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創世の歌 9話 父の願い

『破壊。破壊。破壊せよ!!』


 痛い……。


『滅ぼせ!!』 


 痛い……! 

 焼け付くような痛みが脳髄を襲ってくる。頭の中をずたずたに食いちぎってくるような、すさまじい苦痛が。

 脳の中でズキズキガンガン暴れまわる恐ろしい叫び。内側から鼓膜が破裂しそうだ。


『殺せ!! 滅ぼせ!!』


 俺は目眩を起こして地に突っ伏した。あまりの苦痛にげえげえとえづく。

 歯を食いしばって耳を塞いでも、頭に直接響くこの絶叫は遮れない。


「うっ……うがああああっ!」


 凄まじい叫び声をあげても、相殺されない……。 


「おじいちゃん!」「だ、大丈夫?!」


 やばい。こんなの少しも耐えられない。波動がとてつもなく強すぎる。強弱を

調べて場所を特定するどころじゃない。


「ぐううう!」


 俺の手足が勝手に動き出す。倒れた俺を支えようとしたローズとレモンを突き飛ばし、右手を突き出す。

 ぴきぴきと降りてくる魔法の気配。俺の口が意志に反して……


『雷放て』


 やばい! 光弾を放つ韻律じゃないか! 待っ……!


『我が右の同胞!』


 右の義手が煌々と輝き、赤毛の子たちに向かって光の玉が飛び出し――

 たんだが……。


 ぽすっ

 

 俺の右手から飛び出したのは、ちんけな花火みたいなものだった。

 身構えるローズとレモンがあっけにとられるぐらい、小さくお粗末な火の玉。そいつはプツプツと情けない音を立ててすぐに消えた。


「は……はは……」


 苦笑いが漏れる。

 まともに韻律を使わなくなって、何百年経っただろうか。 

 灰色の技を覚え、灰色の技でいろんなものを作りまくってきた。

 結界は張れるが、その持続はいまや腕輪に仕込んだ増幅装置に頼っているレベル。魔人とはいえ、修行をさぼればこんなに劣化するものなのか。

 おかげで助かった。でも……

 操られたら、俺はこうなるのか。韻律で攻撃しちゃうのか……

 もう青い衣なんて、着る資格も意味もないと半ば思ってたのに。

 背中には剣を負ってるのに。ポチも使えるのに。

 ネバネバ爆弾とかショック銃もどきとか、いろいろ秘密の魔動武器を隠し持ってるのに。

 破壊せよと命じられてとった手段は、「これ」? 黒の韻律の技ぶっぱなし?


「あはははははは」 


 けたたましい笑いと共に涙がこぼれる。ぽたりと地に落ちる。

 お師匠さま……俺やっぱり、あんたの弟子だよ……でも……。


――『滅ぼせ!!』


「はは……ぐはあっ!」


 容赦なく襲い掛かる恐ろしい痛み。頭を抱え、七転八倒して激しくのた打ち回ると。


『あのちょっと、下敷きにしないでくださいよ。重いです』


 背中の赤猫剣が文句を言ってきた。


『あなたの体の震動から伝わってまいります、異常な波動のせいですか?やめてくださいよ。本当にこのまま押し潰す気ですか? どきなさいったら』  


 それどころじゃないと叫んだら、赤猫剣は不満げに柄の宝石をピカピカ光らせた。


『むかつく方ですねえ。わかりました。この行為は、私への「攻撃」と認識いたします。これより自己防衛モードを発動し、ただちにあなたの体の震動を止め、私への「攻撃」を停止させます』


 クソマジメに宣言するや、剣の刀身が震え始める。その震動が伝わってくるなり、ほのかに赤い光が俺の体を包む。


『これより、あなたが受信している波に我が波動を載せて中和いたします』

「ま、待っ……!」


 剣から放たれる赤い光があっという間に空に一閃し、ノミオスの見えない波動を遡っていく。俺は急いで自分のなけなしの魔力をふりしぼり、魔力の糸を紡いで剣の光に絡ませた。糸を消すまいと、とっさに腕輪の増幅装置を発動させて魔力を補強する。

 剣の光が糸を運び、空へと突き抜けていく……。


「おじいちゃん、もう見てられない!」「ごめんねおじいちゃん! 抑えるね!」


 その直後。ローズとレモンが俺に青いオリハルコンの衣を被せてきた。

 突然ノミオスの波動を切られた俺は、電池が切れたようにがくりと意識を落とした。

 赤毛の子たちの呼び声をどこか遠くで耳にしたまま。

 その声が、誰かのものに似ていると思いながら……





『旦那さま。旦那さま、起きて。どう? 素敵でしょう?』


 誰か……

 あ……

 奥さん……?

