだねえ。おいたするなんて、いけない女だ」
「黙れ。私は、男だ」
「テリエのモノはそう呼べるほど大きくないだろ。王が制御できない魔人なんて、危険以外の何ものでもない。それでも僕の妻になって家でおとなしくしていれば、封印の罰なんて受けずに済んだんだよ」
声の主が俺のそばを通り過ぎる。ずるずると何かをつかんで引きずっている音がする。
「く! 放せ!」
「大好きなパパに足を開いてたメスだったくせに、カイネミリエが生まれたとたん、オス化しちゃうなんてねえ。ほんと僕の立場がないよ。君を永遠に愛したくて、アイテリオン様に魔人にしてもらったのに」
こいつも魔人? しかもアイテリオンの?
アイテ二オス。アイテ……名前から察するに、あいつの親族なのは確実だろう。しかしなんという魔力だろうか。
俺は焦った。あたりに降りている魔法の気配がはんぱではなかった。
目が開けられない。指一本動かせない。
ほんの、一ミリも。
アイテリオンの魔人アイテニオスの凄まじい魔法の気配に、俺だけではなくメイテリエも全く反撃できないようだ。
「放せ! 我が父と、私のカイネミリエを侮辱するな!」
とはいえこの重圧の中、口を開いて叫べるのはさすがというしかない。俺なんか少しも自由がきかない……。
「私の、か。やっぱり君は封印しておかなくちゃならないね。フラヴィオスはカイネミリエそっくりに成長したもの。手を出されたらたまったものじゃないよ」
「まだ……まだフラヴィオスは、魔王化していないのか?」
「まあね。あの子なんだか、異様に成長が遅いらしくてねえ。ご主人様はやきもきしてる。魔王化を促す薬湯を飲ませてるけど、全然効かないようだし……おや? これは何かな。きれいな武器だねえ。だれが落としていったの?」
まずい。赤猫の剣を拾われてしまったか?
『おやめください。変態のくせに、私にさわらないでください』
剣がしごく的確な文句を言う。でも現れたのは赤猫の意識ではない。顕現しているのは太古の知識を持つオリジナルの意識。やはり以前一瞬だけ赤猫が出てきたのは、奇跡のようなものだったんだろうか……。
『これ以上触ったらバチバチしちゃいますよ。それともジュードーみたいに投げ飛ばされるのがいいですか? それともベースボールの打球になりたいですか? お望みなら時速百九十キロ超えの剛速球で射出してさしあげます』
「へええ面白いオモチャだねえ。なんかくっちゃべってるよ。テリエ、こいつで君としばらく遊ぼうか。君には、お仕置きしなくちゃいけないものねえ」
「ぐはっ……!」
『ひいい!』
めきり、と肉に金属が食い込む鈍い音がした。すさまじい魔力の重圧の中で、俺はなんとかうっすらまぶたをあげた。
背中に剣を突きたてられたメイテリエが、真っ白い衣をまとった銀髪のメニスに頭を摑まれて、ずるずると部屋の外に引きずり出されていた。
「おいでテリエ。二人でゆっくり楽しもう」
その人を放せ! 変態純血野郎!
俺の悪態は声にならず、その場の魔法の気配が完全に消え去るまで少しも動けなかった。
あんなヤツに勝てる自信はない。だがヴィオはまだ、魔王化していない。まだこのメニスの里にいて、魔王化促進の薬を飲まされている。
ということは……。
「魔王化を阻止しないと……」
まだ、その望みはある。
「阻止して、ここからヴィオを……逃がさないと……!」
俺はよろよろと部屋から這い出た。
まずはなんとかあの魔人を倒して。メイテリエを助けて。
不死身の彼と俺とで協力して、ヴィオをアイテリオンのもとから連れ出せれば……。
ポチをここに呼べるだろうかと、腕輪をいじる。遠隔操作が効く範囲には入っているはずだ。俺が小動物にしかけた仕込みはもうすでに、北五州にも分布しているから。
鳥たちに壊されてないといいが、と願いつつスイッチをいじると、ほわんと腕輪が光りだした。
「よし、反応が返ってきた……どうにかしてここに来てくれ、ポチ」
ぼたぼたと血が床に滴り落ちるのも構わず、俺は必死に這い進んだ。
「アイテリオン……世界を好きに作り直すのはおまえじゃない……世界を創るのは、この……この俺だ……!」
はるか先から響いてくる、恐ろしい魔人の哄笑を聞きながら。
果てしなく長くて。暗闇に沈む廊下を。