 

『え? ちょっと奥さん……なんでオリハルコンの衣をピンクに染めたの?』

『きっと似合うわよ、旦那さま』

『い、いやだめだよピンクなんて。青じゃなきゃ』

『でも同じ色で同じ形の服ばかりなんて、たとえ毎日着替えたって着たきりスズメと変わらないわ』

『ふ、服の形を変えるのはいいけど。でも色は……』

『どうして青じゃないとだめなの?』

『師匠への……気持ちからかなぁ』

『旦那さまの、お師匠さま? それって、いつか教えてくれた黒の導師さまのこと?』

『うん。黒の導師の弟子は蒼い衣を着るんだよ。俺はなぜか、あの人から卒業したって気がいまだにしなくてね……』

『だからってずっと青いまま? 気持ちって、お師匠さまは……そんなに別格の人? 旦那さまの……特別な人なの?』

『いやその……あ……』


 ごめん奥さん。たのむから泣かないで。

 誤解だよ。そんなんじゃないよ。

 俺の身も心も、君のものだよ。

 レティシア……レティシア……レティ……。

 


「おじいちゃん!」「おじいちゃん、しっかりして!」 


 

『神聖語試験落ちたってえ? どんまーいぺぺくん。そう落ち込むなって』

『お師匠さまってほんと慰めるの下手ですね。大体、お師匠様がろくに教えて下さらないから……こんな調子じゃ導師になれるかどうか微妙です』

『なれなくていい』

『は?』

『ペペは、ずっと俺の子でいればいいよ』

『はあ?!』

『いやマジでさ。ずっと蒼い衣のままいてよ。俺、ずうっとぺぺの父親したいなぁ。ずうっと、守ってやりたい♪』

『だが断る! アホなこといってないで、とっとと僕に講義してください!!』


 あのやりとりのせいだ…… 

 あれはいつだっけ……

 そうだ……

 導師になるための、はじめての試験の結果を知った時の師匠との会話……

 冗談だって思ってた。

 なのに……俺はいまだに青い衣を着てる……

 

『特別な人なの?』


 違うよレティシア。

 俺は刷り込まれたんだよ。あのクソオヤジに。

 あいつは、俺の「父親」だって――



「「おじいちゃん!!」」


 

 気が付くと。俺は魔物退治をした街の公園に横たえられていた。そばにはローズとレモン。そしてポチ2号が本来の姿で寝そべっている。

 数年ごとに新品に換えてるから、オリハルコンの布の効果は抜群だ。青い布にすっぽりくるまれた俺の頭には、もう恐ろしい叫びは聞こえてこない。この青い衣のおかげで……


「おじいちゃん、何か飲む?」「どこか痛いところない?」


 青い……


「おじいちゃん?」「なんかすごい怒り顔……」 


 お師匠さま……俺はあんたの弟子だ……でも……

 俺の特別な人は、奥さん唯ひとりだ。

 タンスの奥に後生大事にしまってるあのピンクの服……今度、着よう。

 奥さんのために時々着るようになったあのきれいな色の服。

 死んでからは見る度に涙があふれるからまったく着てなくて、しまいこんでたけど。

 俺は我が右手を確認した。

 幸い、右の義手の指先から伸びた魔力の糸は消えずに残っていてくれていた。腕輪に仕込んだ増幅装置のおかげだ。こいつがなければ、失神したときに消えてしまっていただろう。

 糸を辿ればノミオスのもとへ行ける――。

 俺たちはエティア王に断って魔物退治をした街を出た。

 ポチで大空を横切り、糸の先をひたすら追った。

 キラキラ光る魔法の糸は意外にも、エティアで一番大きな都市へと伸びていた。

 そう。華の王都エルジに。





 灯台もと暗しというやつだった。

 煌めく魔法の糸の行きつく先にノミオスはいた。王都の王宮近くの、森に囲まれた広場に。

 宵の口だったが、広場にはかなりの人だかりができていた。

 その群らがり具合を遠目から見たとたん、嫌な予感がよぎった。

 ポチを木陰に降ろさせていつもの蒸気車の形にする。それから俺たちは急いで走った。

 糸は……人々の群れの中に埋もれていた。

 鎧姿の兵士はいない。粗末な身なりをした老人や、いかがわしい顔つきの男たち。マントに身を隠した商人のような者ども……


「髪の毛でも効くのか?」「効くんじゃないか?」

「効果が薄いって聞いたぞ。やっぱり肉だろ?」

「おーい、桶持ってきたぞ! こいつに血を入れようぜ」


 信じられない事態に俺の足が止まる。赤毛の娘たちもその場に凍りつく。

 俺はとっさに赤毛の子たちを背の後ろに隠した。

 それは、本能というやつだった。

 見せてはいけないというとっさの判断と。娘を持つ親としての無意識からの反応だった。


「あーあー、だいぶ地面にこぼれちまってるなぁ。もったいねえ」

「もう一滴もこぼすなよ。血の一滴で金貨一枚はするんだからな」 


 見えない……ノミオスの姿が、人だかりに埋まっていて少しも見えない……。

 だが何をされているかは、わかった。

 甘い甘い甘露の香りが。メニスの血の匂いが充満しているから。

 メニスに変化した少女は……生きながら切り刻まれていた。

 不死の命と金を求める人間たちに。





 魔力の糸はノミオスの絶叫をたどってきている。その糸がしっかり人だかりの中にまだつながっているということは、まだ彼女は生きているということだ。

 追い払わないと……。

 体が震える。俺はなんとか足を前に動かして人だかりに近づいた。

 ここにいるいかがわしい人間どもを、みんなポチで踏み潰してやりたい気持ちをなんとか抑える。息をめいっぱい吸い込んで怒鳴る。


「おい! やめろ! その子から離れ――」


 ばぐん


 しかし俺の声は、恐ろしい爆音にかき消された。

 俺の目の前で、人間たちの群れの右側の数人が鈍い音を立てて吹き飛んだ。

 どよめき。

 怒号。

 悲鳴。

 絶叫。

 混乱の中でもう一度――


 ばぐん


 恐ろしい爆音が轟いた。今度は、左側の数人が地に伏した。

 呆然と振り向けば……怒りに震える赤毛の娘たちが、俺がポチに搭載してきた分子電解銃を構えて仁王立ちになっていた。ぼろぼろと涙をこぼし、歯を食いしばりながら。


「ロ……ローズ! レモン!」   

「おじいちゃんどいて!!」「こいつら全員殺してやる!!」

「まっ……待て! だめだ! 出力を気絶レベルにし……」


 俺の制止を無視して、ローズとレモンがそろって電解銃の引き金を引いた。おそらく、最大の出力で。

 俺は――結界を張ろうとしたができなかった。

 張りたく、なかった。このとんでもない人間どもを守りたくなかった。

 俺も娘たちと同じ気持ちだったから。


「ノミオスちゃん!」「今助けるから!」


 赤毛の娘たちがすすり泣きながら、倒れた人間たちを押しのける。そいつらの焼け爛れた手足や体がぼろっとくずれていくのなんて、お構い無しに。

 二人は銀色の髪の少女を引っ張り出して抱きしめた。

 全身真っ白な甘い甘い血にまみれたその子の髪は無残に刈られ、体中傷だらけだった。口には悲鳴をあげられないよう服らしきものが詰め込まれていた。

 押さえつけられて、刃物で削りとられたんだろう。手足はところどころ骨が見えている。

 魔王に覚醒した直後は血が真っ赤だったのに、今は真っ白だ。

 もしかして魔王としての力が安定していないんだろうか。

 もし真っ赤なままだったら、人間たちはこの子を切り刻まなかったかもしれない……。


「嘘だろ……こんな状態で、今も魔物の司令塔になってるっていうのか?」


 人間に囲まれて、暴力を受けてる状態で?

 いや。そうか……だから……こそ……?


 怒り。

 苦しみ。

 哀しみ。

 憎しみ。


 凄惨で酷い仕打ちを際限なく受けている最中の、心の絶叫。


『人間を! 滅ぼせ!!』


 それこそが、あの叫びだったのか。


『殺せ!!!!』


 この子は心の中で、何度も何度も叫んでいたんだ。

 自分に危害を与えるものに対しての、憎しみと怒りを。それが魔物たちに伝わっていたんだ……

 ノミオスの胸につながっている魔法の糸が消えた。

 暴力を受けなくなってノミオスの神経がおさまり、波動を発信するのをやめたらしい。

 ローズとレモンが自分たちの上着をノミオスにかぶせてくるむ。かなりの重症だ。助かるだろうか。

 でもなぜだ? なぜこんなひどい状況になった?

 このいかがわしい連中は、なんでこんなに集まって来た? 蜜に吸い寄せられる蟻みたいに。 

 ノミオスはアイテリオンに連れられてエティアに来て……それから何があってこんなことに?

 まさか。

 まさか。

 まさか……


――「これが……人間という生き物です」 


 恐ろしい推測が頭をよぎり、力なくしゃがみこむ俺の背後から。誰よりも冷酷な声が流れてきた。 


「我々メニスは、常にこのような扱いを受けてきました」 


 振り向かなくてもわかる。この声は……。


「我々の体は不死の妙薬となるゆえに。犯され、血を啜られ、体をばらばらにされ、喰われてきたのですよ」

「……か?」


 振り向かずに俺はそいつに聞いた。


「ノミオスを……人間たちの中に放り込んだのは、おまえか?」 

 ひとつの答えを、期待して。


「わざと……ここに置き去りにして……悪い人間たちを呼んだのは……おまえか?」


 そいつは答えた。冷たく無情に。俺が期待したのと、真逆の答えを。


「はい。死に瀕するほどの恐怖と怒りと憎しみは、魔物を操る上で最強の波動となりますからね」 

「なんで……?」


 次の瞬間。 


「なんで……なんで!?」


 俺は立ち上がり、振り向いて、そいつに向かって飛びかかっていた。

 涙をこぼし、絶叫しながら。


「なんでだよぉおおお!! アイテリオン!!」 





 怒りに任せて、白い衣の胸倉をつかんだ――はずだった。

 だが俺の手は、空を切った。涙で奴の姿がぼやけていたが、まっ白な衣を掴み損ねるなんて。相手は実体ではないのだろうか。


「なんでこんなひどいことをする?! わざと人間の餌食にするなんて!」

「人間を滅ぼすためです。それしか理由はありません」 

 

 冷酷な声がすぐ目の前で聞こえる。けれど奴の姿は見えない。


「おまえ、おまえあの子の親だろ?! どうしてこんなことできるんだよ! なんでこんなことに使うんだよ!! 狂ってる! あんた狂ってるよ!!」

「こんなこと?」


 白の導師の声が四方からふぉんふぉんと響く。


「いいえ。人間を滅ぼすことは、我々メニスの悲願。至上の理想。どんな手を使っても必ず成し遂げねばならぬものです」 


 突如、あたり一面に白い蝶があらわれた。幾百もの、白い燐粉を散らす蝶たちが。


「一族のためにわが子を犠牲にすることを私は厭いません。それがメニスの一族の父たる私の務めなのです」

「あんたが人間嫌いなのは知ってるよ!」


 白い蝶を払いながら、俺は叫んだ。


「メニスはずっと人間に虐げられてきた種族だ。でもこんなやり方は間違って

る! 絶対間違ってる! 一族の犠牲にするために、子供を作るなんて!!」


 うぉんうぉんと、俺の叫びが虚しく周囲に響いた。まるでだだをこねる子供の相手をしているかのように、白の導師の声は単調で冷たかった。


「プトリのお嬢さん方は、よく存じております。その背後に、頭脳のような存在がいるらしいこともずいぶん以前からわかっていました。あなたがそうなのですね? あなたは一体誰ですか?」


 ずん、と魔法の気配が降りて来る。片膝をつくほどの重みが両肩にかかってくる。

 魔人だと知られたら一巻の終わりだ。俺は幾重にも結界を張り、増幅装置を最大に起動させた。 


「答えなさい。あなたは、一体誰ですか? 青い衣の方」


 だれですか。

 だれですか。

 だれですか。


 力ある韻律の言葉が襲ってくる。


『その言葉は無に帰した!』


 俺がつぶやく打ち消しの波動が弱々しく白い蝶たちを砕いていく。だが、焼け石に水だ。魔力が微弱すぎて、次々湧いてくる蝶たちに追いつかない。 


「頑固ですね。ですがあなたが誰であるにせよ、私たちメニスの大望を阻む存在であることはこれで分かりました」


 降ってくる嘲笑は、俺の情けない魔力を嗤っているんだろうか。


「こんなの、誰だって止めに入るだろうが! 誰だって!!」

「いいえ。人間の大多数はメニスの体を欲しがります。手足の肉を削いで血を啜ります。野蛮で、どうしようもなく残虐な種族。あなたがたった今、目の前で見た通りのものですよ」


 蝶たちが、びきびきと結界を割ってくる。 


「しかしあなたのような突然変異は存在するのですね。ずっとわが子に目をかけてくださり、命を助けて下さったことには、感謝いたします。けれどもその優しさゆえに、我らの大望の邪魔をもなさるのは困ります。しばらくわが子と共に、安全なところへいてくださいませんか?」


 いやだ! いやだ……!!


 蝶を払おうと暴れる俺に、白の導師は恐ろしい言葉を放った。


「ぜひ、そうなさってください。そのために私は、ノミオスを人間どもの中に放り出したのですから」

「う……嘘……だ……ろ?」


 まさかこいつは俺をおびき出すために? そのためにノミオスを囮にしたというのか?


「先ほども申し上げたでしょう? ずっと前から、あなたの存在は把握していたと。ずっとお会いしたかったのですよ。さあ、どうか私がご用意した処で、わが子とお過ごしください。この私とノミオスの双子の兄弟が、人間どもを滅ぼすまで。理想の世界ができるまで、そこでゆっくりお過ごし下さい」 

「待――!!」

 

 地に穴が空いたような感覚がした。刹那、恐ろしい落下感が襲ってきた。

 赤毛の子たちの悲鳴が耳に飛び込んで来る。一緒に落ちているようだ。 

 しかし、どこに?


『うううう? なんですか? 随分寒いですねえ』


 背中の赤猫剣が身震いする。


『凍えてしまいますよ。もっとあったかくしないと風邪引いちゃいますよ。この鞘、ちょっと薄すぎますねえ』

「だまれ!」

『あら? あなた泣いてるんですか?』

「おまえも見ただろ……親のくせに……あんなひどいことするなんて……信じられな……ひど……ひどすぎ……る……」

『そうですね。私もあなたみたいに泣いてくれる親が欲しかったです』

「え……?」

『父親がお金をもらう代わりに、私は男たちにひどいことをされました。ぶたれて。突き刺されて。とても痛くて、哀しかった』

「……赤猫……?」 


 赤猫の記憶がよみがえったのだろうか。剣の口調が如実に変わった。

 暗く、悲しみを帯びたものに……。


『でも私は、父親を許します。私が犠牲になることで、家族はご飯を食べられたから。私が、家族を救えたから。あの瀕死のメニスの子は……どうでしょうか。やはり父親を、許すのでしょうか?』

「あんなの親じゃない!!」


 蝶たちに包まれて落ちながら、俺は絶叫した。

 ぎりぎり歯軋りして。


「たとえノミオス自身が許したって……俺は絶対許さない! 俺はあいつを、アイテリオンを絶対、許さない! あんなやつ……」


 落ちる涙と、突き上げて来る怒りに身を任せて。



「殺してやる――!!」






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